Ⅵ
その報告は、すぐさま王国全土に伝えられました。
異世界より召喚された勇者様によって魔王が討伐された、と。
民は大いに喜び、勇者であるユウヤ様を称えました。
しかし、私のもとには魔王討伐とは別の報告がもたらされていました。
「今……なんと?」
「勇者様は、魔王討伐に成功するも、死の間際に放たれた魔王の呪いにより、視力を失ったと……」
「そ、んな……解呪は、解呪はできないのですか?」
「勇者様ご本人でも解呪できないようなので、我々では……」
事実を受け入れられなかった私は、糸が切れたように意識を失いました。
「殿下!?」
倒れ際に呼び声が聞こえたような気がしましたが、そのまま意識を失ったのでした。
◆
どのくらい寝ていたのかはわかりません。
目が覚めると、陛下が傍らに居られました。
「目が覚めたか」
「お父様、ユウヤ様の視力が……。私の、私のせいですっ。私のせいで……私が願い事を聞いたばかりに……!」
「違う。ルーネのせいではない。魔王討伐の許可をしたのは余だ。責めるのは自分にではなく余にしろ」
そう仰りながら私を抱き締めてくださった陛下──お父様の胸の中で、私は、はしたなく大声で泣いてしまいました。
激しい後悔と共に。
しばらく陛下に抱き締められながら泣いていた私は、ようやく泣き止み陛下に謝罪とお礼を申し上げました。
「良い。ミリーネが死んでから、親らしいことを全くと言っても過言ではないくらいしてやれなかった。これくらいせねば、ミリーネに怒られてしまう」
「お父様にお母様の代わりはできませんよ? なにせ、あのお母様ですから」
「う、うむ……そうだな。ミリーネの真似は余にはできん」
「ですが、お父様のお陰で元気が出ました。ユウヤ様の迎えは平常心でできそうです」
「そうか」
優しげに微笑むお父様に微笑み返しました。
あとは、ユウヤ様のお帰りを待つだけです。
◆
さらに一週間経った頃。
ユウヤ様がお帰りになりました。
勇者の凱旋とあって、城門までの道は民で埋め尽くされていました。
その間を、ユウヤ様が騎士団長と共に歩かれています。
驚くべきことに、視力を失っているはずのユウヤ様が、騎士団長が支えているわけでもなく、なんの迷いもなく真っ直ぐこちらに向けて歩いているのです。
「ルーネ。ただいま」
「お帰りなさいませ、ユウヤ様。あの、見えていない、のですよね?」
そのはずです。
「うん。正に、窮鼠猫を噛むってやつだった。無事に帰ってくるって約束、守れなくてごめん」
目を擦りながら謝罪を述べるユウヤ様。
「そんなことはありません。生きて帰ってきてくださっただけで、十分です」
本当です。
私にとって、ユウヤ様とお話ができることが、何よりの喜びなのですから。
「そうそう。帰ってきたら、ルーネに伝えたいと思ってたことがあるんだ」
「? なんでしょうか?」
何を仰るのかと思っていると、ユウヤ様が、見えていないとは思えないほどの所作で私の手を取りました。
「ルーネが根気強く接してくれなかったら、今の俺は無かったって断言できる。ありがとう。この世界に来て、ルーネとルーネが守りたいものを守れてよかった」
奥底に仕舞い込んでいた想いが出てきそうになるのを必死に抑えながら、ユウヤ様の話を聞きました。
「ルーネ」
「はい」
「結婚しよう」
「…………はい?」
ユウヤ様のお口から出てくるはずのないと思っていた言葉が簡単に出てきたため、私は聞き返しました。
「け、結婚、ですか?」
「うん」
「私と、ユウヤ様が?」
「うん」
「私とユウヤ様が、結婚……」
どうするべきか、迷いました。
立場上、あってはならないことだと思い、心の奥底に仕舞い込んでいた想い。
叶うはずがないと思っていた想いが、ユウヤ様によって叶えられようとしている。
ユウヤ様から申し出ていただいたこととはいえ、本当に、私と結婚することがユウヤ様の幸せになるのだろうか?
もちろん、これからもユウヤ様と共にいられるのなら、私に断る理由はありません。
しかし、妹様のことを考えると、受け入れることは憚られました。
「ユウヤ殿、今のは些か、脈絡が無さすぎるかと」
「あぁ、確かに。──ルーネ、俺は本気だ。さっきも言った通り、ルーネがいなかったら、今の俺は無い。だから、ルーネがいない人生は、もう考えられない。それを、旅の間に痛感したんだ」
「ユウヤ様……」
そこまで私の存在がユウヤ様の中で格上げされていることに、これまでにない幸福感が押し寄せてきました。
「私で……私で、よろしいのですか?」
「もちろん。ちなみに、ルーネのお父さんには許可もらってるから」
「えっ、陛下にですか!? いつの間に!」
「旅立つ前の日の晩に」
聞けば、その晩に再び陛下と二人きりでお会いになり、ご自身の気持ちを述べられたそうです。
それを聞いた陛下は、魔王討伐の暁には私との結婚を認めると仰ったのだとか。
「もちろん、本人の意思に任せるって言ってたけどな」
「私に断る理由はありませんが、妹様のことは……」
「それは、ルーネのお父さんがどうにかするって言ってたから、たぶんどうにかして召喚するんだと思うけど」
「ということは、こちらに残られるのですか?」
「元々、向こうの世界には未練ないからな。妹がこっちに来れるなら、なおさら」
すんなり返事が返ってきたためそのまま話を進めそうになりましたが、致命的なことに気づきました。
「ユ、ユウヤ様? どうして戻れることを……」
「だいぶ前から。ぶっちゃけると、この世界に来てルーネを部屋から追い出した日の夜から」
「そんなに前から!?」
「眠れなくて、部屋を出て散歩してたらメイドさん達の話し声が聞こえてきて、その時に。よく考えたら、帰れる可能性にも気づけたはずだったのに……死のうとした自分が馬鹿らしかった。ルーネにはキツく当たってたし」
「妹様のことで精一杯だったのでしょう? 気になさることはありません。それに、その事はもう謝っていただいたので、それで十分です」
「よく考えたら、あの時ザリオンが止めてくれなかったら、今日こうしてルーネに告白することもできなかったんだよな……ありがとう」
「いいえ。感謝を述べるべきなのは、こちらの方です。魔王討伐のみならず、殿下との結婚まで……。妹殿を召喚することのみでは返すことのできない恩です。陛下に忠誠を誓っている身ですが、お望みになればこのザリオン、手足となって動く所存。いつでもお声がけください」
騎士団長がそこまで言うほど、ユウヤ様との間柄は近いものになっているのでしょう。
ユウヤ様との旅がそこまでさせたのでしょうか。
少しだけ、羨ましいと思いました。