第7話「引っ越し当日」
今回は引っ越し回なんで、少し短いです。
各話の改稿は誤字報告を適用させてもらっているだけなので、内容は変わっていません。
「んんっ…!はぁ…。」
昨夜は遅くまで起きていたのに、いつもより早い時間に目が覚めてしまい大きく伸びをする。
とうとうこの日が来たことに、多少なり興奮しているのかも知れない。
(遠足前のガキみたいだな…。)
意識したわけではない自分の行動に苦笑しながら、隣を見ると姉さんがまだ気持ち良さそうに静かな寝息を立てていた。
俺の寝間着の脇腹の辺りをギュッと握り締めている。
その天使のようなあどけなさに、つい手を伸ばしてサラサラな髪を撫でながら、昨夜の事を思い出した。
昨夜は、大変だった。
クラス会が終わり、帰りに『今日くらいは姉さんを甘やかしてやろう』と考えたのが間違いだった。
お姫様抱っこに味を占めたのか、『とりあえずなんでもおねだりしてみよう!』攻撃が延々と続いたのだ。
はじめの内の『撫でて』、『ギュッとして』くらいならいつも通りではあったので叶えたが、『お風呂入ろう』や『舐めさせて』は流石に却下した。
抱き締めてる時に、勝手にちょっと舐められたが…。
結局、俺に『一緒に寝てくれたら今日は終わり。』のおねだりを断る手段は残されていなかった。
姉さんが潜りこむことは稀にあったが、はじめから姉さんが隣にいることは無かったので中々寝付けなかったが…。
ただ、それも仕方ないとは思う。
俺が出来るだけ姉さんの願いを叶えてやりたかったのは、ずっと何かに悩んでいるのを知っていたからだ。
それに気づいたのは中学に入った時くらいだったか、姉さんが俺を見てたまにとても寂しそうな目していたから…。
その内容についてはわかっていなかったし、聞いても教えてくれなかったので、いつしか気にしないようになっていた。
でも、俺達の本当の関係を聞いたときの反応や、昨夜の告白を聞いて、姉さんの悩みが『俺への恋心』だったことは容易にわかった。
だから、それに答えられるかは別にしてちょっとくらい姉さんの願いを叶えてやりたかったのだ。
それが、ずっと悩みをわかってやれなかった俺がしてやれることだと思うから。
「うみゅ…。宗ちゃ…ん。」
もぞっと動く気配に姉さんを見るが、まだ幸せそうな顔をして目を覚ました様子はない。
この人は意外と色々と抱え込んでしまうタイプだから、住む場所が違っても気にしてやらないとな。
自分も姉さんに甘えてもらうことで充足感を得ていることに、この時はよく気付いていなかった。
「あ、おはよう姉さん。自分で起きたんだ。」
「……ぉはよ。」
「…ん?」
まだ早い時間だが服を握りしめていた姉さんの力が緩んだ隙に、先にリビングに降りてニュース番組を見てしばらくすると姉さんも降りてきた。
挨拶をすると返事は聞き取れないくらい小さくて、『まだ眠いのか』と思っていたら、真っ直ぐにソファに座る俺の前まで来るとキッと俺を睨んだ。
「姉さん?…うわっ!?」
そのまま無言で抱き合う形で、俺の膝に乗る姉さん。
訳も分からぬまま、俺の懐にすっぽり入った姉さんにきつく抱き締められる。
姉さんからふわっといい匂いが届き、女性らしい柔らかさが襲う。
「ねっ姉っ…?」
「宗ちゃんに問題です…。」
一体どうしたというのか、その問いを発する前に姉さんが頑張って低く凄んでいるような声で言う。
正直、戸惑うばかりで全く怖くはない。
「私は今、怒ってます。それはなぜでしょう?」
「怒ってる…?」
『あ、その声続けるんだ』と思いながら、答えを考える。
まぁこの様子だと俺が何かしたんだろうけど…。
「先に起きたから、怒ってるとかか?」
「うぐっ!?なんで正解しちゃうのー!!?」
正解したのに怒られた。
一気にキャラも崩壊している。
「せっかく罰ゲームで、朝のチュウしてもらおうと思ったのに…。」
何やら不満気にぶつぶつ言っているが、距離が近いので丸聞こえだ。
「なら、賞品はなんなんだ?」
「はっ!!?」
助け舟を出してやると、すぐに気づいたようだ。
「宗ちゃん大正解!!賞品は私からのチュ…。」
「はいはい、姉さんからの熱い抱擁はもう貰ったから、それで良いよ。」
「むー!!!」
軽くあしらってやると、グリグリと俺の胸板に頭突きをかましてくる。
結構痛かったので、仕返しにほっぺを引っ張ると、とても柔らかくて夢中になってしまい、姉さんをちょっと泣かせてしまった。
「もう、宗ちゃんは女の子の扱い方がわかってないんだよ!」
さっきとは違い、俺を背に椅子のようにして膝の上に座った姉さんが足をパタパタさせながら怒ったように言った。
かなり痛かったようで、両手でまだ赤くなった頬を摩っている。
「ごめんって。あと足動かすのやめて、地味に痛いから。」
「もうもうっ!手は離しちゃダメだからねっ!!」
「はいはい…。」
動くのはすぐに止めてくれたが、後ろから姉さんのお腹に回した手は離さないように警告される。
俺は変なところに触れないよう、姉さんのお腹の前でがっちり手を組んだ。
「せっかく宗ちゃんの寝顔を眺めようと思ってたのに、まさか置いて行かれるとは思わなかったよ…。」
「いや、だって姉さん気持ち良さそうに寝てたから…。」
チクチクと俺を責める姉さんに反論するとパッと姉さんが振り返った。
正直、この体勢で動かないで欲しい。
「見たの…?」
「え?なにを?」
「私の寝顔、見た…?」
「うん、見たけど?」
姉さんを起こしたことは数えきれないくらいあるので、寝顔なんてその度に見ている。
しかし、なんともないように答えた俺を『信じられない』といった驚愕の顔で見た後、振り向いてポカポカと叩きはじめた。
「うそっ!?信じられないっ!!サイテーっ!!」
「いたっ!ちょっと、待てっ!何回も見てるからっ!!」
「あぁ〜っ!そんなこと言うんだっ!ひどいっ!」
「いやっ、ひどいもなにも姉さんが朝弱いからじゃんかっ!?」
向き合う形になると本当にマズイ。
姉さんと顔が近い上に暴れている内に、さっきから2つのお山が当たってる。
「宗ちゃんに視姦されたぁ〜!責任とってよぉ!」
「人聞き悪いこと言うなよ!それに、あんまりうるさいと父さん達起きて来ちゃ…。」
「…朝からどうした?」
俺の心配はすでに遅過ぎたようだ。
いつの間にかリビングに入って来ていた父さんが、部屋の入口で固まっている。
「お父さん!私、宗ちゃんと結婚するから!!」
「あぁ、それは一昨日聞いた。…なんだ宗司、もう落とされたのか?」
「違うからっ!!」
呆れたように言う父さんの言葉を、全力で否定する。
この家で迎える最後の朝は、とても騒々しいものになってしまった。
「それじゃ、もう少ししたら出るから準備しといてくれ。」
「うん、わかった。」
やっとこさ姉さんを宥めた後、母さんも含めて4人で朝食をとった。
今日は父さんも母さんも休みを取って手伝ってくれる。
父さんが知人から大きい箱バンの車を借りてくれたので、業者は呼ばずに自分たちだけで荷物を運び込む。
すぐには要らない家具家電は明日、明後日くらいに配送と設置を任せているので、今日やるのは荷物の移動とすぐ必要な食料品などの買い出しくらいだ。
「じゃあ俺は、部屋にある荷物取ってくるよ。」
「あぁ、車の鍵は開けてるからまだ乗せる物があるなら先に入れとけよ。」
「わかった。」
「……。」
今日までに持って行く物のほとんどは、すでに積み込んである。
あとは、手荷物とここ数日に使用した衣類くらいだ。
俺がそれらの準備のために席を立つと、姉さんも無言で付いて来た。
どこか落ち込んだ様子の姉さんには、誰も何も言わなかった。
「姉さん、そろそろ行くぞ。」
「…。」
俺に付いて来て黙ってベットに座り、俯いたまま動かない姉さん。
すでに俺の準備は終わり、荷物を乗せればいつでも出発できる。
「姉さん、俺が父さん達の子供じゃないって聞いた日のこと、覚えてるか?」
「…うん、当たり前だよ。」
俺は姉さんの隣に座って、話始めた。
「その日の夕方、俺は姉さんに世界一の姉さんだって言ったよな?」
「……。」
それは真実を知る前の話。
別れを惜しむ姉さんに、そう言ったはずだ。
「姉さんはさ、ずっと俺の味方でいてくれたし、これからもそうだと思ってる。だから姉さんには、ここから旅立つ今日も笑って送り出して欲しいんだけど…。」
「宗ちゃん…。」
顔を上げた姉さんの頭をいつものようにポンポンっと撫でた。
すると、しばらく震えていた姉さんは大きく深呼吸してから、俺の手を取り、俺を見上げて言った。
「…これは、お姉ちゃんとしての私の言葉だからね。宗ちゃん、いつでもここに帰って来てもいいんだから、無理しないで、頑張って、いってらっしゃい。」
「うん、ありがとう。行ってきます。」
「…よしっ!じゃあ行こっ!お父さん達、待たせちゃうよ。」
「…あぁ。」
先を急かす姉さんの手を握り、俺達は手を繋いだまま並んで部屋を出た。
それから、父さんの運転で俺は新しく生活する街へとやって来た。
荷物を運び入れてから、水道やインターネット回線などの手続きについて聞いたり、近くのスーパーなどの施設や学校の場所を確認したり忙しい1日になった。
入学まではもう少し日はあるが、知らない街を見ると、なんだか柄にもなく気分が高揚してしまう。
一通り、今日の予定を終えると、気づけば俺を残してみんなが帰る時間になっていた。
姉さんは家を出てからは、ずっと笑顔で部屋の掃除など積極的に働いてくれた。
「それじゃ、宗司。元気でな。」
「長期休暇の時は帰ってきてね。」
「ありがとう、また連絡する。」
父さんと母さんが、最後に一言ずつ俺に残して部屋を出た。
残った姉さんが、目を潤ませながらも笑顔で話す。
「…宗ちゃん、ここからお家までって2時間半くらい?」
「ん?うーん、電車の時間によるけど、3時間くらいじゃないか?」
「私の学校って、その間だよね?」
「あぁ、ほとんどちょうど真ん中だと思う。」
姉さんの学校の最寄り駅は知っていたので、たぶんそれくらいだ。
姉さんは無理に一人暮らしする距離でもないからと、家から1時間半以上掛けて通っている。
父さん達もその方が安心だと言っていたが、今日で『姉さんも一人暮らしがしたくなったのか?』と頭を捻る。
そんな俺の考えをよそに、何かを考えていた姉さんが『にゅふふふっ…。』っと笑った。
姉さんの顔にはもう、涙はなかった。
「それじゃ、私も行くね。またね!宗ちゃん!」
「あぁ、またな。」
どこか跳ねるような足取りで、機嫌よく部屋を出ていった姉さん。
この時の姉さんの考えに、自分の新生活に頭がいっぱいだった俺は気づくことが出来なかった。
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