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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
削り氷と神話の終わり
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44

 ウィリアムは、リフカ大陸の勇者の元へと願いながら腕輪を擦った。いつもならば、腕輪は必ず勇者の元へとウィリアムを誘ってくれた。勇者が視認できる位置に移動させてくれたのだ。


「…………そうか」


 しかし今回は、ウィリアムはその場に留まったままだった。


「亡くなったのかもしれませんね」


 ウィリアムは言った。腕輪がウィリアム達を運ばない。それが全てだった。


「それでは、行きます」

「と、いうと?」

「この大陸に勇者がいないのであれば、わたしたちで倒すまでです」


 ウィリアムの言葉にリアンとタルーラが強く頷く。レオナルドは震えて苦笑いしながらも、否とは言わなかった。


「それは助かります。一刻も早く、奴を討ちたいのです。奴は常に侵攻を続けていまして、避難が間に合っていない地域もあるのです」


 地図で見せてもらった限り、獣王の位置は遠い。腕輪に頼るしかないと、ウィリアムは決断した。


「任せろ、爺さんは強いんだ!」

「人のことを威張るなよタルーラ。ウィリアムさんは強いけどさ」

「おじいちゃんはすごいんだぞー!!」


 苦笑いしながら三馬鹿の頭を撫でて、ウィリアムは大神官に一礼した。


「でしたら、水と馬など必要物資を準備しております部屋にご案内します」


 水。

 ウィリアムはその部屋に準備された水の量に、最悪の事態を想像した。


 獣王は毒を吐くという。


 ここにその量の水があるということは、つまり水が毒に侵されたということではないか。砂漠地帯の水源の大切さは、ウィリアムもリアンもよく知っている。一刻も早く向かわなければとウィリアムたちは腕輪を擦る。


「ご武運を」


 大神官の言葉が消える寸前、ウィリアム達は飛んだ。





 着いた場所は、一面の砂漠。

 


「うぐっ、えぐっ」

「水、水…………」

「はぁ、はぁ」





 阿鼻叫喚。鬼哭啾々、死屍累々。生きているものは、もう後数人と言ったところだった。井戸の前で何十人と倒れている。喉を掻きむしるような姿は、ウィリアムの推測通り、毒を飲んで苦しみながら死んだように見受けられた。


 降り立つと、ウィリアムたちはまだ動ける人々を目にして駆け寄った。黙って水を差し出す。彼らの願いを叶えたかった。


「ありがとう、ありがとう、ありがとうございます」

「ったしにも、水を!」

「水!」

「喉が渇い………」


 水を飲んでから倒れた彼らをレオナルドとタルーラで運ぶ。


「爺さんたちは行け。大丈夫だろ」

「任せてよ! おじいちゃん、行こう!」


 ウィリアムとリアンは諸悪の根源たる獣王を探そうと目を凝らした。


 透明な体というのは厄介極まりなく、頭部だけが視認できるといえど、視力の衰えが始まったウィリアムにとってはもはや発見は不可能に思われた。


「おじいちゃん、あれ!」


 そう呼びかけながら馬に飛び乗るリアンに続いて、ウィリアムも馬に飛び乗る。未だ敵を捉えられていないウィリアムは黙ってリアンの後ろにつけた。


 先ほどまでいた集落が米粒ほどに見える場所に着いて、ウィリアムはようやく敵を定めた。


 頭部からだんだん薄くなっていく彼の蛇の体が、どれほどの大きさなのか想像することさえできないほど、その頭は大きかった。その首は太く、リアンでは到底剣が通らないほど。



――――――シュロロロロロロロロロッ


 唾を飲み込み喉を鳴らす。体が高揚し震え出す。勝利を確信した。確信だった。


「リアン、離れてろ! 透明な部分で攻撃してくるぞ!」

「わかった!」


 能力発動。


 ウィリアムは一発でその尻尾からざくりと剣を這わした。ダメージはさほどではない。そもそも狙いはそれではなかった。


 獣王が流した血が、獣王の体を浮き上がらせる。


 まさに神業。リアンは何が起きたのかもわからなかった。気がついた時には祖父は動いていたし、血に染まった蛇の胴体が現れていた。透明化なんて一瞬で解決した。重大に思われた問題が、いとも簡単に解かれていく。


「よし」


 ウィリアムは一度の未来視で勝利すると決めていた。メランとの戦いに備えるには、これ以上記憶を失えなかった。一度であれば、3ヶ月ほどの記憶を失うだけだ。この場所に着いた時から計画は練ってあった。


 それを可能にするだけ、ウィリアムは強くなっていた。リアンはウィリアムの動きが速すぎて視認できずに戸惑った。祖父が遠くに感じた。いつも見ている背中が遠い。


 リアンは、祖父がただならぬ存在へと足を踏み入れたことを悟った。祖父は目にも止まらぬ剣技で蛇を切り刻んでいく。リアンは敵を見つける以外、なんの役にも立たなかった。


「おじい、ちゃん…………?」


 なぜかその背中が遠く小さく見えて、リアンは思わず呟く。



――――――――ドサッッッッッッッ



 獣王はすぐに倒れた。完全勝利。文句のつけようもない。この強さがあれば、十分神とも渡り合えるだろうと思えるほど。



 けれど。


「大、丈夫?」

「ああ。リアンは怪我はないか?」

「僕はない、けど…………」


 祖父はあっさり一人で勝ってしまった。獣王倒せば倒すだけ、勇者の力は増す。ここで獣王を倒して、ウィリアムはより強くなった。


 喜ばしいことのはずなのに、リアンは怖くなった。


 このまま祖父が全部を抱えて一人で死んでしまいそうで。リアンは祖父にこそ、頼ってもらいたいのに。


(そうはさせない)


 リアンは祖父と帰路につきながら考えた。


(おじいちゃんがそれを望まないと知ってても、一人にはさせられない)


 剣になればもう二度と人として戻ってこれないだろう、という覚悟はあった。それを急に祖父に突きつけるのはあまりに酷だとわかってはいたけれど、そうでもしないと祖父は世界の終わりを選ぶと知っていた。人類なんて滅びてしまえばいいと嘯きながら、死ぬまで自分を責めるだろう。


(ごめんね、許さなくていいよ、おじいちゃん)


 先に剣になってしまったら、リアンの思いを無碍にしないために、ウィリアムは剣をとる。リアンの祖父はそういう人なのだった。それをわかっていたから、リアンたちは全てを秘匿したままここまで来たのだ。



 考え事をしながらも、着実に馬を走らせる。先ほどの集落に着くと、タルーラとレオナルドが一人の女の子を膝に乗せて会話していた。


 ぐっしょりと汗で濡れてしまった服、汗でまとまった髪。レオナルド達ですら、この短時間でこれほど汗をかいて水を欲している。彼らの渇きはこれ以上だ。レオナルドたちは全ての元凶は自分だと、否が応でもわかってしまった。


 封印を解きさえしなければ、こういうことは起こらなかったのだから。


「ありがとう、ね、おねえ、ちゃん、おに、いちゃん」

「もういい! 喋るな!」


 泣き虫のレオナルドはボロボロ涙をこぼしながらその女の子の手を握っていた。


「暑くて、暑く、て、最期、に、水が――――」

「ああ、まだある! いくらでも飲んでいい! 飲んでいいんだ!」


 少女は目線だけで否と示す。タルーラがもう片方の手を握っていた。ウィリアムたちは駆け寄ることもできずに、静かに馬を降りて少女を見ていた。


「冷たい、のが、食べたい」

「ああ、手配してやる!だから喋るな!」


 タルーラの声は届かない。少女は自らの死期を悟ったように続けた。最期の言葉を残そうと。


「とおい国に、ね。削り氷、て、冷たいおかしが、あるんだって」

「ああ」

「ほんとかな」

「ああ、あるよ、ある。僕の生まれ故郷の食べ物だ」

「そっかぁ」


 少女はそこで目を閉じた。


「いつか…………それは、涼しいだろ、う、ね…………」


 ウィリアムたちは黙って生存者数名を抱えて転移した。この転移で、20人弱の人が五感の一つを失うかわりに、重症者が何名か救われた。転移の代償のせいで、ウィリアム達は少女たちの死体をどうすることもできなかった。


 大神殿へ戻ると、王までもが出迎えてくれた。大神官も王も、避難が遅れた民がそれほどまでにいたことを知らなかったようで暗い顔で頷いた。


 冷たいものが食べたいと死んでいった少女が、救えなかった少女が、リアンたちの頭をぐるぐると回った。特にタルーラとレオナルドは、もはや憔悴に近かった。


「ご苦労であった」


 王は、そんな子供たちを見て続けた。


「今は何も食べる気がしないであろうが、無理して食え」


 王はその状態に至った人に覚えがあった。過去の自分も自責の念に駆られて、断食に近い状況になったことがあった。その時に知ったのだ。


「やるべき事があるじゃろう。自責に走ったって何も産まん。これから救えるかもしれない命のことだけ考えるのだ」


 それが酷であることはわかっていた。しかし、彼らは戦わなければならない。この程度で凹まれるわけにはいかない。


「行くのだろう」


 主語がなくても、ウィリアム達にはすぐに通じた。


「「「「はい」」」」


 世界樹の元へ向かう。メランを倒す。そうして一刻も速く、一つでも多く命を救う。ウィリアム達の決意は王にも届いた。


「ならば今日は備えよ。物資は準備してある。だから安心していっぱい食べてゆっくり寝ろ。そうして語れ」


 王は踵を返した。ウィリアムたちは王の背中が見えなくなるまでその姿をじっと見ていた。

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