Ⅳ
それは、共に城下に行ってから二日経った日のことでした。
私は、いつものように朝のご挨拶をしにユウヤ様のお部屋にお邪魔しました。
「おはようございます」
「お願いがあるんだ」
「へ? ……あっ、はい! なんでしょうか!」
一瞬、何を言われたのか理解が及びませんでしたが、理解できた途端、今までの私からは想像できないほど気分が高揚していました。
少し恥ずかしいくらいに。
「君のお父さんに会わせてほしい。できれば、二人きりで」
なぜこの時、私はこの願いを聞き届けてしまったのか。
原因は言わずもがな、初めてのユウヤ様からのお願いに舞い上がり判断力が鈍っていたことです。
「かしこまりました! すぐに手配いたします!」
この願いを聞き届けたことで起こる未来の出来事を、私はその時が来るまで予想もしていませんでした。
◆
陛下にユウヤ様が二人きりで会いたいと仰っていたことをお伝えすると、驚きつつも陛下の自室へ来てもらうよう伝えてほしいとのことだったので、ユウヤ様のもとへ戻りました。
「お会いになるそうです。陛下の自室へご案内致しますので、どうぞ」
「わかった」
ユウヤ様を陛下の自室へと案内した私は、部屋のすぐ外でユウヤ様が出てこられるのを待つことにしました。
話の内容は知りません。
なにせ陛下の自室ですから、様々な防御魔法や妨害魔法が掛けられています。
その中には、室内の音を聞こえなくする魔法もあるため、扉に耳を当てようと、中の会話を聞くことはできません。
もちろん、護衛のこともあるので、余程の大事な話がある場合のみ使うことになっていますが。
「それにしても、何を決意なさったのでしょう……」
私に願うことがあると仰ったユウヤ様は、明らかに何かを決意なさった顔をされていました。
しかし、何を──
「まさかっ、ここを出ていく、とか……!?」
──もしそうだとしたら、私はその先どうしたら……
そう考えると、心の臓が締め付けられるような感覚に陥りました。
後の私からすれば、それはとても烏滸がましいものなのですが、この時の私には痛みの正体を知ることはできませんでした。
それからしばらくして扉が開き、ユウヤ様が出てこられました。
廊下をしばらく歩いている間、私の中に渦巻いている不安は益々大きくなっていきました。
いてもたってもいられなかった私は、勢いで訊ねました。
「あ、あのっ」
「ん?」
「出て……行かれるのですか?」
「えっ、違うけど?」
私がなぜそう訪ねたのか分かっていないご様子でした。
「で、では、なんの話を?」
「魔王討伐」
「!? ま、まさかっ、行かれるのですか!?」
「うん」
「どうしてですか! 貴方様がする必要はないのです! 私達がすべきことで……」
「やると言ったらやる。そもそも、その為に喚ばれたんだから、当然だろ? 覚悟はできてる」
そう仰るユウヤ様の顔は真剣そのもので、覚悟の表れなのだと納得させられました。
「そう、ですか……。ならばもう、私から言うことはございません……」
俯いた私に、今までのユウヤ様からは想像もつかなかった行動を起こされました。
なんとっ、私の頭を撫でたのです!
驚いた私が顔を上げると、見たことのない優しげな顔をしたユウヤ様がいらっしゃいました。
「心配してくれてありがとう。……これからもよろしく。ルーネ」
照れ臭そうに、それでいて優しげに微笑みながらそう仰ったのを聞いた私は、一気に涙腺が崩壊しました。
ポツッ、ポツッと涙が垂れるのを必死に止めようとしますが、止めどなく流れてきます。
それもそのはず。
ようやくユウヤ様に名を呼んでいただけたのです。
それはつまり、気を許していただけたことの証。
こんなに嬉しいことはありません。
涙を流す私を見たユウヤ様は、どうしたらよいのか判断がつかないようで、困った表情で頭を掻かれました。
「ごめん。今まで雑な扱いして……。俺のことはユウヤって呼んでいいから」
「はぃ……ユウヤ様」
この時の私は、この日が今までの人生の中で一番幸せだと思ったのでした。