03
『チュートリアルを行いましょう!』
「チュートリアル?」
『左様、チュートリアルです。不要ですか?』
「……右も左もわからない。正直あるなら欲しい」
◇
『それではまず、この世界で名乗る名前を決めましょう』
「……島中浩一じゃだめなのか?」
『何度も呼んでおいてあれなのですが、実はそのお名前は前の肉体に紐づけられているので、我々が用意した新しい肉体の貴方は名無しです』
「な、なるほど…?」
天使モドキは指を鳴らす。途端なにもないところから空中に<<お名前は?>>と見出しのついたウィンドウが現れた。見出しの下には空欄、その下にはあいうえおとパソコンのキーボードのように文字が並んでいる。天使モドキとウィンドウを見比べて俺は口を開いた。
「これっ…ゲームの名前入力画面じゃないか!」
『島中浩一様の好みに合わせてみました。ゲーム、お好きでしょう? さて、今ならどんな名前もつけられますよ。いかがなさいますか?』
<<お名前は?>>──入力画面の表示されたウィンドウを見上げて考える。いくつかの妄想のなかでは、自分は全く違う人間で、もちろんそれぞれ得意なこと、苦手なこと、……それぞれの人生があって、それぞれ違う名前がついていた。
「………………コウイチにしようかな」
『変えなくてよろしいので?』
「色々考えたけど、俺は俺だからさ」
『左様でございますか。では、そのように』
入力画面の出たウィンドウに、コウイチの四文字が並び、確定されて閉じる。たしかに妄想の中の自分は容姿端麗、頭脳明晰、大胆不敵………そうなりたいと強く憧れた、まるでゲームや小説の主人公のような理想の男。
それらすべてが自分には無いもので、結局、頭のなかで組み上げたまぼろしなのだ。下手に彼等と同じ名前なんてつけてしまえば、実際の自分との解離で苦しむことになるだろう。なにより両親にもらって31年間付き合ってきた名前……いまさら捨てるには、少しばかり惜しい。
『それから…そうですね、コウイチ様に直接関わる事柄についてもある程度指南しておきましょうか。それ以外は追々説明していきます』
……百年前、ずうっと北の大地から、どこからわいたかもわからない魔物が大量に下りてきた。人々は立ち向かうも蹂躙され南に逃げ、北と南を壁で隔てた。それでも魔物の侵攻は止まらず、最後の切り札を切る。魔術師を集め、優れた技術を集めて北の地を魔物諸共爆撃したらしい。
その後侵攻は落ち着いたものの、ダンジョンが各所に現れ魔物が出現するようになった。それらになんとか対応、研究するするために、人々は戦力を集め、管理するための冒険者ギルドを立ち上げる。
ジョブとはこの世界が始まった時からある、戦うための役割分担のようなものなのだそう。戦士や魔術師、治癒士など…ジョブによってできることも違う。鍛冶職人や商人など、直接戦いに関係してこないものはジョブではなく職業と言うらしい。ジョブは変えられるものの、基本ひとりが出来る役割はひとつまでなのだが…。
『"加護持ち"と呼ばれる、女神の加護を授かったものはジョブをふたつまで適応させる事ができます。コウイチ様の第一職は打ち倒す者…簡単に言えば勇者ですね。第二職は僭越ながら、ワタクシが魔術剣士を選ばせていただきました。第一職は変えられませんが、第二職は女神教の教会で変えることが出来ますので、色々試してみてくださいね』
「魔法が使えるのか!?」
『いえ、魔術が使えます。"魔法"と"魔術"は別物。"魔法使いと魔女"は同じものですが"魔術師"はまったくの別物なのでご注意ください』
「…………違いがよくわからないな…………?」
『端的に言うと"魔術師"は人間。"魔法使い"、"魔女"は魔族です。魔法云々は覚えなくても構いませんよ』
魔法使いと魔女は同じもので、魔法は魔族が使うもの。魔術師は人間で、魔術は人間が使えるもの……よくわからないが、人間が使えるものは原則魔術のみだと思っておけばいいらしい。魔法使いや魔女と関わる事は、ほぼないだろうと天使モドキは首を振る。
それから俺は、戦いかたの手ほどきを受けたり、魔法の使い方を教わったり、この世界における常識を軽く教わったりした。
なにせ世界そのものが違うため情報量は膨大だ。一気に詰め込んでも仕方が無いため、最低限のことだけ今教えて、必要に応じて都度解説してくれるらしい。どうせ長い付き合いになるのだからと、天使モドキは笑った。
身体が若返ったように軽いと思っていたが、実際に若返っていた。透かすと金色になる緑の髪といい、すこし低くなった視点といい……以前の自分にはない特徴だらけなので予想はしていたが。ユーいわく、18歳の男子の身体を用意したそうだ。この世界での成人は15歳らしいので、色々動くのに問題はないだろう。外見は18歳、中身は31と……突然の若返りにくすぐったい気持ちしかないのに、ウィンドウに鏡を出してもらうと中々の美青年がうつっていて、以前の自分との差に動揺が隠せなかった。
「…チートとかないのか?」
『ワタクシと言うサポーターの存在そのものがチートのようなものですよ!それに、コウイチ様はチートで暴れ回るより、コツコツ努力を積み上げる王道がお好きでしょう?』
「ぐぬ……」
ふと、よく読んでいた流行りの小説では、チートと呼ばれる圧倒的な力で無双する作品が流行であった事を思い出した。本来の意味ではないのだが、語呂がいいのだろう。いつの間にかずるいほどに強いと言う意味で通じるようになっていた。
もしかしたらと期待を込めて聞くと呆れたような顔で事実を指摘され、何も言い返せなくなる。事実、俺は王道の展開が好きなのだ。先程からどうしてこうも的確に好みを突いてくるのか、何故か悔しくなった。
「普段ユーさ……ユーは、何処にいるんだ?」
『コウイチ様の行く先を見守りつつ、別所にて待機しております。ワタクシは言わば精霊や幽霊のようなものですので、基本は実体を所持しておりません』
「……その気になれば出来るのか?」
『はい!お望みであればおつかいや留守番、スパイ等もこなしましょう。ただワタクシの役割はあくまでサポートであり、コウイチ様の代わりに戦闘を行う等は承知しかねます』
「ああ、いや、そこまでは……」
『しかし何故そのようなことを聞かれるのですか?』
「……その…………恥ずかしながら知らない地に一人だと少し心細い…………しばらくは一緒にいてもらえないかな」
恥を承知でお願いすると、彼は意外そうな顔をした…。正直な話、この先もひとりと言うのは耐えられそうにない、草原をひとりきりで歩き続けるのも大分堪えるのだ。顔が熱を帯びるのを感じて何か言おうとして言えず、口を開けたり閉じたりしていると、ユーは二度瞬きをして困ったように笑う。
『かしこまりました。不詳ユー、時には天使モドキとして、時には人間の形をとってコウイチ様をサポートいたしましょう』