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虎ではなかった

「お風呂は手伝っていただかなくても大丈夫なんで……」


 部屋に着くなり荷物を持って部屋に案内してくれた綺麗な金髪の侍女が、さもお風呂の手伝いをするのが当然かのように入ってきたので、何とか脱衣所を出ていってもらえるように穏便に交渉中である。

 

 彼女の名前はネロ。滞在中琥珀と颯の世話をしてくれるらしい。


「疲れさせてはいけない気がする名前ナンバーワン……。いや、そうじゃなくてもほんとお風呂手伝っていただかなくて大丈夫ですから!」

「わたくしの名は一般的でございます。それよりもお客様をお一人で湯あみさせるわけには参りません」

「アタシら二人で入るから、一人じゃないですよ。危なくないです」

「それにお腹もすいているからパパっと汗だけ流したいって言うか……」


 手をわきわきと動かしながらネロが迫ってくる。

 それをなんとかかわして逃げる、の繰り返しだ。


「パパっと、隅々までお綺麗にさせていただくことがわたくしの使命でございますので」

「いやいや、それパパっと終わらす気ないじゃーん!」


 琥珀も颯も、とにかくお腹がペコペコなのだ。

 綺麗にさせて欲しいというネロ願いは明日の朝に延期してもらう事で渋々だが引き下がってくれたので、琥珀と颯は大急ぎでお風呂の準備をする。


 二人で泊まるには大きな部屋のその脱衣所もやはり広く、風呂場に入ると広々とした大きな石をくり抜いたような浴槽が目に入った。 

 洗い場は三つほどあり、高級旅館の温泉のような豪勢なお風呂である。


「シャワーついてる!」

「お湯がちゃんと出る!」

「ってかこれ湯船デカいね……」

「泳ぎたいなんて言ったらだめだよ。琥珀」

「しませんー」


 旅行用にシャンプーとトリートメント、ボディーソープも一式持ってきていたのだが、備え付けられていたもらっていたものを使用してみる。使用感はあまり変わらないので洗浄力はあるのだろうが、それよりもすっきりとした香りがなかなかにいい。


「柑橘系で、甘すぎなくていいね」

「そうそう。さっぱりスッキリしてて好きだな」


 年頃の女性が烏の行水とは如何なものかとは思うが、腹が減っては戦は出来ぬという。

 その後には考えなくてはいけない事がごまんとあるのだから。

 広い浴槽にじっくり浸かるのはまた今夜か明日の朝にでもするとして、今は急げ急げと二人で競うようにシャワーを終わらせた。


「お待たせしました」

「アタシら一泊二日の旅行予定だったし、バーベキューするつもりだったからほんとカジュアルな服しかなくて申し訳ない」

「いいえ。もっと時間をかけてもよろしかったのに……。お気になさることはございません。お召し物も何かあれば信長様がご準備されると思います。それから明日の朝、お約束させていただきましたからね」


 謎の使命感を帯びたネロに連れられ、調度品や絵画などが飾られた長い廊下を歩く。

 決して薄暗いわけではないのだが、適度にいい具合の照明に当てられた人物画は琥珀にとっては思いのほか怖く見える瞬間があるわけで……


「夜中に見たら怖いからちゃんと寝る前にトイレ行こうっと……」

「ヘタレめ」

「そんなこと言って、颯だって夜中に泣きついて来たって知らないからね!」

「あほか。部屋にトイレあるじゃん」

「そっか! 部屋にトイレあったよね! よかったー。怖い思いしなくてよかった!」

「雰囲気にのまれすぎ」


 ちょっと間抜けな二人の会話を、侍女のネロは何も聞いていませんよーみたいな顔をしてしっかり聞き耳を立て、時に吹き出してしまいそうになりながら食事が準備されているであろう部屋の前まで案内をしてくれた。


「お客様をお連れいたしました」


 ネロがそっと扉を開けると、ホテルの個室レストランにあるような小綺麗な部屋で信長が待っていた。

 大きな窓から外の庭園に明りが灯り、木々の先には白く小さなお城のように見える可愛らしいガゼボも見えた。


「オシャレが過ぎる……」


 部屋はいたってシンプル。

 しかし、テーブルには真っ白いテーブルクロスがかけられて、その上にはよく手入れされていることがわかるピカピカに磨かれた白銀に光るカラトリーが置かれていた。


「私、久しぶりに見たよ、こんなの……」

「うそ!? ほぼ琥珀と共に生きて来たと言うのに、アタシだけそんな場面に出会ったことない?」

「いや、あの……夜中に見た洋画で……」

「……同じ穴の狢で、本当にほっとしました」

「おい……」


 プッと音がした方を振り返ると、ネロが笑いをこらえきれず肩を震わせているのが見えた。肩を震わせながら扉に向かって歩いている。


「ネロさん……?」

「それではわたくしはこれで失礼いたします」

「笑い堪えられないならいっそ大笑いしれくれた方が清々しいから!」


 颯がかけた言葉で、そそくさと立ち去ろうとするネロはとうとう笑いを堪えることが出来ずに声を出して笑いだしたところで扉が閉まり切った。

 しかし扉は閉まったが笑い声はまだ同じ室内からしている。

 笑い声の主は信長である。


「ネロさん、あとで見てろよ」

「ほんと、ギャフンと言わせてやるんだから!」

「信長さんもですよ!」

「俺にも後があるなら、ふふ、嬉しいですね」


 信長はお二人のやり取りは本当に面白くて、ついつ和んで笑ってしまいますね、とまったく悪びれることなくにこやかに言う。悪意を全く感じない笑顔を向けているので、本気でそう思っているのだろう。琥珀も颯も別に悪い気はしないが納得はいかない気分である。


「さて、そろそろ食事を始めましょう。あと柴田、親父呼んできて」

「承知しました。すぐに」


 どこからともなく現れた柴田は、琥珀と颯にぺこりと頭を下げた後、侍従に食事を始めるように指示を出して部屋を出ていった。


「琥珀さんも颯さんも、どうぞゆっくり召し上がってくださいね」


 信長が少し奥にいる侍従に目くばせをすると、すぐにコース料理っぽものが一気にテーブルに運ばれてきたのにはびっくりした。


「お二人共お腹めちゃくちゃすいてるでしょう? ちまちま食べてたら変なところでお腹いっぱいになっちゃうし、今日はしっかり食べて欲しくて。あぁ、カラトリーは一式準備してありますがお箸もありますよ?」

「「お箸でお願いします」」


 箸を所望した後、目の前でいい匂いをさせているメインのビーフシチューに視線が釘付けになる。

 メニューはハムのサラダ、キノコのマリネ、コーンポタージュ、ビーフだと思われる肉のシチューである。とにかくすきっ腹に効くいい香りがたまらない。


「食事は逃げたりしませんよ。お二人共お酒は飲まれますか? 一応準備してありますが……」

「この国の成人はいくつ?」


 琥珀も颯も実年齢はまもなく三十になろうかと言うところだったのだから問題ないとは思うのだが、こちらに来て何故か若返っている。なんとなくだが、颯は一応この国でもお酒が飲める年齢を確認しておきたかった。


「成人は十八ですね。飲酒は二十から認められてはいます。お二人共カードを見た限りこちらでの年齢は二十でしたし飲酒は問題なさそうですね」

「でもお酒はまたの機会にしよっかね、颯」

「そうだね。残念だけどまた今度」

「俺もまだまだそこまで飲めないので、次を楽しみにしますね。あ、これ美味しいんですよ。食べてみてください」


 なんだかとても嬉しそうに薦めてくれる信長を見ていると、琥珀も颯も歓迎されているのが見ているだけでありありと分かる。

 笑いのツボはおかしいけど、こんな自分達に良くしてくれるし、なんだかとてもありがたい気持ちになってきた。


「あ、お二人は米とパンどちらがいいですか? うちの国の米もなかなかいいですよ」

「今日はお米気分かな」

「アタシはパンで!」


 食べてみるとシチューに入っているの牛肉だ。ゴロゴロと大きめに切られた野菜にほろほろと口の中でほどけるように柔らかい肉、シチューの旨味が染みる。

 美味しい美味しいと言い合いながら、あっという間に平らげてしまった。


「この後はお茶とお茶菓子をお持ちしますね」

「ほんと至れり尽くせりで恐縮です」


 皿が片付けられ綺麗になったテーブルに、香りの高いお茶とスコーンが運ばれてきたと同時に入口が開いた。


「信長様、信秀様がお見えでございます」


 織田信長の父と言えば、信秀である。大河ドラマで描かれるかれていた信秀像と言えば尾張の虎のイメージが強い。琥珀も颯もいかつい熊のような男をついイメージしてしまっていたのだが、全然虎ではなかった。

 入って来たのは何とも人懐っこい笑顔の、三つ揃えのスーツをおしゃれに着こなしたちょっとフォルムの丸いおじさんであった。


「「イメージっ!」」

「ほっほっ、そうですね。イメージと違いますでしょうか。しかし私が織田信秀にございます」


 深々とお辞儀をしてニコリと笑うその姿は、とても尾張の虎は思えない優しげな笑顔である。もしかしたら腹黒いのかもしれないが、目の前の信秀からは全く見てとれない。


「さて、ではお二人の話を聞きましょうか」

「えっと、私達信秀さんにどこからどう相談すれば……」


 琥珀も颯も問題がありすぎて、どこから話したらいいものか全くわからないのだ。

 ここの世界に来たところから?預金金額?魔法の事? 

 言ったらそれら全てなのかもしれない。


「俺から話します。親父、あのさ……」


 長くなるであろう出来事を、信長は要点をかいつまんで信秀に説明していく。


 琥珀も颯も持ってきてもらっていたお茶とお茶菓子を食べながら口を挟まずに聞いていたのだが、スコーンは微妙にパサついてもそもそするし、添えられていた生クリームがあまりにも美味しくなさすぎてびっくりしてしまった。味が何故かほとんどなく泡立てすぎなのか妙にぽそぽそしている。


 食事があんなに美味しかっただけに、このデザートは残念過ぎる。横で食べている颯も似た顔をしているので、考えていることは同じなのだろうと琥珀は思う。

 

 だが、せっかく出してもらったのに残すのは良くないとスコーンと一緒に口にいれる。

 パサパサなスコーンに水分が持っていかれた口の中を、美味しいお茶で流しながら、信長が信秀に自分達がこの世界に来てから今に至るまでの説明をしているのを、琥珀は自分でもう一度確認するように聞いていた。


お読みいただきありがとうございます。

今後の更新は月、金になります。


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