第3話【華技炸裂】
自らを奮い立たせたのは、〝怒り〟か?
それとも〝悲しみ〟か?〝祖父の死〟か?
否――――全ては甘い考えの〝弱い己自身〟だった。
桜香に背を向け、食事に夢中になっている植魔虫の間合いには、既に入っていた。
肉親が捕食され、耳を塞ぎ目を背けたくなる様な光景だったが、桜香は一点だけを見つめた。
後は振り下ろすのみであり、それは一握りの勇気を持つだけ――――
出生から今までの中で、鞘から抜かれた刀等持った事はない桜香だったが、その切先は真っ直ぐ天上へと向いていた。
純白の刀身は、夜空から降り注ぐ月明かりが手伝い、花弁の紋様が周囲の木々に映される。
狩るための動作は一つだけ、技術や力技などではなく、ただ手を下へと振り抜くだけだった。
桜香は深呼吸を一回だけ行い、ゆっくりと――――まるで弔いでもするかの様に静かに振り下ろした。
刹那――――祖父の尊い命を奪った植魔虫、〝夜盗虫〟は、動きを止めた。
奪い食した者の命の灯火は消え、左右に割れながら音もなく死を迎えた。
事態が飲み込めないこの時の桜香は、知る由もなかった。
振り下ろした刃速は緩やかだったが、刀から放たれた衝撃は、直線にして数キロにも及んだとされる。
だが、無我夢中で力を扱いきれずにいたのに対して、幸いにも人間の死者は出なかった。
立ち向かう勇気と力を貸してくれた不思議な刀に、亡き母の温かさを感じ無意識の内に雫が頬を撫でる。
『お祖父ちゃん、ごめんね。仇……取ったよ……守ってくれて、大事に育ててくれて――――ありがとう』
祖父の仇を自らで打ったが、その安堵も一瞬の出来事だった。
〝夜盗虫〟は、一匹でもいればその周囲には必ず複数匹存在する。
既に先程の騒ぎと祖父の死体により、地中から出ていた個体は闇夜に紛れ、桜香を捕食対象としていた。
全身をバネの様にしならせ、地面から跳躍し一斉に襲い掛かる夜盗虫。
仄かな灯りを頼りに、目視出来る範囲だけ確認は出来たが、恐怖と言う脳裏に焼き付いた本能が邪魔をし、思わず眼を瞑ってしまった。
餌を前にした夜盗虫達と、花弁四刀を前方へ向ける桜香の距離――――僅か1M弱。
もはや万策尽きたかに思われた……だが、奇跡は再び起こる事となる。
生前の母は、死ぬ間際に自らの生命力を糧に、複数の〝華技〟を娘のために花弁四刀へと込めていた。
〝華技-桜贈返礼〟
眩い光を放つ純白の空間が、桜香を中心に円上の膜となる。
白壁に接触した夜盗虫の軍勢は皆、粉塵へと成り果てていく。
無意識に瞳を閉じ、目の前の光景を恐れている桜香は、まだ何が起こっているのか知らない。
襲われた痛みは無かったが、死んでしまったとさえ思っていた。
夜盗虫が無となる数秒間、強く強く眼を瞑るが、体全体を不思議な何かがが優しく包み込んでいる様な気がした――――
この温もりはそう――――まだ記憶が曖昧な幼い頃、泣きじゃくっていた私を、笑いながらあやしている母に、抱かれていた時と同じ感覚だ。
(私、死んじゃったのかな。凄く遠いところにいるお母さん達と会えるなら――――それでもいいかな……?)
この時の桜香は死を覚悟し、無限に続くような白き記憶の回廊を歩いていた。
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ここはきっと、私を形成する物が何も無い場所――――。
辺りを見渡しても何も無く、広くて深い私の記憶――――
心残りがあるとすれば、両親と平凡でなんの変哲もない日々を過ごし、私が成長してから喧嘩が絶えなかった祖父との仲直りかな?――――
自らを犠牲に多くの人を救いながらも、〝花の守り人〟として生涯を捧げた母や父は死に、唯一の肉親である祖父も植魔虫に喰われてしまった。
長く折れ曲がった道を時々立ち止まっては、一生掛けても掴めない幸せに絶望さえした。
『これはきっと神様がくれた試練なんだな……』って思いながら先へ進むと、空間を反響する様に、何かが聞こえた気がした。
自身を形成するそれは、ずっと私の名前を呼び続けている。
無我夢中で足が動き――――真っ新でぼんやりとした頭の中を、駆け巡る言葉を追いかけた。
頭の中で絡まっていた記憶の糸が、ピンっと綺麗な一直線で張った気がした。
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柔らかな感覚が背中にあり、天井を向く桜色の瞳を、覗き込む様に顔を近づける女性がいた。
その人は笑いながらも両手で胸に抱え、背中を優しく摩ってくれている。
『あらあら……またぐずっちゃって――――どうしたの?』
私を呼ぶ誰かの声がどこか懐かしくて、それでいて聞き覚えのある気がして思わず泣いてしまった。
それを聞いたのか、奥から力強くて我が強そうな、もう1つの声がする。
『コラッ!!大事な娘を泣かしてどうする!?どれどれ、儂が抱いてやろう』
その人の顔は髭面の鬼みたいで、正直怖い――――目を合わしたら食われるかもしれない。そっと逸らしておこう。
『あら嫌だ、この子、お祖父ちゃん……嫌いみたいよ?』
『大事に育てた娘に嫌われ、孫娘にも好かれず……そうだ。いっそ死ぬかっ!!』
『死ぬかっ!!』と言った途端、庭にある大木にあった輪っか状の紐に、首を入れぶら下がろうとしたが、日頃使い過ぎていたのか切れていた。
負けじと隣にある同じ大木の紐に、首を入れては切れるを、数度程も繰り返していた。
笑いながら呆れているその女性は、私にこう言った。
『お祖父ちゃん、またやってるね。気を引きたいみたいだけど、あの頑固な父が途中で物事を投げ出した所、正直見たことないんだよね~』
その光景を横目でチラりと見たが、悔しいけど笑ってしまった。
手を叩いて笑う私を見てか、感動した髭面の鬼は、首に数本の紐を着けながら嬉しそうに走って近付いてきた。
『やはり、名の通り桜の木でやると良く笑うわい!!のぉ?桜……かっ!!』
興奮して話途中だが、私を抱く女性の物凄い速さの手刀で〝髭面の鬼〟は地に伏した。
『ちょっと、お父さん!?それ不謹慎だよ?』