そうかここは異世界だったな
光る魔法を見せることができなかったせいか心持ちカイゼル髭の先が下がったように見える高橋だが、とりあえず次の段階に進まなくてはならない。
光らなかったカードを手のひらに乗せしょんぼりしている琥珀と颯に、次のステップに進むべく気持ちを新たに説明し始める。
「次は……、光る可能性が……あります」
「この免許証もどきがが光る、可能性がある、だと?!」
「いや、待て琥珀。さっきの地味な感じのを思い出すと、薄らぼんやり……みたいなのかもしれん」
「あーん……」
「琥珀さんも颯さんもなんでそこまで光ることに思い入れが?」
がっかりする二人に、謎のダメージを負って肩を落とす高橋の背中を優しくさすりながら、信長が不思議そうな顔で聞いた。
「思い入れがあるとかじゃないんですけど……、魔法って光るイメージがあるから、これは光るかもってワクワクしてたのに……」
イメージと違ったのが残念だったと琥珀が答えると、またもや優しく微笑みながら信長が解説してくれた。
「魔法には色々な種類がありますよ。高橋総裁のこの魔法は彼しか使えない特殊魔法ですし、光ったりしなくてもとても珍しいのです」
「私はこの特殊魔法の他にもいくつか魔法が使えます」
「高橋さん、凄い!」
「それに種類によっては発動時に光る魔法も沢山ありますし、攻撃魔法や防御魔法もあります」
マジか、マジかーと、かなり興奮したような二人の様子にほんの少しだけホッとした顔を見せる高橋の肩を優しく叩き、信長は話を進める。
「このカードは免許証もどきではなく、身分証明書兼銀行カードです。身分証には基本的に自分が使用できる魔法が刻まれます。固有魔法がある場合はその下に表記されますが、危ない魔法の場合は……」
「名前がまんま過ぎるね……。危ない魔法ってどんな?」
「透明人間になれるとか!?」
「ほほぅ。透明人間となれば、琥珀氏。お風呂とか着替えとか覗き放題ですなー」
「やだー、覗きダメ絶対」
「コホン……。犯罪に繋がるような可能性のある透明化の魔法については対抗策が講じられておりますのでご心配なく」
「じゃぁ一体どんな魔法だと危ないって判断されるんですかね」
一発で沢山の人を死に追いやったりする兵器のようなタイプの魔法は確かに一般的に見られたらアウトだろうとは思う。ちゃんと管理された方がいいに決まっている。
「殺傷性の高いものはやはり制限されますね。威力が高い場合は、国への届出と場合によっては大神さまへ届出が必要です」
「神さまに届出ってなんか字面凄い」
「指名手配みたいなインパクトあるなっ! 琥珀!」
「物騒な例えだな。でもインパクトは確かにあるっ!」
話が逸れそうなのを、高橋が手を叩いて諫め話を進める。
「では、続いて魔法の鑑定を行いましょう。このカードを両手で挟んで……、そうです。そのまま口元までもっていって息を吹きかけてください」
「「すぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」」
「あの、少しで大丈夫なんで」
「「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。って早く言ってくださいよー」」
吸った空気を全く同じタイミングで息を吐き切って、琥珀と颯は何が面白いのか笑い出した。少し離れたところから、佐久間と柴田、さらには横にいた信長も二人に釣られたのかくすりと笑っているのが見えた。
「さて、気を取り直してもう一度。両手で挟んで息を吹きかけます。そうです。では身分証明書兼銀行カードをこの上に乗せてください」
銀行員の女性が先ほどのお遊びの最中にちゃんと準備してくれていたのか、二人の目の前には濃い紫色の紙が一枚の置かれていた。
その上に二人で手に挟んでいたカードをそっと置くと……。
「じわじわ震えるように動いてる……気もする」
「動いてない可能性も否定できない程にね。そしてアタシのは、心なしか光っている気がする」
「上手く光らない蓄光テープみたいだね、颯」
「やっぱ微妙じゃん、なんでよーっ」
じわじわ震えるように動いている琥珀のカードと、なんとなく光っているように見える颯のカードを、お互い見比べるとどうしてもため息が出てしまう。
残念なものは残念だし、今度こそ凄く光ってくれるんじゃないかというわずかない期待に縋ってしまったが故、齢三十になろうとも顔に出てしまうのは致し方ないはずだ。
「二人共そんな顔しないでください。ここからが高橋総裁の魔法の真骨頂です」
「さっきのぎゅっぎゅ小さく折りたたんでカードにするだけじゃないってことですね」
「……」
「高橋総裁……。大丈夫です。ちゃんとこの先を説明したらお二人も分かってもらえますから。自信を持ってください」
先ほど少しだけ上がったカイゼル髭が、また下がってしまったように見える。髭が自由自在に扱えるなんてそれは魔法の可能性がないだろうか?
髭の上げ下げが出来る魔法……。面白いが需要はあまりなさそうだ。
「ありがとうございます。ではここからはお二人の魔法の鑑定を始めましょう」
紫の紙の上、免許証もどきに高橋が静かに手を伸ばし小さな声で何か呟いている。
「ここからが高橋総裁の魔法の真骨頂ですよ」
呟き終わり指をパチンと一度鳴らすと、その指先から淡い虹色の光が身分証明書兼銀行カードに伸びていく。
淡い色なのに、何故かやけに鮮やかに目に飛び込んでくる気がしたなと思った瞬間、目に見える全てが色鮮やかに広がった。
その光に触りたいと手を伸ばしてみたが、するりと身体を通り抜けていってしまう。
しばらくそんなことを続けていると、《これ》と思う色、色というか虹色に光るなにかと琥珀は目が合ったような気がした。
『ふふふ、わたくしの主人はあなたに決めたわ』
それがそう言ったように聞こえた。
横を見ると颯にも虹色の何かに触れているのが見えると、ゆっくりと身体を包んでいた鮮やかな色の世界が終わった。
「さて、お二人の魔法はなんでしょうかね。信長様、ご確認をお願いいたします」
「ん? なんで信長さんが?」
「……まぁまぁ、気にしないでください。では失礼して……」
信長が身分証明書兼銀行カードを手に取りじっと見ると、んーっと一言唸り、また同じ動きを繰り返している。
険しい顔と言うよりは、不可思議な……と言った顔をずっとしているように見える。
「あの、私達……」
「もしかしてアタシ達、魔法の素質なし?」
「魔法の素質と言うか……」
もごもごと何かを言いながら何度も何度も二人の免許証もどきを確認しては、どこかを数秒見つめてはまた見る、を繰り返したがとうとう自分では結論を出すことが出来なかったのか高橋をちらりと見た。
「高橋総裁、これ、どう思いますか?」
「拝見いたします」
と、免許証もどきを見せられた高橋も、たっぷり時間をかけて確認したが延々となんとも言えない顔をしている。
「免許証もどきにはなんて書いてあるんですか? さすがにそろそろちゃんと教えて欲しいんですけど……」
「免許証もどきではなく、これは身分証明書兼銀行カードです」
「長いし、ただのカードで呼び方よくない?」
正式名称よりも自分の魔法がいったい何のかが知りたい。
琥珀が我慢できずにずいっと信長の肩に触れそうになるほど近寄って、自分の身分証明書兼銀行カード改め、免許証もどき改め、ただのカードと呼ぶことになったものを覗き込む。
「わわ、近い、近いです。琥珀さん」
「すみません。でも近くないとカードの文字見えないじゃないですか」
「た、確かに……」
仕方ないなどと嫌がっているのは言葉だけで、本気で嫌がっているわけでは無いのが丸わかりな真っ赤な顔をした信長は、ここです、と指を指した。
「えっと、魔法使い……?」
「えぇ、お二人共魔法使いとあります」
魔法使いと言うと、あれだな。ほうきに乗って空を飛んだり、おまじないとか占いとか……。でも魔法使いはゲームでは攻撃したり回復したりもする、HPは低いけどMPが高くてイメージだな。と琥珀も颯も同じことを考えていた。
「使用できる魔法が魔法使い? ってどういうことですかね」
琥珀が素直に疑問を口にすると、佐久間と柴田がぎょっとした顔で琥珀を見た。
「はっ? 魔法使いだって?」
「アタシも魔法使いだったわよ? っていうかみんな魔法が使えるなら魔法使いなんじゃない??」
佐久間と柴田があまりにもびっくりした反応を見せるので、自分もそうだったと颯が告げるとさらに驚いた顔で、信長の様子を見ながら颯に声をかけた。
「魔法は使えるけれど、大体一種類から数種類が限度だよ」
「何種類も使えるってだけで凄いのに、魔法使いなんて伝説か文献でしか聞いたことないな。数百年前にはいた記述があるが……」
「っていうか、使える魔法が《魔法使い》ってなんか括り自体がおかしくないですか? どんな魔法が使えるって言うのがこのカードに刻まれるんだと思ってたんですけれど……」
「俺もそう思っていたんですけれど、これはちょっと親父に相談しないと……」
「と言うか、なにここ」
颯が指差した先、魔法使いと書かれた下に条件等と書かれた横に、《ほうき AT限定》《詠唱不要》《占い》と書いてている。
「ってかなに、オートマ限定って!」
ほうき自体が一体どういうものなのかも分からないのに……と颯も困惑気味である。
「琥珀は?」
「ほうき、詠唱不要、占いって書いてある」
「似てるけど、オートマ限定じゃないの羨ましい」
「いや、まずほうきにマニュアル運転とかあるのかな」
「あの、もう一度見せてもらっていいですか?」
そう言うと信長はもう一度琥珀のカードを手に取り、じっくりと確認する。
「あ……琥珀さんと俺、同い年です。嬉しいです」
「? ありがとうございます。私も嬉しいです」
なんだか良く分からないが、とても嬉しそうに同い年報告があったので琥珀も丁寧にお礼を述べるという謎の会話をしていると、琥珀がカードの端が少しだけずれているのを見つけた。
「私のカードちょっと端がずれてるっぽい!」
「アタシのもだ」
確認した颯のカードも少しだけ端がずれてめくれそうだ。
颯がカードの端をめくると、ぺりっと剥がれて中に何かが書いてあるのが見えた。
「えっと、なになに」
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《まず初めに》
魔法使いレベルはゼロから始まります。
始めは回復薬を作り始めましょう。食べ物、飲み物、形は問いません。
色々な人に美味しく食べてもらったり飲んでもらいましょう。
《回復薬の作り方》
自分で作った食べ物や飲み物に、気持ちと気合を込めましょう。
回復薬を作ったり、経験値が一定量貯まると、カードに使える魔法が足されていきますのでまずはここから頑張っていきましょう。
レベルゼロだと、魔力量も少ないので、まずはレベル1を目指して回復薬作りを頑張りましょう。
レベルが上がると潜在能力もよりアップしていきますのでお楽しみに。
《使える魔法について》
使える魔法が増えるとスキルマップが開き確認することできます。
使えるようになった魔法はレベルがゼロからとなりますので、地道に練習して熟練度を上げるように頑張りましょう。
《熟練度について》
何となく使ったり作ったりすると徐々に上がっていきます。
《ほうきの乗り方》
ほうきに跨れば軽く浮くことは出来ます。レベル1になると自由に空を飛ぶことが出来ます。
《魔法詠唱について》
本カードの持ち主は魔法の詠唱は不要です。
《その他》
詳しいことは図書館で調べるか、詳しい人に聞いてみましょう。
魔法使いについての説明は以上です。
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「……なにこのゲームの説明書みたいなノリ」
「しかも知りたい事なんてミリ程度しか書いてないとか、腹立つ」
「ミリ書いてあっただけでも良かったというべきか」
読めば読むほど自由度の高いゲームのようで、楽しんだもの勝ちだというのは何となくわかるのだがコレも思っていたのと違う展開に、正直どうしていいのかわからなくなってくる。
困惑しているのは琥珀と颯だけではない。信長も大丈夫ですよ、と言ってくれてはいるが正直困った表情なのが見て取れる。
「まぁ図書館に案内してもらって、調べてみるしかないかな……」
そう琥珀が言いながら広げたカードを元に戻すと先ほどと同じように少しだけずれた状態で綺麗に張り付いた。面白くなって何回か広げたり元に戻したりしたが、ちゃんとその都度綺麗に張り付いてくれたので少しだけ安心した。何かの拍子にあの取扱説明書が広げられても困ってしまう。
そんな遊びのようなことを琥珀がしている間に、颯が佐久間に大きな図書館があるかどうか聞いていたのだが、先ほど魔法の話をしている間に席を立っていた男性銀行員が今度は高級そうな金色のトレイを置いた。
「あ、秋月様、秋田様。こちらでの銀行口座の手配が整いました。こちらに身分証明書兼銀行カードを上に、あちらの世界でご使用されていたキャッシュカード下にして置いていただいてよろしいでしょうか」
魔法に気を取られていたが、銀行口座をこちらでも使えるようにするためにここに来たのだ。
この大事な儀式を忘れてはいけない。
「「喜んでっつ」」
二、三分すると男性銀行員が、こちらで終了です。とにこりと笑ってカードを返してくれた。
「光らないんですね……」
「申し訳けございません……」
またカードは光ったりなどしなかったので琥珀と颯は、残念だという顔を隠すことなくそのカードを財布にしまった。
「銀行口座の残金は、このカードの右上を二回触ると右上のこちらに表示されますので覚えておいてください」
「残高照会がすぐに出来るの凄い。そして右上をダブルクリックね。りょ!」
「これかちかちしないから、不思議な感じするね」
「でもさ、これは文字が浮かび上がるって仕様なのに、免許証の条件みたいなところの解説がアナログすぎん?」
「それな……」
二人でカードの右上を二回叩くと、右上のあたりで数字が浮かび上がる。
琥珀のなけなしの貯金が表示されたが、どうもおかしい。
一桁ゼロが多い。
「あの、私の貯金額、ぶっちゃけ三百万ほどだったんですけど、ゼロが一つ多いような……」
「本当だ。アタシもなんかおかしい。ゼロが多いのは嬉しいけどさすがにざわつく金額だわ」
「あちらとこちらでは価値が違いますので……。金額としては間違いはございませんのでご安心ください。ただ持ち歩くには少々不用心でございます故、預金された方がよろしいかと」
なんでもないような顔をして、高橋が預金をすすめてきた。
がめつい。さすが銀行員だと思わざるを得ない。
「安心安全、当オルランド王国国営銀行にお任せくださいませ」
「ちょっ! こんな純日本風の名前ばかりだって言うのに、急に異世界感ぶちかましてくるのやめて!」
銀行預金や魔法云々のやり取りで、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたが……。
そうか、ここは異世界だったなと琥珀も颯も自分の残高を見ながらぼんやり思い出したのだった。