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悪い人ではなさそうだ

 口の中のパサパサはお茶で何とかごまかしたが、あまりにも残念だったので自分で作りたくなってきて来たころ、ようやく一通りの説明が済んだ。


 外見こそ丸くて笑顔が優しく穏和に見える信秀だが、中身の全てまではそうではないのだろう。


 たまたまこちらの世界に来てしまった渡り人。おかしな輩に攫われる前に、息子である信長が保護してくれて本当に良かったと心底ほっとしている。

 しかもあちらの世界の黒髪の女性が二人も……。これから貴族の社交界でどれだけの争奪戦が繰り広げられるか想像もつかない。

 この国の財務大臣を任され、思慮深くそして常に先陣を切って走って来た男は、この事態に気持ちを落ち着かせようと大きく深く息を吐き出した。


「信長、よく初めにお二人を我が家に連れてきてくれたな」

「はい。お二人だけで放り出すなんて出来ませんから……」

「そうだな。それにこの事態はやはり大神さまへお伺いを立てなければならんよ。そのためにもまずは国王にもお会いしていただかねばならん」


 そう言うと信秀は席を立った。


「窮屈かとは思いますが、大神さまと国王様へのお目通りが叶うまでお二人の安全の為にもしばらく我が家に滞在していただきたい」

「えっと、安全の為?」

「あれよ、琥珀。黒髪だから貴族と間違えられちゃうかもしれない問題」

「そっか。黒髪に間違えられないようにそのうち染めるか考えないといけないね。でも信秀さん本当にしばらくご厄介になっても良いんですか?」


 しばらくはこの織田家にお世話になることは大変ありがたい申し出ではある。渡り人だなんてカッコイイ言われ方をしていても、こう言っては何だが迷子だ。そう、いい年した大人が迷子なのである。

 迷子でも自分の家にはもう帰れない迷子で、貯蓄があると言っても宿なし職なし家も無しの状態ではやはり不安しかない。


「そんな遠慮なんかしないでください。琥珀さん……と颯さん」

「また付け足したみたいな言い方しおって」


 織田家がこのオルランドでかなり高位の貴族であると、移動中に佐久間が言っていた。

 この世界での生活基盤を整える間だけでも、泊めてもらえるのは大変ありがたい。急に放り出される可能性もゼロではないが、ありがたいことに信秀と信長の様子を見る限りなくその可能性はなさそうである。

 琥珀も颯も、ありがたくその申し出を受けることにした。

 

「こちらこそ快適に過ごしていただけるように努めさせていただきます。外へ出る際の供には信長をお連れください。我が息子ながら気が利きます故お二人の役にも立ちましょう。それでは私は各所へ調整を始めます。今夜はこれで失礼いたします」


 そうして夕食はお開きとなり、琥珀と颯はネロに連れられ部屋に戻った。


*********************************


 夕食後、少しでもリラックスできるようにと信長はハーブティーを準備して琥珀と颯の部屋に向かっていた。

 

 急に放り込まれた異世界で、楽しそうに振る舞っていても本当は不安なのではないかと思ったからだ。


 一度に理解することは難しい事ばかりだし良く分からない魔法使いの魔法も調べて覚えていくことになるわけで……。


 自分は年に一度、夏のある時期に向こうの世界に向かうことが出来るが、二人はこの後ずっとこちらの世界で生きていかねばならないのだ。不安がないはずがない。


 何をしても向こうの世界に帰してあげることができない事はとても申し訳ないと思う。

 

 しかし申し訳ないと思うと同時に、しばらく自分の家に滞在してもらえるばかりか、この世界にずっと琥珀がいる幸せを感じていた。


 彼女があの時言ってくれたから、俺は俺でいられたんだ……。


 忘れもしない向こうの世界に行った初めての夏に、琥珀は自分が自分でいられるきっかけをくれた。

 二度目の夏に会った時に淡く芽吹いた気持ちが、三度目の夏には恋心に変わった。


「だって……、もうなんかずっと好きなんだもんな……」


 頭をガシガシとかきながらぽつりと心の内を呟いても、一人で歩くこの廊下で自分の声を拾うものはいない。


 二人の部屋の前に到着するとネロが扉の前で待っていた。


「ネロ、どうした。中に入らないのか?」

「信長様、お部屋にご案内たのですがお二人にもう遅いので帰って良いと言われまして……」


 ネロも自分の仕事が出来ずに困っていたのだろう。


「そうか。琥珀さんも颯さんも二人でくつろぎたいのかもしれないね。でもせっかくお茶を持ってきたから置いていくだけ置いて行こうかな」


 コンコン……


 扉をノックしたが反応はない。

 お腹いっぱい夕食も食べてくれていたようだし、もしかしたら疲れてもう寝てしまったのかもしれない。


 それならそれで自室にこのお茶を持って自分で飲むだけだ。

 しかし寝る前に、もう一度挨拶できればと願いを込めてもう一度だけノックすると、中から何かを言い合う声が聞こえた。


「でも……、琥珀は……したいんでしょ」

「…………、どんなところかわからないけど……かな」

「アタシは……できれば……」

「そうだね、二人で……」

「申し訳ないけど、信長さんに……」

「うん、……して……準備を……」


 小さいが何かを話し合っているのは分かる。が、早急に二人がここを出ていくと言っているような会話に……聞こえなくもない。


 急に心臓の奥で不安が音を立てたようにどくんと鳴った気がした。


 さっきはしばらく滞在してくれると言っていたのに……、と思った時には、ドアをノックして名前を呼んでしまっていた。


「琥珀さん! 琥珀さん!」

「はーい」


 出てきてくれないかもしれないと必死になって名前を呼んでしまっていた自分が恥ずかしくなるほど、急に扉が開いてその呼んでいたその人本人が笑顔で顔を出した。


「信長さん、どうしたんですか? あ、ネロももう帰って大丈夫だって言ったのに。寝不足はお肌によくないよ?」

「いえ、夜のお茶をお持ちしておりますのでよろしければいかがかと思って」

「ん゛ー」


 拍子抜けするような声でひょっこりと出てきた琥珀は、紺の半袖のハーフパンツの部屋着。正直信長は眩しさで目がつぶれるかと思うほどびっくりして、ついおかしな声が出てしまった。


「え、ほんと? お茶をもらうのはどうしたらいいのかなって思ってたから丁度良かった!」

「信長さんもネロもどうぞどうぞ、ちょっと散らかってるけど」


 その後ろからお揃いの黒の部屋着を着た颯も顔を出して声をかけた。


「あ、颯さんありがとうございます」

「信長さん、さっき琥珀には変に反応してたのにアタシには無反応だな……」

「ん゛ー……」

「わざとらしいわっっ」


 息も絶え絶え、顔が赤いままの信長の様を不思議そうに琥珀が見ている。このままではただの挙動不審な男になってしまいそうな信長が、颯には哀れに思えて仕方ない。


「琥珀、一旦着替えようっか」

「そうだよね、さすがにパジャマじゃ失礼か。ちょっと待っててくださいね」


 先ほどまで着ていた服にわざわざ着替えて脱衣所から出て来た琥珀を見た信長が、ホッとしたと同時に残念な思いも混ざり合った微妙な気持ちになったのは内緒である。

 

「お待たせしました。わざわざ遅い時間に申し訳ない。ほんとネロも帰ってよかったんだよ?」

「いいえ。琥珀様、颯様。お二人のお世話をするのがわたくしの仕事でございます」

「アタシら子供じゃないんだから、自分の事は自分で大概できるよー」


 この世界の貴族ならお世話される事が普通なのかもしれないが、なにぶん琥珀も颯も一般家庭に生まれ育ち自分の事は自分でしなさいと言われて育った長女気質二人であるが故に、自分自身がお世話され慣れていないのだ。


「どうしたんです? 信長さん」


 ちらちらと様子を窺っていた信長が何かを言いたそうにしているのだが、颯とネロがしゃべり続けているので言い出すタイミングを逃しているようだった。


「颯とネロ、エキサイトしすぎですよね。ごめんなさい。何か聞きたいことがありましたか?」


 琥珀が信長に聞く。

 その向けられた笑顔が嬉しい。

 ただし、今から聞くことの答えによっては痛みに変わるかもしれない……。


「さっきドアの前でちょっと聞こえたんですけど……」

「え!? そんな大きな声で話してました? 外に聞こえるぐらい!?」

「琥珀も声デカいからね」


 琥珀と颯が話しを続けていたが、信長はとにかく続ける。

 そうではないと言って欲しいと、祈るような気持で。


「もしかして二人でここを出ようと話していませんでしたか? 親父も言っていましたがまだ大神さまにも国王様にもお会いできていませんし、お二人がなんの後ろ盾もなくこのオルランドで生活するのはまだ難しいし早いと……思うんです。ちゃんと解決するまでは、この家にいて……俺の手の届くところにいてもらえませんか?」


 早口になりそうになるのを堪えながらも伝えたいことを伝えきれたとほっと息を吐きだすと、琥珀がおずおずと信長に話しかけた。


「あ、の、先ほど信秀さんにもお願いしましたが、私達もうだめって言われてもご厄介になりますから安心してください。タダ飯喰らいは嫌なので何かお手伝いとかは仕様と思っていたんですけど」

「しかし、申し訳ないとか、準備して、と聞こえて……」


 精悍な顔つきの信長がなんとも不安そうに目線が下がったままだ。


「さっきの話じゃない? あれ、準備してもらおうって言ってたやつ」

「あぁ、あれか」

「どれです??」


 信長は血の気が引いた不安丸出しの表情を隠しもしないで、琥珀を見たり下を向いたり忙しそうだ。しかしネロは調子よく琥珀と颯に合いの手を入れている。

 手がワキワキして怖いが、ノリは良いのだ。


「スコーンがその劇的においしくなかったんで、申し訳ないけれど厨房を借りて、信長さんに材料を準備してもらう様にお願いしようって話をしてたんです」

「ほんと美味しくなかったからね。スコーンも生クリームも」

「お世話になって早々、本当に申し訳けないなと思うんですけれど、お願いできませんか? 信長さん」


 それを聞いた信長は、先ほどの不安そうな表情から一変。血色が一気に戻って頬に赤味が差し、ふっと息を吐きだすとふにゃりと笑った。


「そんな事……。申し訳けないなんてこと全然ないです。いいに決まってます。お安い御用です」

「へへへ。良かった」

「俺も、琥珀さんの力になれるの嬉しいです」


 道中から気になっていたが、何故信長は琥珀を気にかけているのだろう。

 昔夏の祭りの時に来ていた男の子であることは、出会った時に少しだけ触れていた。出店で何かを買った事があるはずだが所詮年に一度。颯の記憶でも正直数えるぐらいしか会った事がないはずだが、信長が何故そこまで琥珀を気にかけているのか、颯には理由が分からなかった。

 

 ただ理由は分からなくても、宝物を扱う様に琥珀に接する信長は決して悪い人ではなさそうだ。


 あの顔は琥珀のことが好きなんだと思う。


 だとしたら……、今後何かあったとしても琥珀だけはなんとか助けてくれるだろうと颯は考えていた。

 


お読みいただきありがとうございます。

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