靄を抜けたらそこは異世界でした
「こえ、ほいひぃえー(これ、美味しいねぇー)」
「こらこら、これが美味しいのは分かったから食べるか喋るかどっちかにしなさいよ。あっちのイケメン三人組に笑われちゃうよー」
「ほぇ? わわわへへはいひゃんー(えー? 笑われてないじゃんー)」
店内の少し奥にいた男性三人組の内一人にニコリと微笑まれ、琥珀は頬いっぱいに頬張ったままぺこりと頭を下げててから、それはそれは美味しそうな顔でもぐもぐとさらに食べ続け、ごっくんと飲み込みご満悦な笑顔を颯に見せた。
「もう、可愛らしい顔しちゃって。しっかし琥珀は本当に美味しそうに食べるわね」
「美味しいものは美味しく食べてあげるとより一層おいしくなります」
「出た、琥珀理論。だけど、まぁわからなくもない」
近所の夏祭りのある土曜日の昼過ぎ、秋月琥珀は、幼馴染で親友の秋田颯と一緒に、最近近所にできたのパスタ店で少し早い昼食を食べに来ていた。
アラビアータのパスタは程よい辛味と肉厚のベーコンが最高にマッチしていて、琥珀は口の周りを気にしながらも常に口いっぱい頬張っている。
一方の颯はナスがたっぷり入ったボロネーゼを堪能中だ。
この後は一泊旅行に出発である。
行き先は車で二時間ほどの温泉街の少し先にある、今人気の手ぶらでバーベキューが出来るコテージを予約した。
そしてデザートにはマシュマロ……ではなく、琥珀の大好きなクレープを予定している。
「あ! そうだ、あとで宝くじ買わないと」
「最近あそこのスーパーの宝くじ屋、ジャンボで一等が出たらしいよ?」
「マジ?!! 私にも幸せやってこい!」
「でっかく当たったら、例のクレープ屋開くの?」
「そりゃ大きく当たったら開業資金にはしたいよ。今のところ最高当選額一万円だけどなっ」
近所の神社で夏祭りがあった時に自治会の出し物として屋台でクレープを作ったのだが、その時に沢山の人に褒めてもらえたことが琥珀はなんだかちょっと嬉しくて、そのままお菓子作りが趣味になってしまった。
それからはなんとなく小学校四年から中学を卒業するまで、夏祭りの度に自治会の手伝いをしてはクレープを焼いたものだ。
三十歳の誕生日を目の前にしてもなお、その時の「なんだかちょっと嬉しい気持ち」が忘れられず、いずれ自分でクレープ屋を開きたいとふんわりとだがずっと考えていた。
しかし、あくまでふんわりとした気持ちで、もしも宝くじが当たったら、ぐらいのあくまで憧れのようなものだ。
「で、お祭りに来ていた王子様達にもう一回会いたいのよねー」
「王子様って……、いや本当に近所の男友達とは一線を画す格好良さだったけどさ」
その神社の夏祭りが開かれる間にだけやってくる男の子がいた。
名前は知らないが、上品にクレープを食べては「美味しかったです」と深い海の色を思わせる瞳をまっすぐに向けて微笑まれると、その度に琥珀は何故だかむず痒いような、そわそわした気持ちになったものだ。
「ここら辺の家の子って感じでもなかったし、いったいどこの誰だったんだろね」
「そうだねー。いつもあの子と一緒にいた子が何人かいたけど、その子達の友達だったのかなぁ」
「いやいや、一緒にいた子達も地元じゃ見ない顔だったじゃん。みんな王子様みたいに整った顔してさ、クレープとかあんず飴とか食べてるの不思議だったよね」
「そうそう」
お供という感じには見えなくもないが主従関係がしっかりしているわけではなさそうにも見えた。が、実際聞いたわけではないのでそこらへんは不明なままだ。
「そう言えば、あそこにいるさっき琥珀の食べる姿に笑ってた三人組ちょっとあの子たちに面影ある気がする」
「本当に? 眼鏡……。あぁぁ車の中に置いてきちゃったかな……」
わたわたと鞄の中に手を入れて琥珀が眼鏡を探している最中、顔を確認できないまま男性三人組は先に店を出ていってしまった。
琥珀は自分で確認できなかったことを残念に思いながらも昔話をしながらお互いパスタを食べ終わり、食後の飲み物をお願いすると、すぐにコーヒーを店員が持ってきてくれた。
「飲んだら向かう?」
「そうだね、そうしよ。ドライブもゆっくり楽しみたいし」
「颯は景色楽しんでくれよなっ」
「ペットボトルの蓋開けるのは任せろ!」
琥珀と颯はカップに半分ほど残ったコーヒーを一気に飲み干し、会計を済ませて店を出る。
「あつーっ!」
季節は八月。
天気予報では今日も真夏日になるとニュースで言っていた通り、店を出た瞬間の熱風にさらされ、琥珀も颯も暑いと声に出してしまう。
「真夏日になるってニュースで言ってたけど、これは焦げる!」
「日焼け止め塗ってきておいて良かった」
店のそばに停めている車に向かう途中で自動販売機で飲み物を買う。
ここから目的地までは二時間ほどのドライブ予定だ。琥珀はミルクティーのペットボトルとお茶、颯はコーヒーとお茶を二本買って車に乗り込んだ。
熱で熱々のハンドルに手を掛けながら、琥珀がエンジンをかけると小気味よいエンジンの音の後にエアコンの吹き出し口から、先ほど店を出た時と同じような熱風が琥珀の顔を直撃する。
「うはー。外も暑いけど車の中も灼熱だな……」
「早く涼しくなって欲しいー」
「颯は暑がりだよねー」
「琥珀は寒がりだよねー」
琥珀が寒がりじゃなくて人並だと言ってよ、と笑いながらながら先ほど買ったミルクティーのふたを開けて飲むと、びっくりするほどごくりっと大きな音が鳴ってさらに笑ってしまった。
ひとしきり笑ったあと、運転の為に琥珀は眼鏡をかけ目的地に向かうためにカーナビをセットして出発である。
「今日は二時間ぐらいでつくから、途中のサービスエリアで長めの休憩取ろうよ」
「いいね。最近のサービスエリアって面白いって聞くけどそこんところどうですか? 琥珀レポーター」
「最近はご当地グルメがかなり充実していて、温泉やなんと遊園地があるところもあるんですっ!」
「で? 今日寄る予定のところは?」
「残念だけど温泉はない、がグルメはすっごく充実してる」
「ほっほう。そいつは腹が鳴るな」
「鳴るのは腕じゃないの?」
バックミュージックは二人が好きなアーティストの曲。
たまに曲を歌いながら、軽快に話に満開の花を咲かせる。
「スーパーの地下にあったクレープ屋さんがあったじゃない? 固めに焼いた生地にチョコソースだけっていうメニューがあってさ」
「あったあった」
「私あれが無性に食べたくなることあるんだよね。それにアーモンドスライスのトッピングは最高!」
「わかるわー。アタシはカスタードだけのやつとか好きだったよ」
他愛もない会話をしていた直後、昼間なのに目の前で何かがはじけたような強烈な光に一瞬正面から照らされた。が、一瞬だけだったので他の車か高速道路上の何かに反射したのだろうかと、二人は特に気に留めることはなかった。
「いやはや、凄い眩しかった」
「運転中の反射って結構怖いんだよね」
「度入りのサングラスとかにしてみたら?」
「似合うと思う?」
「すっごいカッコイイサングラスをかけても、琥珀はナイスガイにはなれそうにないね」
「そりゃどうも」
軽快な二人の会話は続いていたが、今度は靄が出来て急に視界が悪くなってきた。
「あれ? さっきの眩しさの後は靄か……。フォグランプ付けてっと。これで少しは安心かな」
かちりとフォグランプを付けて、視界確保のためにさらにライトも点灯する。
「さすがにこれ以上はちょっと怖くなってくる」
「アタシが運転してなくてよかったわ……」
琥珀は口数を減らし、慎重に運転を進めていく。
また少しだけ靄が濃くなってくると周りに車がいない事が心細い……と口に出したところに、少しだけ前にリアフォグランプの明かりが見えた。
ようやく他に走っている車がいたことに琥珀は安心感を感じ、目印にもなるので付かず離れずその車に付いて行くと、靄で文字までははっきりとは見えないが緑色の大きな看板にナイフとフォークのマークがあるのが二人の目に飛び込んできた。
「あ、あそこ! サービスエリアの標識じゃん!」
「ほんとか! もう緊張しっぱなしだったから休めるの助かったー」
「ついでにトイレとか行っとこうよ。なんかお店やってるかな」
「場所的には海老名だと思うからきっと美味しいものあるよ。キシシ、楽しみ」
「琥珀、笑い方へーん、ぐふふ」
「颯も、おかしな笑い方ー」
ようやく休憩が取れる安心感で、二人の口数も戻って来た。
目印にしていた前を走る車も休憩を取るようで、ゆっくりとサービスエリアに入っていく。
琥珀もウインカーを出してそれに付いて行こうと左にハンドルを少し切った瞬間、急に強い横風が吹いて……。
「うわ、急に晴れてきた!」
靄が強い風に飛ばされたかのように消えて青空が目に飛び込んできた。
琥珀も颯もびっくりしたが、それよりも天気が回復した事の方が嬉しかった。旅行なのだからやはり天気がいい方が良い。
空いていた停車位置に車を止め、琥珀はかけていた眼鏡を外し今度はちゃんと鞄に入れて二人で車を降りると、夏なのに思っていたよりも涼しく少しだけ草の香りのする風が優しく頬を撫でた。
「琥珀さんや、琥珀さんよ。ここは海老名サービスエリアなの?」
「……。ナビの人も位置的にはそうだって言ってるけど」
人気のあるサービスエリアなのでいつもそこそこ混んでいる。ここもそこそこ混んでいる、が停まっている車がなんというかひと昔前のクラシックカーのような形のものばかり。
「なんか今日大きな催し物でもあるんかな……」
「クラシックカーがこんなに集まるなんてそうなんじゃない?」
「検索してみるかね。あれ? 電波が微弱で……繋がんないな」
検索していた颯が電波が入りにくいとスマホを高々と掲げていたが、それでもネットに繋がらない。
違和感は他にもあった。
建物が、知っている建物とはまったく違う。
「なんかさ、海老名ってこんなレトロな感じだったっけ?」
「これはさすがに違うと思う……」
日光や京都にあるような映画のアミューズメントパークのような木造の建物が目の前に建っている。
二階建てで、二階にもお店があるのか休憩スペースなのか窓際には客と思しき人たちが何かを食べながら外を見ているのが駐車場からも確認できる。
木造で古い印象の建物ではあるのだが、だからと言って凄い古いわけでもなく、とても綺麗に手入れされていて自分たちの知らない新しいサービスエリアなのかと思ってしまうほどだ。
「やっぱりここは海老名じゃないよねー」
「靄で位置情報がおかしくなって、知らないサービスエリアに入っちゃった可能性は?」
「あるけど、こんなレトロなところ絶対話題になるじゃん? さすがに知らないって事はないと思うんだけどな」
琥珀と颯は話をしつつ、観察しながらそのサービスエリアのメインの建物に向かって歩いていく。
歩く人たちも観光客なのか特におかしなところがあるわけではないのだが、服装がなんというか大正ロマンっぽくて可愛い。
「車もレトロだし、服装も結構大正ロマン。やっぱりなんかのイベントじゃない?」
「イベントならコスプレ出来るようならやってみる?」
「いいねいいね!」
ノリノリの二人が建物の入口に立つと、自動ドアが開く。
「うわわ。レトロな外見だけど中は結構凄いね」
先に足を踏み入れ周りを見渡すと、そこは知っているサービスエリアと大して変わらない風景が広がっている。お土産物屋が並び、美味しそうな食べ物屋が並んでいる。
「颯、見て! なんか面白そうなお土産沢山あるね!」
「修学旅行のお土産みたいなのいっぱいある」
「あっちのたこ焼きとか美味しそうじゃない!?」
「サービスエリアの鉄板はたこ焼き、アメリカンドッグ、ソフトクリーム」
「あとクレープもっ」
ソースの匂いがするという事は、たこ焼きと焼きそばは間違いなくある。
特にお腹は減っていないが、ソースの匂いはいついかなる時でも食欲をそそってくる。本当に罪作りな調味料である。
「ここがなんていうサービスエリアなのかは後で調べよう。とりあえず満喫するのが吉! そこまでまだお腹はすいてないから、たこ焼き半分こにして食べる?」
「そいつはナイスアイディア」
たこ焼きの店の前には特に列が出来ていないので後ろからのプレッシャーもなくメニューを選ぶことが出来る。いくつかあるが、スタンダードなたこ焼きの小サイズを一つ頼む。価格は五十円と書いてある。激安である。
「お、これはこれはお嬢様方。たこ焼きなんて渋いもの食べてくれるなんて嬉しい限りです。ソースたっぷりおまけいたしますね」
「若いお嬢さんだなんて、お世辞が上手ですね。でもありがとうございます」
元々二人共童顔ではあるが、こんなにはっきりと言われると照れもするが悪い気はしないのでしっかりとお礼を述べてから琥珀が小銭入れから出した五十円玉をトレーに置く。
「毎度あり! 焼けるまで少々お待ちください」
「はーい」
丁度焼きあがったばかりのたこ焼きをもらい二人でふらふらと歩く。何となく気になりはするが何もかもが安い。オープンセールのびっくり価格で十分の一になっているようなイメージだ。
「どれもこれも安いってぐらいで特に変なところもないし、出来たばかりの時代劇セットのテーマパーク型のサービスエリアなのかね」
「だねだね。コンセプト的には日本人好きだし、本気で出来たばっかりでたまたまニュースを見てなかっただけかも」
「そうだ。外の店も見て見ようよ」
「安いからって買いすぎないように気を付けなくっちゃだね」
サービスエリアと言えば、外の店も美味しいものがそろっているはずだと勢い勇んでもう一度外に出て広がっている屋台が並ぶエリアに足を踏み入れる。
アメリカンドッグや小さい肉まんなどの軽食屋が立ち並び、色々な匂いが混ざっているのにその混ざった匂いすら美味しい。
その匂いに交じって、琥珀の大好きな甘い香りが漂ってきた。
「これはっ! クレーーーーープ!」
「ちょっ、琥珀。急に走らないで……。え!?」
走っていくその先は、屋台の一番端。
お店の前には三人の男性客が並んでいて、丁度人の良さそうな綺麗な顔をした青年が商品を受け取るために笑顔で手を伸ばしていた。その三人だけは周りにいる人たちとは違い、シンプルだが小綺麗にまとめた洋服を着ていて、若干浮き気味ではあったが嬉しそうにそわそわしている雰囲気でこれから食べることを楽しみにしていることは伝わってくる。
わかりますわかります、クレープは美味しいよね!、と琥珀はさらに走る速度を速める。
「颯ー! 早く早く! あー!!!」
「琥珀、ちょっと……、あんた……」
「びっくり! 颯! なんか私すっごい目が見えてる! 急激に視力が戻ることあるんだね!」
「な訳あるかっ! っていうか若返ってるーーー!」
「なんですと!?」
若返っている言われてびっくりした琥珀が振り返ると、普段なら眼鏡を掛けなければ見えなさそうな距離にいる颯が、何故だか裸眼で確認できた。
たるんでいたお腹の辺りがやけにすっきりとしている気もするし、心なしか履いているデニムも全体的に緩い。なにより先ほどから無性に身体が軽い。
「前、前、こーはーくー! ちゃんと前向けー!」
「え?」
前を向けと颯に大声で言われ、あわてて琥珀は身体を前に向けたが、何故だか勢いが付きすぎてクレープ屋に並んでいた人の良さそうな綺麗な顔をした青年に強烈な勢いで突っ込んでしまった。
が、思いの他優しく抱き留めてもらえたので琥珀が思ったほど強い衝撃はない。
「ぐっ、あ、すみません」
「いえ、それよりもだいじょうぶで……す……か……」
ぶつかったその男性は、しっかりと琥珀を抱きとめたまま、その深い海の色を思わせる瞳を潤ませ顔を真っ赤にして固まってしまったのであった。