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【C】二人で月に

この小説は【対戦カードC】の組み合わせです。

対戦相手は『愚者とウサ耳』となります。


以下企画サイトのルールの項目から抜粋。

もっと詳しいルールは企画サイトか目次欄最初にある『ルール詳細』のほうにあります。


【投票方法】……必読!



  ・ルールを守らない書き込みは企画ルールを知らないものとして、集計から除外します。


  ・投票は特設掲示板から行います。

   移動は小説トップにある「投票・感想用掲示板」からお願いします。


  ・あらかじめ各SSタイトルのスレッドを立てておきますので、そこへ書き込みをしてください。


  ・投票する際は本文の最初に【投票】と書き込みを行ってください。

   (もちろん投票だけでも構いませんが、感想なども作者の方も喜ぶと思います)


  ・また投票はしなけど一点入れたい、

   という場合はやはり冒頭に【ナシ】という書き込みを行ってください。

   (加点方法の詳細は【投票に関するルール】を参照してください)


  ・基本的に『小説家になろう』のサイトにある感想欄は使用いたしません。


 月が綺麗な夜のこと。

 どうやら今夜は満月らしい。私はぼんやりと寝起きみたいな頭で思った。

 私が立っていたのは昔幼馴染の男の子と二人でよく遊んだ場所だった。そこは小学校の裏にある山を少し登った所にある崖の上で、私達は秘密基地と呼んで頻繁に足を運んでいた。それも最近では別れ谷という名で呼ばれる曰くつきの場所だけれど。時間とは無情にも流れ、世の中を変えて行くのだった。

 最後に二人でここに来たのは、今から数えて丁度六年前。小学校六年の時。

 私はまた、こうして懐かしい思い出が染み付いた場所にいた。

 がさがさと音がして、やがて暗くなった木々の奥から人影が姿を現す。 短い髪の青年。月光に照らされて露になった青年は、見間違えることなく幼馴染のカンヤだった。

「よお」

 危ないんだから、こんな時間にこなくてもよかっただろのに。

 カンヤは愛想のいい笑顔に僅かな憂いを交えて、

「明日にしようかと思ったけどさ、まあ、なんつうか今日じゃないとダメな気がしてさ」

 なんて口にする。

 家が近かったために小学校入学後もよく遊んでいた幼馴染は、しかし十二歳ともなれば一人の男の子として意識してしまう。……というより、もっと早くから、か。私がカンヤを意識していたのは。変に気にして素直に話せなかったことも多々あった。

 歯痒い気もしていたけれど、それだって年齢のせいにして結局――今に至る。

「ほら、あの日も満月だっただろ? バイト終わってから気付いたんだけどな。あーこりゃ無視できねえわ、とか思ってさ。なんか、おまえに呼ばれてる気がして」

 月を見上げつつ、こめかみの辺りを指で掻く仕草。カンヤの癖は今なお健在らしい。

「てか、俺って昔っからおまえのわがままに付き合ってやってたよな。覚えてるか? おまえの小学校の時のあだ名」

 私はカンヤの質問に思案する。

 あだ名。ニックネーム。さて、なんだったか。自分のことながら覚えていない。記憶全体に霧が掛かってるみたいで、はっきりと思い出せない。 うーん、と唸りながら考えてみるけど、やっぱり答えは出そうに無かった。

 ……なんだか、悔しい。

「わがままかぐや姫。あれ? はじめに言ったのって誰だっけ。……まあ、いいや」

 ああ、言われて思い出した。確かそんな風にからかわれていたこともあった気がする。

 名付けの親は幼稚園の若い先生で、由来は私の名字が竹内だったことと思う。当時かぐや姫の童話を読み聞かせてくれた先生が「環姫ちゃんはみんなに優しくされてお姫様みたいだね」なんて言った後「名字も竹内だし、竹の内のお姫様、かぐや姫だっ」と言ったことで誕生したニックネームで、それが小学校に上がってから、あらぬ尾びれ――この場合は尾じゃないけど――を付けたのだ。犯人は言うまでもなくバカカンヤだけど。

「姫って柄じゃなかったけどな、おまえ」

 うっさい。散々からかっといて今更よ。

 むう、と頬を膨らませてみる。もちろん、カンヤは気にも留めないけど。

 カンヤは自分で言ったことがツボに入ったのか、堪えていた笑いを吹き出した。ははは、なんて押し殺した風な笑い声を漏らすこと数秒。呼吸を整えたカンヤが目尻に滲んだ涙を指で拭って、

「はは……今から思ったら、それも皮肉だけどな」

 皮肉ときたか。間違ってはいないと思うけど。

 だって、かぐや姫なんてびっくりするぐらい良く出来たニックネームだ。私、月大好きだし。年甲斐も無く……とはいっても十二歳の子供か。六年生になってからでも月を見るたび心が躍ったのは恥ずかしいから私の胸の中だけの秘密。

 でも、あれ。かぐや姫は月を見て毎晩泣いていたんじゃなかっただろうか。

 大好きなおじいさんとおばあさんと別れるのが辛くて。

「あー……男で姫ってのはないわな」

 ……? 

 意味不明な言動に私は首を傾げる。

 それから少しして、カンヤの言ってることが分かって目を見開いた。

 ちょっと、なに言ってんのよこいつは!

 首をぶんぶん左右に振って、熱くなる頬を冷まそうと無駄な試みに出る。上手く行きやしないけど。

 あはは、という乾いた笑い声。カンヤが上を向いて笑っていた。

 無理矢理捻り出したみたいな笑い声を聞きながら、私も動揺していた心中を落ち着ける。

「六年も……経ったんだな」

 そうして、収まった笑い声と一緒に緩んだ表情を引っ込め、カンヤが呟く。

「ほんとう、子供だったよな俺達。毎日泥だらけになって遊んで。おまえなんて、一応女の子だった癖に」

 一応、とか言うなバカ。

「何でもないことが楽しくてさ。なにが面白いんだ、って今から思ったら毎日が本当にバカバカしい」

 カンヤは大人びた苦笑を見せる。

 思い出は時と共に色褪せていく。あの日の笑顔、涙、憤り、想い、夢。万物はいつまでも同じ場所に留まることなく、巡る季節のように変わり続ける。いつか唯一だった一瞬も夢の一部みたいに曖昧で、現実味のないものになるけれど――。

 それでも、かけがえのない一瞬だと私は思う。

 こうして残留する思いが、私にはあるから。

 六年間、彼を待ち続けるだけの深い深い想いがあるから。

「じゃあな、俺、そろそろ帰るから」

 現れた時と同じ方の手を上げて――カンヤは、逆手に持った花束を私の足元に置いた。


「言えなかったけどさ、俺、おまえのこと好きだから。だから――そっちでも元気でいろよ」


 かさり。花束が地面に触れて揺れる音。墓石として置かれた石の前。

 一人の少女の話。

 月に憑かれた少女の話。

 あの日、いつも通り暗くなるまで遊んでいた。笑い声高く、高揚を少しも抑えず。はしゃぎ続けた。

 遊び疲れて秘密基地に戻って来た私達を待っていたのは、今日と同じ金色の満月。

 それがあまりに綺麗だったから、手を伸ばした。届かないと知っていたけど。暗い足元を確認もせずに一歩ずつ前へ。もっと近くで見たくて。そして。

 六年前の今日――かぐや姫と呼ばれた少女は、月へと帰った。

「私も好きだよ、カンヤ」

「え?」

 びくり、とカンヤの肩が跳ねる。家路を辿る脚が停止して、短い髪を揺らして彼は振り返った。

 半身で振り返ったカンヤに近づき、私は彼の手を握った。


 私達の秘密基地。

 別れ谷と呼ばれる曰くつきのスポット。

 六年前から月を見に訪れたカップルの内、彼女だけが足を滑らせて転落死する事故が多発している場所。


 月が綺麗な夜のこと。

 十二歳で時間の止まったかぐや姫は、今宵、大好きな男の子と手を繋いで月に帰った。




 /了


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