04
「……こんなものでしょうかね」
上等なスーツから黒いローブに着替えた(それでも俺の装備に比べると上等だ)ユーが、改めてこちらに向き直る。先ほどまでそこにいるような、いないような雰囲気をもっていたのに、今ははっきりと実体をもち、そこに立っているとわかる。なにをどうしたのかはわからない。
「さて!習うより慣れろと言いますし戦闘訓練をしましょう!あちらに女性を襲っている盗賊がおりますね。あれを練習台にしましょうか」
「はっ!?」
名案だと言わんばかりに輝かしい笑顔を浮かべるユーを二度見してしまった。
(結構…体躯が良かった気がするんだが……!?)
そんな事を考えながら全く動かない男たちを見る。古傷に、がっしりとした体躯。腰にはナイフを装備しており、どちらも腕がたちそうだ。その太い腕を振りかざし、ごつごつとした握りこぶしで殴られたら非常に痛いだろう。
「む、無理だ! あんな…!」
「これから先、強大な敵を倒そうって言うのに盗賊のひとりふたり、倒せないと厳しいのでは…」
「だ、って……あいつらは人間であって、魔物ではないだろ!?」
「ですが、あの盗賊をどうにかしなければ女性は乱暴されてしまうでしょうね。……見捨てるんですか?」
「ぐ…!」
助けたい。けれども痛いのも、戦うのも正直言って怖い。情けないことに怖気づいていた俺は咄嗟に首を横に振るも、正論に口をつぐんでしまった。フードの下で目を細め、薄く笑ったユーに背筋が冷えあがり、一気に鳥肌が立つ。ああ、この視線は、この笑い方は────苦手だ。
「僭越ながら申し上げますが………」
彼はきっと俺が盗賊に怖気づいている事になどとっくに気が付いているのだ。次に何を言われるかはなんとなく分かっていた。
「貴方の頭の中にいる理想の男たちは……巨悪を打ち倒した主人公たちは、盗賊程度に怖気づいて逃げ出すような人間でしたか?」
「ッ…………!」
頭に血がのぼるのが、自分でもわかる。確かにそう、そうなのだ。妄想の中の彼らは恰好よくて、強くて、優しくて──けれどもここに立っているのは彼らではなく、俺だ。
なんの取り柄もない、臆病で、怖がりで、現実が直視できない情けない男。
「た…、助けられるなら、助けたい、けど…!戦闘経験すらろくにないのに戦えるわけがないだろ!?それにっ、俺みたいななんの取り柄もないやつが、彼らみたいに主人公になれるわけない…!」
「戦闘経験はこれからつめば良い話ですし、事実あの盗賊はそこまで強くありません。不安な部分はワタクシがサポートしましょう。それに…」
「………」
「また、後悔だらけの人生にするおつもりですか?」
「…………………」
そう簡単に言うな、解ったような口をきくなと怒鳴りつけてやりたい。けれども言葉がでない。彼の言う通り、ここで襲われている女性を見捨てれば、後悔としてこの先ずっと重くのしかかってくるのだろう。
自分が助けずに去ったあと、運よく誰かが通りがかったとして…盗賊を追い払う頃には彼女の心には深くふかく、傷が刻み込まれてしまう可能性が限りなく高いことなどわかっている。奇跡はそう都合よく、滅多に起こらないから奇跡なのだ。
ここで自分がいけば、もしかしたら…もしかすると彼女を助けられるかもしれない。自分をサポートすると言うユーもいる。二体一よりは、確実に勝ち目があるはずで─────。
「……………………ぃ」
「え?」
「助けるにはっ、俺はどうしたらいい!?」
半ばヤケクソ気味に叫ぶ。突然の大声に驚いたのかユーは一瞬目を見開き、その後にやりと笑った。
「ワタクシにいい作戦がございます!」
◇
「ぅあ…あああ……」
「ハァ…見ろよ…やっぱりお貴族様はよぉ、綺麗な身体してるよなァ…」
盗賊の男は女のしろい肢体に感嘆の声を漏らした。それからなめまわすように眺めて、舌なめずりをした。今から自分がこの身体を、隅々まで味わい尽くすのだ。久々の女。しかも器量のいい女。ドレスを裂き、下着をとりあげ、裸に剥いたこの貴族の女。このなめらかな肌をしゃぶりつくし、好きなだけ辱めることができるのだと思うと股がいきり勃つのを止められない。
「大人しくしてりゃ優しくしてやるからよぉ!」
力づくて股を開かせ、早速事に及ぼうとしたが───それは叶わなかった。
盗賊の男には何が起きたのかわからなかった。傍らにいたもう一人の男が、突如上から降ってきた何かに剣で喉を貫かれていたのだ。鮮血と共に鈍い音をたてて倒れる。
上から降ってきた何か、それは村人の服を着た青年だった。なんの変哲もない、簡素な布の服。緑の髪と、金の瞳は陽をうけ輝く。青年は自身の剣がひとの喉を貫いている事に気がつき、一気に顔面蒼白になる。
「っひ…!? ちょっ、待っ……あ、な、なんで…!?」
「誰だ! てめェべっ」
「後ろから失礼します!」
こきゃり。臨戦態勢を取ろうとした盗賊の男の首が180度曲がり、乱雑に放り投げられる。男の首を反対方向に回したのは上質なローブを纏い、深くフードを被った人物だった。
死体が二つと、平然とローブについた土を払う謎の人物、青い顔でえづく青年。混乱した様子で死体と彼らを見比べる裸の女性。この場は混沌を極めていた。
「あ、ああ………おれ、ひと、こ、……殺し…………ころしちまっ…………ひっ、…ひっ、……ぃ…………………お"え"っ」
崖上から降ってきて、剣で盗賊ひとりの喉を貫いた緑髪の青年は顔面蒼白で過呼吸になったと思えば、とうとう土に胃酸をぶちまけた。