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いつかあなたに刃を向けるとき   作者: 泥棒猫
第1章〝咲き誇れ儚き命の灯火よ〟
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第8話【夢中になっても己を見失うな】


 (くじ)けず、諦めず、侮ら(あなどら)ず、意思を強く保って桜香は前へと進んだ。


 息遣いや足音等の人が発する音に聴覚を研ぎ澄ませ、我武者羅に歩いて歩いて歩き続けた。


 やがて――――幾時間が過ぎ去り、真上にあった陽が傾き始めた頃、桜香の努力が報われることになる。


 疲労のせいか息も絶え絶えになり、木に手を掛けながら目の前の獣道をぼんやり眺める。

 すると――――()()()()()()()()()()()()()()()が、左から右に向かって颯爽と走る姿を確認した。


 それは奇跡――――否、桜香の決して諦めない努力と偶然とが重なり、最速最短距離で追い付いていたのだ。


 走る姿勢が低く分かりづらいが、齢16の桜香(じぶん)よりも小さい気がした。

 顔は黒子の様に布で覆われており、目の箇所だけが雑にくり貫いてある。


 何やら人の気配に勘づいた泥棒の視線と、桜香の瞳が合った――――数秒にも満たない時の流れだが、当人同士の感覚としては十分でも一時間にも感じていた。


 互いに息の合った『『あっ!!』』、と言う声を出すと、刀泥棒は血相を変えて一目散に逃げていく。


 桜香はこの機会をもう逃しまいと、全ての体力と気力を走る動力へと変換し、刀に手が掛かる所まで追い詰める。


 大の大人ならまだしも女性や子どもには、やや重すぎる刀のお陰で泥棒の足が鈍っていた。


(後少し……もっと速く――――限界まで手を伸ばして!!)


 しかし――――この時の敗因は、取り返す事に夢中になり過ぎて、足元を良く見ていなかった事が災いの種になる。


 あれほど見失わない様に注意していた、刀泥棒は瞬時に視界から消え、いつの間にか桜香の足は宙を蹴っていた。


 それは足の麻痺や目の錯覚等ではなく、只単純に地面が足元から消えていた。


『えっ、道が無い……落ち――――キャァァァア!!』


 桜香の髪や、体に巻いてある包帯が、空に向かって(なび)き、何とも美しい一筆書きを描きながら落下していく。


(えっ……こんな所で私、死んじゃうの?――――お祖父ちゃんとの約束は?お母さんの刀は?)


 この場においての最善と呼べる解決作を、瞬時に複数程思い浮かべ頭の中を巡らす。


 だが、現実は非常だ――――『どう考えても無理なもんは無理だぁぁぁあ!!』


 死を覚悟し地面まで残り僅かと言う所で、数々の思い出が走馬灯となって頭の中を駆け巡る。


 祖父と過ごした幼少期から現在に至るまでの過程が、鮮明な映像の様に甦ってきた。


『あっ……これ本当に死ぬやつだ』と、思い半ばに諦めかけたその時――――奇跡が桜香を包み込んだ。


 草花が生い茂る硬固な地面へ、可愛らしい顔面から激突の手前――――落下する勢いを吸収する様に体が宙へと浮いた気がした。


 桜香は不思議な力が働いた事に驚き、又、自身が勢い良く尻もちをつき、《《痛がった事》》に対して二度目の驚きが来た。


『痛てててっ……って、あれ?私――――生きてる!?』


 落下した所を下から見上げるが、さっきまでいた所は高さのせいかボヤけていて良く見えなかった。


 とてもじゃないが、人があの高さから落ちて平気な訳がない――――


 そう考えた桜香は、『きっと羽のある天使や母が私を迎えに来るだろう……』と思い、地べたにポツンと座りながら暫く待ってみた。



 桜香は夢幻でも見ている様な感覚に(おちい)ったせいか、自身の顔をつねったり、〝これでもか!!〟と言うほど、指で目を見開かした。


 大粒の桜色が美しい瞳には、柔らかなそよぐ風が吹き付け、桜香の瞳を無惨にも乾かしていく……。


 視界が涙で歪み始め、耐えきれなくなったのか四つん這いになると、色どり豊かな草木に溢れんばかりの(みず)を与えた。


『生きてる、生きてる、生きてるっ!!私、生きてるじゃん!!』


 数ある分岐点がある運命が桜香を生かし――――又、あまりの喜びに思わず、両手を天上へと向けながら笑み溢した。


 ――――流れる時は人々へ平等に刻み、数分程座り込んだが、待てど暮らせど誰も来なかったので、ようやくそこで(せい)を実感してきた。


 辺りを見渡したが先程の様にひっくり返っている事はなく、何やらむず痒い感触が左肩から伝わる。


『そういえば、天道虫(ななちゃん)はっ!?あっ、移動してる……』


 桜香は共に行動をして愛着が沸いてしまったのか、大人しく肩に乗る植魔虫(しょくまちゅう)に名前を付けていた。


 由来は至極単純、背中に黒星が7()()()()から〝なな〟――――それだけだが、有ると無いとでは愛着の湧き方が天と地ほど違う。


 どうやら右肩から落下中の風圧で一度飛ばされたが、運良く左肩に着地したみたいだ。


 羽が有るとは言えさすがに動揺したのか、肩の上で時計回りにクルクル回る天道虫(ななちゃん)に対し、指で優しく背中を撫でながら言った。


『あなたも怖かったでしょ?……私はすっごく怖かったんだ』


 自らも死ぬ思いをしたが、天道虫(ななちゃん)を安心させようと口角をあげながら気丈に振る舞う。


 怯えた行動や震えは止まり、機嫌を良くしたのか、両の羽を使い桜香の周りを旋回(せんかい)し始めた。


7星天道虫(この子)も人と同じ様に喜だり、怒ったり、悲しんだり――――泣いたりするのかな?)


 桜香は自分の力で空を駆け回る光景を目の当たりにして、思わず笑みを浮かべながら口を開いた。


『良いなぁ……いつでも自由に飛べるって何だか素敵だね――――』


 羽ばたく〝ななちゃん〟に魅了され、思わず見とれていると、『ホッホッホ!!』とリズム感良く手足を動かしながら近づいてくる腰の曲がっている老人が現れた。


 老人は前が見えているのか分からない程の、白髪一色になっている眉の毛量と、口が隠れる位の髭。

 それに何だか南国を思わせるような陽気過ぎる格好をしている――――どう見たって怪しい……。


 桜香は初対面で申し訳ない気持ちになりながらも、第一印象はそう思っていた。


 突然の出来事に唖然(あぜん)としながらみていると、老人の口……もとい髭が小刻みに動く、『お嬢ちゃん、こんな所で座り込んでどうしたんだい?』


『あっ、えっと……』と、桜香は思わず口篭ってしまった。

 流石に、崖上(あそこ)から落ちました何て言えず、咄嗟に浮かんだ嘘を付く。


『私、たまたまこの辺りを散歩してて、足元の小石に(つまず)いて転んだだけです』だった。


 老人は無言で(しわ)だらけの顔を、より一層くしゃくしゃにし、笑みを浮かべながら言った。

『おーそうかそうか。おにぎりの具は鮭が好きじゃと――――それにしてもやっぱり梅干しは最高じゃわい!!』


 この時、大口を開けながら桜香は思った――――このおじいちゃん、話聞かないタイプの人だ……と。




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