第四話 手がかり
「とりあえず、勇者ブライアンを探さねえとな」
「ええ、そうね。私達の任務は、彼のトラブルを解決すること、だものね」
「……どこにいるのかな」
「写真くらい用意してくれたらいいのにね」
四人はとりあえず、馬の準備をしている男性――マークにブライアンについて聞いてみることにした。勇者と呼ばれる人物ならば、きっと有名だろうと考えたのである。
しかしマークは「勇者ぁ?」と、日に焼けた顔を歪めて、繰り返した。
「聞いたことないなあ。記憶違い? ないない。この村はみんな顔見知りだからな。見たことない奴がいたらわかるんだ」
マークは気さくに答えながらも、神奈たち一行をじろじろ見ている。
「お嬢ちゃんたち、変な格好してるなあ」
「いいだろ、これ俺らが住んでたとこの流行りなんだよ」
すかさずマントの端を手で広げ、神奈の服を隠してくれる紅竜。
マークはへぇ、と声を上げた。
「そんな服が流行るとこもあるんだなあ。って、あんたらどこにいたんだい?」
「ずっと北ですわ。でもこちらに素晴らしいところがあると聞いて、一目見たいと、みんなでやってきたんです」
言葉を詰まらせた紅竜の横で、梨乃がさらさらと話し出した。彼女の言葉に、神奈と咲がこくこく頷く。
「素晴らしいところか……。だったらそれはここじゃなくてロンディアだな」
「ロンディア?」
聞き慣れぬ名を、神奈は問い返した。マークが目を見開き、大きな声を出す。
「お嬢ちゃん、美食都市ロンディアを知らないのか! そりゃあもったいない! ぜひ行ってみるといい。あっちから出てる乗り合い馬車に乗れば、半日で着くから。……って、案内してやりたいけど、俺はもう出発の時間だ」
じゃあなと手を振ったマークは荷車を操って、去っていった。その背中をなんとなく見送って、神奈は「ロンディアかぁ」と呟いた。
「そこに勇者もいるのかな」
「とりあえず行ってみるか?」
「でも乗り合い馬車ってお金がかかるでしょ? 私持ってないよ」
なにせ、着の身着のままでロンディアに送り込まれたから――そう言えば、咲がふっと唇をほころばせる。
「ポーチの中を見てごらんなさい。お財布が入ってるはずよ」
「えっ?」
神奈は、言われた通り、腰のポーチのふたを開けた。と、中にはあちらの世界で使っていたスマホと、じゃらりと重い布袋が入っている。取り出し見れば、中はコインでいっぱいだった。
「うわぁ、ほんとだ。あの女神、適当かと思ったらそうでもないんだ」
つい思ったままを言った神奈に、梨乃がくすくすと笑う。一方咲は、眉をへにょっと八の字に下げた。
「だけど、お金しかくれないんだよ……。地図とか、くれればいいのに」
「でも、これだけあれば、困らないんじゃない?」
しっかりと袋の口を閉じ、神奈は言った。任務でこの額をくれるのならば、お給料が多いというのもあながち嘘ではないだろう。
(給料泥棒にならないように、頑張らなくちゃ……!)
ひっそりと拳を握る。そんな神奈の行動には気づかず、他の三人は乗合馬車のほうへと歩き始めていた。
乗り合いの馬車は、神奈が想像したものとはだいぶ違っていた。漫画やゲームで見るようなほろも椅子もなく、荷台にクッションが置いてあるだけ。人は硬い荷台の上に身を寄せて腰を下ろしている。しかも、道が舗装されていているわけではないので、当然車体は大きく揺れる。
走り出して三十分、仲間内で一番小柄で細い咲は、荷台の隅でぐったりうつむいてしまっていた。
「大丈夫? この揺れで、酔ってしまったのかしら?」
梨乃が咲に寄り添い、優しい手つきで背を撫ぜている。
(ほんとに、この人なんでスケバン服着てるんだろう……)
神奈はまじまじと、梨乃を見つめた。周囲の景色は砂と森で変わらずだし、紅竜は隣に座った男性と話しこんでいるので、どうしても注意が仲間二人に向いてしまうのである。
「あっ……!」
ガタン! と大きく馬車が揺れ、体が傾いた。うっ、と呻いて口を押さえる咲。その前に、おばあさんが、手のひら大の丸い葉を差し出した。
「お嬢さん、薬草があるけど、噛むかい? これを噛むとすうっとして、気持ちが楽になるんだ。大きいからちぎって使うといい」
「あ、りがとうございます……」
弱々しく言って受け取った咲に、おばあさんがにっこり笑いかける。
「まあ次の村で休憩するだろうから、そこまでの辛抱さ」
「マークさんといいこの方といい、初対面でも気さくな人が多いなあ……」
言われた通り、葉をちぎっている咲を見ながら、神奈は呟いた。
「ロンディアの影響じゃねえか?」
隣人と話していた紅竜が、振り返る。
「なんでも、領主のウィリアムって奴がすっげえ気さくなんだってさ。しかも仕事もできて、カリスマ性も抜群。『領主様の代になってから市場が活気づいた。人が増えた当初は治安が悪くなるかと思ったが、そんなこともない。だから周辺の村人含め、みんな領主様を尊敬しているんだ』っていうのが、このへんの人の評価らしい。生活が安定してたら、人は優しくなれるもんな」
「へえ、素敵な領主さんなんだぁ」
神奈が、簡単の声を上げたそのとき。
「うわっ!」
ガッタン! と、さっきよりも大きく揺れた馬車が、急停止。荷台の人々はいっせいに体をつんのめらせた。
「ちょっと! 危ないじゃないかっ!」
「すみませんね、車輪が轍にひっかかったみたいで。様子見てきますんで、しばしお待ちを」
叫んだ客を振り返り、頭を下げた御者が、馬車を下りて行く。しかしすぐに「あーだめだ」と声が聞こえた。
「すみません。車輪が外れてしまって。直すには……そうですね、二時間はかかるかと」
御者台に戻って来た御者の言葉に、客らは文句を言う……と思いきや。
「じゃあ仕方ないね」と、それぞれ馬車を下り始めた。
女性は少し離れた箇所に円座で座り、雑談で時間をつぶす気満々。男性達は馬車の周囲に集まって、車輪の修理法について話し始めている。
その中で、この地にもこの状況にも慣れぬ神奈たちだけが、どうしたものかと途方に暮れていた。
「一時間歩いて隣村に行けば、別の馬車があると思うよ」
さっき咲に薬草をくれたおばあさんが、親切に教えてくれる。
「一時間かぁ……」
「咲ちゃんの様子を見ると、歩くのは大変そうよね」
「あの、私なら、大丈夫ですっ……」
顔を見合わせる神奈と梨乃に、咲が言う。が、その顔は真っ青。
「でもねえ……」と悩む二人の言葉を聞いて、どんと胸を打つのが紅竜だ。
「大丈夫、なんならおぶってやるよ。咲ひとりくらいどうってことないからさ」