表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかあなたに刃を向けるとき   作者: 泥棒猫
第1章〝咲き誇れ儚き命の灯火よ〟
5/53

第5話【それでも前へ進まなきゃ】

 既に頭の中は空っぽであり、刀を引摺(ひきず)りながらも帰路に着いた。


 時間が経ったせいで腕の出血は止まっていたが、指を動かすだけで痛みが体中を走り、血が出るほど唇を強く噛み締めた。


 痛みに耐えながら力なく扉を開けると、誰もいない部屋には明かりだけが灯っている。


 目の前にあるのは山積みの野草と()()()()()のみ――――桜香は膝から崩れる様に倒れ込んだ。


 目先の布袋から香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


『そう言えばご飯……一口も食べてなかったなぁ……お腹空いた――――』


 布袋の口を開き、中から野草に包まれた()()()()()()()()()が出てきた。


 意識朦朧(いしきもうろう)の桜香は、腹の虫が鳴っているのもあってか、夢中になって食らい付いた。


 一口また一口と噛む度に、いつもとは違うせいか眉間に(しわ)を寄せながら桜香は小声で呟いた。


『お祖父ちゃん。今日の魚、何だかしょっぱいな。また血圧上がっちゃうよ?――――私、2匹も食べたら太っちゃうよ……』


 ()()()()に這いつくばる様に顔を擦り付けつつ、祖父が残した塩辛い魚を残さず食べた。


 山積みの野草に手を伸ばしたが、そこまでの体力は残っておらず、桜香の意識は静かに離れていった。


 森中を駆け回ったせいで出来たすり傷や、疲労と混乱のせいもあってか、気付いた頃には陽の光が部屋全体に差し込んでいた。



 ★



 祖父の死から一夜明けたが、体が言うことを聞かないせいで、そのまま腹這(はらば)いの状態で過ごし、同じ場所で日の出を()()()()


 二度目の陽が上り、あれから何も口にしてないせいか空腹に耐えきれず、残っていた野草を()まむが、さすがに腐っていたのか直ぐに吐き出した。


 応急措置のため、擦り傷に薬草を混ぜた軟膏(なんこう)と、簡易的だが布製の包帯を巻く。


『この刀は希少だからくれぐれも無くさない様に』と生前の祖父の言葉を思い出し、ついでに刀と体を包帯で繋いで背負う。


 端から見れば包帯だらけの重傷人だが、それは仕方がない……とキッパリ割り切った。


 少しだけ重心が後方へ下がるが、抱えるのとは違い両手が使えるので、目を覚ます様に頬を叩き気合いを入れる。


『これでよしっ!!』と自らを姿見で確認すると、やや不格好だが《《憧れの》》花の守り()――――っぽいと思った。


 興味本位で触ってみたが、()()()()()――――母の形見(このかたな)が抜ける事はなかった。


 気を取り直して、しっかりと戸締まりをし、日が暮れる前に森を抜けようと早足で急いだ。


 道中では、様々な事が頭の中を駆け巡っていて、それは桜香自身が口に出さずに、心に秘めた1つの思い――――


 武器を手にする事や植魔虫との対峙、今まで平凡に暮らしていた私にとって、想像も出来なかった位に未知の世界だ。


 でも祖父が目指し母がそうだった様に、必ず〝花の守り人〟となって、この世界をあるべき形に戻す。


 その為には誰もが認め、後世に語り継がれる程、強く美しい一輪花(わたし)でありたい。


 たとえ血が滲む様な事になっても、〝花の守り人〟として生涯を捧げた、母と同じ様に亡くなったとしても――――


 そんな思いを胸に秘め、憧れていた〝花の都〟への道中に、桜香の足は祖父の墓へと向う。


 到着後、不器用に盛られた土に置かれた〝種子刀(しゅしとう)〟に向かって、深々とお辞儀をした。


『いつか、強くなって戻ってくるからね?……お母さん達によろしくお願いたします』


 ――――数秒の沈黙後、顔を上げると不思議な事が目の前で起こった。


 それは、瞳から落ちた雫のせいなのか?……

 または、天上にある陽のせいなのか?……


 事実は定かではなかったが、桜色の瞳に映る景色には、心地よく送ってくれる様に、祖父の折れた刀が燦然(さんぜん)と輝いて見えていた。


 他人に話せばそんなの偶然で、どうせ朝霜(あさつゆ)と陽のせいだろ?――――とでも言われるかもしれない……。


 一見、些細(ささい)なその出来事は――――彼女にとって心のモヤモヤした部分が、少しだけ晴れた様な感覚がしていた。


 少しだけ気持ちが落ち着いた桜香は、心の帯を再び絞め直し、躊躇(ためら)いも無く後方を振り返る。


 眼前には木漏れ日が差す獣道があり、一歩――――また、一歩とゆっくり地を踏み締める。


 歩を前へ出す度に、擦り傷で多少の痛みはあれど、〝今〟〝この時〟〝この世界で〟たった1つしかない命――――様々な人が(つむ)いだ(せい)を感じられる事が出来る。


 先程まで体中に重くのし掛かっていたのは、疲労でもましてや刀のせいでもなく、これから()()で生きることへの不安だった。


 だがそれは、祖父が背中を押しそして母に守られた事により、新たな目標(はなのまもりと)に向けて歩み始める事ができた。


 墓から数十歩程進み、自身の取り柄である元気で明るい表情で、空へと還った祖父に約束を誓った。


『サヨナラは言わないよ……だって〝またね〟だから!!』


 そう言って再び桜香は、痛み等ものともせずに力強く歩み始めた。


 刹那――――『体に気を付けて元気に過ごすんじゃぞ……』と聞こえた気がして、咄嗟に振り返ると、自らの墓に祖父が立っていた。


 今近づけばまた、()()()()()が戻る様な気がしたが、歩み寄りたい気持ちを踏み留め、その場で左右に大きく手を振った。


 全力で力一杯――――天国(むこう)で、自慢の孫だと誇りにしてもらうためにも、見た目を気にせず、顔がくしゃくしゃになりながらも続けた。


 言葉こそ発しなかったが、祖父はいつも通りの屈託のない笑みで、お見送りしている気がし、これまでの感謝と気持ちを込めて思う存分振り続けた。


 この時は、永遠にも感じられると思われた――――だけど……いつだってそう、〝終わり〟の時は音もなく突然やってくる。


 髪の毛が風で(なび)き、直ぐ様右手で不明瞭な視界を取り除くと、いつの間にかその姿は見えなくなっていた。


 桜香は気を取り直して、肩まである髪の毛を包帯で1つに束ねると、『早く街の方へ向かわないとなぁ……』と独り言を口に出し、馬の尾に似た髪を揺らしながら、新たな道へと歩み始めた。


 桜香の視界には、いつもと変わらぬ風景が広がっている。


 ――――陽が木々から漏れ、病んだ体を温める。

 ――――時折、風で揺れ動く木葉が舞っている

 ――――集中しても聞こえるほど、小鳥達が鳴いている


 そんな森での生命体は、()()()()()()()()()()()()()()()含め、小動物や危害の無い生物しかいない。


 それは何故か?――――朝型の奴等(しょくまちゅう)は活発な種が多数であり、この場所に生息している個体も、決して例外ではない。


 だが――――華技・桜贈返礼(母が込めた思い)により、森全体を包んだ純白の膜は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、眠りから覚める事なく(ちり)と化していた。


 ここで生れた〝植魔虫〟は最初こそ力もなく、高齢者である桜香の祖父、〝雅流風(がるふ)〟によって討伐されていた。


 だがそれは食料(ヒト)が無く、空腹状態で地上を這いずり回り、()()()()()()()()()()、万全ではないからだ――――


 ゆっくりと進む桜香は、自らが思ったより足が上がらず、3cmにも満たない小石に(つまず)いた。


『おっとっとっ!?……危ない。危ない。転んだら立てなくなっちゃう』


 背負った刀の重みで倒れそうになり、片足で飛び跳ねながらも、何とか姿勢を立て直す。


 時折姿勢が歪まない様に背伸びをし、桜色の瞳は振り返らずに前へと見据えていた。


 その後、進んでは立ち止まり、また進むを繰り返し、背中へと視線を移しながら口を開いた。

『ふぅ……(ヒトノキモチ)って重いもんだなぁ……』


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ