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いつかあなたに刃を向けるとき   作者: 泥棒猫
第1章〝咲き誇れ儚き命の灯火よ〟
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第1話【目の前にある命がずっとあるとは限らない】


 食物連鎖の頂点には人間並びに、〝植魔虫(しょくまちゅう)〟と言う、生物がこの世界には存在する。


 初めこそは小さき者であり、極めて人畜無害に近い。


 しかし、生まれ持った本能と狂暴性により、最終宿主である〝人間〟への寄生を目標としている。


 寄生後は対象の内部全てを喰らい尽し、また人を襲い力を増していく――――


 非道な行為を永遠に繰り返し、〝種全体〟を繁栄させてきた。


 餌となる人間は非力で無力にて、為す術なしと半ば諦めている者も多かった


 だが、その(おぞ)ましい生物を、逆に狩る者達が存在する。


 ある者は大切な人の敵討ちを取るため。


 そしてまたある者は、己の存在意義のために数多くの者達が志願した。


 だが、思いも虚しく(みな)死に、ついには狩られる側となった。


 唯一、〝植魔虫(しょくまちゅう)〟への対抗手段である業物(わざもの)


花輪刀(かりんとう)〟を(たずさ)え、幾多の血を流しながらも抗う組織――――


 その総称は――――〝百日草(ひゃくにちそう)〟と言う。


 これは、〝人間〟と〝異形〟互いの全てを懸けた者達のお話である。



 ★



 辺りを温かく包み込んでいた陽が、沈んでから幾時間が経った頃。


 人里離れた山奥にとてもとても古びた手作り一軒屋がある。


 その中では仲睦まじい、こんな会話が繰り広げられていた。


『ねぇ~お祖父ちゃん?……今日も、これっぽっちなの?』


 桜色の澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめながら、(よわい)15の少女、桜香(おうか)は、そう静かに言った。


 華奢(きゃしゃ)な指を本日の食糖(しょくとう)へ向け、山盛りの食材を避けながら首を右へ傾ける。


 そして、瞳と同色の手入れが行き届いた長髪が、無造作に地面へと垂れ下がる。


 桜香(おうか)と目があった老体は、|残像している太く年季の入った(しわ)だらけの指を使う。


 床に敷かれた布上(ぬのじょう)の〝野草の山盛り食べ比べ盛り〟と2匹の小さな〝川魚〟を指差した。


『おうよ。儂が取って来たんだ――――これっぽっちだが何か問題でもあるか?』


 『ほれ旨いぞ』と口一杯に頬張りながら、そう自信満々に答えたのは同居人もとい、|亡き母の父で、桜香(おうか)の祖父に当たる雅流風(がるふ)だ。


『あのねぇ……毎日毎日、野草と週一しか出ない小魚じゃいい加減、餓死(がし)しちゃうよ!!』


 山積みになっている野草越しに桜香(おうか)は、日々の鬱憤(うっぷん)を言葉に乗せて怒鳴り散らした。


 顔を真っ赤にしている孫を見て、老体は深い溜息(ためいき)と共に口を開いた。


『それでも、お主はここまで成長した……性格以外はな……』


 視線を桜色の瞳から下へ向け、眼を細めながら言った。


 その言葉に怒り心頭で立ちあがり、足早に出口へ向かおうとしたその時だった――――


(わし)の娘――――お前の母さんは文句も言わずに毎日食べた。そして立派な〝花の守り()〟となり、その名を轟かせたんじゃ』


 胸を張ながらり老体は、壁に掛けてある一本の刀を、懐かしそうに見ながら話を続けた。


 毎日の様に聞かされるその話を桜香(おうか)は嫌で嫌でしょうがなかった。


 祖父雅流風(がるふ)によれば桜香(おうか)の母〝三月(みづき)〟は、私が幼い頃に殉死したらしい。


 そして、当時使っていた愛刀と共に桜香(わたし)は、引き取られた。


 物心付いた時から興味本位で刀を持ち出しては、1人でごっこ遊びをしていたんだ。


 祖父が自慢気に話す〝この世でもっとも美しい刀身〟。


 強引に(さや)から引き抜こうにも微動だにせず、幾年の歳月が過ぎたが一度も見れず仕舞いだった。


 微妙な面持ちをしながら、私は無性に腹が立った。


 祖父が話す〝外の世界に決して出るな〟と言う、言葉の意味を理解したくなかったからだ。


 桜香(おうか)は、(うつむ)き唇を強く噛み締めると、母の形見と祖父を交互に睨む様に言った。


『……いつもそうやって言うけどさ、お母さんやお父さんはもう居ないし、〝植魔虫(しょくまちゅう)〟だってここには来ないんでしょ?』


 背にある扉の取っ手を握り締め、一息深呼吸をすると、若さゆえの軽はずみな気持ちで祖父に言った。


『だから、私1人でも街へ行くからね!!もう、子どもじゃないんだから平気!』


 鼻を鳴らしながら桜香(おうか)は、暗く冷たい雰囲気漂う夜の森へと向かう。


 足腰の弱い老人は制止が出来ず、闇夜に消え行く孫娘を呆然(ぼうぜん)と眺める事しか出来なかった。


 その顔には懐かしさと、どこか煮え切らない気持ちが混濁(こんだく)している様だった。


 雅流風(がるふ)は、山積みの野草を無意識に一摘みだけ口に含みながら、壁に飾られた刀に向かって優しく語りかけた。


 2人でいる時に語りかけると、自らを置いて亡くなった母を思い出したくないのか、桜香(おうか)は嫌がる素振りをいつも見せる。


 だが、時々寂しさを紛らわす様に娘に対して話掛けるように、刀に向かって孫の話を嬉しそうにするのが、最近のちょっとした楽しみだった。


三月(みづき)……本当にお前そっくりの子だ。嬉しい反面、また失ってしまうかと思うと気が狂ってしまいそうじゃよ」


 優しくそれでいてやんわりとした表情で、天から見守る娘へ懇願するように、口を再び開いた。


『手塩にかけた我が子の愛娘に、愛情を注げるのは、今生きている儂だけじゃ。どうか安らかに、あの子の――――未来を見届けてくれんかのぉ?』


 老人の言葉(おもい)は〝亡き娘〟へ伝わったかの様に、(あわ)い灯りで照らされた(さや)が、いつもより輝いていた気がした。


 桜香(おうか)が、また機嫌を取り戻して夕食を食べれるように、2匹の小さな川魚を野草で包み込み、腰袋に入れる。


『今は月明かりが出る夜。朝日を好む〝植魔虫(ヤツら)〟も行動はしてまい……もし、居たとて動きが(ニブ)いから儂でも狩れるしな』


 小窓から見える満月の明かりを見て、日課である低級の植魔狩りに行くことにした。


 雅流風(がるふ)は重い腰を(いたわ)りながら持ち上げると、(みづき)の刀の横にある短刀を腰に差し、ゆっくりと外へ向かった。


 ☆


 その頃、桜香(おうか)は家から少し離れた池の(ほとり)(うずくま)っていた。


 夜の闇が辺りを包み込み、月明かりに照らされた草木が静寂の中、頬を撫でる様に揺れている。


 落ちていた小石を無意識に投げる度、着水と共に波紋が広がり、水面(みなも)に映る夜空の月が不恰好(ぶかっこう)に崩れていく。


 お祖父ちゃんはいつだってそうだ―――亡くなった母の自慢をし、生きていた頃の想い出を本当に楽しそうに聞かせてくれる。


 だけど正直な話、聞くたびに辛い思いをしている。

 私にはその頃の記憶はおろか、溢れる程の愛情を注がれた事も、両親の顔でさえ知らない。


 私は私の意思と、この瞳でお母さん達が見た〝外の世界を知りたい〟。


 そしていつか――――両親と同じ〝花の守り()〟になって、植魔虫(しょくまちゅう)を根絶やしにする。


 私と同じ思いを他の人にはさせたくない。


 その為には、〝強く〟〝逞しく〟なりたい。


(何て、聞かされたらお祖父ちゃん『認めん、許さん、行かさん!!』って怒鳴り散らす所か、卒倒(そっとう)しちゃうだろうな…… )


 桜香は口角を上げると、祖父の驚く様を想像しながら小さく微笑んだ。


 この時の祖父(がるふ)の誤算は、大事な孫娘を月明かりしか頼りのない森へ、1人で行かせた事。


 危険度の低い朝型の個体の死肉を求めて、夜型が人里離れたこの場所へ移動していた事。


 次いで人に寄生し食す異形、植魔虫(しょくまちゅう)を安易に甘く見ていた事。


 そして――――


 産まれて一度も見たことがない植魔虫(しょくまちゅう)を、話半分で聞き入れている桜香(おうか)が、その存在事態をあまり信じていなかった事だった。




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