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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
忘却の勇者
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 軍人の報告というのは、民衆の蜂起のことだった。土が凍ると、作物が育たない。作物が育たなければ、人は飢える。当然だ。軍の奮闘により、飲料水は辛うじて確保できていたものの、それでも人々が寒さに苦しんだことに変わりはない。獣王が倒されたからと言って、めでたしめでたしとはいかなかった。


 日常は続くのだ。災害が食い止められようと、失ったものは戻らない。ウィリアムの記憶が戻らないのと同じように。レオナルドの怪我がすぐには治らないのと同じように。


 軍人は歯を食いしばる。


「勇者が姿を現し、現状に不満を持つ民がここまでやってくるまでに時間がありません、その……」


 皆まで聞かずとも、ウィリアムとリアンにはその先がわかった。セニオ大陸を逃げるようにして出た経験から、嫌でも想像できた。リアンは祖父が石を投げられていた姿を覚えていた。


 言い淀む軍人に、ウィリアムは「ありがとうございます」とお礼を言った。


「私たちを、責めないでくださって」


 それが如何に稀有なことであるかが分からないウィリアムではなかった。彼の部下に負傷したものはいただろう。もしかしたら家族も。広範囲に被害は出た。犠牲者が身近にいないはずがなかった。彼が一度も封印が解かれたせいで悲惨な現状があると考えなかったわけがない。

 

「そんな!」


 軍人は伏していた顔をあげた。


「そんなことをするはずがありません!」


 リアンはウィリアムの顔を見上げた。この軍人の言葉が、祖父に届けと願った。自分を責めてばかりの祖父に、祖父が守ったものも同じだけあるのだと知って欲しかった。


 軍人は、どんな言葉をかけていいのか迷っているようだった。それでも、何かを伝えなければいけないことはわかった。勇者が傷ついていることがわかった。体だけではない。ボロボロなのはむしろ心の方だと軍人は気づいた。


「封印の件、存じております」


 ウィリアムは頷いた。知らないものはいない。言い伝えと、異形の獣、勇者の御触れが、封印が解かれたことを世界中の人々に気づかせた。どこに行っても、勇者への罵詈雑言が飛び交っていた。


 例えば野菜を買いに行った時。

 ウィリアムが市場に行くと、日に日にやつれていく八百屋の店主が、作物の収穫の悪さと異形の獣、勇者について文句を言っていた。


 例えば矢を買いに行った時。

 武器商人はかなりの儲けを得た裏で、お得意さんが何人も異形の獣にやられて手酷い怪我を負ったと悲しんでいた。勇者のことについて必ず彼は言及した。


 例えば肉を売りに行った時。

 狩に行くと言っていた隣人が獣に襲われたと耳にした。勇者に対して、呪いの言葉を吐く人も、涙を流す人もいた。


 ウィリアムはそれらがリアンたちの耳に届かないように、街には一人だけで出た。


 子供が汚い言葉を聞く必要はない。

 子供は誰かに愛され、幸せに、地域に守られて生きるべき存在だとウィリアムは信じた。


 子供はのびのびと遊んで過ごすべきであって、本当は戦いに駆り出すべきでもない。ウィリアムは本人の希望とはいえ、リアンを巻き込んだことを心苦しく思っていた。


 リアンは特に、家族のことを否定されれば逆上する。勇者がこうまで嫌われていることを知れば、揉め事の一つや二つは起こすだろうとウィリアムは知っている。


 だから全てを一人で受け止めた。そうするべきだと信じた。これが最善手で最適解だと分かった。


 

 誰よりも自分を罪人だと知っていたのは、ウィリアムだったのだ。


 それなのに、


「それでも、勇者様たちに救われたのも事実です!」


 目の前の軍人が真面目な顔でそう言うものだから、ウィリアムは面食らった。何を言うのだろう、と思った。


「身を賭して、獣王を倒したこと、一同感謝しております」



 感謝されるようなことではないのに。

 義務を果たしただけなのに。

 罪滅ぼしをしただけなのに。



「確かに勇者様たちはこの事態を招いた張本人でもあります」


 ウィリアムから見ても、軍人は嘘を言っているようには思えなかった。勇者を働かせるために、おべっかを言っているようには見えなかった。


「ですが、我々の希望でもあるのです」


 リアンは呆けた祖父を見上げて、手をキュッと握った。レオナルドも視界の端に軍人を捉える。


 軍人は、はなからこの老人に自身の言葉が届くとは思っていなかった。軍人は、老人と少年が地上に降り立つところから全てを見ていた。老人は疲弊し、人生に絶望したような顔をして、重症の少年の前に佇んでいた。義務感だけで生きているようだった。


 今は伝わらないと分かっていても、それでも言わずにはいられなかっただけだ。いつか彼が思い出してくれればいいと思って。


「民の中にも、勇者様たちに救われたものもいます。彼らも勇者様たちに非はないと、むしろ救世主なのだと分かってはいるのです。それでも、現状に耐えられず、今は暴走していますが、いつかわかってくれます」


 リアンは頷いた。レオナルドは怪我のせいで頷けず、ウィリアムは頷かなかった。

 

「重症にも関わらず、追い出すことをお許しください。今はどうか、ここから」


 軍人の唇が震える。


「逃げてください……!」

 

 彼が床に崩れ落ちると同時に、ウィリアムは腕輪を擦った。軍人は、レオナルドがベッドの上の布団と共に消えていくのをみた。ウィリアムが落としたのであろう、布団が10枚は買えるお金が床に落ちている。


 彼はそれをみて、自分の不甲斐なさに涙をこぼした。


「すみません、勇者様……!」


 その声は、ウィリアム達には届かなかった。









***





「勇者か!」


 ウィリアム達が飛んだのは、カリメ大陸の神殿だった。叫んだのは神官の一人らしい。重体のレオナルドを見ると、彼は血相を変えてすぐに人を呼んだ。


 あれよあれよと言ううちに、レオナルドはフカフカのベッドに寝そべることとなった。治療はすでにシラーユ大陸の軍人たちが施してくれている。丁寧な施術だと、カリメ大陸の神官は太鼓判を押した。


「しかし、全治には半年は余裕でかかるでしょうね」


 なにせ怪我の具合がひどい。骨が折れていた。両手がほとんど動かせないのだ。


「あはははは」


 レオナルドが乾いた笑いを漏らした。


「あほ、無茶するからだ!」


 リアンが言う。


「そんなこと望んでないって言ったろ!」

「余計なお世話だった?」

「そんなことは言ってない!」


 リアンは心配から来る怒りで顔を赤らめていた。


「僕が付きっきりで看病してやる! 嫌だろう! こうなるんだから二度とするな!」


 そうしてよく分からない脅しをして、レオナルドを笑わせた。


「とはいえ、獣王はこの大陸でももう出現していまして、時間がありません」


 口を突っ込んだのは神官だった。


「起こしたことの責任を早くとって頂かないと」


 祖父に向けられた嘲笑にリアンが怒りのままに暴言を吐こうとする。その一瞬前にウィリアムが言った。


「おじ――――」

「その通りです。私が、この大陸の勇者と共に獣王を倒します」


 レオナルドは声を発しようとして止めた。現在進行形で痛みは続く。痛いのは嫌だ。怖い。しかし、傷を受け取ることでしか役に立てないことも分かる。また戦場に出たらまた重症を負うことは明らかだった。


 現在の痛みが心を弱くする。


「大丈夫だ。じいちゃんがどうにかするよ」


 ウィリアムはリアンの頭を撫でた。


「レオはしっかり傷を治してくれ。レオの分も、ちゃんと獣王を切るよ」


 レオナルドにも微笑みかける。


「心配するな。大丈夫だ」


 勇者の元へ行く、とウィリアムは腕輪をもう一度擦った。リアンとレオナルドが見た彼は大きく、その微笑みは慈愛に満ちていた。


「お、じいちゃん……」


 それなのに、リアンはなぜが胸騒ぎがした。

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