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 晩餐会は穏やかな雰囲気でしたが、テーブルの反対側にいるのが全員王族というのは緊張するものです。フロランスはいつもより振る舞いに気を付けながら、大きな粗相もなく食事を終えました。


 食事のあとはデザートが運ばれてきて、歓談の時間です。国王陛下は厳格な印象の初老の男性ですが、時折冗談を混ぜ込みながら、ユーグ王子の幼い頃の話をしてくれました。


 第一王子もきさくな人で、フロランスに質問しつつ質問を受けつつ、気のきいた切り返しでテーブルに微笑みをもたらしました。隣に座る第一王子妃殿下はふくよかで、包容力抜群のその外見を裏切って、繊細で気遣いのにじむ受け答えでフロランスのことをフォローしてくれたのでした。


 そして第二王子のユーグ殿下は、第一王子殿下の隣席で、にこにこしていました。一応、今日の主役の一人なのですが、ご自身から進んでのご発言はほとんどありませんでした。


(また、足がどうとか悦に入って話すかと思ったのに、意外だわ)


 ちらっとフロランスは視線を横にずらします。食事が始まってから口数が少ないのは、ユーグ王子だけではありません。国王陛下の隣におわす、王妃殿下も一度も口を開いてないのでした。


 視線に気づいたのか、王妃殿下は顔を上げました。不躾に注視してしまったことをフロランスが詫びようと口を開きかけたとき、一瞬早く王妃殿下が口を開きました。


「ユーグ。明日もダンスの練習をなさい。一月後の婚約発表のときまでには、きちんと踊れるようにするのですよ。フロランスに恥をかかせないように。もちろん、陛下にもです。今度こそ、あなたがまともだと、他の者たちも認められるように」

「はい、母上」


 しかし、妃殿下が話しかけたのは、ユーグ王子にでした。ユーグ王子は苦笑してうなずきました。


 それまで和やかだったテーブルの空気がさっと変わります。

 にこにこしていた第一王子妃は口をつぐみ下を向いてしまいました。まるで、国王妃殿下の視線を恐れるように。第一王子殿下は、やれやれと言うように大げさにため息をつき、国王陛下は唇を横一文字に引き結びます。誰も、王妃殿下に異を唱えません。それは妃殿下を恐れてというよりは、腫れ物に触るように扱っているのだと見えました。


 この数秒で、フロランスは、王家の方々の関係というものを端的に知ることができたのです。……彼女がテーブルの人々の変化を観察するだけの冷静さを持ち合わせていたら、ですが。


「王妃殿下」


 フロランスはすっと立ち上がり、満面の笑みを浮かべたのです。目は笑ってませんでした。


 ばち、と王妃殿下と視線がぶつかりました。宝石のように美しい妃殿下の緑色の目は冷え冷えと照明の光を反射しています。


「心配ご無用です。ユーグ王子殿下のダンスのは完璧ですもの。

 私はまだ精進が必要ですが、これからたーっぷり練習して、王妃殿下に認めていただけるものを婚約発表の場で披露いたしますから!」

「ふ、フロランス嬢」


 うろたえたような、第一王子妃殿下の声が小さく聞こえましたが、フロランスは胸を張ったままでした。


(なーにが他の者に認めてもらう、よ! あなたがユーグ王子を認めてないだけじゃない。他人を盾にしてずるい言い方、腹立つわー!

 それにまともじゃないとかいくら親でも言っていいことと悪いことがあるわよ。というか、それ言われた人の元に嫁ぐ私の立場に立ってみてよね?!)


「……あなたのような娘を、ユーグが御しきれるのかしら?」


 ばっとフロランスはユーグ王子殿下を見ました。もし相手が王妃殿下でなければ、指をさしていたかもしれません。そんな鋭い目をしていました。


(おおおい! 殿下、殿下、殿下あ! 部屋でなんて言いました、あなた。露骨に意地悪はしないって言ったじゃない!? この人、言外に私のことを『じゃじゃ馬』扱いしてない!? ねえっ)


 フロランスが目で訴えると、ユーグ殿下は苦虫を噛み潰したような顔になって口をぱくぱくさせます。

 まるで『あなたが挑発するからですよ!』とでも言いたげですが、鼻息荒くフロランスはそれを無視しました。


「夫婦というのは馬と御者の関係ではなく、馬車の車輪だと亡き父は申しておりましたから、足並み揃えて走れるように努力いたします」

「真っ直ぐに走れるかしら」

「うまく行かなかったら一緒にドブに突っ込むだけです」


 ぷーっと、第一王子殿下が吹き出し、国王陛下が渋い顔をしました。第一王子妃殿下は卒倒しそうな顔色になっています。


(あれ……?)


 すぐにでも言い返してくるかと構えていたフロランスですが、王妃殿下はなかなか口を開きませんでした。じっとフロランスに宝石のような目を向けたまま、唇をうっすら開けて、止まっていました。


「……それは、仲が良いことですね」


 国王妃殿下は、美しい顔の表情を一切変化させることなく、目礼します。


「言葉通りしていただけますように願っていますよ、フロランス。……私は部屋に戻ります。皆様、ごゆっくり」


 しゃなりしゃなりと食堂を出ていく妃殿下の背中を、その場の全員が見送ります。


 たしかに、ユーグ王子が言っていたとおり、ねちねち面倒くさそうな人です。フロランスはぎりぎりと銀のスプーンを握りしめました。あの人とは馬が合わないと確信したのです。


(ぜーったい、ぎゃふんと言わせてやるっ)


 意気込むフロランスに歩み寄ってきたのは、席を立ったユーグ王子殿下でした。


「フロランス嬢。これから城の中をご案内します。本当は明日しようと思っていたのですが、食後の腹ごなしにいかがです?」

「今からですか?」

「さあさあ。

 父上、兄上、義姉上様。今晩はこれで失礼いたします」


 王子は、フロランスがまだクリームとフルーツ山盛りのプディングを味わっている最中だというのに、腕を掴んで急かすのです。しぶしぶ、フロランスは、他の方々にお礼と辞去の挨拶をして、食堂を出ました。

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