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第七話 初めての任務

「で、どう思う?」


 四人だけになると、紅竜は一同を見回した。


「ロンディアになにかあるわね」


 案の定、梨乃は一番にそう言い切った。


「わたしも、そう思う……」


「私も! なにかはわからないけど」


 咲と神奈が同意すると、紅竜は「やっぱりなあ、そうだよなあ」と背もたれに身を預けた。


 反対に、梨乃はテーブルの上に腕を置き、身を乗り出す。


「でも、だからといってすぐにロンディアに向かうのは得策ではないと思うわ」


「えっ、なんでだよ? さっさと行って原因調べたほうがいいだろ?」


 背を起こし、紅竜が梨乃を見やった。梨乃は彼に目を向け、問い返す。


「それでは聞くけれど、例えばいまトラブルの全貌がわかったとして、ブライアンくんはそれを解決しようとするかしら?」


「それって、どういうこと……?」


 梨乃の視線が、訊ねた咲に向いた。


「今のブライアンくんは、すべてにおいて自信を無くしてしまっている気がするの。彼の自信を取り戻して、やる気を引き出さないと、なにも変わらないんじゃないかしら」


「確かに、一理ある気がする……」


 神奈は腕を組んで頷いた。


「でも自信を取り戻すって、どうすればいいんだ?」


「あっ、ダイエットは!? 貧食症……たぶんこっちでいう過食症だと思うけど、すごく気にしてたし!」


「それだ!」


 提案した神奈に、紅竜がポンと手を打つ。そのタイミングで。



「お待たせしました、ビーフシチューです」


 仏頂面のウェイターが、テーブルの上に、人数分の皿を置いた。


 ほこほこと湯気を立てるシチューの中には、大きな肉がごろごろと転がっている。


 それまで真剣に話し合っていた神奈は、目を輝かせた。


「うわあ、美味しそう! ワーロールっていうのも、きっと美味しそうなんだろうな」


 ワクワクした気持ちで、厨房のほうを見r。と、ウェイターが、お皿に山盛りになったロールパンを持って、こちらにやって来た。


「ちょうど焼き上がったばかりですよ」


 さっきまで不機嫌だったウェイターは、なぜか今は、にっこり微笑んでいる。


「咲ちゃん、結構大きいけど、ひとつ食べられそう?」


「頑張る……」


 テーブル中央に置かれた皿に、咲と神奈が手を伸ばした。


 ほこほこと温かく、柔らかなロールパンには、ところどころに茶色いものが入っている。


「クルミかなあ?」とパンを割った直後。


 神奈は「ひっ」と声を上げた。


「どうした? 神奈」


「虫、虫が入ってる!」


「ええっ!」


 慌ててパンを皿に置く咲。しかし紅竜は「へえそうなのか」とパンを手にとると、そのままためらいなくかぶりついた。


「香ばしくて美味いぞ」


 そして梨乃は。


「なるほど、茶色いものはよく焼けた芋虫なのね」


 冷静に観察して言いつつ、パンをちぎって、ぱくり。


「……食べれる、の?」


 平然と咀嚼する梨乃に、咲がおそるおそる訊ねる。しかし梨乃はいつもの優しい微笑でこう言った。


「食べられるわよ。ここの方はみんな食べているものなんだから」



「わたし、シチューだけでいい……」


「私も……」


 神奈と咲が、ぽつりと呟く。が、紅竜は「それじゃパンが残っちまうだろうが。一個くらい食え!」と神奈を見やった。


「味は木の実のパンとそう変わんねえよ。ほら、目閉じて口開けてみろ。入れてやるから」


「えー……」


 気はすすまないが、また騒げば、二度とここで食事ができなくなるかもしれない。


 神奈は渋々口を開けた。と、その中にぽいっとパンが放り込まれる。


「これは木の実のパンだ! いいか、木の実のパンだぞ!」


 紅竜の声を聞きながら、思い切って口を閉じる。と、歯にかりっとしたものがあたった。


(パン……じゃないよね。もっと硬い……これが『木の実』かぁ!)


 外側と『木の実』はかりかりで、中はしっとり。見ないで食べれば、確かに紅竜が言う通り、なかなか美味い。そして濃厚なシチューと一緒に食べてみると、これが抜群のハーモニー!


「すごい! これは食べたほうがいいよ、咲ちゃん! 最初の一口に勇気がいるだけだから!」

 神奈は思わず、そう勧めてしまった。



 もちろん、賑やかに食事をしながらも、任務について忘れたわけではない。


 お腹いっぱいに食べた後、消化を助けるという薬草茶(咲が言うには、酔い止めの大きな葉と同じ味がするらしい)を飲みながら、神奈たちはブライアンのダイエット計画について話し始めた。


「こんなに美味い飯があるんじゃ、相当厳しいダイエットにしないとだめだな」


「でも気がのらないことって続かないんだよねえ」


「とはいえ、続けてもらわないと困るわよ」


「みんなで、一緒に運動するのはどうか、な……。ひとりじゃ大変だけど、みんなとやれば、頑張れるかも……」


 咲がおずおずと出した提案に、「あっ、それいいかも!」と神奈が声を上げる。


 紅竜がにやりと笑った。


「ってことは、一緒にやるのは神奈だな」


「えっ、私だけ? みんなじゃないの?」


 神奈は、きょとりと一同を見回した。


 が、「初めての任務だろ? 今後の鍛錬かねて、勇者を手助けしてやれよ」と言われたら、任務初心者の神奈は、頷くしかなかった。


 


 スクワット30回と、腕立て伏せ30回、腿上げ30回を3セット。


 ジョギング5キロ。


 ストレッチ。


 短距離の走り込み。



「これは、ダイエットなの……? トレーニングなの……?」


 ぜえぜえと荒い息を吐いて、神奈は地面の上に座り込んだ。


 はじめてすぐにパーカーを脱いだが、もはや全身汗だくだ。


「ここまで頑張ったブライアンくんも、私も偉いよね……」



 なにせ、最初のスクワットから問題があったのだ。


 神奈は体育で学んだから、スクワットのやり方は知っていた。


 体を動かすことを生業としていたブライアンも然り。


 とはいえ――。


「おい、もっと膝を曲げないと負荷が弱いだろ」


 神奈とブライアンは、紅竜にぺしりと頭をはたかれた。


「だって、こんないきなり……」


 と、ふくらはぎを震わせるのは神奈で。


「曲がらないんだよッ……」


 と、太腿にたっぷりついた肉に、苦労するのがブライアン。



 腕立て伏せは、もっと大変だ。


 神奈が腕をぷるぷるさせたのは、スクワットのときと同じだったが。


「僕、これは、むりっ……!」


 ブライアンはぼってり張り出した腹が地面にあたって、腕を曲げるに至らなかった。



 腿あげはまだましな部類か。


「はっ、こんなのっ、小学校の体育で、やったきり、だよっ」


 神奈は、ぴょんぴょんと弾むように、左右の腿を上げた。背中でポニーテールの尻尾がびゅんびゅん揺れる。


「僕もっ、久しぶり、だよっ」


 ブライアンも、どすんどすんとそれなりのリズムで、腿を上げている。


 薄いシャツの下で、たぷたぷの胸が、パツパツの腹が、ぶるんぶるんと揺れていた。



 その後のジョギングは、始めるまでが大騒ぎ。


「ほら、神奈。走れ!」


「えええっ、こんなに疲れてるのに……」


 神奈は顎に垂れる汗を拭って、紅竜を見上げた。


 その傍らで、咲が紅竜のマントをつんと引っ張る。


「あの、紅竜、さん……ブライアンさん、息も絶え絶え、だけど」


 咲が指さした先では、ブライアンが足を伸ばしてどっかと地面に座り込み、ただただ激しい呼吸を繰り返した。当然、喋ることもままならない。


 その腕を掴み、紅竜が引っぱり上げる。


「こんなことでどうする、勇者!」


「でも僕、もうお腹がすいて……」


「今まで相当カロリーとってただろ? だったら動かなきゃダメだ! 大丈夫、お前ならできる!」


 紅竜は熱く語った。が、ブライアンは「何を根拠にそんなこと言うんだよ!」とそっぽを向く。


 その頬を両手で包み、ぐいっと持ち上げて。紅竜は言った。


「見せてくれた鎧だよ。食う金にも困るのに、売ってないってことは、またあれを持ちたいんだろ」


 ブライアンの緑の目が、みるみる広がっていく。その目にうっすらと涙の膜が張りはじめたとき、神奈は彼の丸い肩をぽんと叩いた。


「やろう、ブライアンくん! 私も頑張るから!」


 ――しかし。


 その日と翌日、厳しい運動をして、食事を減らしても。


 ブライアンの体重は1グラムも減らなかったのである。

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