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お弁当とプリン

「俺達あと一時間ほどで戻ってきますから絶対にここから出ないでくださいね!」


 絶対ですよ!約束ですよ!と念押ししながら何度も振り返り、部屋を出てまた戻ってくる、を繰り返すこと数十分。ようやく信長達がその部屋を出ていった。


 ここは貴族院で高位の貴族の者が使う自習部屋の中の内信長達が使用している個室で、護衛用に信長の部屋のドアに向かって右に佐久間、左に柴田の部屋があるという。鍵は部屋の主人と登録者のみがかけることが出来、魔法によって結界もかけられるので窓が開いていたとしても侵入できないし、誰がが無理やり侵入を試みたとした場合は誰が来たのかすぐわかる仕組みがあるらしい。


「そう言えばさ、なんか信長さん怒ってなかった?」

「いやぁ、あれは怒ってたって言うか、焦ってたと言うか嫉妬と言うか……?」

「嫉妬? 何に対して?」

「それはさぁ、信長さんが……ごにょごにょ……だからさ」

「ちょっと何それ。誤魔化し方がざつー!」

「もー! 信長さんに後で聞いてみたらいいじゃないのよ。答えてくれるかは分からないけどね……」


 自習部屋とは言い難い応接セット。勿論自習室なのでデスクもあるが、お風呂とシャワーにトイレ、簡易的な台所、仮眠できるベッドルームまである。琥珀が初めて一人暮らしをした時借りたワンルームと比べるべくもなく、作りとしてはリビング広めの豪華な1LDKである。


「そう? じゃぁ後で聞いてみようっかな。でもさっきは驚いたね」

「あんなに人だかりになるなんて思ってもみなかったわ。服装まずったかね」


 つい今朝ほど信秀に相談してみたら貴族院に行ってみるといいと言われてやってきたのだが、信長のいる場所がわからない。正門近くで馬車を降りきょろきょろとしていると数人の黒髪の女生徒達に声を掛けられた。 


 織田信長を探している。信長がいなければ佐久間か柴田でもいいと話をしたら、一緒に探してくれると言うではないか。


 あんなに怖がるような事を言われたが、思ったよりも黒髪も多いし、一緒に探してくれている女生徒達はとても優しい。顔立ちこそ日本人ではないが、黒髪であることで親近感も湧き、声をかけてくれた女の子達と仲良くなって楽しく散策していたのだが……。


 急にアンディという男子生徒が割り込んできて、自分が案内すると言ってきた。

 妙に距離の近い男で、エスコートしましょうと琥珀や颯の手を取ろうとするので、ネロに言われた通りしっかり断りを入れた。

 信長の知り合いだからと言うから面白くもない話に付き合いながらも我慢しつつ距離をとって歩いていたところ、ようやく信長に会えたのであった。

 どこの世界にもあぁ言う勘違い俺様タイプはいるものだなぁと琥珀も颯も苦笑いしてしまう。


 さて、気を取り直してここの部屋は三階。日当たりがとてもいい。大きな窓の外から色々な人の声が聞こえてくると、ここが学び舎だという事を実感する。


「貴族院って言ってたっけ。大学みたいな感じで懐かしいね。信長さん達ぐらいの人達が多かったし」

「アタシも思った! なんか青春って感じする」


 先ほどたくさんの人達に囲まれはしたが、周りを見れば意外に黒髪の人は結構いたのだ。見知らぬ黒髪が二人もいたから多少は珍しかったのかもしれないが、結構フレンドリーでだったし言われているほど構えなくてもいいのかもしれないと琥珀も颯も思い始めていた。


「ここの図書館に通えるかなぁ。魔法とかの他にも変わった学門とか勉強できたら面白そうじゃない?」

「だね、だね! 魔法使いのレベル上げについても調べなくちゃだし、そっちが落ち着いたらまた相談してみようよ」


 もしも図書館の蔵書の中に、自分達の魔法に関して有用な図書が多数あれば通いたい。それには信長や信秀にもお願いしなくてはいけないとは思うのだが、さっきの感じだと危なくなさそうだし、図書館通いについてちゃんお願いしてみようと思うと話が膨らんでいく。


「図書館に通って、魔法のレベルアップのために何かしなくちゃだよね。不特定多数に……、お店とか開くのがいいのかなぁ」

「それいいアイディアじゃない、琥珀! お金も稼げてレベルアップにもなるし。えっと食べ物とか飲み物とかで回復薬を作ればいいんだもんね」

「そう。でもさこの数日間織田家の人達に結構色々作ったけれど、レベル上がる気配無くない?」

「それな。アタシ達なにか見落としてるのかもしれないけど、そこら辺はやっぱり調べてみないとわからないね」

「だねー」


 警戒心がゼロになりかけている二人が、だらだらと快適な部屋で話をしていると信長達が戻って来た。他愛もない話をしていると一時間などあっという間である。

 それにしても妙に急いで戻って来たが、何か急用でもあったのだろうかと思うような急ぎっぷりだ。


「おかえりなさい」

「あ、た、ただいまです……」

「そんなに急いでどうしたんです?」


 ただいまと言って急に顔が赤くなったかと思うと、今度はきょろきょろとなんだか落ち着かない様子の信長をよそに、佐久間が答えた。


「いやさ、さっきのさっきだからね、アンディ殿が何かしてこないか心配で心配で仕方なかったんだよな。な、信長」

「そうなのだ。部屋は安全だからと言って聞かせたのだが、ずっとそわそわしていてな。授業終わりの鐘がなるとすぐに走り出してしまって、追いかけるのが大変だったのだ。な、信長」

「そう言うことは……言わないのが優しさと言うものですよ……」


 柴田も佐久間も参った参ったと困り顔的なものを作っているが、口の端が笑っている。

 表情と口調からも分かるように佐久間と柴田が何となく信長を揶揄っている事だけは分かった。


 何故信長が揶揄われているのかが分からない琥珀は、もしや!?と思い当たる節をぶつけてみることにした。


「私と颯でお弁当を食べちゃったりしないか心配だったですか?」


 ……。


「あー……。はい。俺、琥珀さんお弁当凄く楽しみにしていたので、とても心配でした……」


 少しだけ目を逸らしてどうにかこうにか絞り出した信長の言葉に、佐久間も柴田もさらには颯も吹き出してしまった。

 どう見てもそうじゃない感満載なのに琥珀にだけは伝わらない不憫さが絶妙で、信長が口をつぐむ姿を見るだけで笑いが込み上げてきてしまう。


「やっぱりー。食べますってかなり食い気味に言ってましたからね。へへへ。そんなに楽しみにしてもらえてたなんて嬉しいなぁ。すぐに準備しますからもうちょっとだけ待っていてくださいね」


 笑顔でいそいそと弁当箱を開け、琥珀は楽しそうに弁当の中身を紹介する。


 今日の弁当の中身はそぼろと炒り卵の二色丼に、みんな大好き鶏のから揚げ。人参を少し甘く煮たものとトマトを彩りにして、タコさんウインナーも入れた。ちょっと子供っぽいかなと思いはしたがこの世界の食材に慣れていない琥珀と颯が作れる中から、美味しいと思うものをチョイスした。


「お口に会えばいいんですけれど、どうぞ召し上がれ」

「あ、食後のデザートはプリン作って来たからね」


 魔法が主流の世界でも、保冷材のようなものがちゃんとあるのでプリンも冷えたものを味わってもらえるのが嬉しい。


「あー。人参嫌いじゃなかった? 信長さま」

「馬鹿にしないで欲しいな。嫌いじゃないじゃない。少し苦手なだけだ」

「いっつも人参なるべく入っていないもの選ぶくせに」

「信長さん、人参苦手です?」


 箸を付けようとした矢先に、格好悪いことをばらした佐久間を一瞬だけ睨み、琥珀には優しい視線を向けなおした。


「苦手……というかちょっと、好きじゃないって言うかですね。食べることは出来るんですけれど好んで食べないというか……」

「わかりますわかります! 私も人参ちょっと好きじゃないんですけれど、そんな私でも食べられるようにちょっと甘く煮てあるので大丈夫だと思いますよ。騙されたと思って食べてみて!」

「俺の事騙してくれるんですか?」

「えぇ。絶対騙されちゃいますから、是非」

「では騙されてみましょうか」


 いったい今の会話のどこにそんな顔をする内容があったのか教えて欲しいほどに、信長の表情が嬉しそうに箸をつける。


 佐久間も柴田もあの信長が本当に人参を自ら食べるとは、と興味も深々だ。


「あ……。本当だ。食べやすい」

「でしょう? これはちょっと甘く煮たものにバターを絡めて少し焼くんです。そうするとなんかね、食べれちゃうんですよ。グラッセって言うほど甘くもなくていい感じでしょう?」

「はい。美味しいです」


 そう言いながら人参以外にも箸を伸ばしていく。


 鶏そぼろに醤油が使われているので味がかぶらないように、唐揚げは塩味。炒り卵はほんのり甘くて冷えているのにふんわりしている。口の中に入れると丁度良く混ざり合い下にある米とも相性抜群である。


「さて、信長がやっと安心したみたいなんで、俺達もここらで昼飯買いに行くか」

「そうだな。昼飯を食いっぱぐれるわけにはいかん。購買に何が残っていれば良いのだが」

「あ、待って待って。ちゃんと二人の分もあるから!」


 そう言うと、颯が持っていたバッグから何やら取り出した。


「サンドイッチにしようかと思ったんだけど、こっちには柔らかい食パンみたいなのがないみたいだから、琥珀の人参を少しもらって鶏胸肉のマスタード和えのバケットサンドにしたんだよ」


 中身を見ると野菜も結構入っていてボリュームも満点そうだ。一口齧り付くと佐久間も柴田も瞬殺したかと思うほどの速さで食べ終わってしまった。


「これはあと三つはいけるな」

「某も……」


 しかし、信長は味わうようにまだ琥珀と話ながらゆっくりと食事を楽しんでいる。これはどうやって作るのですか?と聞くと、何故か実演さながらにフライパンを持つ仕草をしながら得意満面で説明する琥珀の話を、うんうんと頷きながら微笑んで聞いている。


 ゆっくりと琥珀の弁当を味わった信長がお茶を飲みながら一息つくと、プリンのお出ましである。


 佐久間と柴田はバケットサンドを食べ終わってからプリンが出てくるまでじっと待っていたわけだが、出てきた瞬間の三人の反応に、琥珀と颯は不安を覚えた。


「これが……、プリンなの?」


 佐久間の言葉に、この世界のプリンとは違うものなのかもしれないと察しは付く。が、驚き方がおかしい気がする。


「見てくれ、柴田。この黒いソースと合わせて食べると、危険極まりない。身の危険を感じるほどだ」

「命? 誰の命が危ないの?」


 そんな辛かったり甘すぎたりなんてしなかった。

 カラメルソースは甘すぎず苦すぎず、何故だかあまり使用されていないで厨房の奥に眠っていたバニラビーンズを使ったプリンと相性ばっちりのはずだったのだが。

 目の前にいる三人の挙動があまりにもおかしい。おかしいのに、プリンを口に運ぶことはやめない。


「こんなものを知ってしまった某達は、今後今まで食べていたプリンと呼んでいたものを口にすることなどできん」

「この極上プリンは、いったいどんな魔法を使って作ったのですか?」

「なにも特別なことはないですよ? あ、バニラビーンズがちょっと古そうだなって思ったぐらいですけど」

「バニラビーンズだって!? あれは紅茶のフレーバーとして使うものだよ?」


 なんだそれは! なんだそれは! 紅茶のフレーバーにして楽しむのもいいけれど、そうじゃない。そうじゃないだろうっと拳を天高くつきあげ琥珀は叫ぶ。


「もったいない! 何故だ! 何故バニラビーンズをデザートに使わないー!!」

「そうか……。スコーンのパサパサもさもさに気を取られてたけれど、デザート全般あまり美味しくないのかも……」

「甘い物にもっと貪欲になれよ。オルランドっ」


 この瞬間、この世界で色々やりたいことが出来始めていた矢先であったが、琥珀も颯もその一つに新たにやりたいことが増えた。

 食材も日本とほぼ同じものが手に入って、食事自体はとても美味しいのに出てくるお菓子はどれも正直美味しくないものが多かった。ぎりぎり及第点と言ったものもあるが美味しいには程遠いものばかり。


《図書館に通って、魔法のレベルアップのために何かしなくちゃだよね。不特定多数に……、お店とか開くのがいいのかなぁ》

《それいいアイディアじゃない、琥珀! お金も稼げてレベルアップにもなるし。えっと食べ物とか飲み物とかで回復薬を作ればいいんだもんね》


 琥珀と颯の視線がばっちりと合い、思っていることが同じであると確信する。


 スイーツ専門店で一攫千金。

 回復薬をスイーツとして売ればいいのだと。

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