The second time" you" think
【 "あなた"はもうすぐ、「今あなたが科学や自分の論理性に抱いている信頼」と同じ強度で、「私という奇跡の存在」を信じることになります。】
天使にそう言い放たれ、"あなた"は少し不快な気分になる。
まるで、天使の存在を信じることは、すでに決まっており、それが早いか遅いかが問題だ、とでも言いたげな言い草である。この天使は、人間の自由意志を認めていないのだろうか?
ここでふと、ルターと親鸞という二人の宗教的偉人の存在が、"あなた"の頭をよぎる。この二人の共通項は、どちらも自由意志に否定的である、という所だ。
ルターは、当時腐敗していた教会に抗議し、そこから「抗議する者」という宗派を立ち上げた。そんな彼は、「人間に自由意志は無く、なんなら全ての起こる事は神による必然である」と主張していた。
一方の親鸞も、東洋で広まっている宗教の中から、一宗派を開いた開祖である。
彼も「絶対他力」という、「人が阿弥陀さまを信仰するのも阿弥陀さまのお力にほかならない」という考えを持っており、自由意志には否定的であった。
時代も場所も異なる二人の宗教家が、共に自由意志を否定しながら新しい宗派をつくっているという、この事実は、果たして偶然で片付けていいのなのだろうか─────。
だめだ。"あなた"は心の中で頭を振る。
もう少しでなにか掴めそうな予感はあるが、今は疲労からか頭が回っておらず、うまくまとまらない。
取り敢えず、今までの会話で分かったことを整理しよう。
と考えた"あなた"は、先ほどの「天使の正体」についての仮説について、蓋然性の順に整理することにした。
①自分を天使と「本気で思い込んでいる」異常者
②天使の「演技をしている」異常者
③自分の頭が遂におかしくなって幻聴が聴こえている
④本物の天使
をそれぞれ、①狂人タイプ②演技派タイプ③幻覚 ④本物
とすると、可能性が高そうな順に、
①狂人タイプ > > ②演技派タイプ >③幻覚
そして、一番望み薄なのが(やはりと言うべきだが)
≫ ④本物
となるだろう。
まず④の本物についてはやはり信じがたい。
先程、『「科学的に」考えられない事だからといって信じないのはおかしい』、と天使は語っていた。
確かにそのとおりだ、と一瞬納得させられそうになったが、よく考えると、この天使の主張から導き出せるのは"この天使が本物だ"という非現実的な仮説も立てることが可能だ"、というだけであり、この天使の理論は、この仮説の信憑性を補強する材料とはなり得ない。
本物の天使が、こんなまどろっこしい理論で説き伏せようとするだろうか。
もっと手っ取り早く、自分で始めに言っていた"天使でしか知り得ない話"とやらをすればいいだけではないか。
となると、残りは①狂人タイプ②演技派タイプ③幻覚のいづれか。
その中で"あなた"は、③の可能性は低いのではないか、と思う。
今の正確な日付が分からないので体感でしかないが、最後に食事をした時から(因みに駅前の牛丼チェーンだった)経った時間は丸2日程度だろう、と"あなた"は推測する。
その根拠は、「体重が70kg程度で計算すると、『過酷な暑さの中で水分を補給せずに自転車に3時間乗ったとき』と、『2日間水をまったく飲まない』のが、同じくらいの脱水症状になる」
という以前テレビで見た知識なので、どこまで正確かは分からないが。
まだ幻覚は見えるほどには衰弱していないはずだ。
そうなると残りの①狂人タイプ②演技派タイプのうち、②演技派タイプはこんなことをされる目的に心当たりも無いので、消去法的に今最もありそうな天使の正体は、①「本気で自分を天使だと思いこんでいる」狂った異常者だ。
さっき食べ物のことを思い出したからだろう、"あなた"は水が欲しくなってきた。
ずっと水分を摂っていないので喉の渇きはもう限界に近い。乾燥のあまり、息をするたびに擦れるような感覚がして苦しくなる。
そうだ、この際狂人でもなんでもいい。この"天使"に水をくれるように頼もう。もう限界だ。
(暫し黙り込む)
そこであなたは気づく。
何故、こんなにも静かなんだ?
そういえば、あんなに喋っていた天使が静かだ。
どうしたのだろうか。いつから黙っていたのだろう。考えることに集中していて気づかなかった。
もしかして、今までの会話も全て幻想だったのか。
"あなた"の背中を冷たい汗が伝う。
いや、そんなことは無いだろう。
"あなた"は天使に対し呼びかけようとするが、喉が極限の乾燥状態のために上手く声が出せない。
(何かの物音)
ん?
(同じ物音)
なんだ?今のは。
何となく「鎖のジャラジャラした金属音」のように"あなた"には聴こえたが、はっきりとは分からない。
(遠のいていく荒々しい足音)
今度は確かに足音が聴こえた。こちらから遠ざかっていくような、しかもかなり大きな足音だった。
ここが静まりかえっている事を鑑みても、それにしても大きすぎる足音だ。まるで、凄く急いでいる、または何かに怯えて逃げ出している?
つまり、あの天使は人間で、今この場から離れた、ということか?
ならどうして、さっきまで気配や息遣いさえも感じられない程、慎重に振る舞っていた人物が、こんなに騒がしく撤退するんだ?
しかも何故、突然にこの場から離れるのか?
あの天使の目的は結局なんだったんだ?
"あなた"の脳内に、大量の疑問が湧いてくる。が、水分不足の脳では処理仕切れない。だが、極度の緊張状態も相まって、"あなた"の思考自体は止まらない。
この足音を天使の逃げた音だとすると、逃げ出したのは何か状況が変わったから。
確かにさっきまでは外部からの干渉は一切無く、だから最初、これは幻覚では無いのかと思った。が、音を出さざるを得なくなった。
ということはつまり、
何かがが、この場所に起こる、若しくは誰かがが来る?
今回は推理物らしく、犯人候補ならぬ天使候補をもう一度整理するパートでした。ちょっと暴走気味だったかもしれませんが、お付き合い下さりありがとうございます
次回は、番外篇の予定です。是非ブックマークしていただけると幸いです。
P.S 今日の晩御飯はコンビニおでんでした。美味しかったです。