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『パーティーの裏での犯行! 犯人はどうやって第二王子に暴行したのか』
『城の警備担当者、解雇を免れる。国王陛下のご温情』
『現場の遺留品は女性ものの靴。中庭に出た女性たちを次々聴取』
『犯人はドレス姿? パーティー参加者の線が濃厚』
パーティーの二日後です。
そのようなセンセーショナルなタイトルの新聞記事が売り出され、街の至るところに、人相書きが掲示されました。人相書きは、見た人の記憶を生かすために、白黒で描かれるのが通例ですが、この絵が白黒に描かれた背景に、月明かりの下では色味がよくわからなかったのだという当事者しか知らぬ事情があります。
この人相書きと新聞記事を見て憤慨したのは、フロランスでした。
「どうして私が犯人扱いされてるわけー?! 意味がわからないんだけど!!」
妹・ヴェロニクが買ってきた新聞を読んでの言葉です。
新聞に転載された、縮小版の人相書きの人物は(かなり美化されていましたが)フロランスの顔をしていました。
さらに、その人物の手がかりとして隣に添えられている靴の写真は、あの夜にフロランスが無くしたものでした。
近所の新聞売りのあんちゃんが、ヴェロニクを見かけて心配して声をかけてきたのでした。『ねえこれ、あんたのとこのねーちゃんじゃねーの?』と。そして、新聞をひと目見て、ヴェロニクは大慌てで帰宅した次第です。
「お姉ちゃんも被害者だって言うのに、この扱いはないわ! 指名手配だなんて、どんな誤解があったらそうなるの? 断固、新聞社とお城に抗議しなきゃ!!」
「そうは言っても、ヨランド。当主であるお母さんは寝込んでいるし、抗議なんて」
「ヴェロニク、そんな弱気な! だったら私が名代として乗り込んでやるわよ!」
フロランスに同調した妹・ヨランドも、口調を荒げました。
妹・ヴェロニクも、姉妹の勢いに押されたのと、やはり納得できないという気持ちがあり、結局はフロランスとヨランドに賛同したのでした。三姉妹は口々に、城へ行き抗議する段取りについて自分の考えを述べます。
部屋にいるのは三姉妹だけです。エモニエ夫人は、パーティーの夜に卒倒してから寝込んでいて、一度も部屋を出ていません。娘が変態に襲われかけたのです、心労はもっともです。
とはいえ、被害者のフロランスは元気でした。そして怒り心頭でもありました。
パーティーの夜、変質者に襲われかけたと城の警備に訴えたのに、きちんと対処してもらえず、長時間待たされた挙げ句、具合の悪い継母を休ませるため、渋々ながら用件を済ませることなく帰宅せざるを得なかったのです。
何か別の騒動があったようで、城じゅうがバタついていたのでした。
その上でこのデマ記事です。
自分も同時刻に別の事件の被害者になっていたのに、こともあろうことか、王子殿下に狼藉を働いた人物とされてしまったのです。許せることではありませんでした。
(あんな雑な対応をする警備だから、どうせ人の出入りなんかちゃんと見てなかったに違いないわ。きっと、中庭に落としてきた私の靴を拾って、短絡的に私が犯人だって決めつけたのよ。酷いものだわ。
私に襲いかかってきた変質者だってちゃんと警備が見張っていたら――)
ドレスで茂みを高速匍匐前進した自身の奇行は棚上げして、フロランスはぎりぎりと歯を鳴らしました。
(それにしても、王子殿下まで中庭で襲われただなんて……。城の警備はなんてゆるゆる……? はっ、まさか……!)
「ねえ、私を襲った犯人が、王子殿下を襲った犯人なのかも!」
フロランスの推測を聞いて、妹たちは顔を見合わせたのでした。
「……なるほど、あり得なくもないわね。どう思う、ヴェロニク」
「まさか同じ場所に、しかも警備の人もいるお城に、示し合わせたように不審者がふたりも集まるなんて考えにくいものね」
「ヨランドもそう思うでしょう? 私、お城に行って、話してみるわ。私への誤解もとけるかもしれない」
「何を騒いでいるのです」
三姉妹は、居間の出入り口を振り返りました。エモニエ夫人が立っていました。髪はパサつき、顔色は白く、具合が悪そうですが、よそ行きの格好をしていました。
「お母様。実は――」
ヨランドが口ごもりました。心労で寝込んでいた母に、すべての事情を話してよいか迷ったからです。
ところが、よく見ればエモニエ夫人の手には、新聞が握られていたのでした。フロランスはさっと立ち上がり、継母の腕を支えました。
「お継母さま、まさか、新聞を読まれたのですか?」
「ええ。それで、こうしてはいられないと、起きてきたのです。……新聞には、まるであなたが王子殿下の暴行犯のように取り沙汰されていますが、……そんなことはありませんよね、フロランス」
「当たり前じゃない!」
間髪入れずに返答した娘を見て、エモニエ夫人は深く頷いたのでした。
「私は、これから娘の名誉のために、城に抗議に参ります。あなた達はここで待っているのです」
「ええ!? ただ待ってるだけなんて嫌よ、お継母さま!」
「そうよそうよ! お母さま、女ひとりじゃ舐められるわ。全員武装して徹底抗議するのよ! ね、ヨランド」
「私もそう思うわ、ヴェロニク」
自分たちが城に乗り込むきまんまんだった三姉妹が、不満を口にしたのは当然でした。
あまりにぎゃーぎゃー騒ぐので、エモニエ夫人は深いため息を吐きました。
「では、フロランスだけ着いて来なさい。当事者がいたほうが、話がしやすいかもしれないから。ヨランドとヴェロニクは家で待っていて」
こうして、フロランスは身支度を整え、継母と共に、城に行くことになったのでした。
本当だったら着の身着のまま飛び出して、責任者の頭をひっぱたいてやりたいくらいでしたが、身支度を怠って舐められるのも本意ではありません。ぶつくさいいながら、きちんとしたドレスに着替えます。
かかとの高い靴を履いた時、靴ずれが痛み、ふと、あのパーティーの晩を思い出したのでした。
月明かりでよく見えなかった変質者の男。
ぎりり、とフロランスは歯噛みします。あの時、動揺せずあいつを取り押さえておけばこんな面倒にはならなかった。指名手配の人相書きに描かれるのは、自分ではなくあの男だ。よく顔を思い出して、正しい人相書き作成に助力できるようにしなければ。
だというのに男の顔を思い出そうとしても、月明かりの下で見た目鼻立ちはおぼろげな記憶でしかありません。
ですから、あの晩月明かりに照らされた男の顔を見て感じた、どこかで見たことがあるという既視感は、きっと気の所為なのだろうと、フロランスは納得したのでした。
◆
数日前にも行った王城では、前門で馬車の中を検めた警備が、エモニエ夫人の同乗者がフロランスであるとすぐに気づき――なぜかうやうやしく、正門から迎えの人がやってきて、傅かれて、城に足を踏み入れたのでした。
フロランスが昼のお城に来るのは、彼女の記憶にあるかぎり、初めてでした。
まさに豪華絢爛というお城の内装を見回して、ため息が出てしまいます。夜に見るのとはまた違って、細部まで目が行き届き、いかにこの場に財が注ぎ込まれているかをしっかり感じることができたからです。
継母が受け継いでいる先祖代々のお屋敷も広く立派ですが、格が違うのです。
乗り込んできたときの勢いが削がれ、やや冷静になってきたフロランスでした。
自分たちの主に無礼を働いたことになっている娘に対し、色々思うこともあるでしょうに、不満をおくびにも出さずうやうやしく先導してくれる紳士を見れば、使用人の程度というものが伺えます。もちろん、彼は一流の紳士でありました。フロランスには、彼の役職がなんなのかはわかりませんが。
(いけないいけない。かっとなって周りが見えなくなるのが悪い癖だって、お父様にも言われていたんだわ。ちゃんと濡れ衣だってわかってもらうために、冷静に話さなきゃ)
深呼吸を一つ。
紳士に案内されたのは、さほど広くはないものの、シックなインテリアの部屋でした。
「お嬢様はこちらでお待ち下さい。エモニエ夫人は、どうぞ、奥の部屋へ。陛下がお待ちです」
(陛下って……)
思わず、エモニエ母娘は顔を見合わせました。夫人は、娘を落ち着かせるようにうなずき、背筋を伸ばして奥の間へ入っていきました。
継母の姿が見えなくなり、ふと、フロランスは心細く感じたのでした。お腹の上で重ねた自分の手と手に、きゅっと力が入ります。
ドアが完全に閉まると、紳士が振り返りました。
「お嬢様、よろしければ王子殿下がお会いしたいとおっしゃっているのですが、いかがでしょう」
「王子殿下が?」
「はい。第二王子ユーグ殿下が、お嬢様とぜひお話したいとのことです」
(何かしら。お会いしたこともないし……、やっぱりあの人相書きの件?)
「承知いたしました。どちらに参ればよろしいですか?」
「こちらのソファにお掛けになってください。王子殿下は既に、廊下にお待ちです」
「えっ!?」
フロランスが驚きの声を上げるのと、ノックの音がするのは、同時でした。
紳士が歩み寄り、ドアを開けます。心の準備が整っていなかったフロランスですが、辛うじて姿勢を正しました。
入室した王子は、フロランスも見たことのある肖像画そのものの美男子でした。
青銀色のまっすぐな髪の毛は背に流れ、目元は涼やかで、瞳の色は深い青色です。背は高く、細身ではありますが、貧弱な印象はありません。ゆったり構えているからそのように見えるのでしょう。
ところが、にっこり微笑んだ青年の右頬には分厚いガーゼが貼り付けられ、痛々しい様子です。
(あれ……?)
フロランスの脳裏に何かがひらめきましたが、形を成す前に消えます。王子殿下が口を開いたからです。
「ようこそ、フロランス・エモニエ嬢。お待ちしておりました」
ユーグ王子は優雅な仕草で腰を折り、完璧な礼をしてみせました。
フロランスも礼を返す――はずでしたが、彼女は硬直し口をぱくぱくさせ、……6度目の開閉でようやく声を出せたのです。
「その声、あ、あ、あの変質者~~~!??」
絶叫でした。