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第五話 勇者ブライアン

「広い畑ね。ここの農作物は、ロンディアに持ちこまれるのかしら」


「かもなあ。すっげえうまそうだよな、あの真っ赤に熟れた果実……。一個くらいもいでも気づかねえんじゃね?」


「だからってとりに言ったらダメよ?」


 梨乃と、咲を背負った紅竜の漫才にも聞こえる会話に笑いながら、神奈はのどかな道を歩いていた。


 気分的にはピクニックだが、現代の生活に慣れた神奈にとって、一時間も歩くというのは、なかなかに大変なことである。


(でもまさか、スマホでタクシー呼ぶとかもできないもんね)


 できたら便利だけどなあ。でも車はないだろうから、馬とか馬車とかが来るのかなあなんて考えていると。


「おーい!」


 背後から声が聞こえ、神奈たちは足を止めた。


「私たちのこと?」


 四人で顔を見合わせ、振り返る。


 そこには、最初に降り立った村で話をしたマークが、荷車の上から手を振っていた。


「どうしたんだこんなとこ歩いて。馬車でロンディアに行くかと思ってたけど」


 問われ事情を話すと、マークは、牧場に荷を下ろしてあいた荷台の端に、神奈たちを乗せてくれると言う。


「本当にいいんですか?」


「ああ、どうせレストランにチーズ届けに行くしな!」


 マークは、荷台の前方に置かれた白い包みを指さした。


「レストランかあ……。そういえばお腹すいたな」


 神奈が平らなお腹に手を置いて、ほうっと息を吐く。紅竜が「はははっ!」と笑った。


「その残念な顔! そんなに腹減ってるのか。村に着いたらレストラン行くか!」


「それがいいかもね。咲ちゃんは、調子は大丈夫?」


「うん、葉っぱ噛んだら、よくなったよ……。心配かけて、ごめんね」



 そんな話をしつつ、荷馬車を走らせしばし後。

 一行は、目的の村のレストランにたどり着いた。


「納品は裏口だから」と言うマークに感謝を述べて、三人はレストランの前に立つ。


 入口ドアの横には、牛の絵が描かれた緑色の旗が上がっていた。


「レストラン、牛の頭……? って牛の頭って、食べるの……?」


 見慣れない文字なのに読めてしまう不思議を感じながら、神奈は、牛の頭が丸ごと皿の上にのっているところを想像する。


 そのあまりのインパクトに上ずった声をあげる横で、紅竜は「うまそうだよなあ!」と破顔した。


 一方咲は、眉間にしわを寄せた渋面で「もうちょっと軽いモノあるかな……」と呟く。


「とにかく入ってみましょう」


 梨乃はそう言って、入口の扉に手を置いた――ところで。



「ふざけるなっ!」


 さっきマークが入っていった小道から、男の怒声が響いた。


「な、なに?」


 驚きに身を硬くする神奈。梨乃の服の裾をきゅっと掴み、怯えたふうの咲。その背を梨乃は、優しく抱き寄せる。


「ちょっと見てくる」


 紅竜はマントを翻し、すぐさま声のする方へ向かおうとした。しかし実際そうする前に、小道から、四人の男たちが飛び出してきた。



「田舎の店なら騙しやすいとでも思ったか!?」


「そんなナリでも入れてやったのによぉ!」


「すっ、すみません、ごめんなさいっ」


「無銭飲食なんてしやがって、ごめんで済むわけねえだろ、このデブッ」



 怒り狂った三人の男たちに、薄汚れた格好の若い男が囲まれている。痩せればかなりの美形を思わせる金髪緑眼だが、標準体重をはるかに超えて太った体型では、せっかく整った顔も長身も台無しだ。


 囲む男たちは、この店のウェイターと調理師だろうか。若い一人はシンプルな丸首シャツの上にエプロンをつけていた。もう一人の壮年男性は、コックのような服を着て、頭に帽子をかぶっている。


 そしてもう一人、襟月シャツを着た中年男性は――。


「やめろよ、やりすぎだぞっ!」


 マークに羽交い締めにされていることからして、おそらくは彼の友人であるこの店のオーナーだろう。


「んなこと言っても、こいつがどれだけ食ったか……!」


 オーナーは悔しそうに顔を歪めると「こんのっ!」と金髪男を蹴りはじめた。


「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」


 額を地面に擦りつけるに背を丸め、謝罪を繰り返す若い金髪の背に、オーナーにかかとが落ちる。



「こりゃあ、いくらなんでも多勢に無勢だろ」


 紅竜は、今まさに男を殴ろうとしているウェイターの手首を、がっしと掴んだ。


「なんだよ、お前!」


「通りすがりだけど、いくらなんでもやりすぎじゃねえの?」


 金髪男は道に座り込み、頭を抱えて、ただただ攻撃の衝撃に耐えている。その彼に、梨乃が声をかけた。


「こちらにいらっしゃい。……早く!」


 梨乃の厳しい声に、金髪男は、ゆるりと身を起こした。


「おいっ!」


 走りだした金髪に気づき、追いかけようとするウェイター。その彼を地面に引き倒す紅竜。次には調理師を追いかける。


「くっそ、離せ!」


 オーナーが、マークを突き飛ばした。


(まずい、このままじゃあの金髪の人、なにされるかわかんない……!)



 どうしよう、どうしたらいい。私にできることはなに?


 必死に考え、神奈は、今まさに駆けだそうとしているオーナーの前に立ちふさがり、叫んだ。

「いくらですか!」


「は? なにが!」


「あの人が、無銭飲食した分です! 私、代わりに払います!」


 怒りに満ちた視線に恐怖を感じながらも、神奈はすばやく腰のポーチを開く。


「お金、ありますからっ!」


 コインが入った布袋を引き出すと、じゃらりとした音に、オーナーが息を飲んだ。


「……払うと言うなら、銀貨一枚だよ」


 言われた通り銀貨一枚、それに迷惑料のつもりのもう一枚を加えて、オーナーに差し出す神奈。


「おっ……」


 二枚の光る銀色に目を瞬き口角を上げて、オーナーは、神奈の手から、コインを引き抜いた。


「じゃあ、これで今回のことはいいとしようかね。おいっ、もうやめろ二人共!」


「でもオーナー……」


 二人は何かを言いたそうにしたが、オーナーがコインを見せると、黙って彼にしたがった。


 とはいえ、怒りは冷めやらないのだろう。


「もううちの店来るなよっ!」


「迷惑だ、嘘つき勇者!」


 ののしり、店に戻っていく。


 その姿が勝手口から店内に消えると、金髪男は、ははあああ、と地面に座り込み、安堵の息を吐いた。


「よかった……ありがとうございます、みなさん」


 しかしその言葉を、神奈たちは聞いていなかった。


「勇者……って言ってた、よね?」


「こいつが?」


「本当に?」


 おそらくは、誰もが感じている信じたくない気持ちを押さえ、口を開いたのは梨乃。


「もしかしてあなた、ブライアンさん?」


「そうだけど、なんで僕の名前を?」


 ブライアンは、若葉のごとき緑の瞳で、梨乃をきょとんと見上げた。


 その金色のオールバックにした髪は乱れ、地面に擦りつけた額は黒く汚れている。噛みしめたのか、唇の端には赤いものがにじんでいた。そしてその下は、はっきりとした二重顎。


 さらに視線を下ろせば、でっぷりした腹のせいで布の服はぱつぱつに伸びきって、ズボンから飛び出たシャツの裾からはぷよぷよのぜい肉が覗いていた。



「おい、予想外だ。勇者が無銭飲食デブだったなんて」


「体型は関係ないわよ」


「あの、でも、ほんとのほんとに、勇者ブライアン、なのかな……」


「勇者が太ってたらいけないっていうルールはないけど、これはいくらなんでも嘘っぽいよね……」


 四人はブライアンから少し離れたところで、顔を寄せあった。もちろん彼に聞こえないように声を潜めていたが、ブライアンの耳にはしっかり届いたようだ。


 勇者は全身に肉を揺らして立ち上がった。


「太ってて悪かったな! もう、そんなに疑うなら証拠を見せるよ! 僕についてきて!」

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