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国王と蝶

「うわ、この蝶とても珍しいんですよ。こんな時期に二匹もいるなんて縁起がいいかもしれません」


 貴族院の図書館に何度か行ったがこれと言った発見はなく、さらにレベル上げよろしく色々と作ってはみたが、琥珀と颯のレベルも結局上がることなく国王に謁見する週末がやってきた。


 馬車で出かける時間に外に出ると、空は晴天。


 馬車に向かって琥珀と颯が歩いているとどこからともなく虹色の蝶が二匹飛んできて、一匹は琥珀の頭に、もう一匹は颯の肩に止まったまま微動だにしなくなってしまったのだ。

 たまに閉じていた羽をパタパタと動かす以外は何故か離れず、結局馬車に乗り込んでも初めに止まった場所から動こうとはしなかったので、今だに頭と肩に止まったままである。


「レベルが上がらないのは、他に何か条件があるのかもしれませんね」

「ですね……。焦ったりはしてないんですけど、少しでも成長を感じられるような何かがあればいいんですけど」

「カードにも変化はありませんしね。国王様なら何かわかるかもしれませんし今日の謁見で聞いて聞いてみましょう」


 蝶が止まったまま、という不思議な状態にも慣れてきた頃、王城目に入ってきた。


「わぉ……」

「でっかいね」


 目の前にある城は、その土地に根付き人が生活している本物の城であることが確かにわかる。

 城の周りには城壁があり、その門には兵士が立つ。一旦止まってからまた動き出し、しばらくすると馬車が停まった。


「今日は慣れないドレスですからね。ちゃんとエスコートさせてください」

「恐縮です……」


 今日の御者は佐久間だ。颯が降りるのをしっかりとエスコートし、その後柴田が降りた。


 次は信長が先に降りて、琥珀は今日こそは落ちないように細心の注意を払いながら今日はステップを降りる。

 

「ネタは尽きてしまった感じはするけれど、何か面白い事でも起きてくれたらいいと思う」

「面白い事って? 例えば?」

「自己チューとかかな」

「じこちゅー?」


 先に降りていた佐久間と柴田、颯は何か起こるかとワクワクしながら琥珀が降りるのを見守っていた。

 信長は何が起こってもいいように、ステップの下で少し手を広げ、何が起こってもいいように待っている。


「待たれた方がおかしい気がします。私、落ちたりしませんからね」

「それをフラグと人は言うよ!」

「だまらっしゃい!」 


 下でニヤニヤしながら笑っていた颯を一喝してから、ゆっくりとゆっくりとステップを降りる。

 今日は無事に降りれたことを誇るように信長を見ると、何故か寂しそうな顔をされたのが琥珀は不服であった。


「ようこそいらっしゃいました。少し早いのですがご到着されたらすぐにお呼びするようにとの仰せでございます。お疲れのところ恐縮ではございますが皆様こちらへどうぞ」


 どうやらすぐに謁見が始まるらしい。


「出来ればお茶を飲んだりして少しリラックスしたかったなー」

「あ、こら颯、そんなこと大きな声で言っちゃ……」


 確かに馬車で移動した後、すぐにとは!


 二人はお茶でも飲んで気を落ち着かせたいというのは本音ではあるが口に出していっては失礼ではないかと、ハラハラしながら琥珀は颯の口をふさいだ。


「申し訳ございません。謁見ではございますが堅苦しいものにはしたくないとのことでございましたため茶室をご準備をさせていただいております。ごゆっくりお茶をお楽しみいただければ幸いでございます」


 しかし帰ってきた言葉は何とも優しく、ちゃんとお茶を準備してくれているというではないか。

 偉い人との謁見でリラックスしてお茶を楽しめるかは別だが、まぁありがたい。


 長いピカピカに磨かれた廊下を、不慣れなドレスに引っかかって転んでしまわないか冷や冷やしながら進んでいくと、茶室に到着した。


「織田家嫡男、織田信長様、渡り人様お二方をお連れいたしました」


 従者が扉を開けると、奥にその人はいた。


 長い黒髪に白い肌。一重の切れ長の目の上には……。


「まろ眉……」

「チャームポイントなのだ」

「しかもロリ声……」


 つい颯が口に出してしまった。可愛らしい印象のまろ眉の女の子がそこにいた。


「其方たちが渡り他人であるか。ようこそ我が国へ。我は姫巫女。この国の国王である」

「国王様、今日はお忙しい中謁見のお時間をいただきありがとうございます」

「お招きありがとうございます」


 颯も琥珀もあっけに取られて、信長に促されるように絞り出すようになんとか挨拶する。


「信長も息災であったか。元気そうでなによりである。堅苦しい挨拶は終いじゃ。ほれ、疲れたであろう。渡り人のお二方も信長も、こちらに座って茶と茶菓子でも食べよ」



*******************************


「ほほぅ、そうであったか。災難であったなぁ……。しかし魔法のレベルが上がらぬとは災難からさらに難儀であるな。大神さまならご存知かもしれぬが、我でも解らぬ事象よな……」


 ふむりと姫巫女はため息をついた。


 お茶は香りの高い紅茶で、出てきたお茶菓子はシフォンケーキっぽい……なにか。


 信長もこれが普通なのか特に気にするそぶりもなく、「やっぱり琥珀さん達が作るものを食べてしまうと、物足りなさすぎて困りますね」と言いながら、それでも品よく口に運んでいる。

 

 膨らみきれずなんとも悲しげなフォルムに、琥珀も颯もまたかと思いながらも、おもてなしにと出されたものには罪はないと恐々とシフォンケーキに手を伸ばす。


 お い し く な い よ ー っ !


 琥珀と颯が口パクで伝え合ったが、まったく同じことを思っていてむしろ安心した。


 まず膨らみきれていない。さらに焼き縮みしてるのをみると、ちゃんと材料が混ざり切っていないのと、温度が足りずにしっかり焼けていないのだろうと推察される。


「あの、姫巫女さま。これ、美味しいですか?」


 つい颯は聞いてしまう。

 だって、全然美味しくない。


「ん? 美味いかまずいかか? これについて我の考えは可もなく不可もなくであるな」

「はー? これが可もなく不可もなくとかありえない! これは美味しくない部類のものっ」


 そういうと持っていた鞄の中から、小さな包みを取り出すと姫巫女の目の前に突き出した。

 小さな娘一人で何もできやしまいが、国王を守るために周りにいた護衛達が一斉に駆け寄ろうとした。が、姫巫女がそれを制した。


「よいよい。そちの名は?」

「秋田颯です。失礼しました。あの、これ食べてみてください。クッキーです」


 今度は急に突き出したりせず、丁寧に説明する。


「この国のスイーツをいくつか食べましたが、どれも美味しくなくて……、とても残念だったので琥珀と一緒に美味しいと思うものを作ってるんです」


 信長や織田家の人達にも好評のクッキーは、帰り小腹が空いたら食べようと思って持ってきていたのだ。それをテーブルの上に置く。


「私達の味覚がおかしいのかはわからないですけど、ご飯はどれも美味しいのに、お菓子は全然美味しくなくて。信長さん達も気に入ってくれてますし、もしよければなんで食べてみてもらえませんか?」


 琥珀も颯に続いて食べてもらおうと試みると、やりとりを見ていた信長が口を開いた。


「恐れながら姫巫女さまへ申し上げます。これは大変美味でございます。毒味が必要であれば俺が……」

「よいよい。そちが連れて客人が作ったものに、毒など入っていようはずもあるまい」


 手に取って袋を開けて、まず匂いを嗅ぐ。

 すっと鼻に入ってくる香ばしい香りに思わず姫巫女の喉が鳴ってしまう。

 その後一つ手に取って、一齧り。


 とても小さな一口なのに、咀嚼してからの余韻が長い。


 少し心配になるほどの味の余韻を楽しんでから、一度紅茶を口に含んだ。


「ほぅ……」


 ため息のような声が漏れると、先ほど度同じようにまた小さく一口齧り、じっくり味わうと紅茶をまた口に含む。袋からまた一つ取って……


「なんじゃ、もうないではないか」

「姫巫女様、全部お召し上がりになっておいでです」


 控えめに従者が姫巫女に伝えると、驚愕の表情を見せつつも袋の中を何度も確認している。


「そんなはずはないぞ。一口食べて、もう一口食べて……その後は旨いなと思ってお茶を飲んだらもう袋の中すべてが無くなっていたのだ。おかしいではないかっ」

「食べたら無くなる。それが自然の摂理ってやつね」

「そう。食べ物の場合は無限にあればいいのにと思う瞬間、ありますね!」

「む? おぬしは、琥珀と言ったか」

「はい。秋月琥珀です」

「無限にあればと、我と同じことを思うとは……、おぬしやるな」


 いや、美味しいものを食べている時は大概そう言う人は多くなる、と思いながらも上機嫌な姫巫女を見ると言い出せないばかりか、なんだか可愛くなってきてしまった。


「今まで食べていた菓子とは別次元のものだな。他にもあるのか?」

「先日お二人が作ったプリンを食べる機会がありましたが、とてもこの世のものとは思えないものでございました」

「なに? プリンがか? 本当か、信長の」

「えぇ。口にした瞬間福音が聞こえたかのような錯覚を覚えました」


 それほどか……、とちらりちらりと琥珀と颯を姫巫女が上目遣いで察しろとばかりに見てくる。

 可愛いの力を前面に押し出して作ってくれるよなという無言の圧力をかけてくるあたり、可愛い顔して本当に権力者なのだなと思ってしまう。


「しかし、もっとうまいものを俺は知っています」

「なに! この焼き菓子のクッキーよりも先ほどこの世のものとは思えない程旨いと言っていたプリンよりもか。それはなんじゃ、申してみよ!」

「はい、それは、琥珀さんが作るクレープです」


 クレープ生地はお好みでもちもちにもカリカリにも出来る。

 中のトッピングも好きなものを選ぶことも可能である。好みの味に会えればこの世界の人にとってかなりのごちそうにもなるはずである。が、なにより美味しいかは人によるのではないか?


「それを、我は所望するぞ。今できるのか? 今すぐできるのであれば厨房を開けさせようではないか」


 この後の仕事はないのか、姫巫女が気合とやる気がみなぎった顔で迫ってくる。

 琥珀と颯が座っていた椅子の真横に陣取り、また可愛いの術を発動させてお願いをかましてくるあたり策士であると颯は思う。

 

「ふーん。そんなに美味しいならワシも食べてみたいものよのぅ。人の子よ」


 そう鈴のなるような声がしたかと思うと、あまりにも身動きしないのですっかり忘れていたが琥珀と颯に止まっていた二匹の蝶が身体から離れて、重なり合い、光に包まれた。

 アーモンドのような大きく少しきつめの瞳に、濡羽色の髪の人物が立っていた。


 漆黒ともいえるその濡羽色の髪と目の印象から、魔女と一緒にいる黒猫のようなイメージを琥珀にもたらした。


「あ……」


 その場にいた琥珀と颯以外が一斉にひれ伏す。


「みなさんどうしたんですか?」

「この人急に蝶から人になるなんて、それこそ魔法使いみたい」

「ふふふ。魔法使いか。それもまぁあながち間違いではないな」


 とても中性的な声で、女性か男性かわからない。


「琥珀さん、颯さん。その方は……」


 その黒猫のような人には頭を下げながら信長が教えてくれた。


「その方は大神さまでございます」

「「えー!」」


 国王に会ったその日、また別の日を指定されると思っていた大神との謁見がこんな簡単に実現してしまうなんてと、大きく空いた口が塞がらない。


「ほれ、早うそのくれーぷとやらを食べさせておくれ。人の子らよ」


 ニコリと笑うその顔は、イタズラを始める前のまさに猫のような顔だった。


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