第6話「引っ越し前夜」
今回は主人公視点は少しだけで、
あとは、千夏(佐々木)視点と紗夜(姉)視点です。
「えっ…、仲野くん二次会来ないの?」
会がお開きとなり、店を出たところで二次会の出欠を取っていた佐々木に不参加を伝えると、残念そうに問い返される。
チャラい男性グループと一悶着あった後、部屋に戻った俺達はそれぞれ自分の席に着いた。
野田と佐々木はかなり疲弊した様子だったので、残りの時間はゆっくり過ごしてもらうことにした。
俺も彰人に軽く事情を説明し、それからはいつものメンバーで再び話に花を咲かせた。
元から彰人以外ほとんど学校内のみの付き合いだったので、進学すれば会う機会もないだろう。
それでも、数年後にまたクラス会でもあれば同じメンバーで集まれるような気はするので、そこは駿達に期待してなるべくいつも通りに残り時間を過ごした。
「あぁ、明日は引っ越しもあるしここで帰る。」
「そっか…。残念だよ。」
佐々木が、まだ落ち込んでいる様子を見せる。
さっきの一件がよほど疲れたのだろう。
「佐々木も、あんまり無理すんなよ。」
「…うん、ありがとう。」
佐々木と話している間、野田が出てくるクラスメイトの出欠を1人で取っている。
あんまり長話をしても迷惑だろうと、俺はその場を離れるため踵を返した。
すると、佐々木に服の袖を摘まれる。
「佐々木…?」
「あっ…えっと、ね。」
引き止められたので振り向いて、言外に仕事はいいのか尋ねる。
それは佐々木も分かっているようで、慌てた様子で続けた。
「…そうだ、連絡先!教えて?」
「…俺の?」
ついそう聞き返してしまうと、『そうだよ、他に誰がいるの?』と佐々木が笑った。
「別に、いいけど。…はい。」
「わぁ、ありがとぉ!」
スマホを取り出して、トークアプリのQRコードを表示する。
すると、佐々木がさっきまでとは違い飛び跳ねそうなくらい大袈裟に喜び、慣れた手付きで自分のスマホに登録する。
「また、連絡するね!」
「あぁ、ほどほどに頼む。」
「ちゃんと返してよ?」
「…善処する。」
そのなんともない問答に笑いながら、今度は佐々木が仕事に戻ろうと背を向けた。
「…またね、宗司くん!」
そのまま見送ろうとしていた俺に、佐々木が不意に振り向いてそれだけ言うと、野田の元へと駆け出した。
一瞬、その笑顔に見惚れて言葉を返すことが出来ず、やっぱり佐々木は苦手だと再認識した。
(宗司くん、本当に帰っちゃったか…。)
なおちゃんに合流して、出欠確認を手伝っていても視界の端で宗司くんを追っていた。
けれど、いつものお友達と少し話したあと、軽く手を挙げて離れていく彼はすぐに見えなくなってしまった。
(こんなことなら、もっと早く話せてたらよかったのになぁ…。)
振り返るのは楽しかった高校生活。
だけど、そこに彼がいればもっと華やいだものとなったのではないかと考えずにはいられない。
「ちな、大丈夫?」
気がつけば、なおちゃんが心配そうに私を覗き込んでいた。
さっきもなおちゃんに出欠確認を任せっきりにしてしまったので、これではいけないと気を持ち直す。
「ごめん、大丈夫だよ。なおちゃんこそ疲れてない?あとはやっとくよ?」
すでに二次会への参加人数は把握したので、あとは駿くん達にそれを報告するだけだ。
それくらい受け持って、早くなおちゃんを休ませてあげたかったがすぐに断られる。
「ううん、一緒に行きましょ。」
そう言って集計した紙を持ってさっさと歩き出してしまう。
私はその後を付いて行きながら、なおちゃんはやっぱりすごいなぁと感心した。
大学生っぽい人達に誘われた時も、なおちゃんは庇って前に立ってくれた。
なおちゃんだって怖かったはずなのに…。
そう思うのは彼が、宗司くんが来てくれた時になおちゃんの身体の力が抜けたのが、引っ付いていた私にはわかったから。
そして、私も宗司くんの大きい背中に見惚れてしまった。
ちょっと可愛いかもなんて思っていたのに、こういう時にはしっかり守ってくれるんだもん。
本当にズルい。
甘えさせたかったのに、甘えたくもなってしまうじゃないか。
そして、今ならわかる。
私はそんな、欲張りな恋愛がしたかったのだと。
「ふふっ…。」
「…ちな、どうしたの?」
撫でてくれたことも思い出して、自分の顔が熱くなっているのがわかっていながら、笑みが溢れるのを抑えられない。
そのせいで振り返ったなおちゃんに、不審な目で見られてしまう。
「ううん、なんでもないの。…早く行こ?」
二次会に来てくれないのは残念だが、連絡先はゲットできた。
今日は後で駿くんに、宗司くんの話をいっぱい聞こう。
そう決めて、なおちゃんに心配をかけないよう笑顔を向け、軽くなったような気がする足取りで歩き出した。
「…だいぶ進んだよね。はぁ〜…。」
私は宗ちゃんの部屋に持ち込みテーブルに広げた課題の進捗を確認し、これなら問題なく春休み中に終わらせられそうだ、と大きく息を吐いて伸びをした。
そのままいそいそとベットまで移動して、コロンっと転がりコアラのように布団を抱き締める。
「あぁ〜…宗ちゃんの匂い、癒される〜。」
布団に顔を埋めると温泉に浸かったお年寄りのような感想が漏れたが、それも仕方がない。
私にとって宗ちゃんには、どんな効能の温泉でも勝てないほどの癒し効果があるのだ。
まったく罪な男だよ、宗ちゃん…。
自分勝手だと分かっていても、そう思わずにはいられない。
ただ、以前と違うのはそんな思いを丸ごと押し込んで胸を痛める必要がなくなったことだ。
そう、もう我慢しなくていいのだ。
「にゅふふっ…。」
その事がただただ嬉しくて、今日もう何度目かわからない怪しい笑みが浮かぶ。
本当は、明日が最後になるはずだったのだ。
宗ちゃんが家を出るタイミングで、この気持ちにけじめをつけるつもりでいた。
そのために、(今考えても吐き気がする思いだが、)適当な人と付き合ってさっさとキスでもしてやるつもりでいた。
何がなんでもこの気持ちを隠して、宗ちゃんには幸せになってもらいたかった。
そんな未来が来ていたらと考えると、きゅっと胸が切なくなって無性に宗ちゃんに会いたくなった。
スマホを手に取って連絡がないか確認してみるけれど、ただ可愛らしい猫の待ち受けが表示されるだけだった。
「早く帰って来ないかなぁ…。」
そろそろクラス会が終わる時間のはずだ。
私は宗ちゃんに向けてメッセージを送ろうとして、やめた。
宗ちゃんはきっと、常に監視するような女性を嫌うから。
それぞれの時間を大事にしつつ、2人きりの時にとことん甘やかしてくれるタイプなはずだ。
なので、(数回くらいはなんともないだろうが、)過度な連絡は煩わしく思われるだろうと予測して、なるべく出掛けている時の連絡は避けている。
自分が最も宗ちゃんのことがわかっているからこそ、宗ちゃんが本気で嫌がることは絶対にしない。
ただ、今日の宗ちゃんは見た目にも気を使った"モテフォーム"だ。
宗ちゃんにその気がなくても、またたびの如くメス猫を引き寄せるだろう。
(もし変な女を引っ掛けてきたら、"またたびフォーム"に改名しよう…。)
宗ちゃんが誑かされないか不安で、思考が変な方向にいっている。
『宗ちゃんを信じてる。大丈夫。』と自分に言い聞かせていると、玄関からガチャッというドアが開く音がした。
その音にガバッと身を起こすと、続いて聞こえた『ただいまー。』という声にダッシュで駆け出す。
「あ、姉さんただい…。」
「宗ちゃーん!!!」
「…は?うわっ!?」
階段を駆け下りて来た私を見て、再び挨拶しようとした宗ちゃんに私は思いっきりダイブした。
飛び込んだ私に驚きつつ、しっかりと抱きとめてくれる。
「えへへー、おかえり!宗ちゃーん。」
「ちょっと姉さん!危ないからそれ禁止って言っただろ!?」
「むー、だって寂しかったんだもん…。」
宗ちゃんに怒られてしまったけど、しょうがないと思う。
宗ちゃんを目の前にすると衝動が抑えられなかったのだ。
ぎゅうっと抱きついて離れない私を見て、宗ちゃんが『しょうがないなぁ。』という風に小さくため息を吐いた。
私はこの宗ちゃんの『しょうがないなぁ。』のため息が大好きだった。
「ほらっ姉さん、まだ寒いんだから風邪引くだろ?部屋に入ろう。」
ポンポンっと私の頭を撫でて、宗ちゃんが私を部屋に促す。
「…抱っこして。」
「…は?」
いつもなら黙って従うところだが、今日ならいけるかなと少し我儘を言ってみる。
案の定、宗ちゃんから戸惑いの声が漏れた。
「…ダメ、かな?」
「……。」
上目遣いでおねだりしてみる。
ほとんど言ってみただけなので、これでダメだったら大人しく諦めるつもりだったが、宗ちゃんは拒まず、しばらく考えた後ボソッと答えた。
「…今日だけだぞ。」
「へ?…ひゅあ!?」
8割ダメだと思っていたのに、急に抱き抱えられて変な声が出た。
しかも、お姫様抱っこだ!!?
変動激しい『宗ちゃんにしたい事・されたい事 ベスト100』に常にランクインしているお姫様抱っこだ!!!
ちなみにそれを書き綴ったノートは、私の机の奥に厳重に保管されている。
驚いて宗ちゃんを見上げると、宗ちゃんの顔も耳まで真っ赤に染まり、こっちを見ないようにそっぽ向いている。
(かっわぃぃいいい〜〜!!!)
今死んでも悔いはないくらい、私は心の中でテンションはMAXだった。
そんな状態なのに叫び出さなかった自分を褒めたいくらいだ。
そのまま無言で宗ちゃんが歩き出す。
「…きゃっ。」
「…危ないから、ちゃんと捕まってろよ。」
宗ちゃんのお言葉に甘えて首に手を回し、ぎゅっとしがみつく。
恥ずかしさからか、宗ちゃんの言葉はいつもよりさらに無愛想に聞こえたが、それは逆効果だ。
(あぁ…、幸せ…。)
ふにゃふにゃに弛みきった表情のまま、がっしりとした宗ちゃんの腕に抱えられた私は、この夢のような至福の時を味わった。
そんな時間は無情にもすぐに終わってしまう。
宗ちゃんが私を抱っこしたまま、部屋に入るとすぐにベットに下された。
今ほど家の間取りに不満を覚えた事はない。
「…姉さん、離して。」
宗ちゃんがしがみついたままの私に、困ったように声を掛ける。
「…もうちょっと。」
「ダメだ。」
「うぅ…。」
2度目のお願いは流石に聞き入れられず、渋々まわしていた腕を解き、宗ちゃんから離れる。
そのまま、またベットに転がって上着を脱ぐ宗ちゃんを眺めていた。
「また勝手に部屋に入ってたのか…。もうほとんど片付いてるからいいけど…。」
宗ちゃんがテーブルの上に広がったままの課題を見てため息を吐いた。
それからざっとノートに目を通して、しっかり進めているかを確認する。
「…頑張ったでしょ?」
転がったまま甘やかしてオーラ全開で宗ちゃんを見つめると、苦笑しながら近寄って来てベットに座る。
そこだと、顔が見えないよ?宗ちゃん。
「…けっこう進んだ?」
「うん、春休み中にはちゃんと終わるよ。」
「そうか。」
宗ちゃんがこっちを見ないまま、サラッと私の髪に手を滑らせるように撫でた。
その優しい手つきが気持ちよくて、思わず目を細める。
「…宗ちゃんはどうだった?」
夢見心地のままそう問いかけると、僅かに宗ちゃんの体が強張ったのを私は見逃さなかった。
「宗ちゃん…?」
「ん?あぁ、いや…いつも通りだったよ。彰人や駿にからかわれて、ちょっと疲れたけど楽しかった。」
「ふぅん…。」
おかしい。なにが、とはハッキリ言えないが何かを隠している気がする。
そして今、宗ちゃんが隠すとしたらアレしかない。
私は起き上がって宗ちゃんと並んで座り、肩の辺りをすんすん嗅いでみた。
「…ところで宗ちゃん。宗ちゃんから女の子っぽい甘い匂いがするんだけど、それはどういうことかな?」
「なっ!?そんな匂いがつくようなことは、してないぞ!」
「匂いが付くようなこと、は?」
「あっ、ぐっ…。」
私の策にあっさりとハマり、わかりやすく慌てる宗ちゃんを可愛く思いながらも、私は内心で舌打ちした。
やっぱり、またたびフォームは危険だったか…。
宗ちゃんに近づいた存在を忌々(いまいま)しく思いながらも、しかしどこか仕方ないかなとも思う。
だって宗ちゃんはこんなにも素敵だから…。
「…宗ちゃんは、その子のこと好き?」
もっと責めたい気持ちも過ったが、そんなことしても何にもならない。
それに、私だって宗ちゃんの気持ちを尊重したい思いがある。
絞り出したその言葉は自然と震えていて、その答えが怖くて今にも泣き出しそうだった。
そんな私の頭に、ぽんっと手が置かれる。
暖かい、宗ちゃんの手。
「黙ってようとしたのは悪かったよ。でも、そんな顔すんな。確かに1人に懐かれたような気もするけど、それだけだ。」
いつもよりちょっとだけ乱暴に頭を撫で、慰めてくれる。
きっとその子は宗ちゃんの事を好きになっちゃったんだろうなと思いつつも、この手に元気をもらって私だって負けないという気持ちが湧いてくる。
「んっ、もう大丈夫だよ。」
「そうか…。」
私が大丈夫だと伝えると、宗ちゃんはスッと手を引いた。
すかさずその手を取って、並んで座る宗ちゃんにしなだれ掛かる。
「姉さん…?」
戸惑ったような宗ちゃんの声。
ちょっとは私のこと、意識してくれてるかな?
「…名前で呼んで?」
「えっ…?」
「今だけでいいから、お願い。」
しばらく、宗ちゃんは悩んでいるのか無言の時間が流れる。
「紗夜…。」
「んふふっ…。」
ボソッと短く、私の名前だけを宗ちゃんが呼んだ。
ダメだ、良すぎる。
それだけで脳が溶けて、どうにかなってしまいそうだ。
だから、これはとりあえず今だけ…。
もっと関係が進展したら、宗ちゃんにして欲しい事やしてあげたい事が山ほどあるのだ。
一個一個、大切にして進んで行こうと思う。
「…ねぇ、宗ちゃん。私は宗ちゃんが簡単に落とせるなんて思ってないよ。」
『ん?』と宗ちゃんが気のない返事をしたが、私はちゃんと言っておきたかった。
「ただ、私にとって1番大きくてどうしようもなかった壁はもうなくなったの。だから、覚悟してて?」
宗ちゃんの腕をぎゅっと抱きしめて、しっかりと目を見て宣言した。
「私、本気で宗ちゃんが好きだから。だから…、絶対に宗ちゃんに好きになってもらうの。これから私は本気出すから、ちゃんと全部受け止めてね?」
「……!?」
照れながら『…ほどほどにな。』と言う愛しい弟に、私は鮮やかに笑った。
今朝の集計で日間ジャンル別、1位になっていました。
すでに入れ替わってますが、応援して頂いている方々には感謝しかありません。
また誤字報告もたくさん頂き、本当に助かってます。
ありがとうございます。
これからも頑張って更新していきますので、よろしくお願いします。




