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 王子殿下の贈り物は毎日届きました。

 靴、靴下、アンクレット、ガーターベルト、足用の保湿クリームに、寝るときに使う絹の靴下、マッサージ用のボール(土踏まず用)等々。

 いつも手紙と一緒に足用グッズが贈られてきました。たまに、ネックレスや香水などが贈られることもありましたが、どれも足用グッズのおまけ扱いでした。


 フロランスは、贈り物に添えられた王子の手紙にも目を通し、お礼状をしたためました。はじめの三通までは。

 その後はろくに手紙も読まず、執事に返事を書いてもらいました。

 何しろ、王子殿下の手紙は八割が足の話題にで埋め尽くされ、読みきるのに非常な忍耐力を必要とするものだったのです。


 20番目の贈りレッグピローが届いた日、フロランスは王城に向かいました。

 結婚式まで約半年。王族の結婚式としては、準備期間がかなり短いのです。フロランスは花嫁衣装も作らなければなりませんし、王子と式の練習もしなければなりません。やることが山積みです。


 今日はダンスの練習と顔合わせを兼ねた晩餐会があり、王城に泊まります。

 一月後には、ユーグ王子の婚約者のお披露目パーティーが行われる予定です。つまりフロランスはその場で正式に、王子の婚約者であると発表されるのです。お披露目パーティーでは婚約のお相手とダンスをする慣例があるため、ふたりでばっちり踊れるようになっておかねばなりません。

 ダンスの練習と顔合わせの晩餐会が終われば、そのままフロランスは城に泊まり、明日は朝からドレスの採寸予定でした。お披露目パーティーだけではなく、結婚式のドレスも大急ぎで仕上げねばなりませんから、城のお針子たちは大忙しでしょう。


(結婚って面倒くさいんだ……)


 王子の贈り物攻撃でうんざりしていたフロランスは、馬車の中でそう考えていたのでした。



 城に到着し、一休みしてからダンスの練習が始まります。ホールへ到着すると、あの抗議へ城に赴いたとき以来、顔を合わせていなかったユーグ王子がやってきました。高い襟の白色の上着に赤いズボン。まさに絵画の登場人物のような美しさでした。


「フロランス嬢、お久しぶりです。婚約をお受けいただき、ありがとうございました。本来でしたらご挨拶に赴くべきところでしたが」

「いえ、いいんです。お忙しいでしょうから」


(というか、王子がうちに来たりしたら、ただでさえうざったい新聞記者たちの包囲網がもっと分厚くなっちゃうじゃない)


 婚約発表からずっと、エモニエ家の周辺には新聞記者の人垣が。フロランスは外出しようとすると引き止められてつけまわされて、辟易しているのでした。


「昨日お贈りしたダンスシューズは気に入っていただけましたか? もしよければ、予備のものもございますよ」

「王子殿下、そのことですが」

「はい」

「お気持ちはありがたいのですが、そう毎日靴を贈っていただいては、我が家は全室がシュークローゼットになってしまいます」


 時には、1日に2足も靴を贈られて、フロランスの部屋のクローゼットはすでに靴の置き場が一杯なのでした。この調子で嫁ぐまで半年間、靴を贈り続けられたら、屋敷全体に靴を置く羽目になります。


「それは失礼しました。では、城の一室にあなた用のシュークローゼットを作りますね。ここにお越しいただいたときに、好きに出し入れしていただくというのはいかがでしょう」

「お任せします……」


 うきうきとそう告げられれ、肩を落としたフロランスでした。


「受け取れないとおっしゃらないでくださいね、フロランス嬢」

「失礼ですがこれまでの婚約者の方々にそう毎日靴を贈られて、苦情は来なかったのですか?」

「来ませんよ。そもそも、他の人にこのようなことはしませんでした」

「なぬ!?」

「猫を被ってましたから、僕が。やっぱり、王子が足好きだというのはあまり外聞がよくないでしょう?

 ただ、無理矢理ひた隠しにしてるからか、いつも最後の詰めで抑えが効かず粗相をしてしまい、嫌われてしまったのです」


 悲しげな顔をした王子殿下が、どのような粗相をしたのか、フロランスは聞くに聞けませんでした。


「ですが、フロランス嬢にはもう隠す必要もないでしょう。気の済むまで靴も靴下も贈らせていただきますね」

「いやいやいや、私はムカデですか?! そんなにいりませんって。あとなんですかその開き直り!」

「嬉しいんですよ、僕のこの好みも理解した上で、僕の手をとってくれたことが」


 フロランスの手をとり、自然な動作で王子は白い手の甲に口づけを落とします。


「なんで理解者扱いされてんですか! 目をつぶってるだけですからね?!」

「そうなのですか?

 我々には相互理解の時間が必要なのですね。このダンス練習がよいきっかけになるといいのですが。

 とりあえず、……失礼いたしますね」


 ユーグ王子にさっと抱き込まれ、フロランスは、背に当たる手の大きさや温かさに気まずさを覚えます。諾と返事をしておきながら、未だ、この王子と結婚するのだという実感は、あまりわいてきません。


 目が合うと、にこっと優しく微笑むユーグ王子に、やはりときめきはしませんでした。

 一、ニ、三、の掛け声とともに、ふたりのダンスは始まりました。そしてすぐに中断します。


「す、すみません王子殿下。お怪我は」

「いいえ、お気になさらず! もう、まったく気にする必要はありませんよ!」


 フロランスは持ち前の運動神経で、足さばきは軽快です。しかし、緊張からか、調子が出ず動きは硬く、何度もユーグ王子の足を踏んづけました。なんとなく、テンポが合わない。そう本人は感じていました。


 ユーグ王子は幼いころからたくさんダンスを練習してきただけあって、動きは完璧でした。ただ、フロランスに蹴っ飛ばされたり踏みつけられると、いちいちうっとりしたりそわそわするので、フロランスもいちいち冷たい視線や言葉を送るのでした。


「殿下、私が足を踏むのが悪いのですが、毎回くねくねされると困ります」

「ああすみません、あとでお詫びに筋肉疲労に効くマッサージをしてあげます」

「いりません!」


 ふたりがちんたら練習していると、すっとホールに入りこんできた影がありました。ユーグ王子が気づいて挨拶し、フロランスも人影に気づきました。


「母上、ごきげんよう。こちらが、フロランス・エモニエ嬢です。晩餐の席でも改めてご紹介させていただきます。

 フロランス嬢、こちらが僕の母の――」

「はじめまして、フロランス」


 つい、と優雅な仕草で礼をし名乗ったのは、美姫と名高い王妃殿下でした。フロランスも、肖像画でそのお顔を何度となく拝見したお方です。美貌が国王陛下に見初められ、強く望まれてお輿入れされたという経歴を持つ、隣国出身の姫君なのでした。

 国の女の子たちには、妃殿下のように素敵な王子に見初められるのを夢見る子も多くいます。


「はじめまして、王妃殿下。フロランス・エモニエです。どうぞよろしくお願いいたします」


 齢を経てもなお美しい女性は、どこか冷えた声で語りかけます。


「こちらこそ、よろしく。……さあ、ダンスを続けて」


 王妃殿下の視線が向けられる中、フロランスはもう一度ユーグ殿下とダンスをはじめました。観客がいるせいでさらに調子が出ず、ぎこちないダンスはもはやぜんまいがきれかけたオルゴール人形のようでした。


「……はあ」


 王妃殿下の深い溜め息が聞こえました。それから、一言も。


「ダンスもろくにできないなんて」


 言い捨て、王妃殿下はさっとホールから消えました。

 あぜんとして、フロランスは足を止め、彼女の消えたドアの方を見つめます。


「フロランス嬢?」

「……いえ」


(ユーグ王子には聞こえなかったの? ていうか、なにあれいわゆる嫁いびりの姑!?)


 もやもやと、胸に不快なものがこみ上げてきて、フロランスの集中力はそこで完全に失われたのでした。


 練習を見ていた講師は、最後に一言、フロランスにアドヴァイスをくれました。


「フロランス嬢、パートナーであるユーグ王子殿下に、もっと身も心も委ねなければ、いつになっても息は合いませんよ」


 そんな具合で、第一回のダンス練習は、……いまいちな成果でした。

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