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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
削り氷と神話の終わり
25/30

3〜15

 


 ゾラがウィリアムに初めて出会ったのは、彼が勇者だと任命されたその直後。


「はじめまして、セニオ大陸の勇者様」


 それはちょうど、王との謁見を終えたウィリアムが王宮の一室でリアンに抱きしめられた時だった。ゾラは急に現れた自分に驚いた彼らに頭を下げた。


「ゾラと申します。リフカ大陸の勇者です」


 ゾラは必死だった。


「最後の封印を解いた勇者に会いに行けとの国王陛下の命を受け参りました。驚かせてしまって申し訳ありません」


 目の前の老人は三度瞬きをしたのちに軽く頷いて、ゾラを座るようにと促した。礼をして、ゆったりと席に着く。刀がかちゃかちゃと音を立てた。


「私は貴方の味方です」


 ウィリアムは目を伏せ、先ほど王から聞いたばかりの情報を告げる。


「あと10日後に山火事が起こる、それを阻止しなければならない」

「10日後?」

「ああ。私の能力は未来視だ」


 ゾラは言葉を飲み込んだ。


「記憶を代償に、未来を視ることができる」


 目の前の老人の顔色は悪い。その横の少年はさらに。そんな様子を見て、助太刀しないなどという選択肢はなかった。


「…………私も戦います」

「戦えるのか? 君は、こう言ってはなんだが、かなり良いところのご令嬢ではないか?」


 ゾラの見た目は、それこそ傷だらけで泥だらけ、髪はパサつき、肩までの長さしかない。しかし、その立ち振る舞いを持ってして、ウィリアムは高貴な人だろうと判断した。それほどまでに、彼女は美しかったのだ。


「その通りです。しかし、戦闘も野営も慣れています。必ず役に立つはずです」

「…………そうか」



 翌日。


 少女は宣言通り、ウィリアムが獣王を倒すまで、空から降り続ける獣たちをたった一人で引き受けた。血塗れになった彼女が最後の一匹の懐に潜り込み剣を突き上げる様は、ぞっとするほど美しかった。ウィリアムはそんな彼女をみることなく、力尽きて倒れた。彼女は急いで駆け寄り、彼を介抱したのだった。


「ああ、ありがとう」

「いえ……………あの、私は次の勇者の元へ向かいます」

「次?」

「はい。封印が解かれた順番を逆にたどって、獣王が現れていくと王から伺っております。この獣王が倒された今、シラーユ大陸にて獣王が現れたはずです」

「そうか」

「待っています。それでは」


 ウィリアムが止める間もなく、ゾラは腕輪を擦った。かすり傷が空気に触れて傷んだ。ゾラはそこで初めてレオナルドに会った。



***


「はじめまして、シラーユ大陸の勇者様」


 傷だらけで現れたゾラの姿を見るなり腰を抜かしたレオナルドに手を差し出して、ゾラはゆっくりと口角を上げた。


「私はゾラ。リフカ大陸の勇者です。共に戦うために迎えに来ました」

「うあ、うああああああああああ!!!!」

「勇者様?」

「嫌だ! 無理だ! 戦いたくない!」


 ゾラは逃げ出そうとするレオナルドをお姫様を抱くように両手で抱え、暴れるレオナルドを無視して大神殿に飛んだ。


「あなたの能力は何ですか?」

「放せ! 放せよ! 僕には無理だ!!」


 神殿についてなお、レオナルドは暴れ続けた。


――――――ダンッッッッッッッッ


 沈めるために机を全力でゾラは殴った。ささくれにあたって血が滲んだ。


「あなたの能力は、何ですか?」

「ひっ」


 効果は抜群で、レオナルドは震え出したもののそれからは静かになった。


「いっ癒し! 傷や痛みを受け取る代わりに、人を癒す能力だっ」


 そうして終いには泣き出した。

 ウィリアムがやってきたのは、その瞬間だった。


 目の前には無表情の令嬢と泣きじゃくる少年。困惑したウィリアムが尋ねるのも自明。


「何があったんだ?」

「うああああああああああん」

「連れ出して能力を聞いただけです」

「暴力女あああああああああ! こわいよおおおおお!!」

「そうか」


 ウィリアムはゾラを手招きしてその個室から出た。


「ゾラ、あの子は私にしばらく任せてくれないか?」

「…………はい」


 ゾラは呆然とその部屋の前で立ち尽くしていた。

 次第に小さくなる泣き声。時折笑い声さえも聞こえてきた。


「…………」

「お待たせ、ゾラ。神官様に会いに行こうか」

「はい。お一人ですか?」

「リアンは中。彼に肌を掻きむしる癖があるみたいだから、リアンは薬を塗ってるよ」

「そうですか」


 その後、ゾラは二つのことを知った。

 その少年が、孤児院で暴力と悪口と共に育ったこと。

 そして、彼が何がなんでも戦いに参加したくないということだ。

 

「ゾラは辛くないか?」

「――――いえ、私は慣れていますから」

「そうか。まぁ、何かある前に言ってくれ」


 ウィリアムは何か言いたげに目線を動かしたが、ゾラは何も言わなかった。ウィリアムが聞きたいことはわかっていた。


 10近い少女が、なぜ戦闘に慣れているのか。

 どんな風に生きてきたのか。


 聞かれても答えないつもりだった。おそらく彼はそれをわかって聞かなかったのだろう。


 それから獣王が本格的に動き出すまで、ゾラたちは訓練をしながら過ごした。レオナルドはその間不貞腐れたように寝ていた。


「今日の夜ご飯はチュシーだよ」

「今日はレカットだ」

「すまない、急いで作るな。今日はビトーカだ」


 ご飯を食べて、訓練をして、またご飯を食べて眠りに着く。毎日が同じように過ぎていく中、ゾラはウィリアムが夜中に起き出して外に出ることに気づいた。買い物ではない。訓練を抜けて彼が時折買い物に行っていることは知っている。「これは私がいく」と、彼に同行を拒否されたからだ。


 そのことについて何も言わないウィリアムがやけに気に掛かった。


(ついて行こう)


 ウィリアムがリアンたちに布団を掛け直し、剣を持って家から出るなり、ゾラは追いかけた。


 ウィリアムは村の外れで何かを待っていた。それからゾラが5回ほど呼吸をするより早く、それは来た。


――――――ギョガガガガガガガガアアアアアアア!


 怪物だった。蛇の首に馬の体を持つそれは、群れを成して現れた。その声を聞いた人々が起き出すよりも早く、ウィリアムが動いた。


 ゾラは全てを理解して、剣を握って一匹を地に伏せる。一匹は首を刎ね、一匹は手足を削り取り、一匹はその頭を両断した。


 怪物の死骸の中に、浮かぶように立っているウィリアムのそばに一歩ずつ近づく。ゾラには、彼が泣いているように見えた。


「――――――ゾラ」


 彼はいつも、泣いているように笑う。


「起こしたか」


 いつでも、どこでも。


「いつも、こうやって街に出ているのです?」

「ああ。夜でないと勇者だとバレてしまうからね」


 街の人に非難されながら生きていくことは難しい。食べ物を手に入れるのにも剣を手に入れるのにも、街に出る必要がある。ゾラはその言い分から、ウィリアムが自分を買い物に行かせなかった理由を察した。


「罪滅ぼしにもならないけれど」


 ウィリアムは剣にこびり付いた血を拭き取る。


「ゾラ、どうした?」

「え」

「泣いてる」

 

 自覚はなかった。ゾラはその時にはもう、わかってしまっていたのだ。それからのことはあまり覚えていない。ただ、泣き疲れて背負われながら宿に戻ったことだけは覚えている。その後ウィリアムはそのことに言及することなく、時は過ぎた。相変わらずゾラを恐れながらも、レオナルドがウィリアムに懐いて抱きつくまでになった頃、彼も訓練に参加しだした。


 ゾラには彼の心境の変化が分からなかったけれど、特に聞くことはしなかった。


「ね、リアン、削り氷食べに行こう、暑すぎる、もう耐えられないよ」

「おじいちゃんに頼もうか」


 いつのまにか仲良くなったリアンとレオナルドの提案を、ウィリアムは却下した。街に出させることは得策ではないと判断したのだ。祖父の言うことに従順なリアンと、根性なしのレオナルドは結局、行くのを諦めた。


「ゾラもおいで」

 

 ウィリアムは少し離れた場所で削り氷を想像するゾラを手招きして、三人に向かって指を出した。


「約束だ。全てが終わったら、食べに行こう」


 彼は笑った。いつものような、泣いているような笑みだった。


「約束」


 酷い怪我を負うことなく獣王を倒し終え、次の大陸に移動することになったとき、その判断は正しかったとゾラは悟った。民が暴れ、勇者を殺すと叫ぶ中、ウィリアムのことだけを考えていた。




***


「はじめまして、カリメ大陸の勇者様、でいいのですよね」


 ウィリアムの連れてきた少女は、思い詰めた顔をしていた。


「私はゾラ。リフカ大陸の勇者です」


 聞けばウィリアムのメモ帳が行方不明になった原因を作ったのだという。よほど思い詰めているらしく、彼女はその責任を果たそうとしてか、神殿中の書物に目を通していた。神官によって見てもいい書物を限られているとはいえ、優に百を超える本を一心不乱に読むその姿は、いっそ哀れなほどだった。


 彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()せいでタルーラの地元にいた人々は散り散りになり、書物は焼かれ、調査は行き詰まっている。そのことがよりタルーラを憔悴させていた。



 夜な夜な怪物を倒しにいくウィリアムについていくのをやめ、ウィリアムが出た後にゴミ捨て場に向かうタルーラをゾラはつけた。聞かずとも、あのメモ帳を探しているのだと気づいた。


「手伝います」


 鼻が曲がるような臭いが立ち込めている。


「ごめんね。どうしよう。死んじゃいたい」

「そんなこと言ってはいけません。メランを倒して削り氷をみんなで食べると約束したでしょう」

「うん、そうだね、ごめん。本当にごめん」


 獣王を倒したその日の夜に、それはようやく見つかった。翌朝にはリフカ大陸に移動することになっていた。もう諦めかけていたほどに発見は絶望視されていたにもかかわらず、タルーラは執念で見つけ出したのだ。


 翌日には燃やされるはずの区画の中にあったから、幸運以外の何者でもない。あと数日遅れていたら、燃やされていてしまっただろう。


「よかった」


 平気そうに見えてもよほど追い詰められていたようで、タルーラはそこで力尽きた。夜はもう遅い。一人にはできなかった。タルーラをおんぶしてヨタヨタと帰ってきたゾラを、ウィリアムは目を丸くして迎え入れた。


 タルーラは気を失っても、後生大事にメモ帳を抱えていた。ウィリアムがそれを凝視していることに気づいて、ゾラは言った。


「タルーラが見つけたみたいです」


 大きな、シワの刻まれた手がタルーラを受け取り、ベッドへ運ぶ。タルーラを起こさないように細心の注意を払ってウィリアムは手帳を手に取り、泣きそうな顔で笑った。


「ありがとう」


 ゾラは首を振った。見つけたのはタルーラだから、お礼を言われる筋合いはない。


「大丈夫か? ゾラ」


 そう言われて、ゾラは自分が泣いていることに気づいた。こんなことはもう二度目。情けなくてゾラは震えた。暗闇の中だから、ウィリアムには気付かれていないと信じたかった。


「いつかでいい。ゾラのことを教えてくれないか」


 ウィリアムは眉を下げる。


「爺ちゃんは孫を甘やかしたい生き物なんだ」


 タルーラの視界が歪み、世界がポトリと落ちて床に染みを作った。


「何かあっても何もなくても頼って欲しい。わがままだって可能な限り聞きたいんだ」


 ゾラはウィリアムに返事をせず、礼をしてその横の隙間をすり抜けて自分の部屋に入った。ドアを閉めるなり体から力が抜ける。へなへなと座り込んでゾラは呟いた。


「好きじゃない」


 言い聞かせるような声だった。


「慕ってもない。勇者だから仕方なく関わってるだけ」


 翌日、5人中3人は寝不足であったけれど、ウィリアムたちはリフカ大陸へ飛んだ。カリメ大陸の獣王を倒した今、できる限り急いで向かう必要があったからだ。

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