勇者は最強ヒーラーを追放したい
この世界に回復魔法なんて便利なものは存在しない。
怪我をしたならばポーションを振りかけ、自然治癒力を促し回復を待つ。病気になったなら薬を服用し経過を診る。これがこの世界の常識。
故にアデルは特別だった。
彼の魔法は全てを癒やし、どんな傷をも瞬時に塞がらせた。不治の病すら治る。そんな奇跡…この世界で唯一のヒーラー。
しかし、勇者フロルは見抜いていた。その回復魔法の真実を…
ーーーーーーーーーー
「アデル…貴方はクビよ」
突如として勇者の口から放たれた言葉。
その言葉にアデルはおろか、パーティーメンバー全員が首を傾げ、絶句した。
「な、何言ってるんだフロル!俺達は皆、こいつのお陰でここまで来れたんだぜ!俺もアデルに何度命を救われたか…」
戦士のザイガスが声を荒げる。彼は戦士という最前線で戦うという職業である為、怪我が多かった。ついこの前の四天王戦の時は身体の半分を消し飛ばされ死にかけた程だ。
「そうよ!ザイガスの言うとおりよ!フロル、貴女だってアデルに助けられてきたじゃない!それに、アデルは貴女の恋人でしょ!最後まで一緒に戦おうって言ってたじゃない!」
魔法使いの少女メイルがすかさず反論する。
そう、アデルと私。フロルは恋人同士。幼き頃から将来を誓い合い、同じ時を歩んできた相棒。
そんな事ははなからわかっている。私だって辛い。それにアデルがパーティーから追い出す事がどれ程の損失であるかも…
「駄目よ。それに、ザイガス。貴方だって、戦闘に参加できない。アデルの事を庇って、片腕を失ったこともあるじゃない?」
「そ、そりゃ、俺は皆の盾となるのが仕事だ…」
「それにメイル、貴女言ってたわよね?アデルは攻撃魔法も近接戦もできない役立たずだって」
「い、いつの話よ!アデルは確かに火力は全くなくても回復魔法や補助魔法、アイテムとかで支援してくれるわ!アデルが居なくなったら、パーティーは崩壊するわよ!?」
仲間たちが必死になり、フロルの気をなんとか変えようと責よる。
一方、アデルはいまだ。心ここにあらずというように放心し固まっている。
「はぁ…分かったわ。貴方達は回復や補助が必要なのね。………見てなさい!ハッ!!」
その光景にメンバー達は驚愕した。
フロルが剣で自身の腕を切り落としたのだ。
そして、
「【ヒール】」
残った片腕から、暖かな光が溢れ…
「嘘だろ?」
先程までボタボタと血が溢れてた瞬時に塞がり、傷口からモコモコと肉が盛り上がり、元通りとなった。
「ほら、私だって回復魔法ぐらい使えるの。いつまでも役立たずなアデルを置いてく意味なんてないの」
ザイガスとメイルが目を丸くし驚くなか、アデルが一歩前に出て、
パンッ!
「…ッ」
フロルの頬を平手打ちした。
「なんで…なんで君は……一人で、そこまで……」
おえつ混じりにアデルはフロルを見詰める。
フロルは平手打ちされた頬をサッと一撫ですると、キッとアデルを睨みつける。
「貴方…わかってたの? 分かってた上で…」
その言葉を聞くと、アデルは床に崩れ落ちる。
「僕は、役立たずさ……だから、少しでも君の、フロルの力になりたくて…」
「それが駄目だって言ってんのよ!!!!」
フロルは泣き崩れるアデルの目の前に剣を突き付けた。
全てを切り裂き、悪しきモノを消し去ると言われる伝説の剣。その刀身が白く光を纏う。
「…私の前から消えなさい。そして……そして、どうか長生きして…!」
勇者の目は本気だ。それはメンバー全員が感じていた。二人の話に着いていけてないザイガスとメイルもそれだけは感じていた。
このまま、アデルが待てばフロルはその剣でアデルを斬り捨てる。
「ああ、分かったよ。ほら、立てよ。街の外まで肩貸してやる…」
ザイガスがアデルを抱き上げ、自身の肩に手を回しゆっくりと扉の向こうへ消えていった。
それを見送ると、勇者はパタリと気絶した。
ーーーーーーーーーー
激しい攻撃が飛び交う戦場。
戦士が大盾で必死にしのぎ、魔法使いが火球、氷の槍、雷を敵に振り落とす。
そして、勇者が味方に回復、補助魔法を掛け隙を見つけ魔王に迫る。
「フンッ!たかが人間が、ここまでよるやるものだ。特に、そこの女…勇者だったか? 回復魔法とは驚いた。我も初めて目にしたが、つまらんな」
「ッ! 何を!ハァァ!!」
勇者の剣が魔王の鎧を切り裂き、胸を斬りつける。
しかし、
「なっ!?」
一瞬にして魔王の傷口は塞がった。
「この通りだ。貴様ら人間がいくら小賢しい魔法を覚えようが、我は何もせずとも一瞬で治癒する。我が魔力を流せば、魔族の病はたちまちに治り、力も上がる…それに、貴様と【違って】代償もない」
魔王が手を横凪に振るう。すると魔力が鋭い刃となり、戦士の大盾を切り裂き、戦士の身体を真っ二つに切り裂いた。
「ガハッ…ちっ、畜生が…」
「フロル、回復よ! キャッ!」
続けざまに放った刃が魔法使いの手足を消し去った。
「みんな!【ヒール】!!!」
魔王は手を出さない。
メンバーの傷が塞がり、戦士の胴体は元通りに、魔法使いの手足は再生し戦線に復帰する。
そして、戦士は壊れた大盾を捨て勇者と共に魔王へ斬り込む。
魔法使いは二人が作ってくれた隙を狙い最大魔法を詠唱し撃ち込む。
しかし、
戦士は魔王に腕を捕まれ、虫の羽をもぎ取るように手をもがれた。
「【ヒール】!!!」
勇者は瞬時に戦士の腕を生やし、戦士は痛みに気を失いそうになりながら歯を食いしばり魔王に渾身のタックルを食らわす。そこへ、魔法使いの魔法、勇者の光の剣が撃ち込まれる。
「はぁはぁ…やったか?」
痛み止め薬を飲み込みその場にへたれ込む戦士と魔法使い。
そして、土煙が晴れ倒れた魔王の姿が浮かびあがった。
二人から歓声が上がる。
ついに人類の悲願である魔王討伐を成し遂げたのだ。二人が倒れた魔王の前に立ち尽くす勇者へ駆け寄り、
「やったな!勇者様!…勇者? おい、フロル?」
「やだ、フロルってば立ったまま寝てるわ。もう!」
魔法使いが軽くポンッと勇者の肩を押す。すると、
ドサッ…
勇者の身体は糸の切れた操り人形の様に地面へと崩れ落ちた。
ーーーーーーーーーー
平和になった世界。
回復魔法が存在しない世界。
「……フロル。君が居ない世界はなんて【メガヒール】」
一人の荒れ果てた大地で言葉をつむぐ。
全てが枯渇した大地が一瞬にして生き返る。
そのかわりに、男はパタリと力尽きた。