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 体を清め、寝間着を纏い、あとは就寝、と見せかけてひとつの部屋に集まって姉妹でこそこそ内緒話をするのは、よくあることです。エモニエ家の三姉妹は、ヴェロニクの部屋にこっそり集まっていました。


 夫人はすでに床につき、使用人たちも部屋に戻っています。


 クッションを抱きかかえ、ヴェロニクのベッドで輪になって、三姉妹は今日一番に熱い話題で盛り上がっていました。


「え~? じゃあ断るの、婚約のお話」


 ヴェロニクが膝を抱えて首をかしげます。どっかりあぐらをかいたフロランスがため息で答えました。


「そうしたいところだけど……お母さま、めちゃくちゃ喜んでるしさぁ……」


「どうしても嫌なら無理しなくてもいいんじゃない? 三人で面白おかしく暮らすのもありだと思うの」


 横座りしたヨランドは、楽しげに語りましたが、またフロランスはため息で返しました。


「でもさー。それって、エモニエ家は完全に途絶えるでしょ? お母様のこと考えると可哀想っていうか」

「お姉ちゃん、もしかして、背中を押してほしいの?」

「ずばっと切り込むわね、ヨランド」


 フロランスは渋い顔になりました。ヨランドがくすくす笑います。


「なんだかんだで孝行娘っていうか。そういうお姉ちゃんが好きなんだけどね。でも、お姉ちゃん、前から貴族と結婚するくらいなら国外に逃げるとか過激なこと言っていたじゃない? いいの?」

「嫌だけどさあ……」


 いつもの勢いがない姉の様子に、エモニエ姉妹は顔を見合わせたのでした。ヴェロニクが小さく頷いて、ほほえみました。


「何が悩みなの? お姉ちゃん」

「何って、相手は貴族……というか貴族の壁ぶち抜いて王族だし、変態だし、色々あって腹の虫が治まらないというか」

「とはいえ、貴族以外と結婚したらしたで、お姉ちゃんは別の苦労をすることになるわけじゃない。お友達の中で、農家の次男のところへ駆け落ちした子がいたけれど、田舎の村の生活に耐えられなくて一年経たずに逃げ帰ってきたわよ」

「商人は商人で、時には貴族にしっぽを振らなきゃいけないのよ。お姉ちゃんにはそんなのできやしないでしょ?」

「気の短いお姉ちゃんは、がんこで短気が多い職人とは、衝突ばかりでそもそも恋には発展しなさそうだし」

「王族になったら、刺繍の練習はしなくていいんじゃないの? お姉ちゃん、良かったわね」


 笑い合う妹達。フロランスは唇を尖らせました。


「……くっそー、言いたい放題言っちゃってさあ、あんたら。変態の嫁になれって言われる気持ちなんかわかんないくせにぃ」


 ヴェロニクがからりと笑いました。


「たしかにその足が好きなのはなかなかだけど、お義父様も変わった趣味をお持ちだったし、そういう人は一定数いるんじゃないの? それはまあ、突然足にすりすりされたらびっくりするし気持ち悪い。ただ、結婚したら別に足好きじゃなくたってすりすりくらいするんじゃないの」


 きゃーっと下品な話題に笑い声をあげた妹たちに、フロランスは恐る恐る尋ねます。


「ねえちょっと待って、お父様ってどっちの?」

「もちろん、お姉ちゃんの実父のね」

「もしかしてお姉ちゃん、お母様とお義父様の出会いの話を知らないの?」

「いや、待って。聞きたくない。言わなくていいから」

「あらそう? 面白いのに」


(実の父の隠れた性癖の話なんか聞きたくないわよ)


 薄ら寒い気まずさを覚えて、フロランスは首を横に振りました。


(でも、……貴族で変態ってことを差し引けば、考えようによっては、ありなのかなあ)


 愛し愛される結婚は、将来的に苦しみを呼ぶに違いない。そう信じ込んでいるフロランスの頭は、打算的に働いていました。


 ユーグ王子はフロランスの足が好きで、フロランスはユーグ王子のことをちっとも好きではありません。あと二十年もすれば、加齢で肌のハリも衰え、肉付きも変わってくるだろう自分の足を、王子がいつまでも執着しているとも思えないし、極めてさっぱりした関係で人生を終えられるのではないかと考えていました。

 それは、フロランスの望む結婚の形に近いものでありました。


 結婚したくない、するつもりもないと、婚約話を突っぱね続けてきましたが、今日の継母の涙を見てしまっては、今後も同じように突っぱねるのは難しいだろうともわかっていました。

 病で苦しんで死んだ実母の姿をおぼろげながら覚えているので、継母には穏やかな人生を歩んでほしい――奇しくも、エモニエ夫人がフロランスに抱いているのと似たような感情を、フロランスもエモニエ夫人に持っていたのです。


「決めたわ。私、王子と結婚する」

「えっ、いいの?」


 ヨランドがびっくりした顔をします。フロランスは肩をすくめました。


「いいの。もし変態行為に耐えかねて、離婚して戻ってきたら、受け入れて」

「あはは、その時は自伝でも書いて売って、印税で三人楽しく暮らしましょう」

「結婚式まで、しっかり磨き上げておかなきゃ! 特に足!」


 三姉妹の部屋は、明け方まで小さな笑い声が響いていました。


 ◆


 王城での王子との懇談(?)から三日後、新聞屋は号外を配り、街中に貼られていたフロランスの人相書きは撤去されました。中には、人相書きをコレクションしようとする人も現れました。


 それというのも、新聞の号外にはユーグ第二王子殿下とフロランス・エモニエ嬢の婚約成立の記事が載せられたからなのです。未来、妃殿下と呼ばれるだろう娘の人相書きは肖像画のようなものだと考えたためでした。ただ単に、面白がって手元に置きたがる人もいるにはいましたが。


 街はお祝いムードに包まれました。婚約解消を繰り返してきたユーグ王子殿下でしたが、今度は婚約発表と同時に、結婚式の日取りまで公表されたのです。次こそは、彼も無事に結婚できるのだろうと国民は期待しました。

 前の四人の婚約者殿と、婚約解消に至った理由は気になれど、王族の結婚となれば場合によっては減税や特赦等々、市民にありがたい施しがあるからです。


 ◆


 活気づいた街の一角、エモニエ家のロビーでげんなりした顔をしていたのは、新聞を握りしめたフロランスです。


『パーティーでのロマンチックな出会い! 悪漢に襲われ負傷した王子を救出したエモニエ家令嬢。市井育ちの逞しき娘の素性とは――!?』


「なんでそうなるかなあ」

「お城が、王子の怪我の理由を伏せたからでしょう。言えないでしょうし、言われたらお姉ちゃんだって困るでしょ。

 それより王子殿下から贈り物が届いているわよ」


 ヴェロニクが指差した方には、大きな箱を抱えている下男がいました。フロランスは下男が差し出した封筒を開け、中の便箋を広げます。


『親愛なるフロランス・エモニエ嬢。あなたにぜひ履いていただきたい靴をお贈りします。お預かりしていた靴から採寸し、踵が引っかからないように緩めに調整しておりますが、万が一あなたの至宝の足に傷がつくことがないように――』


 そこまで読み、フロランスは便箋を再び封筒に押し込みました。

 下男の抱える豪華な箱の蓋をそっと開けます。生の薔薇が敷き詰められた中に、淡い桃色の可憐な靴が収められています。


「お姉ちゃん、取材したいって人が来ているけれど、どうする?」


 ヨランドが玄関からやってきて問いかけました。

 フロランスはがっくり肩を落とします。


「……なんか、色々判断を誤った気がする」

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