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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
削り氷と神話の終わり
23/30

46

 戦場に放り込まれてすぐ、ウィリアムは能力を発動した。奇襲をかけるなら今。ウィリアムの予想通り、右から剣をもってメランが迫る未来が見えた。


―――――ジャキンッッッッッッッッッッッッ


 ウィリアムは咄嗟に剣で受けた。その衝撃で騎鳥から落ちる。どうにかその場に鳥をとどめた。乗りなおす時間はない。仕方なしに、単身ウィリアムは駆け出した。


「メラン!!」

「ああどうした?」


 怒りに震えるウィリアムとは対照的に、メランは余裕綽々の笑みを浮かべる。ウィリアムはリアンを使って切りかかった。防戦一方になりながらも、メランはすべての攻撃を的確に処理し、ウィリアムを苛立たせようと話し続ける。


「そなたは怒りに顔を赤くして折るが、怒りたいのは我の方だぞ? レウコンに見張られながらも封印で弱った体を治していたというのにそなたに邪魔されたのだ。あと少しで完全回復だったというのに」


 出し惜しみをすればするほど不利になる。ウィリアムは初めから全力でメランに切りかかった。


「会話もせずに斬りかかるとは、実に人間らしいな。我が母を見返りもなく搾取するだけ搾取するところをほうふつとさせる」


 強烈な皮肉とともに、メランは交わっていた剣に力を籠めてウィリアムを吹き飛ばす。


「いや、勇者らしいと言った方がいいか?」


 聞いてはダメだ、と理性は言った。

 メランは明らかに動揺を誘っている。

 ウィリアムが動揺し、剣先がぶれるのを願っている。だって力は互角。少しの油断がそのまま死に直結している。


「見ていたよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ウィリアムは剣を構えたままメランの隙を狙う。相手もまた、ウィリアムを馬鹿にしながらもその目は攻撃の機会を伺い続けていた。


「自分の周りが幸せならそれでいいってわけでもなさそうだ。昨日(さくじつ)であったか? よく知りもしない少女が目の前で息絶えていくのに動揺していたな」


 双方動けずにいた。二人のあまりの気迫に、ウィリアムが乗っていた騎鳥が後ろに一歩下がった。


「そなたは多くの者が死ぬ原因を作ったというのに、目の前の人が死なないと実感できないのだな。物語がないと、他者の苦しみを知り得ないのだな」


 一瞬、腕に力がこもったのか、メランの剣先が上がる。ウィリアムは間合いを詰めてメランの胴体を打とうと動いた。


「――おっと、危ない…………その想像力の欠如たるや、まさに勇者にふさわしい」


 またもやウィリアムたちは至近距離で剣と剣を押し付けあう、力比べとなった。


「勇者は傲慢でなければならない。そなたはまさに勇者だ。褒めているぞ、勇者とは雨を待たずして贅沢に水を使い虹を見る者のことだ。己が選択のせいで泣きを見る者のことは考えず、目の前の人にのみ手を差し伸べる。傲慢で鈍感で悪辣な愚者。誰よりも人間らしい人間。これ以上の誉め言葉はあるまい」


 ウィリアムは力でメランを吹き飛ばした。メランが宙に舞う。やはり彼は空を飛べるようだった。

 

「我の敵がそなたでうれしい」


 急いで騎鳥のもとへと向かう。その間もメランに背中は向けられない。じりじりと下がりながらウィリアムはわずかな時間を利用して騎鳥に飛び乗った。


「そう睨むな。悪いのは我ではない」


 リフカ大陸の王が準備してくれた騎鳥は、世界一の速さを誇る鳥、サブヤ。それでいて大きく、戦い慣れしているのか、ウィリアムの思い通りに飛ぶ。これほどの鳥を準備するのに、どれほどの時間がかかったのか。

 ウィリアムは躊躇せずに最速でメランの胸を狙った。


「悪いのはそなたであり、そなたたちだ」


 間一髪で急所を外され、リアンは――剣はわき腹をかする。代わりにウィリアムもメランの剣を食らった。正しくはタルーラが――鎧が、少しズレれば致命傷にもなり得るほどの攻撃を吸収した。


「その剣、治癒できないんだったな、全く。レウコンくらい最悪だ」


 じゅくじゅくと彼の胸から黄金色の液体が漏れ出す。


「まぁいい、続きだ。死にたいと本人が思わない限り死なないようにしたいんだとさ、レウコンは」


 それなのに、まるで痛みなど感じていないかのようにメランは続けた。


「明日死ぬかもしれないという事実が人を美しくしているというのに」

「歌劇だって人が死ぬところばかりだろう? それも若い女が死ぬものばかりだ」

「少し考えればわかる。人は不幸が好きなのだよ。すべての生物で唯一ね」


 ウィリアムはそれらに全く反応しないままに攻撃を続けた。聞くだけ無駄だと悟った。そんなの全部無意味だからだ。ウィリアムの手にあるこの剣と、ウィリアムが身に着けているこの鎧と、思うがままに動くこの体以外、信じるものなどいらない。




「人間は過ちを犯しすぎた。大多数の兄弟を優先すべきだ。たった一種属だけが栄えては平等とは言えまいて。時には看過できない種族を排除することも星のためには必要だ」



 メランの言う通り、ウィリアムは世界なんてどうでもいいと思っていた。これっぽっちも興味がなかった。ただ、やってしまったことの罪滅ぼしとして獣王を倒して回っただけだ。封印を解いたのが自分でなければ、当事者でなければ、その能力があったとしても、せいぜい村を守る程度だっただろう。



 自分とは関係のないところで獣が降り続けようと、山火事が起きようと、冷害で食糧難になろうと、地震が起きようと水が飲めなくなろうと、心底どうでもいいと思う人間だったことを否定はしない。冒険に出る前のウィリアムなら、そう言って孫だけを守って幸せに死んだだろう。


 だけど、ウィリアムは旅に出た。

 たくさんの人に出会った。罵られ、怒られ、感謝され、涙を流され、救い救われ今生きている。

 

 その人たちはもう、ウィリアムにとって関係のない人ではない。そして何より、孫たちが願った。世界を救えと背中を押した。一人で背負うつもりだった荷物を、受け取ってくれた。

 そんな彼らに恥じない祖父でありたい。











「聞こえないふりは楽でいいな。我に勝った気分になれて気持ちがいいか?」

「すまない、世界で一番大事なことを考えてたんだ」

「何をだ」






 ウィリアムは軽く笑って剣を振った。


「大切な人たちのことだ」


 難なく躱されるも、手札を増やす。一撃でダメなら二撃。二撃でダメなら三撃。攻守が絶え間なく入れ替わり、勇者と神の額に汗が浮かぶ。ウィリアムたちは空を駆けながら踊るように戦っていた。

 


『じーちゃ!』

『なんだいリアン』

『じーちゃ!』

『いたたたた、髭は引っ張らないでおくれ』


 未来視の能力を使い続けなければ、あまりの速度に対応できない。ウィリアムは少しずつ記憶が消えていくのを感じていた。


『おじいちゃん、え!』

『なんだ、絵を描いてくれたのか』

『これおじいちゃん、これぼく!』

『うまいな。風で消えなきゃいいのになぁ』

『うれしい?』

『ああ。かっこよく描いてくれてありがとう』

『おじいちゃんはかっこいいからね!』


 全盛期の力を取り戻し、尚且つ獣王を四体屠ったウィリアムよりも力においてはメランが勝る。ウィリアムはその卓越した技と速さのみで神と渡り合っていた。異常に堅いメランとは違い、ウィリアムは鎧となったタルーラを身につけてはいるものの、神の圧倒的なパワーから言って、10発以上は喰らえない。


 ウィリアムは攻守を素早く切り替え、反撃のタイミングを見計らい、未来を計算し続けた。


『じぃ?』

『字だ。おいで』

『わーいお膝ー!』

『少しずつでいい。覚えよう。いつか、リアンが困らぬように』

『おじいちゃんが教えてくれるの?』

『…………ああ。いやか?』

『じゃあその間はそばに居てくれる?』

『ああ』

『戦い行かない?』

『ああ。ごめんな…………ごめんなリアン』

『んにゃー、それより見て! おじいちゃん、これで合ってる?』

『ああ、天才だ』

『僕天才ー! さっすがー』


 零れ落ちる記憶に未練はない。メランを仕留めるために使うと決めた。世界を救うために使うと決めた。


 孫たちの願いを叶えると決めた。


(どうかこの戦いが終わるまで、もってくれ)


 ウィリアムは願い、剣を振るった。

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