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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
忘却の勇者
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 リフカ大陸の大神殿につくなり、ウィリアムたちは大神官のもとへと連れていかれた。


「お待ちしておりました。勇者様方ですね」


 その神殿はそれまで訪れた各大陸の大神殿とは異なり、巨大な女神像が土で象られ、一面に壁画が彫られていた。明らかにレウコン教古来の神殿とは異なる。ウィリアムとタル―ラは、土着の宗教施設がレウコン教によって乗っ取られたのだとすぐにわかった。レウコン教が言葉を統一し、宗教を統一した第二次宗教戦争の結果なのだと心が訴えた。リアンとレオナルドは何の疑問も持っていないようだった。


「私の娘が消えたの! わかる? 補償金を出しなさいって言ってるの!」

「しかし――――」

「ゾラは間違いなくあの邪神のせいでやられたんだから! あの子は子爵家の娘よ! それなりの額を補償してもらわないと困るわ!」


 横の部屋から金切り声が聞こえる。耳をふさぐ子どもたち(リアンたち)を見て、大神官は頭を下げた。


「すみません、連日あのような輩が訪れていまして……」

「いえ、私たちのせいでもありますから」

「このままじゃ、おちおち話もできませんね。すぐに追い出させます」

「いえ、そんな――――」


  大神官の額には脂汗が浮かんでいる。しばらくすると、金切り声は収まった。彼女は騒ぎつかれて帰ったようだった。ウィリアムは彼女がお金のことしか述べないことに気づいて眉をひそめた。子爵家とは言ったが、経営はうまくいっていないのだろう、と優に想像できた。


「獣王と勇者のことですよね、少々お待ちください。地図をお持ちします」


 大神官は静かになったことに安堵したようだった。ウィリアムたちを座らせ、大神官はお茶を運ばせる。ありがたくウィリアムたちも頂いた。


「獣王は、視認できない透明な体をもつ、毒素を吐く蛇だと言います。辛うじて、頭部を見ることはできるのですが、それ以外は全く。私たちでは手を付けられない状態です」


 届いた地図を机に広げ、大神官は獣王のいる位置を指で刺した。


「砂漠ですか」

「ええ、暑さに強い方ですか?」

「私とこの子は砂漠に隣接する場所で育ったので何とか。この子は寒冷地育ち、この子は熱帯育ちなので何とも言えません」

「なるほど、それは慣れるところから始めないといけませんね。そちらの方のケガはよろしいのですか?」


 レオナルドを手のひらで指した大神官に、レオナルドが笑顔で答える。


「もうあとひと月もしないうちに動けます。これは心配性の祖父が巻いたんです」


 祖父。

 ウィリアムは目を細めた。レオナルドに祖父だと呼ばれたことがうれしかったからだ。


「なるほど、それならよかった」

「近隣の被害は?」

「近隣住民は避難させました。さきほど叫んでいた女の人は、そこを治める子爵家のものなのです」


 ウィリアムは大体の事情を察した。大方、住民が消え、獣王が出現し、ただならぬ出費が重なったのだろう。それこそ、娘を名前に出して金をむしりとらなければいけないほどに。


「おそらく勇者様たちが退治に行くとなると、接触を図るでしょう。できる限りお守りしますが、あまり期待はしないでください。この大陸では、神殿の地位は低いのです。その分、心を込めておもてなしをします。今日はお疲れでしょうし、ゆっくりとお休みください。勇者については長くなるので明日お話ししますね」


 子供たちが歓声を上げる。ウィリアムは眉を下げた。


「爺さん、ここはお言葉に甘えよう、疲れてるだろ」

「そうですよ、獣王倒したあとすぐ来たんでしょ。僕たちに何も言わずに挑んだんでしょ? また!」

「怒ってるんだからね、おじいちゃん!」


 ウィリアムは苦笑しながら頷いて、案内を頼んだ。案内された部屋はそれぞれ適温で、すぐにウィリアムたちは気に入った。心を込めている、という言葉に偽りはなかった。久方ぶりに、ウィリアムは封印を解いたあの日の夢を見ずにぐっすり眠れた。




 

***


「おそらく、勇者はこの大陸にいないはずです」


 朝ごはんを食べ終わって集められたウィリアムたちに、開口一番、大神官は衝撃の言葉を吐いた。


「そ、れは。見つかっていないとかではなくてか?」


 タルーラが自分を省みて呟いた。


「逃げてるとかじゃなくてですか?」


 レオナルドがそう続けた。


「そんなのレオくらいだろ」

「リアンうるさいよ」


 ウィリアムも眉を顰めた。


「はい。前回もいらっしゃらなかったので」

「前回、と言うと、メランが封印されたときのことであっていますか?」

「はい」


 このことは、ウィリアム以外は知っていた。リアンたちは驚いた顔を作ったものの、シラーユ大陸で自分が剣になることを調べるために書物を要求したときに、そのことも知ったのだ。ウィリアムにどうして知っているのかと聞かれるわけにはいかなかったから、リアンたちは黙っていただけで。タル―ラも、リアンとレオナルドにそのことは聞いていた。


「前回、勇者様たちは集まり、世界樹に向かい、メランを倒すことには及ばなかったものの、奴を封印することに成功しました。その後、生きて帰った一人の勇者のおかげで、勇者たちの旅路は概ね明らかになったのです。その書物は、シラーユ大陸の大神殿にのみあります」


 ウィリアムは黙った。これを今自分が聞いている、と言うことがやるせなかった。だってそれが意味するのは、【シラーユ大陸の大神官が意図的にウィリアムに情報を隠した】ことだ。


(やはり、恨まれていたのだろうか)


 そうウィリアムが思ってしまうのも、ある意味必然だった。


(いや、でも………そうだな、何も知らずに断定するのは良くない)


 ウィリアムは族長とのやり取りを思い出した。誰にでも事情がある。事情を抱えて悩み抜き、人も神も決断をしていると、改めて知った。その経験が、沈みそうになったウィリアムの心を引き上げた。

 


「生き残ったたった一人の勇者は、もう後数時間の命だった自分の存命を祈ったそうです。そしてそれは叶えられました。それゆえに、彼は生きて帰ることができたのです。彼はどうしても、恋人に会いたかったそうですね」



 リアンたちは反応せず、横目で祖父を見た。ウィリアムは目を見開いて顔を上げた。それが意味することは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだからだ。


 ウィリアムの一番の懸念は晴れた。


「そうですか」


 自分が生き残れば、レウコンの死を願おうと決めている。メランを倒すまでならば、ギリギリ自我を保っていられるだろうと予測した。


 失っていない記憶は、あと10年。


 賭けでしかなかった。正直、四人目の勇者がいないのはさほど問題ではなかった。リアンたちを巻き込むつもりは毛頭なかったからだ。レウコンから剣をもらい次第、恨まれようと一人で挑むつもりだった。


 ただ、もしその勇者が存在していて、一人で封印を解いた苦しみと向き合っているというのなら。



 そんなことは認められない。あの苦しみに、一人で耐えさせるわけにはいかない。


「話を戻します。4人目の勇者は、前回も記録に残らず、勇者たちすら認識できず、必ず忘れ去られてきました」



 そんなウィリアムをまっすぐ見ながら、大神官は話を続ける。


 メランが降らせた魔物のせいであまりに多くの人々が死に、食われ、骨すら残さず消えたため、誰が封印を解いたのか、誰もわからなかった。行方不明者が多すぎたのだ。メランの封印は解かれているため、勇者が存在することだけが確かだった。


 しかし、その勇者は時代を経るごとに歴史から忘れられ、生き残った唯一の勇者すら忘れてしまったという。


――――何かを忘れている気がする。


 その勇者はこう残した。


――――大事な何かを、誰かを、忘れてるんだ。


 勇者は3人だと、4人目の存在すら記載していない本の方が多い。だけど、その勇者は確かに存在したと、歴史家たちは言った。


 大神官はパラパラとめくっていた歴史書を勢いよく閉じる。


 

「それゆえに、四人目の勇者は歴史家たちにこう呼ばれます」



 大神官はそこで言葉を切った。

 

()()()()()、と」

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