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空腹の音量に恥じらいなし

「普通預金のみだとこの先不安でしょう。そうでしょう、そうでしょう。危ないですからね。えぇ」


 あれよあれよと言う間に総合口座が出来上がってしまってびっくりしているのだが、先ほどの普通の通帳を作った時とは明らかに高橋のテンションが違い、猛烈怒涛の勧誘が始まっていた。


「これだけの預金額ですからね。そうですね、株運用などで資産を増やすのはいかがでしょうか。今後の生活に彩を添える株式運用、是非お手伝いさせていただきたく!!」

「いや、あのですね……」

「多少の損は株にはつきものですが、それだけに目を向けていてはいけません。そこを超えるからこそ大きな利益が……」


 元々株に何の興味も知識もない二人が、急に異世界の株式投資の話をされても理解できるわけがない。

 頭はパンク寸前で、株なんてやったこともないからと何度も断ったのだが、二人の預貯金の額に目を爛々とさせた高橋にとっては、株式投資未経験などは些細なことのようだ。


 銀行が株を勧めるのは販売手数料のため……などとネットのニュースで読んだことがあるのだが、異世界でもそんな世知辛い理由があるかどうかは不明である。


 げっそりとして今にもしたくもない契約に頷きそうな琥珀と颯を見るに見かねた信長が、高橋を少しだけ抑えることに成功したのだが、この上客は逃さないとばかりに大量の資料を持たされ、


「では、株式投資については後日ご自宅へご説明に上がりますので、前向きな御検討をお願いいたします」


 という言葉と共になんとか今日は逃げることに成功した。

 ご説明されたところでわからないものはわからないが、別の日にしてもらえた方が今よりは理解できるかもしれない。と琥珀も颯もほっと胸を撫で下ろした。


 まぁご自宅、ありませんけどね。

 

 そして今は馬車に揺られ、信長に連れられてどこかに移動中だ。


「そろそろ日も落ちますし、取り急ぎ私達ホテルを探したいんですけれど……。この馬車はどこに行くんでしょう」


 異世界であってもこんなに大きな街だ。快適に過ごせる宿の一つや二つはあるだろう。いくらか引き出して財布にはお金も入っているし、預金額のゼロが一つ多くなったことで気持ち的に余裕もある。

 琥珀も颯も早く拠点となる宿を探し、どこかで食事をした後お風呂にでも入ってさっぱりして、今後の作戦会議を開きたい気持ちでいっぱいなのだ。


「織田の家に向かっています。安全の為にお二人共しばらくはうちに滞在なさってください。お二人の今後の事もあるので親父に相談したかったですし、何よりも黒髪の女性が共もつけずにいるなんて……。うちなら本当に安全ですから!」

「女の人が旅もできないほど物騒な街なの?」

「しかも黒髪限定とか、限定の幅が狭いな」

「いや、この街自体は比較的安全ではあるんですけども……」


 知らないことばかりだと思うし、どうしても心配なんです、と心底心配そうな顔で信長が言うので琥珀も颯もありがたく一泊させてもらうことにした。


 馬車はパカパカと軽快な音を立てて進んでいる。

 街に入った時にも思ったが、中世ヨーロッパ風の街並みは一度は海外旅行に行ってみたいと思っていた琥珀の心を躍らせるた。


 家々の窓、壁の色、屋根の色、なんだかわからないけれど温かみのある明かり、すべてが異国情緒にあふれている。

 異国と言うか、異世界なんだが。


「信長さんや佐久間さん、柴田さんは黒髪ですよね」

「そうなんだよね、だから全然違和感がない。名前も日本人の名前だし。イケメンだけどある意味安心感あるよ。これで金髪碧眼とかだったら……」


 颯は謎の力説を続けているが、信長は馬車の外を見て見てくださいと話を遮る。

 言われるがまま外を見ると、先ほどサービスエリアから街に来る道中はあまり気にならなかったが、こうしてたくさんの人を見ていると、かなり色々な人種の人達が集まっているのが分かる。髪の色、瞳の色、顔立ち、なんとも多種多様だ。


「目に入ってこなかっただけで、かなり異世界情緒満載だったのね……」

「はい。特に我が国では黒髪を持つものは高位の貴族が多く、あちらの世界で影響力の強いと言われている人物と同じ名前を持ち、高位の魔法を操り高い魔力を宿してます」

「そうなんだ。私達もこれから勉強していかなくちゃだめだね」

「レベル上げからだよ。チートなしとか残念過ぎる」


 せっかくの異世界転移も、俺ツエーではないなんて残念だが、これが現実だよなと琥珀は眉間に皺をよせて一人うんうん唸る。


「お二人も、とても綺麗な黒髪をお持ちです」

「私も颯も真っ黒ってほどではないけど比較的黒いかな……。あー、そっか」

「えぇ。この国は他国に比べれば比較的治安もいいですが、お二人がいた日本ほどではありません。貴族と間違えられるかもしれないし、輩に攫われる可能性だってあるんです」


 あくまで可能性だが、どんなに治安が良くても事件がないわけではない。

 治安がいいと言われていた日本だって、大小あれど事件はあったではないか。


「でも攫われたとしてもよ? 本物の貴族じゃないし二人ぼっちのアタシらを脅してもお金を巻き上げられないじゃない? まぁ預金はそこそこあるわけだけどそれは輩は知らないしさ」

「そうだね。でもお金があるかどうかは分からなくても、見た目黒髪で若いとなれば知らない貴族と勝手に養子縁組されたり、変な貴族に売られるかもしれないし、珍しいから娼館に売られたり……、なんてことも最悪あると思うよ」

「人身売買……あるんだ……」


 佐久間の言葉で、小さな声でつぶやいた琥珀を見ていた信長は何かを想像をしてしまったのか、唇をかみしめながら頭をふるりと振ったが、すぐに無意識に琥珀の手を大事なものを触るように包んで言い聞かせるように伝えた。


「そうですよ。琥珀さんは本当に可愛らしくて愛らしいので、攫われでもしたら本当に何をされるか……」

「はーん? 琥珀だけ?」


 颯のその一言で我に返ったように、信長が握っていた琥珀の手を離して後ろにのけぞる。

 ニヤニヤと楽しそうな顔をした佐久間と、さらに颯も同じような笑みを浮かべながら信長を見ている。


「すみません……。颯さんも……、まぁ、可愛いかなとは思います」

「おべんちゃらが滲み出とるな……」

「さっきも思ったけど、信長さんほんとに可愛いをわかってないな。でもね、颯は本当に可愛いよ」

「琥珀! サンキューー!!」


 紅色に染まる信長の頬を隠すような夕暮れ時が訪れた。


 変わらず馬車は眠気を誘うような心地よいスピードで進んでいるが、昼前にパスタを食べてから緊張続きのドライブ。謎のサービスエリアでおやつ程度にたこ焼きを食べてからかなり経つため、どちらかと言えば眠気より空腹の方が勝る。


 ぐぅーーー……


 琥珀と颯のお腹の減り具合も限界を迎え、とうとう揃って盛大にお腹が悲鳴を上げた。

 

 お世話になっている人の前でこんなにも盛大に腹が鳴るなど、恥ずかしいにも程がある。

 琥珀にも颯にも年相応の恥じらいぐらいは待ち合わせてはいる。が、自分の腹の音量は恥じらいなど初めから知らないかのように容赦してくれない。


「し、仕方がないんだよ! 私達、お腹すきすぎてるんだからお腹が鳴るの仕方ないんだよ!!」

「そんなに必死に言い訳しなくても、笑ったりしませんよ?」

「信長さん、笑い堪えながら言っても説得力ゼロだかんねっ」


 涙目で笑いを堪えて顔が真っ赤な信長に、琥珀は笑いの沸点がなかなかに低いのだろうと思った。

 と、馬車がゆっくりと止まった。


「到着しました。銀行にいた時に早馬で使いを出しておいたから、食事の準備は出来ているはずです。気に入って貰えるといいんですが……」

「信長様、お二人に来てもらおうとずっとそわそわしてたからね」

「おい、変なこと言うなって」


 そう佐久間が信長を揶揄うように言うと、馬車の扉が開き先に馬車を降り、颯もそれに続いた。

 琥珀も続こうと立ち上がったがが、信長に止められてしまった。


「危ないですからね」


 ニコリと笑う信長に、琥珀は子供じゃないんで大丈夫です!と言って強引に馬車を降りようとした瞬間、ブルルルと馬がいななきその反動で少し馬車が動いてしまった。

 

 立ち上がって外に出ようとしてた琥珀は、ふらりと動いた拍子に体勢を崩してまたもや馬車から落ちそうになってしまった。

 今度は下に信長はいない。


「うわっ」


 と目を瞑って、落ちる衝撃を和らげようと頭を抱えてみたが、いつまで待っても痛みはやってこない。

 寧ろ、足が地についておらず、何やらお腹の辺りを抱えられているような感覚がある。


「信長様……。あのそちらのお嬢様は……」


 外からの声にようやく恐々と目を開けた琥珀は、信長の小脇に抱えられていると言う状況をようやく把握できた。

 恐らく先ほど落ちそうになったところを、後ろから信長が助けてくれたのだろう。


「納得いかない……」


 恥ずかしさに手で顔を覆ってみたが、覆った手の隙間から車寄せの前にずらりと並ぶ人達の驚く顔が琥珀の目に飛び込んできた。


 穴があったら入りたいとはこう言うことか。


「頭隠して尻隠さず。もう恥ずかしい格好丸出しよ。琥珀。まぁおんぶも似たようなものだし、馬車から降りる時は今後信長さんにエスコートしてもらえばいいんじゃない」

「俺はいつでもエスコートできるなら嬉しいです」

「馬車から降りることが出来ないってどんなよっ!」


 足をぶらぶらさせながら怒っていると、信長が抱え方を変えてようやくステップを降り始めた。


「あのぅ、これも相当恥ずかしいんですけれど……」

「こういった事は喜ばれると、向こうの書物で学習したのですがちょっと違いますか?」

「書物って、それ少女漫画とかの知識じゃないの!?」

「お姫様抱っこと言うやつですね!」

「ですね! じゃないっ!」


 ご機嫌な信長の笑みに騙されそうになるが、かなりの恥ずかしさである。


 先ほどの位置からは見えなかったが、玄関には出迎えの人が思ったよりもたくさん並んでいるのが見えた。


「この抱き方はおんぶより顔が見れて安心です」

「……、人がたくさんで本当に恥ずかしいので、さすがにそろそろ下してもらえたらありがたいです……」


 大事そうに信長は琥珀を抱きかかえていたのだが、色々な意味で恥ずかしい気持ちでいっぱいいっぱいの琥珀をみると、これ以上は可哀そうだとしぶしぶようやく下ろしてもらえたのであった。


「おかえりなさいませ。信長様」

「ただいま戻りました。食事の準備は出来ている?」

「はい、出来ております」


 出迎えの執事らしき人物に一つ頷き、信長は柴田を呼ぶ。


「はい」


 御者にいたはずの柴田がすでに玄関で待っていた。

 今後のスケジュールをその場にいる者達に聞こえる様、少し大きな声で伝達する。


「お二人共大事な渡り人であり、当家のお客人です。この後軽く湯あみをしていただいた後、お食事されます。では各自手筈通りにお願いします」

「はいっ」

「皆、よろしく頼む」


 それぞれの仕事に向かうのか、出迎えで玄関にいた人達が散り散りに去っていった。

 統率されたその動きに感心はすれど、なんだか別の世界を見ているような気分だ。


「湯あみ? お風呂のことかな。ありがたい!」

「アタシお腹もすいているからシャワーとかで軽く済ませてご飯食べたいわ」

「なんかもうあれよあれよという感じで……」

「ままよっ! みたいな気持ちになってきたね」


 二人が話をしていると、いつの間にか馬車から下ろしてもらえたのか、二人の旅行用のトランクを持った女性がこちらへどうぞと声をかけてくれた。

 同じぐらい……といっても若くなった自分達と同じぐらいなので二十歳ほどだと思うが、どうやらこの女性が部屋へ案内してくれるようだ。


「おじゃま、しまぁーす」


 質実剛健という感じのする質素だが清潔感のある玄関を、なんとも気の抜けた挨拶をして琥珀と颯は足を踏み入れたのであった。

お読みいただきありがとうございます!

まだ話数が少ないのですが、また来ていただけると嬉しいです。


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