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初恋の味

「男子たるもの、いたいけな者をいじめるなど言語道断だぞ」


 十歳の夏。初めて日本にやってきた信長は、本来の目的地とは違う神社の境内の中にいた。

 一緒に来ていた佐久間と柴田には止められたが、普段は聞きなれない太鼓や笛の音や美味しそうな匂いに惹かれて、つい神社の鳥居をくぐってしまったのだ。


 自分と似た、だけど自分とは違う世界の人々が楽しげに宴のような催しものを楽しんでいる。後にこれが《祭り》だと知った。大神さまを祀る祭りとどこか似ていて、この世界も神を祀る文化があるのだと親近感が湧いたものだ。


 その神聖な祭りが行われている場所で、男の子五人が女の子一人を境内の角に追いやっていじめているなどと、言語道断である。


「見かけない顔のやつだな! どこ小だよ!」

「カッコつけやがって。カッコつけたってこいつ琥珀だぞ?」


 その子が誰かは関係ないのだ。

 目の前で誰かが泣いていたら、助けるのが自分の役目だと思っているし、織田信長として恥ずかしくない行いだと思っていた。


「誰であっても弱者は大事にしないといけないのだ。弱いものは助けなければならない」


 そう信長が言い切ったが、五人の男子が爆笑し始めた。


「ばっかじゃねぇの! こいつはそんな弱っちくないんだよ。昨日すげぇ叩かれたんだぞ!」

「何をされたのかは知らないが、その子も理由もないのに誰かに暴力を振るったりなどしないだろう」

「やられたらやり返すのが男のメンツってもんだろ」

「そんなバカな理由なんてないよ。それが女の子一人をこんな人数で取り囲んでいい理由にもならないと思う」


 信長がそう言うと、ハッとした顔で女の子が顔を上げた。

 右頬には引っ掻き傷だろうか、赤い跡が見えた。


「お前、女の子の顔に傷をつけたのか?」

「だから昨日おれだって頭たたかれたんだぞ!」

「なんてことするんだ。万が一跡になったら……」


 守られるべきもののはずのものを傷つけるなど、言語道断だと信長の中で怒りがじわりと広がり始めたその時、琥珀と呼ばれていた声を発した。


「あんた達が昨日颯をいじめたからでしょ! 私は悪くない」

「だからって叩く事ねぇじゃんか」

「颯は叩かれるより痛い思いをしたのよっ!」


 そう言って頭を叩かれたと言っていた男の子の方に向かって怒りを露わにしている。


「君も、何をそんなに怒っているの?」

「友達の名前を変な名前って馬鹿にしたの。かっこよくって強い風って言う意味もあるんだからね」

「お前だって変な名前だろ。こはくなんて石の名前じゃん! おれ知っているだからな。中に虫が入ってたりするんだぞ」


 琥珀と呼ばれた少女はどうやら友達の名前を馬鹿にされて大層怒っている、という事のようだった。

 さらに相手の男の子は、今度は琥珀自身の名前を貶めようとしている。


「琥珀は、昔の記憶とか虫のかけらを閉じ込めた石の名前だけど、ちょうじゅとかはんえいとかって意味もあるいい名前なのっ」

「なんだよ。ちょうじゅとかはんえいって」

「長生きしたり、いい感じにおうちが幸せになったりすることっ」


 繁栄に対しての説明がなんだか可愛らしいなと聞いていたのだが、言い返す琥珀は少しも気後れすることなく言いきって見せたあと、取っ組み合いのけんかになりそうなところを大人が見つけてくれて事なきを得た。


「あの、ありがとう。かばってくれて。お礼にクレープ焼いてあげるから食べていって! 子供会の屋台で私が焼いてるの」


 先ほどまであんなに敵意を剥き出しにしていた琥珀だったが、信長に対しては助けてくれたという思いがあったのかとても笑顔でもてなしてくれた。


「はい! ありがとうの気持ちをたくさん込めて作ったよ」

「ありがとう」


 クレープと言う食べ物を、初めて口にした衝撃は今でも思い出せる。


 なにか白くて甘くてふわふわした甘い物と、ほろ苦いのにやはり甘い茶色い甘い物、甘くねっとりした白い果実が茶色くほんのりと甘い生地に包まれている。この世にこんなに甘くて優しい味の食べ物があるなんて知らなかった。


「ねぇ、名前はなんていうの?」


 味わいながらクレープを食べていると、ふいに琥珀が名を聞いてきた。


「俺は『のぶなが』と、いいます」

「漢字はどうやって書くの?」

「信じるに長いと書きます」

「せんごくぶしょうの人とおんなじ名前! 信じるの信かー。ずっと信用してもらえるように誠意とか真心を持って接する人になって欲しいとかそういった思いがあったのかなぁ」


 生まれた時に魂の欠片を持って生まれたからそう名がつけられるものだと思っていたから、信長自身自分の名前の由来などはあまり気にしたことがなかった。だからだろうか、何気なく琥珀が放った言葉がとても心に残った。


「こはくさん、あの、颯って言うお友達は……」

「幼馴染なんだよ。仲良しなんだー」


 颯と言う名前から、男の幼馴染なのだろうか。

 こんなに優しい子に大切にされて、 信長はなんだか羨ましいなと思った。

 なんで羨ましいと思ったのかはその年は、ちょっと良く分からなかった。


「今日はありがとう!」

「うん。またね」

 

 琥珀の笑顔が眩しくて、なんだかドキドキしながら残りのクレープを食べて、信長も本来の目的地に向かうためその場を離れた。


 あとで調べたところによると、信長と言う名前はどうやら天下人になるという意味合いが込められて付けらた名前だということが分かった。

 だけれど、琥珀が考えてくれた誠意と真心を持って接する人という意味の方がなんだか心にずっと残っていて、それからの一年はなるべくそうあろうと思いながら過ごした。


 次の年も、信長は去年と同じ神社の境内に来た。


「信長。去年もここに来たけどさ、ここは目的地じゃないじゃん」


 佐久間が愚痴を言い始めたが、お構いなしだ。

 一年間、琥珀の言葉を胸に色々なことに取り組んだ結果、びっくりするほど多方面から評価が跳ね上がって父である信秀にも褒められることが多くなった。

 成績も良くなったし、いい事ばかり続いたのでお礼を言いたかったのだ。


「去年くれーぷをくれた琥珀という女の子にお礼を言いたくて」

「なんだよ、信長その子に会いたかったんだ」

「お礼がいいたいだけだよ!」


 ふざける佐久間とは違い、その言葉を聞いた柴田は境内を探しに行くとすぐに見つけたと言って戻って来た。


「場所は去年と違いました。こちらです」


 連れてこられた場所は確かに去年とは違ったが、変わらず彼女がそこにいたことがとても嬉しかった。同じようにくれーぷを焼く店で楽しそうに接客をしているのが印象的だった。色々な人達と他の人達と楽しそうにしていたが信長に気が付いて、手を上げて満面の笑みを向けてくれた。


「あ! えっと、信長くんだったよね。また会えたね」

「こんにちわ」


 ほんの少しのあいさつだけなのに、なんだか信長は心の奥が暖かくて、柔らかくて嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 今年もクレープを焼いていたので、もちろん買って食べる。

 去年よりも生地が丸く焼けていて、端っこも綺麗に揃っていた。

 ほんの少しだけ、彼女の髪と背が伸びていたが、信長に向ける笑顔は変わらないままだ。

 颯はそばにいなかったが、颯の話を楽しそうにする彼女に相槌を打つ。

 見も知らずの颯になんだかもやもやする思いを感じながら、この年は自分達だけではなかったので、少しだけ話をして目的地に向かうことになった。


 その年の一年は、颯がいったい何者なのかと羨ましい気持ちともやもやを抱えながらも、変わらず誠意と真心を持って接することは心がけ続けた。


 さらに次の年。

 その年は目的地に寄ってから今回は琥珀のいるであろう神社にやってきた。

 時間は夕方近くになってしまったがまだいるだろうかと、神社の境内を佐久間と柴田と共に歩いていると、あの少年たちが声をかけてきた。


「あ! お前、前に琥珀をかばってたやつだろ?」

「本当だ。っていうか、前に会った時とあんまり変わってなくね? 中三になったのにまだ小学生みたいにちっさいでやんの」


 自分の世界とこちらの世界では時間の流れが違う。自分の三年はこちらの世界では五・六年になる。単純に倍ぐらいの年月が経っているのだ。毎年来ているつもりでも微妙な時間のずれがでてしまう。

 自国オルランドの学校では信長は大きな方であったが、十三歳と十五歳ではかなりの対格差が出てしまう。

 喧嘩になることはないとは思うが、佐久間と柴田が守るように信長の前に出る。


「ちょっと、あんたたち!」


 しかしその時に心地よい風のような声が聞こえてきた。

 振り返ると、少し大人びたが間違いなく琥珀がそこに立っていた。


「げ、琥珀! しかも今日は颯も一緒かよ。お前ツイてるな」

「あいつら二人揃ってると適わないからよ」


 そう言うと絡んできた少年二人はいそいそと帰っていった。


「信長くん、来てくれたんだね」

「こんにちわ。琥珀さん。また会えてうれしいです。もう遅い時間ですがお祭りでまだクレープは食べることが出来ますか?」

「大丈夫だよ! ここ何年かで腕を上げたから、一昨年より美味しく作れるよ!」


 琥珀と話をしていると、ひょっこりと後ろから知らない女の子がやってきた。


「あ、この子が前に言ってた信長くんか。こんにちわ。アタシ颯」

「こんにちわ。信長です」


 初めて会った時にかばっていた友達の名が颯だった。

 男の子の名前だと思っていたが、女の子の友達だったのか。

 

 よかった……。


 よかった、ってなんだ?


「信長君だってすぐに大きくなるよ。男の子は背が伸び始めるとすぐ大きくなるっていうし気にすることないよ」

「ありがとうございます。あまり気にしていませんけど、琥珀さんに言われると本当にすぐ背が伸びるような気がしますね」

「あ! 今年はねクレープの他に炭酸のジュースもあるから飲んで!」


 白いなにか白くて甘くてふわふわした甘い物と、ほろ苦いのにやはり甘い茶色い甘い物、今年は甘酸っぱい赤い果実が入っている。


「イチゴ美味しいよね」

「はい」


 これはイチゴと言う果実なのだと覚えた。オルランドにはこのような甘い果実の実がない。種を持ち帰えることができたらオルランドでも作れるか検討してもらおうと思う。甘くねっとりした白い果実の名前が分からないので、今年も種の入手は断念することにする。


「ねぇ! また来年か再来年も来る?」

「約束はできませんが……」

「絶対にまた、また来てね!」


 ぎゅっと手を握り握手をする。

 伝わる暖かさがとても温かくて、何故だか信長は泣きそうになった。


「はい。またお会いしましょう」


 目的地で用事は済んだが、時間的にはそろそろ国に帰らなくてはならない。

 信長はその場でクレープを食べ終えて、飲み物だけを持って帰ることにした。


 帰りの車の中で、柴田が少しだけ諭すように信長に進言する。


「信長様。あの琥珀と言う子に好意を持つのは悪い事ではありませんが、あまり好意を持ちすぎると……」

「佐久間、控えめに言っても信長様は分からないよ」


 正直この時二人が言っていることが良く理解できなかった。

 首をかしげる信長に、佐久間はぴしゃりと告げた。


「信長様。あの琥珀って事の事好きかもしれないけど、住んでる世界が違うからさ。これ以上はやめておいた方がいいと思うよ」

「は? 俺は別に琥珀さんの事そう言う風に思った事は……」

「さっき颯って子が女の子だって知った時あからさまにほっとした顔してたじゃん。丸わかりだよ」


 そう。ほっとしたのだ。颯が女の子の友達であったことに。

 琥珀がまた会いたいと言ってくれて嬉しかったのだ。

 握った手のぬくもりを離したくなくて……。


 出会って三度目の夏。これが初恋なのだと自覚した。


 自分が彼女とは違う世界に生きていて、貴族で……。文字通り「生きている世界が違う」からどんなに頑張っても彼女の伴侶になることが出来ないのだと、自分は初恋を自覚した瞬間失恋したのか。


 涙が流れないように我慢した鼻の奥がツンとする。


「信長様……」

「そっとしておいてやれよ」


 彼女からもらった炭酸と言う飲み物を、信長はストローから一気に吸い込む。


 あんなに美味しいクレープは誰が作っても美味しいのかもしれないが、彼女が作ってくれたから幸せな味がするのだと思い知った。

 

 ツンとした鼻の奥を誤魔化すように貰った飲み物を飲む。


 シュワシュワする飲み物は、甘いのに物凄く苦くてしょっぱい味がした。


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