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いつかあなたに刃を向けるとき   作者: 泥棒猫
第1章〝咲き誇れ儚き命の灯火よ〟
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第3話【華技炸裂】


 自らを奮い立たせたのは、〝怒り〟か?


 それとも〝悲しみ〟か?〝祖父の死〟か?


 否――――全ては甘い考えの〝弱い己自身〟だった。


 桜香に背を向け、食事(そふ)に夢中になっている植魔虫の間合いには、既に入っていた。


 肉親が捕食され、耳を塞ぎ目を背けたくなる様な光景だったが、桜香は一点(しょくまちゅう)だけを見つめた。


 後は振り下ろすのみであり、それは一握りの()()を持つだけ――――


 出生から今までの中で、鞘から抜かれた刀等持った事はない桜香だったが、その切先は()()()()()()へと向いていた。


 純白の刀身は、夜空から降り注ぐ月明かりが手伝い、花弁の紋様(もんよう)が周囲の木々に映される。


 狩るための動作は()()()()、技術や力技などではなく、ただ手を下へと振り抜くだけだった。


 桜香は深呼吸を一回だけ行い、ゆっくりと――――まるで(とむら)いでもするかの様に静かに振り下ろした。


 刹那(せつな)――――祖父(がるふ)の尊い命を奪った植魔虫、〝夜盗虫(ヨトウムシ)〟は、動きを止めた。


 奪い食した者の命の灯火は消え、左右に割れながら音もなく死を迎えた。


 事態が飲み込めないこの時の桜香(おうか)は、知る由もなかった。


 振り下ろした刃速は緩やかだったが、刀から放たれた衝撃は、直線にして数キロにも及んだとされる。


 だが、無我夢中で力を扱いきれずにいたのに対して、幸いにも()()()()()()()()()()()


 立ち向かう勇気と力を貸してくれた不思議な刀に、亡き母の温かさを感じ無意識の内に雫が頬を撫でる。


『お祖父ちゃん、ごめんね。仇……取ったよ……守ってくれて、大事に育ててくれて――――ありがとう』


 祖父の仇を自らで打ったが、その安堵も一瞬の出来事だった。


夜盗虫(ヨトウムシ)〟は、一匹でもいればその周囲には必ず()()()存在する。


 既に先程の騒ぎと祖父の死体により、地中から出ていた個体は闇夜に紛れ、桜香を捕食対象としていた。


 全身をバネの様にしならせ、地面から跳躍(ちょうやく)し一斉に襲い掛かる夜盗虫(ヨトウムシ)


 (ほの)かな灯りを頼りに、目視出来る範囲だけ確認は出来たが、恐怖と言う脳裏に焼き付いた()()が邪魔をし、思わず眼を(つむ)ってしまった。


 餌を前にした夜盗虫(ヨトウムシ)達と、花弁四刀(かべんしとう)を前方へ向ける桜香(おうか)の距離――――僅か1M弱。


 もはや万策尽きたかに思われた……だが、奇跡は再び起こる事となる。


 生前の(みづき)は、死ぬ間際に自らの()()()()()()、複数の〝華技(かぎ)〟を娘のために花弁四刀(かべんしとう)へと込めていた。


華技(かぎ)-桜贈返礼(おうそうへんれい)


 (まばゆ)い光を放つ純白の空間が、桜香(おうか)を中心に円上の(まく)となる。


 白壁(はくへき)に接触した夜盗虫(ヨトウムシ)の軍勢は(みな)粉塵(ふんじん)へと成り果てていく。


 無意識に瞳を閉じ、目の前の光景を恐れている桜香は、まだ何が起こっているのか知らない。


 襲われた痛みは無かったが、死んでしまったとさえ思っていた。


 夜盗虫(ヨトウムシ)が無となる数秒間、強く強く眼を(つむ)るが、体全体を不思議な()()()が優しく包み込んでいる様な気がした――――


 この温もりはそう――――まだ記憶が曖昧(あいまい)な幼い頃、泣きじゃくっていた私を、笑いながらあやしている母に、抱かれていた時と同じ感覚だ。


(私、死んじゃったのかな。()()()()()()()()()()お母さん達と会えるなら――――それでもいいかな……?)


 この時の桜香は死を覚悟し、無限に続くような白き記憶の回廊(かいろう)を歩いていた。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★★☆★☆





 ここはきっと、私を形成する物が何も無い場所――――。


 辺りを見渡しても何も無く、広くて深い私の記憶――――


 心残りがあるとすれば、両親と平凡でなんの変哲もない日々を過ごし、私が成長してから喧嘩が絶えなかった祖父との仲直りかな?――――


 自らを犠牲に多くの人を救いながらも、〝花の守り()〟として生涯(しょうがい)を捧げた母や父は死に、唯一の肉親である祖父も植魔虫に喰われてしまった。


 長く折れ曲がった道を時々立ち止まっては、一生掛けても掴めない幸せに絶望さえした。


『これはきっと神様がくれた試練なんだな……』って思いながら先へ進むと、空間を反響する様に、何かが聞こえた気がした。


 自身を形成するそれは、ずっと私の名前を呼び続けている。


 無我夢中で足が動き――――()(さら)でぼんやりとした頭の中を、駆け巡る言葉を追いかけた。


 頭の中で絡まっていた記憶の糸が、ピンっと綺麗な一直線で張った気がした。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★★☆★☆





 柔らかな感覚が背中にあり、天井を向く桜色の瞳を、覗き込む様に顔を近づける女性がいた。


 その人は笑いながらも両手で胸に抱え、背中を優しく(さす)ってくれている。


『あらあら……またぐずっちゃって――――どうしたの?』


 私を呼ぶ()()()()がどこか懐かしくて、それでいて聞き覚えのある気がして思わず泣いてしまった。


 それを聞いたのか、奥から力強くて()が強そうな、もう1つの声がする。


『コラッ!!大事な娘を泣かしてどうする!?どれどれ、儂が抱いてやろう』


 その人の顔は()()()()みたいで、正直怖い――――目を合わしたら食われるかもしれない。そっと()らしておこう。


『あら嫌だ、この子、お祖父ちゃん……嫌いみたいよ?』


『大事に育てた娘に嫌われ、孫娘にも好かれず……そうだ。いっそ死ぬかっ!!』


『死ぬかっ!!』と言った途端、庭にある大木にあった輪っか状の紐に、首を入れぶら下がろうとしたが、日頃使い過ぎていたのか切れていた。


 負けじと隣にある同じ大木の紐に、首を入れては切れるを、数度程も繰り返していた。


 笑いながら呆れているその女性は、私にこう言った。


『お祖父ちゃん、()()やってるね。気を引きたいみたいだけど、あの頑固な父が途中で物事を投げ出した所、正直見たことないんだよね~』


 その光景を横目でチラりと見たが、悔しいけど笑ってしまった。


 手を叩いて笑う私を見てか、感動した髭面の鬼は、首に数本の紐を着けながら嬉しそうに走って近付いてきた。


『やはり、名の通り()()()でやると良く笑うわい!!のぉ?(おう)……かっ!!』


 興奮して話途中だが、私を抱く女性の物凄い速さの手刀で〝髭面の鬼〟は地に伏した。


『ちょっと、お父さん!?それ不謹慎だよ?』



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