第8話「一人暮らし初日」
「まぁ、こんなもんか。」
引っ越しを終えた次の日。
午前中に指定していた大型家具・家電の設置もだいたい終わり、持ってきた荷物の整理も出来た。
一息つこうとふと時間を確認すると、いつの間にか14時を回っている。
朝から何も食べておらず、作業に集中している間は気にならなかったが、時間がわかると途端に空腹を感じた。
(今から作るのも、面倒だな…。)
近所の散策も兼ねて外食することを決め、財布とスマホを手に取る。
何気なくスマホのホーム画面を見ると、いくつかの通知が届いていた。
「誰から…、んん!?」
俺はトークアプリを入れてはいるが、文字を打つのが面倒でそんなに使わない。
入っている連絡先も必要最低限だ。
なのに、今そのアプリはの右上には『13』の数字が表示されている。
俺にしては異例だったので、思わず声が出た。
「…後にするか。」
複数人からのメッセージであることを見て厄介事の気配を感じ、内容を確認を後回しにしてポケットにスマホをねじ込む。
そのまま、ベットの上に放り投げてあった財布や鍵が入ったカバンを持って外に出た。
「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
「はい。」
「お好きなお席にどうぞー!」
ランチタイムを過ぎて、客のまばらなファミレスに入る。
ピーク時間に1人で入る勇気はないが、今の時間なら食後にコーヒーをゆっくり飲めるだろう。
「すみません、ハンバーグプレート1つ。」
「はい、ハンバーグプレートですね。かしこまりました。」
いかにもマニュアルっぽい接客だが、俺は気楽なので案外こういう場所は気に入っている。
駿と通ったあの喫茶店が、特別なだけだ。
注文を済ませると、何気なくスマホを開く。
すると未開封の新着メッセージが『16』になっていた。
家を出てからの数分で、すっかりメッセージの存在を忘れていた俺は、憂鬱になりながらもアプリを起動する。
さっき引き返した画面まで辿り着くと、上から、
『清水 駿③』
『仲野 紗夜⑪』
『佐々木 千夏②』
の順でメッセージが残されている。
ちなみに俺は電話帳などをフルネームで登録する派だ。
特に意味はない。
(駿は遊びの誘い、姉さんはかまって、佐々木はちゃんと送れてるかの確認ってところか?)
それぞれの要件をそう予想して、ハンバーグが来る前に駿への返事くらいしておくかとメッセージを開こうとした瞬間、
ブーッ、ブーッ、ブーッ…
マナーモードにしていた俺のスマホが震える。
少し驚きながら着信画面を確認すると、『清水 駿』の名前が。
メッセージの1番上に駿がいたことから、そんなに時間は経っていないと思っていたが、何か急ぎかも知れないので電話に出る。
「もしもし?」
『あっ、宗司。今大丈夫か?』
「…少しだけなら。」
『忙しいなら、後でもいいぜ?』
「まだハンバーグプレートが来るまで少し掛かるから、それまでに終わらせてくれ。」
『…誰かと外食してんのか?』
「いや、1人だ。それより、どうした?悪いけど引っ越しの片付けで手が離せなくて、まだメッセージは見てないんだ。」
『そうだったのか。あっと、そんなに急ぎなわけじゃないんだ。ただ、早めに謝っておきたくてな…。』
「謝る…?あぁ、相変わらず駿は律儀だな。」
駿は結構、細かく周囲に気を配る。
『それくらい、何ともないよ。』という事でも、悪かったと謝罪(というほど大袈裟でもないが)を受けたことが何度かあったので、今回もその類の話だと当たりをつけた。
『今回はけっこうマジで申し訳ない…。』
「まずは聞こう。どうした?」
『…千夏に宗司と紗夜さんのこと話した。』
「…どういうことだ?」
駿がただ面白がって、俺や姉さんのことを触れ回るとは思えない。
『宗司は、二次会来なかっただろ?』
「あぁ、そうだな。」
駿には事前に、引っ越し前日なので二次会などには参加できないことは伝えていたので、佐々木達の出欠確認以外で特に言葉は交わしていない。
話がどう繋がるのか、まだ見えてこない。
『あの後さ、千夏にめちゃくちゃ宗司の事聞かれたんだ。』
「それで、…喋ったってことか?」
『聞かれたから話しちゃいました。』というのは、駿にしては雑な気がする。
事後に報告を受けることがあるとはいえ、駿は知られたくない(かも知れない)情報を話す時はかなり慎重になるはずだ。
だが、駿から返ってきたのは肯定だった。
『簡単に言うとそうだな。千夏が男に興味を持つのが珍しくて、つい話すぎちまった。すまん。』
「話過ぎた…か。」
『…あぁ。』
なんだか何か隠しているような違和感を感じるが、これ以上は話してくれないだろうと踏んで聞かないことにした。
「まぁ、言っちまったものはしょうがないし、別にいい。用事はそれだけか?」
『あぁ、悪いな。忙しい時に。』
「いいよ、それじゃ切るぞ?」
ちょうど俺のハンバーグプレートが運ばれて来るのが見えたので、通話を終わらせようとする。
『あっ、もう一個だけ。頑張れよ、宗司。』
「ん?あぁ、わかった。じゃあな。」
『おう。』
すでにハンバーグに意識が向いていた俺は、駿の『頑張れ』の意味を分かっていなかった。
「お待たせしました。ハンバーグプレートです。」
「ありがとうございます。」
通話を切って駿からのメッセージを見ると、『引っ越しお疲れ』『ウザい猫のスタンプ』『今、電話出来るか?』という内容だった。
話は聞いたので既読だけつけて返信はせず、早速届いたハンバーグをナイフで切り分ける。
ジュージューと実に食欲をそそる音を立てなが肉汁を溢れさせるハンバーグに、俺の腹の虫が大きな音を立てた。
「いただきます。」
やっと飯が食えると、一切れ目にフォークを突き刺した瞬間、
ブーッ、ブーッ、ブーッ…
またもやスマホが着信を知らせる。
『なんてタイミングだ…。』と思いながらも、テーブルに置いたスマホを覗くと『仲野 紗夜』の名前が表示されている。
出ようかどうか迷ったあと、食事中にまた掛かってくるのも嫌なので『手短に済ませよう』と決めて通話ボタンを押した。
「…もしもし?」
『あっ、宗ちゃん!?良かったぁ、全然返事がないし既読も付かないから、何かあったのかと思って心配したよぉ。』
心底安心したように話す姉さんに、少し申し訳なさが湧いてくる。
「ごめん、荷物届いて整理してたから気付かなかったよ。」
『そっか、無事ならいいんだけど…。』
「うん、それじゃ切るぞ?」
『えぇ!?せっかくだからもっと話そうよ!』
「今ハンバーグを目の前にして忙しいんだ。後でかけなおすから…。」
『宗ちゃん今お昼?んふふっ、ハンバーグ食べてるんだ。好きだもんねぇ。』
「あぁ、だから…。」
『そういえば宗ちゃん、運動会の時とかお母さんがお弁当に何を入れて欲しいか聞いたらいっつも「ハンバーグ!」って言ってたよね。あの時の宗ちゃん、可愛かったなぁ。あっ、宗ちゃんは今でも可愛いんだけど、小っちゃい時はまた違った良さがあるよね。あの頃のアルバムって持って行ってるの?こっちにあるなら…。」
「待って、姉さん!まだ一口も食べてないんだ。こんな時間になっちゃったし、そろそろ…。」
『あっ、そうだよね。でも、宗ちゃんがハンバーグ食べてるところを思い出すと私も食べたくなってきちゃった。今晩はハンバーグにしようかなぁ…。でも、宗ちゃんがいない時に食べても美味しさ半減だし、どうしよう。うぅん…、むしろ私にとっては宗ちゃんが食べてるところを眺めてるだけでご飯3杯は…。」
「ちょっと姉さん!」
『ん?どうしたの?』
「…ワザとやってる?」
『あははっ。』と姉さんが楽しそうに笑う。
『私のメッセージを無視した罰だよ。』
「わかった、本当に悪かったから。そろそろ…。」
『うん、後でかけ直してくれるんだよね?待ってるから。』
『まだ話し足りないのか』とも思ったが、そんなことを言うとそれこそハンバーグが冷めきってしまうまで喋り続けるだろう。
「あぁ、だから一旦切るぞ。」
『うん、じゃあね。宗ちゃん。』
後の面倒が増えた気はするが、今度こそ通話を終わらせ再びフォークを手に取る。
少し冷めてしまったかも知れないが、肉汁は未だに滴っており、口に含めば存分に旨味成分を味覚に伝えてくれるだろう。
ゆっくりと味わうことを心に決め、口を開いた瞬間、
ブーッ、ブーッ、ブーッ…
またかっ!?と怒りを覚えながらスマホを睨みつけると、今度は『佐々木 千夏』の文字が目に入る。
もうここまできたら全て片付けてしまいたい思いに駆られて、乱暴にスマホを持ち通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あっ、ごめん。忙しかったかな?』
キツイ口調で電話に出てしまったせいで、佐々木が少し怯んだように謝る。
その声に少し冷静さを取り戻した俺は、八つ当たりしてしまったことに気づいた。
「いや、悪い。ちょっと忙しくて今から昼飯なんだ。急ぎでなかったらかけ直してもいいか?」
『えっ、今からなの?それはタイミング悪かったなぁ…。』
失敗したように佐々木がそう言う。
この調子なら、すぐに会話を終えられそうだ。
『んー、せっかくだし1つだけ。今度の日曜日空いてる?よかったら一緒に遊ぼうよ。」
俺は話を切り上げることに夢中で、よく考えずに返事をした。
「あぁ、いいぞ。それだけか?」
『本当!?やったぁ!!うん、詳しいことはまたメッセージ送るねぇ。それじゃ、お邪魔しました。』
そのまま勢いよく通話が切られた。
「なんだったんだ…?」
不思議に思いつつ、今度こそハンバーグを口に入れる。
1番美味しいタイミングを逃したものの、空腹の俺には充分満足出来る味で、とりあえず全部忘れて食事を続けることにした。
メッセージを見返して早まったことに気づいたのは、部屋に帰ってからだった。
「…んっふふ。」
予想外にあっさりと了承を得られたことに驚きつつも、私はニヤける顔を抑えることが出来ずにさっきまで彼と繋がっていたスマホを抱き締める。
「会う時はこの間みたいにちゃんとした格好できてくれるかなぁ…。あの方がハッキリ顔が見えて絶対いいのに。」
宗司くんが見た目に気を使わなかった理由を、私は駿くんに聞いてすでに知っていた。
なんでもお姉さんが原因らしい。
毎朝、宗司くんに起こしてもらえるなんて、なんて羨ましい。
そしてそのお姉さん、仲野 紗夜さんが一番の強敵であることも…。
「駿くんには悪かったかなぁ、でもリサーチは必要だよねぇ…。」
駿くんには、私の宗司くんへの思いを話した上で情報提供をお願いした。
その結果、私は有益な情報を得ることが出来たが、2次会の時間をほとんど取ってしまった。
(『恋は盲目』って言うけど、まさか自分がそうなるなんてね。)
小さく自嘲の笑みを浮かぶが、駿くんには悪いが後悔はしていない。
せめて貰った情報を有効活用しなければと、私は駿くんから聞いた宗司くんのことをまとめたスマホのメモ帳を開いた。
(んん〜、こことかどうだろ。人混み苦手みたいだし。あっ、こういうの好きなら私も一緒に楽しめるかな?)
はじめて出来た愛しい人とのデートコースに、夜遅くまで頭を悩ませ続けた。
「宗ちゃん遅いなー。」
宗ちゃんと電話出来るのが楽しみすぎて、課題が進まない。
『あとで』と言われると、具体的にいつになるのか分からず大変もどかしい。
「もうっ!宗ちゃん宗ちゃん宗ちゃーん!!!」
引っ越しからまだ24時間も経っていないのに、早くも『宗ちゃん分[栄養素]』が足りない。
本当にアルバムでも探そうかと席を立とうとすると、
ピリリリリッ!
「宗ちゃん!……げっ!?」
パッとスマホを手に取って着信画面を見てみると、そこに表示されていたのは愛しい弟兼未来の旦那ではなく、あの男の名前だった。
勘違いしたまま、電話に出なくてよかったと胸を撫で下ろす。
ただ宗ちゃんからの電話だと思っていた分、テンションの急降下具合が半端じゃない。
ウンザリしながらも、いい加減鬱陶しいのと宗ちゃんとの未来にこの男は邪魔になるかもしれない。
「はぁ〜、ちょっと頑張るか。」
元々は自分が撒いたタネだと言えなくもないので、その決着をつけようと私は通話ボタンを押した。
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