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貴方へ捧ぐ異世界転生  作者: なまもの生首お嬢様
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 半ばヤケクソ気味に叫んだ俺に、ユーはにやりと笑んだ。いい作戦があるといつの間にか手に持っていた剣を抜き、柄をこちらへつきだす。

 作戦はこうだ。時間停止を解くとと共に、俺が剣を持ち崖下目掛けて飛びおりる。盗賊たちが俺に気をとられているうちにユーが女性を救助する……そのあとや細かいもろもろは、ユーがどうにかしてくれるらしい。


「威嚇程度でいいですよ。勿論、殺してしまっても構いませんが」

「殺人が重罪になる現代人にそこまで求めるなよ……」

「もう異世界人ですよ」


 そんな事を話しながら、抜き身の剣を持って指定された場所に立つ。女性も俺も怪我させないためには角度が大事…らしい。飛び降りるまでのカウントダウン、うるさいほどに脈打つ心臓を勢いでおさえつけ飛び降りた。

 …その結果、持っていた剣が偶然にも盗賊の喉を切り裂き、俺ははじめてひとを殺したのである。


「危ないところをありがとうございました……! 本当になんとお礼申し上げてよいか…………あの、彼……大丈夫ですの?」

「……………………」

「彼は初めての山賊討伐が少々刺激的すぎて、許容範囲を超えてしまったようです。暫くすれば立ち直るでしょう。お気になさらず」

「…酷い顔色をしていますわ、とても問題ないように見えません…………もし…あの、起き上がれますか?」


 自身で吐いた胃液のうえにちからなく寝転がる俺を、ユーから借りたのだろう、ローブを纏った女性が困ったような、どうしていいかわからないような様子で声をかけてくる。…腰までのプラチナブロンド。褐色肌なんて初めて見たが、髪と合わせると確かにこれが最適なのだと感じさせる。顔だちはモデルショーで彼女が出てきた瞬間、観客がスタンディングオベーションしてもおかしくないほど整っていた……絶世の美女ともてはやされてもおかしくない程だ。

 先ほどまで彼女が暴行されそうになっていたと言うのに、どうして助ける側と、助けられる側の立場が反転しているのか。………言うまでもない、今の自身はそれほど酷い顔をしているのだろう(実際、心模様は酷いものだが)助けに来たはずの相手に気を使われるなど、なんとも情けない話だ。いっそ笑ってほしいとすら思う。

 

「その、心中お察ししますわ……」

「……ょ」

「え? …、あの、ごめんなさい。よく聞こえなかったのでもう一度…」

「……………いえまで……おくっていくよ……………あぶないし…………」


 ちからなく地に転がる俺が、喉から絞り出せた言葉はそれだけだった。視界の端で盗賊の死体を漁って、色々懐に入れていたらしいユーが「それはいいですね!」と同意するのが見えて無気力がさらに増した。死体を漁るな。



 女性は「ローニャ」と名乗った。彼女はこれまで勉強のため、帝国内にある世界最大の学園に滞在していたそうだ。この度無事卒業を迎えたため実家へ向おうと、馬車で森を抜けようとしたところを盗賊に襲われたのだと語った。

 今までも実家には度々同じルートで戻ってはいたが、これまでそんなことはなかったらしい。心底恐ろしい思いをしたのだろう「護衛のかたが、命からがら私を逃がしてくれなかったら…」と、涙を拭う彼女にこちらまで心が痛くなった。

 道は知っているからと、ローニャの道案内で俺たちは進む。道中彼女と話していたのは主にユーだった。…島中浩一として生きた31年間、まともに女性と喋ったことなんて、両手があれば足りてしまう。中高は男子校で、大学も男が9割を占める学校だった。社会人になってからそういう機会はあれど、緊張して黙ってしまう事がほとんど。ローニャとユーは時折こちらに話を振ったりと、気遣ってくれはするものの、俺が緊張でまともに答えられず、そのたび心の底から申し訳なく思う。ああ、いっそ、いっそ消えてしまいたい…………!

 そんな調子で森を歩き、暫くして……


「……ここまでで大丈夫です。お二人とも、ありがとうございました」


 立ち止まったローニャは周囲を見回したあと、こちらを振り返り頭を下げた。ここまででいいと言う彼女に戸惑いの声をあげる。


「え? ここでいいのか? でも……」

「裸で帰れとは言えませんので、ローブはそのまま差し上げます。どうぞ、お気をつけてお帰り下さい。さ! コウイチ様、行きましょう! 我々の旅はまだ続きますよ!」

「え!? ちょっ」


 ユーはなんの説明もなしに強引に俺の手を引く。あまりに白々しいので手を振り払って問いただそうとするも、振り払うどころか動かすことすら叶わなかった。俺が貧弱なのか、ユーの力が強いのか…。

 あわててローニャを振り返ると、遠ざかりつつある彼女はこちらに微笑んでいる。何故か空気が張り詰めている気がするものの、ユーが大丈夫だと判断したなら大丈夫なんだろうが……せめて…せめて別れの一言くらいは言いたい…!


「あのっ!」

「?」

「き、きみは綺麗なんだから! 本当、きをつけて!!」


 そんな柄じゃないだろう! と脳の片隅で冷静な自分が、勢いで叫んでしまった内容にツッコミを入れる。盛大にやらかした。こんなの道中黙ってたりどもってたりした奴に言われても気持ち悪いだけじゃないか…! そんな後悔と自己嫌悪に俺が飲まれる中、ローニャは一瞬唖然とした顔をして……それからふんわりと、花が咲くように笑った。



 手を引かれるまま、森の中を進む。ひたすら進む。…どこまでいくのだろう。

 森の中を進んで、進んで…警戒した様子のユーは周囲を見回したあと、ようやく歩みを止めて手を離した。


「…………どうしたんだよ」

「……コウイチ様は気が付かれなかったと思いますが……彼女の家の者と思われる人物が周囲に潜んでおりました。7名ほど」

「ななっ…!?」

「彼らは殺気立っており、下手に動けば袋叩きにされかねませんでしたので…あの場は回避を優先させていただきました。申し訳ありません」

「いやそれは別にいいけど! 危なかったのか…あ、ありがとう……」


 全く気が付かなかった…! もしかして、あの場の空気が張り詰めていたのはそういう事なのだろうか? ユーは「歩きながら話しましょう」と森の中をまた歩き出す。慌てて後に続いた。


「……女神と人間たちは魔物もろとも魔神を地の底に封じましたが…実はすべての魔物を封じられたわけではありません」

「……混血とか?」

「お察しの通りです。人と魔の混血種……半魔と呼ばれた彼らは、人と魔の袂を分かつ魔人戦争の最中でも立場があいまいでしたから、各々思うように分かれていました。人に加担するもの、魔物に加担するもの…それからどちらの味方もせず、隠れ息をひそめていたもの……今生き残っているのは息をひそめていた一族です。他の半魔は魔に加担した人間と共にすべて処刑されました」


 あまりに淡々と説明するユーから出た言葉に、ひゅっと喉が鳴った。……俺が思う以上に、この世界は殺伐としているのかもしれない。

 魔神を倒す。特に何も考えず了承してしまったが、倒すと言うことは戦い、殺めることなのだろう。先ほど盗賊を殺めた時の感覚を思い出し身震いする。


「それゆえ現在生き残っている半魔は結束力が非常に強く、排他的です。あの場にいた者…迎えのものでしょうね。気配や特徴から、おそらくローニャ様は半魔であると思われます。普段は人化の魔術を使用しているのでしょう。彼女は気づいておられませんでしたが……耳、少々尖っていたでしょう?」

「ごめん俺そこまで見てなかった…」

「左様でございます」


 ユーはただ困ったように笑った。異世界に来たところで、転生する前となんら変わらない自分にまた嫌気がさす。こんな時に何をどう言えばいいのか、わからないのだ。

 俺たちは無言で森の中を歩く。森の中は静まりかえっていて、余計に気まずさが増す。話す事もないので黙っていたが、しばらく歩いてふと疑問に思った事を聞いた。


「……ところでこれどこに向かってるんだ…?」

「ああ! 申し訳ございません。説明を忘れておりました。まずは冒険者登録…そうですね、身分証の確保が先かと思いまして、直近のギルドがある街に向かっているところです」

「冒険者登録」

「我々は今後各所を動き回ることになるでしょうから、まずはこれが一番いいかと、それと…冒険者は貢献度によってランク分けがされているのですが、ランクによっては酒屋など各種割引が効きます……あ! 見えてきましたよ。とりあえず、街に降りて宿でもとりましょうか。お疲れでしょうから」


 森を抜けると草原が広がっていた。空も地もすっかり夕焼けに染まっている。…コンクリートジャングルに囲まれた転生前じゃあ、一生みられなかった光景だろう。

 そう遠くないところ、壁に囲われた街があるのが見えた。たぶん目的地はあそこだ───今俺たちが立っている場が、切り立った崖でなければきっと駆けだしていた。

 崖下を覗く。あまりの高さにめまいがした。先ほどはそこまで高さがなかったから飛び降りることができたが、これは…飛び降りるなんて到底できそうにない! 飛び降りたが最後、地にたたきつけられてぺしゃんこになるだろう。しかし俺にはここから降りる方法が想像つかない。小説のようにスキルとか、魔術とか……なにか便利な力でもあるのだろうか? 傍らのユーを振り返る。


「これ…どう降りるんだ……?」

「……どう降りましょうね!」


 俺は頭を抱えた。

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