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第八話 美食都市ロンディア

 『牛の頭』の食事をテイクアウトして食べた昼食後。


 紅竜と咲は、もう動きたくないと言うブライアンを引きずって、トレーニングの場所へと戻っていった。


 神奈と梨乃は、薬草茶を飲んでいる。そのカップを置いて、梨乃が呟いた。


「ダイエットは時間がかかりそうだから、同時進行で、ロンディアを調べたほうがいいのかもしれないわね」


「問題はロンディアにあるって、梨乃さん言ってたもんね」


「ええ。領主の評判はかなりいいけれど……ブライアンくんはあの美食都市で、美食とは相反する貧食症になって身を崩してる。光の裏にある闇はかなり濃い気がするわ」


 神奈は神妙にうなずいた。


「でもどうする? ダイエットもやらなくちゃいけないから、みんなでは行けないよね?」


 四人の仲間が別行動をすべきだろうか。迷い言えば、梨乃は、神奈の両手をぎゅっと握ってくる。


「だから、二人で行きましょう。神奈ちゃん。一緒に行ってくれる?」


「えっ、私!?」


 神奈は大きな声を上げた。


「紅竜くんとかのほうが、何かあった時に安全なんじゃっ」


「大丈夫よ。私達には女神様がついているから」


 梨乃が、さも当然と微笑む。しかし神奈の胸には、一抹の不安が浮かんだ。なにせ、神奈たちが頼る女神は、あの美人で意地悪なカシャなのだ。


「神の加護とかあるのかな……あの人」


 思わず呟くが、長く任務を経験しているであろう代行者隊長である梨乃が言うなら、きっと大丈夫なのだろう。カシャは信用できずとも、梨乃は信頼できる。


 ということで、神奈は梨乃と二人、美食都市ロンディアに向かうことになった。


 


「気を付けて、ね、二人共」


「ブライアンのことは俺にまかせろ!」


「はーい、行ってきます」


「何かあったら連絡するわ」


 見送りの紅竜と咲に手を振り、神奈と梨乃は馬車に乗り込んだ。ロンディアまで運んでくれるのは、隣村からこの村へ連れてきてくれたマークだ。乗合馬車で行こうと思ったら、一日おきで今日は無理と言われ、仕事でやってきていた彼にお願いしたのである。


「あそこはいいとこだぞ。ちょうど明日から祭りだし、賑やかだろうな」


 マークは馬を操りながら、空の荷台にクッションを置いて座っていた神奈と梨乃に声をかけた。


「祭り?」


「ああ。毎年この時期に、領主様が市民の前で、春の訪れに感謝をささげ、秋の実りを祈る『春祭』をやってるんだ。確か今年は初めて、前夜祭をやるんじゃなかったかな」


「ってことは、領主様に会えるんだ」


 神奈の声に、マークが、はははと笑う。


「会えるって、下々にそんな権利はないさ。遠くから姿を見られるってだけだ。まあそれでも、美食都市ロンディアを統べるお人だからな。価値は十分にある」



 その後、二時間ほどで、三人はロンディアに到着した。


 明日も仕事があるからととんぼ返りをするマークに別れを告げ、神奈と梨乃は、都市の入口である検問所に向かう。


 足元が砂地であるのは、これまでの村と変わらない。ただ他が解放されていたのに対し、都市は、石造りの高い城壁に囲まれていた。


「これが美食都市ロンディア……」


 しかし、これほどのものがあるからには、警備が厳しいのかと思いきや。


 検問所に詰める衛兵は、祭りの観光で訪れたという神奈と梨乃を、あっさりと都市の中へ入れてくれた。


「こんなに簡単でいいのかな」


 たった今自分が通って来た検問所を振り返り、呟く神奈。


 だがその気持ちは、すぐに消えてしまった。城壁内部に満ちていた美食都市にふさわしい食べ物の香りに、すっかり誘惑されてしまったのである。


「うわあ……すごい」


 神奈は、ふらふらと通りを歩き始めた。


 道の両側に並ぶ多くの屋台には、様々な種類の食べ物に満ちていた。


 肉焼き、魚の塩焼き、切りっぱなしのフルーツに甘そうな菓子、不思議なにおいのする薬草茶。


「どれもおいしそう……目移りしちゃう」


 神奈が、財布の入った腰のポーチに手をかける。と、その手を、梨乃が掴んだ。


「神奈ちゃん、あまり離れないで」


 ひんやりとした指と、彼女にしては厳しい声音に、神奈ははっと振り返る。


 そこには、真剣なまなざしの梨乃がいた。


(そうだ、私、ブライアンくんのことの調査でここに来たんだった……)


「ごめん、梨乃さん……」


 視線を下げて謝れば、梨乃は「この人出じゃ、迷子になったら大変だから」と苦笑する。


「でも、神奈ちゃんの気持ちはわかるわ。どれもとても美味しそうだもの」


 そう言って梨乃は、近くの屋台に目を向けた。その軒下には青い旗が揺れている。


「……これ、なんのマークだろう?」


 見れば、どの店にも同じ旗がかかっていた。


 はてと首を傾げると、肉を焼いていた店主が「あんたよその人だね」と声をかけてくる。


「これはロンディア領主、ウィリアム様の紋章さ。この都市をここまで大きくした素晴らしいお方だよ」


 そう言って彼は、屋台の隅に飾ってある、口ひげを生やした中年男性の絵を指さした。


「その方が、ウィリアム様だよ。明日の前夜祭でお姿を見られる」


「へえ、この人が」


 神奈と梨乃は顔を並べて、絵を見つめた。


 金髪オールバック、深い青の瞳。口ひげは綺麗に整えられており、笑う頬にはえくぼがある。


「いいお顔をしているだろう?」


 店主はにこにこ顔で、串に刺さった一口大の肉を差し出してきた。


「せっかくだ、味見していってくれよ」


「ありがとうございます」


 受け取った串肉は、鶏肉と魚の中間のような、白く柔らかな見た目をしていた。何の肉だろうと思いながらも、その香ばしいにおいにつられて、ぱくりと口に入れる、と。


(美味しいっ!)


 香辛料がきいた肉はぷりぷりとした見事な歯ごたえ。さらに一口噛むと、口から溢れてしまいそうなほどの肉汁が溢れ出した。


「んんっ、んんっ!」


 咀嚼しながら、美味しいの気持ちを込めて、度も頷く神奈。


 隣では梨乃が手のひらで口元を隠し、もぐもぐと肉を食べていた。


 それをしっかり飲み込んでから、彼女が微笑む。


「とても美味しいですね。これは何のお肉なんですか?」


「ウッドピオンさ」


 店主は、屋台の向こうにある檻を指さした。


 そこには、サソリの爪をもち、尻尾に木の葉のような形の毛がついた、謎の生き物がいた。サソリと違うのは、ぎょろりと光る黄色い目の下に、尖った歯の並ぶ口があること――。


(ひえっ)


 思わず後ずさった神奈を、店主は声を上げて笑った。



「ここが異世界だって実感したよ……」


 店主に別れを告げた道すがら、神奈はがっくりと呟いた。梨乃は神奈の背を優しく叩き、「とりあえず、今夜の宿を探しましょうか」と微笑む。


 が、祭り前のため、宿屋はどこもいっぱいだった。


「ちょっと裏通りへ入ってみましょうか」


 二人は、通りを何本か折れてみた。するとこちらでは、見たこともない果物や、大きな鳥、頭付きの家畜の肉に、薬草やスパイスが売られている。これこそがまさにこの都市の日常風景。市民が愛用する市場なのであった。


「うわあ、色とりどり!」


 神奈はきょろきょろしながら、表よりもずっと細い道を抜けていった。こんな場所では宿はないかもしれないと思ったが、最奥にベッドのイラストが描かれた立て看板がある。


「レストラン『リベラ』……臨時宿って書いてある!」


「お祭りの間だけ、泊まるところを提供してくれるのね」


 二人は迷わず、個人宅風の建物に入っていった。


「いらっしゃい!」


 迎えてくれたのは、貫頭衣様のワンピースを着た、金髪の中年女性。


 彼女はたっぷり肉がついた体を揺らし、並ぶテーブルの間を通って、二人のもとへとやって来た。神奈と梨乃の服装や髪色から、現地の人間ではないと判断したようだ。


「その感じだと、レストランじゃなくて、泊りの客だね?」と言った後、満面の笑みで、両手を広げる。


「ようこそ、美食都市ロンディアへ」


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