01
島中浩一。独身、男、31歳。顔、スタイル、能力…なににおいても、平均どころか中の下。ただのサラリーマン。
今日も今日とて上司に怒鳴られ頭を下げ、自身を追い抜いていった後輩に嫉妬心を燃やし、出世していく同期の背から目を背ける。ああ今は遠き煌びやかな世界。いったいどこで人生を間違えたのか。
重たい体を引きずるように帰路につく。家はまだ遠い。この時間はいつも、歩きながら妄想するのだ。
今日の妄想。突然トラックに跳ねられて異世界に転生し、途中苦戦や挫折もありつつも巨悪を打ち倒し美人の女の子といい感じになって…それで……、それから………途中で正気に戻り、現実と妄想のギャップに苦しむのがいつもの流れなのだ。どうして俺はこんななのだろう、どうして俺は、どうして…。
止めればいい事はわかっているのに止められない。いつまでも頭は幼いまま歳だけとってしまって、現実を直視することすらできない、しかたのない人間。しょうもない人生なのだ。大好きなゲームや、最近流行りの小説のように都合のいいことは起こらないし、世の中そう甘くは出来ていない。異世界転生夢見て待てど暮らせど、奇跡は今日も起こらなかった。
(俺は…俺は育ち方さえ違えば、きっとやれる人間だった。来世があるならば多分うまくやれる。次は、もっと…)
そんな現実逃避に没頭しすぎたせいか、誰かの「危ない!」と叫ぶ声すら耳に届かず、うかつな俺はトラックにはねられた。視界が回る。衝撃とともに訪れる浮遊感。理解する間すらなく全身がアスファルトに打ち付けられて転がる。頭の中がじんわりと冷えて、指先すら動かしたくない…抗えないほどの倦怠感に、ぼやける視界と口内に広がる血の味。
(ああ…嘘が真になるとは …)
最期までくだらないことを考えて意識が遠のき───
────気が付けば目前には青空が広がっていた。
「うわっ!?」
驚いて飛び起きる。どうも草原に大の字になって寝転がっていたらしい。
……何が起きたと言うのだろう。身にまとっているのはスーツではなく布の服、革靴もブーツになり、黒かった髪の毛は陽の光に透かすと金が混じったような緑に輝く……そもそもの話、つまめるほど髪は長くなかったはずだ。身体も若返っているような気さえするほど軽い。……いったい何故?
状況が把握できず混乱していたが、すぐにハッとした。
(もしやこれは……異世界転生ってやつか!?)
思い浮かんだ可能性に心が浮き足立つ。直前の記憶はトラックに跳ねられて意識を失う記憶だ。どうせ生きてはいまい。家族も友人も、やり残したことも遺してきているはずなのに、不思議なことにいまは高揚以外の気持ちが沸いてこなかった。
あらためて周囲を見回す。青々とした草原が広がっている。太陽の陽ざしはほどよく、風が気持ちいい。よく読んでいた小説なら、そもそも近くに魔物やら誰かがいるのに、ここには人どころか動物一匹見当たりはしない。トラックに跳ねられた。異世界転生した。……それ以外なにも特別なことはなくて、それだけなのかもしれない。
ひとまず、草原の向こう側に向かって叫んでみた。…………返事は返ってこない。ただ草が風に揺られているだけだ。静寂に不安を抱き歩いてみる事にした。もしかしたら草原の先には町があるかもしれない。誰かに会えるかもしれないと、ひとかけの希望を抱いて。