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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
忘却の勇者
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37

 タルーラと共に神殿に戻ると、リアンがいち早くウィリアムに気づいた。レオナルドとリアン以外に部屋には誰もいないのが気がかりだった。ウィリアムは一瞬眉を顰めたが、そのことを尋ねる前に、リアンがウィリアムの元へと駆けた。


「おじいちゃん!」

「リアン、レオ」


 祖父の胸に飛び込み、リアンはすぐに


「あれ、カバンは?」


 と尋ねる。結局、カバンもメモ帳も見つからなかった。その細部を説明するとリアンが不機嫌になってしまいそうだったので、ウィリアムはその問いを黙殺して、タルーラを紹介した。


「タルーラだ」

「勇者の子?」

「いや、しばらく一緒に調べ物をする。その結果次第だな」


 レオナルドもリアンも事態を把握できず首を傾げる。ウィリアムがレオナルドとリアンを紹介すると、タルーラも頭を下げた。


「どうもね、しばらくお世話になるよ」


 ウィリアムは細部を教えるつもりはなかった。余計な心配をかけるべきではないと判断した。ただでさえ、レオナルドは重症で、その横で看病するリアンの負担も大きい。


「今日は何もなかったか?」

「そ、れ―――――――」

「何もなかったよ」


 レオナルドがなにかをいうより早く、リアンが応えた。


「レオの看病に一日中座っとくのは暇でさ、神殿の中の図書館とか回ったりはしたけど、それくらい」


 軍人に言われたことは伏せておくつもりだった。リアンもまた、祖父に心配をかけたくなかったのである。リアンは、過去の勇者についてを調べるために、一瞬、シラーユ大陸の神殿まで足を運んだ。この神殿を信用できないからだ。


 おかげでわかったことが一つある。それを言えば、祖父がどういう顔をするかわかったから、リアンは最後、否、最期の最期まで黙っておくと決めていた。


「何か面白いのはあったか?」

「んーん、つまんなかったな」

「そうか」



 嘘。


 

 リアンが嘘をついていることに、タルーラはすぐに気がついた。リアンは平然としているが、レオナルドが目を泳がせている。


(爺さんは孫可愛さに気づいてねーみたいだけど、この餓鬼は食えない)


 タルーラは軽く息を吐いた。


(あのレオって子から懐柔するか)


 神殿に入る前に髪からとった世界樹の葉がタルーラのカバンの中で揺れた。そのことを、世界樹だけが知っていた。


 

***






 翌日から、ウィリアムとタルーラは調べ物に精を出していた。


「会いに行くしかないか」


 タルーラはため息をついた。神殿に併設された図書館はもうあらかた調べた。因果律についての記載はないと分かるまでに大変な時間が過ぎた。レオナルドが若干右手を動かせるようになったくらいだ。おかげでご飯は一人で食べられるようになった。


「誰にだ」

「族長様。レウコン教徒の本に書いていないなら世界樹信仰の書物を見るしかないが、なんせ世界樹信仰の書物は燃やされたからね。壁画は壊されたし、もう人に頼るしかない」


 その瞳に宿る悲しみの深さにウィリアムは既視感を覚えた。いつかの旅人も、そんな目をしていた気がした。


 旅人がセニオ大陸の図書館に書物を置いたのではないかと一瞬思ったウィリアムだったが、すぐに首を振った。そんなはずないのだ。自身が封印を解いたせいで、本どころか図書館自体がボロボロになってしまったことをウィリアムは思い出した。



「最初から言えって思ったかもしれないけど、族長様に会うのは大変なんだ。ここいらで一番高い山の断崖に住んでるんだ。獣も出るしな」

「案内してくれ。騎鳥を借りてくる」



 ウィリアムは新しく作ったメモ帳を机の中にしまった。


「はっ」


 タルーラはウィリアムを鼻で笑って見せた。


「徒歩で行かないといけないに決まってるだろ。風で鳥は飛べねーよ」


 ウィリアムは目を丸くして、一度頷いた。


「問題ない。それなら早くここを立とう。何かあったら、タルーラはすぐにこの腕輪を擦って逃げろ。リアンたちの元へ飛ばしてくれる」

「わーってるよ! 心配性だな」

「子供を心配するのは当然だ」

「…………そうかよ」


 調子が狂うと頬を掻いて、ウィリアムとタルーラは山の麓までは馬を飛ばした。その方がずっと早く着く。山の麓に着くと、山が震えるほどの大きな音が轟いていた。


 手綱を引く。馬上で音のする方を仰ぎ見た。



――――――グラァァァァァァァアアアアアアア


 ウィリアムは剣を構える。タルーラも銃の引き金に指をかけた。


「いくぞ」


 ウィリアムの背丈の3倍はある狼がそこにいた。タルーラが一発、狼に向かって銃を撃つ。その額をかすった。怯んだ狼にウィリアムが一太刀浴びせる。



―――――ギィヤァアアアアアアア


 馬を走らせ、前足を狙う。機動力はウィリアムに分がある。速さは劣る分、小回りで勝負。切り付けて離脱、再度攻撃へ。


 攻撃を受けたら死ぬ。


 その事実が、タルーラの頬に汗を浮かべた。タルーラは震える手で銃を撃ち続ける。


 狼は銃を撃つタルーラよりもウィリアムが気がかりらしい。足を動かしてはその攻撃を避けようともがく。タルーラは、銃以上の攻撃力を持つウィリアムの強さに寒気がした。


「爺さん!」


 タルーラの目には、その攻撃が見えなかった。


 それほど、ウィリアムの動きは速かった。最後は一瞬。


「………………よし」


 ウィリアムは振り返った。幸い返り血はあまり着いていない。


「行こうか」

「あ、あぁ」


 何事もなかったかのように振る舞うウィリアムに戸惑いながらも、タルーラは馬をウィリアムの横につけた。


 それから、暴風の後を二人で進んだ。


「どうした?」

「え?」

「ため息」


 族長の元へと近づくにつれて、タルーラのため息は大きくなり、その頻度を増した。


「ああ、いやあ…………」

「別に言わなくてもいい。気が進まないなら帰ってもいいぞと言いたかっただけだ」

「いや、大丈夫だ。ただ、その、なんだ、あたし家出同然で出てきたから怒られるのが嫌だったんだ」


 恥ずかしくて頬を掻く。


「そうか」


 意外にも、ウィリアムはそれ以上追及しなかった。家出の理由も何も聞かない。その代わりに、リアンのことを話しだした。


「まぁ、うちの孫も一度家出をしたことがある」

「へーそれはそれは」

「あぁ。あの子の父が亡くなった時に1日な」


 ちょうど集落が見えたので、二人は馬から降りて近くの木に紐を括り付ける。タルーラは懐かしさで胸が苦しくなった。


「その時にはもちろん怒ったが、その怒りは心配の裏返しでもあるんだ」


 ウィリアムの話には続きがあったようだった。タルーラは、もうこの老人が口下手なことを知っている。言葉を選んで、頑張って伝えようとしているのだとわかった。


「その分、大切に思われてるってことだ。甘んじて受け入れろ」

「結局怒られるのには変わりないんじゃねーか」


 タルーラは苦笑した。


「まぁそうだな。仕方ない、怒られるよ」


 そうして、二人は村に足を踏み入れた。族長の家は少し進んだ先にあると言うので、二人はずんずん村を進んだ。断崖にあるだけあって、家と家の距離はかなり離れている。他の村人たちにジロジロみられることもなく、二人は族長の家の前に着いた。



「族長様。あたしだ」


 タルーラが家の前でそう言うと、勢いよく扉が開いた。目も口もこれでもかと開いている。ウィリアムは、彼が族長だったのかと頷いた。その姿は老けてはいるものの、かつての旅人と同じだった。


 タルーラは気まずそうに目を逸らす。族長はすぐにタルーラの頬を両手で覆った。


「…………タルー、ラ?」

「ああ」

「タルーラなのか?」

「ああ」


 驚き、安堵、そうして怒り。順に巡った感情に、ウィリアムも覚えがあった。


「馬鹿野郎!!!!!」


 ゴツン、と鋭い一撃がタルーラの頭に入る。


「なにすん――――」

「馬鹿野郎」


 タルーラが痛がって文句を言う前に、その大きな体で族長はタルーラを抱きしめる。優しくて怒りと安堵で溢れた『馬鹿野郎』だった。


 ウィリアムはほっと息をついて、彼らの会話を黙って見ていた。ここで何かを言うほど無粋にはなれない。族長とタルーラはかなり長い間、抱きしめあっていた。

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