第5話「引っ越し前日③」
日間ジャンル別ランキングで2位を頂きました。
本当にありがとうございます。
頑張って更新していきますので、これからもよろしくお願いします。
「それじゃ、俺達の新たな門出を祝して!乾杯!!」
「「「「かんぱーい!」」」」
駿の号令で、みんなが一斉にグラスを掲げる。
それぞれ周囲の人間とグラスを合わせると、一気に騒がしくなった。
「宗司、お疲れさま。合格おめでとう。」
「あぁ、彰人もな。おめでとう。」
「宗司、彰人!お疲れ!」
「はいはい、お疲れさん。」
「宗司と彰人はいつもクールだな〜。そんなお前らに素晴らしいアニメを教えてやる!」
俺も彰人やグループの奴等と軽くグラスを合わせ、それぞれの門出を祝い合う。
軽い祝福合戦が終わると、俺達のテーブルでは早速アニメ好きが今期の作品について話し出し、それに漫画好きが原作の話を合わせ出した。
有名な作品で俺も知っていたが、この手の話題で2人の熱量に敵うはずもないことは分かっていたので、俺と彰人はいつものように聞き手に回った。
「…なんか、いつも通りだ。」
「あぁ。でも、それもいいだろ。」
「確かにね。…こうしてられるのが今日が最後って実感が、まだ湧かないよ。」
すぐに2人の話は俺達を置き去りにしたので、彰人がしみじみとした様子で俺に話す。
グループの中で、『年寄りコンビ』と言われる俺達はいつもこんな感じだ。
ただ、彰人が言うように今後こういった機会が無くなると思えば、寂しさも感じる。
「彰人はかなり遠いもんな。もう引っ越しは済ませたんだったか?」
「…うん、片道5時間掛かったよ。行きたい所だったから悔いはないけど、やっぱり他の皆と比べて帰省する機会は少なくなると思う。」
「そうか…。ま、彰人ならどこでも大丈夫だろ。帰ってくる時は連絡くれよ?」
「…わかった。その時はまた遊ぼう。」
そう言って俺達は笑い合った。
彰人のいつもの笑顔に、ほんの少しだけ寂しさが混ざっている気がしたが、たぶん、俺も似たような顔をしているだろう。
「…ねぇ、何話してるの?」
和やかに話していた俺達の頭上から、不満気な声が聞こえた。
もしやと思ったが、振り返ると予想通り佐々木がどこか迫力のある笑顔で立っていた。
「さ、佐々木か。どうしたんだ?」
「…私、近くに座ろうって言ったよね?なのに、なかなか来てくれないから私から来たんだよ。」
「…邪魔してごめん。入れてもらってもいい?」
不服さを隠そうともせず、それでも佐々木は俺の隣に座った。
一緒に付いて来ていた野田も、申し訳無さそうに座り4人で輪になる。
こういう時、座敷だと便利だなぁと半ば現実逃避のようなことを考えながら2人を迎え入れた。
「宗司は佐々木さんと座る約束してたの?」
彰人が珍しく、意外そうな表情で俺に尋ねたが、その返答は佐々木に持っていかれる。
「そうなの。ずっと待ってたのになかなか来てくれないから、こっちから来ちゃった。」
「ちな、あれを約束っていうには一方的すぎるわ。」
佐々木が俺を責めるような口調で訴えるが、すかさず野田がフォローを入れてくれた。
おっとり系だと思っていた佐々木が、はっきりと不機嫌さを露にしている事を意外に思いつつ、俺も弁明する。
「彰人は遠くに進学するから、しばらく直接会える機会がなくなるんだ。だから、少しゆっくり話してた。悪かったよ。」
「んー、そう言われるとこの会の目的がそういうのだし何とも言えないけど…。」
そうは言っても、納得のいってない様子の佐々木。
野田がそんな佐々木に苦笑しつつ、俺の方を向く。
「ちなにとっても、この会が仲野と話すチャンスだから許してあげて。」
俺達のところに来る前に何か話したのか、野田は佐々木の行動をもう意外には思ってなさそうだった。
接点の無かった佐々木の今日の行動は、俺にとって謎だらけなので、それを解くために話を振ってみる。
「元より責める気はないよ。それより、さっきの話の続きを聞かせてくれるか?」
「…さっきって?」
こっちが気にしていないことを野田にアピールしてから佐々木に問いかけるが、どうやら何のことだか伝わらなかったらしい。
「ほら、部屋に案内してくれてる時に、佐々木が俺に無警戒なところを野田が不思議がってただろ?野田はもう答えを聞いたのかも知れないけど、俺も気になってたんだ。」
俺の質問に、野田が少し驚いたような顔をする。
「…よく見てるのね。仲野は他人に興味なさそうだったから、ちょっと意外。」
「…そうか?」
先程まで野田が佐々木に感じていた疑問が、すでに解消されたことを俺が悟ったことを言っているのだろう。
「宗司は案外、周りに気を使ってるよ。…びっくりするくらい鈍い時もあるけど。」
俺には何ともない事だったが、彰人が野田を肯定する。
褒められたかと思えば即座に落とされたので、俺の胸中は微妙な感じだが。
「ふふっ、仲野くんすっごく微妙そうな顔してるよ?」
佐々木が俺の表情を覗き見て、楽しそうに指摘する。
「そんなに、表情には出ない方だけど。」
「うそ。すっごくわかりやすいよ?」
「感情が乏しいっていう、これまで受けてきた評価と矛盾するから却下だ。」
「宗司はわかりやすいよ。」
彰人が佐々木を援護したことに驚いてパッと彰人の方に顔を向けると、『ほら。』と言って彰人が小さく笑う。
からかわれている雰囲気にムッとしながらも真意を聞く。
「…彰人も、そう言ってなかったか?」
「言ってたよ。でも、それは感情表現が下手って意味かな。素直じゃないとも言える。微妙な変化も含めると、宗司は話してるとけっこう表情豊かなんだ。」
彰人が俺について分析して、それを野田は納得するように頷きながら、佐々木は興味深そうに身を乗り出して聞いている。
「鈍いっていうのは?」
なんだこの状況、と思いながらもついでに聞いてみる。
「この表情の話でもそうだけど、宗司は自分のことを全然知らない。それがおかしくもあるし、親しみやすいところでもある。」
「そこは納得しかねる。自分のことは、よく分かってるつもりだ。」
「…うん、言い方が悪かったよ。宗司は、自分が周りからどう見られてるかに無頓着だ。」
「……。」
訂正された後の『無頓着』という言葉は、自分でも驚くほどすんなりと受け入れられた。
そのせいで、次の言葉を繋げない。
野田と佐々木も、彰人の説明に満足気だ。
「なるほど。だから、普段の格好にも気を使わなかったのね。」
「それでも最低限の身嗜みはしてたと思う。暗いイメージはあっても、不潔だとか不快感はなかったよね?」
「確かに。大人しい子っていう、全然印象に残らない感じだったかな。」
「待て待て!」
さらに俺の話を展開させられそうだったので、待ったをかける。
これ以上は流石に恥ずかしいので、さっさと負けを認めることにした。
「彰人の説明はよくわかった、認めるよ。それより、そろそろ佐々木の話を聞かせてくれ。」
「えー、もう少し仲野くんのこと知りたいなぁ。」
「宗司、ちょっと誤魔化しが強引すぎない?」
佐々木と彰人が、楽しそうにからかいを入れてくる。
「話しが脱線しすぎだ。先に聞いたのは俺の方だったろ?」
「…仲野くん、けっこう細かい?」
佐々木の査定は続いているようで、『うーん…。』と唸った後、気を取り直したように話を戻した。
「ま、いっか。仲野くんの予想通り、もうなおちゃんには話したんだけど仲野くんってなんか可愛いんだよね。」
「…続けてくれ。」
可愛いに引っ掛かりはしたものの、突っ込むべきではないと判断して先を促す。
「今まで周りにいた男の子って、すっごくわかりやすかったっていうのかな?よくも悪くも素直な感じで、えーと…つまり、押してくる子が多かったの。でも仲野くんはそういういやらしさや下心とか感じないし、でも意識して戸惑ってくれる感じとか可愛いなって。」
「ちなは自分でも意外だったみたいだけれど、自分から行くタイプだったようね。」
「うん、そこは本当に自分でも意外。仲野くんの反応を見てると楽しくって、もっと意識させたくなるんだよね。そうしてると警戒心とかなくなってて、これまで身構えて男の子に接してたから、自然でいられるのっていいなって思っちゃった。」
「それは…。」
取り方によっては告白のような事を言う佐々木に言葉を詰まらせるが、そんな俺の様子を見て待ったが掛かる。
「あっ、でもそれが恋愛感情かはまだ分からないかな。もっと話してみたいっていうのが、今の素直な気持ちだよ。だから、仲野くんのこといっぱい教えて?」
そう言って佐々木が微笑みかけてくる。
好奇心を含んだその無邪気な笑みに、俺は不覚にもドキッとした。
姉さんもそうだが、どうやら俺は懐かれることに弱いらしい。
おっとり系でも異性と一定の距離を置いていた佐々木が無防備に距離を詰めてくるのも、それが素の自分を出しているからだと分かったら強く拒めなかった。
「…ほどほどにしてくれ。あと、俺だけだと不公平だから、佐々木の事も聞かせろよ。」
せめてもの抵抗のつもりで言ったので、自分でもぶっきらぼうな言い方になってしまったと思ったが、佐々木は『うん!』と嬉しそうに返事をした。
「おー、何か珍しい組み合わせだな。」
「なんだ、戻ってこないと思ったら仲野達と居たのかよ。」
しばらく俺の話をしたり佐々木の話を聞いたりしていると、駿と坊主頭の加藤が俺たちの所に寄って来た。
ウチのクラスの可愛い系代表の佐々木、クール美人系代表の野田という麗しい女性陣に加え、爽やかイケメンの駿、スポーツできそうな坊主と、クラスの人気者たちが何故かこんな隅っこの席に集う。
目立つからやめてほしい。
さっきから感じてはいたが、スルーしていた俺達への視線が倍になった気がする。
「…幹事はいいのかよ?」
「もう最後に締めるだけだ。そんな嫌そうにすんなよ。」
駿が俺の表情から心情を瞬時に悟り、苦笑しながらそう返す。
「ふふっ、駿くんにもすぐに分かるんだね。」
「…邪魔だったか?」
佐々木は俺のそんな様子に微笑むが、加藤はよくわかってなさそうだか俺が嫌がっている様子なのが不服なようだ。
「いや、2人が来たことが嫌なわけじゃないんだ。…ただ、お前らは目立つからな。注目されるのに慣れてない俺や彰人からすればこの視線は気になるんだよ。」
「あー、確かにちょっと見られてるか…。」
俺の言葉に加藤がサッと周囲を見回し、状況をわかってくれた。
ガサツな物言いはするが、ちゃんと話せば通じるところに、俺の中でちょっとだけ加藤の評価が上がる。
「でもいつもより注目されてるのは、たぶん宗司のせいだよ。」
と、ここで冷静な彰人が俺に苦言を呈する。
「…俺?」
「うん。宗司に話しかけたくて様子を見てる子もいるんじゃないかな?」
少なくとも1年間は一緒にクラスで暮らして来た面々が、なぜ今になって俺と話したがる?
見た目の変化で注目される事はわかるが、『話しかけたい』という部分は俺にはよく分からなかった。
「…宗司はそのままでいいと思うよ。」
首を捻る俺を、加藤以外が生暖かい目で見ていた。
「へー、仲野くんお姉さんがいるんだ。」
「あぁ、そりゃもう小さい頃はベッタリだったよ。あ、今もか?」
「ちげぇよ!」
駿が加わった事で、より昔の俺の情報が吐き出される。
それを俺は否定や訂正を入れながら聞いていた。
他にも俺と彰人の出会いや、駿のグループがどうやって仲良くなったかなど、地元での思い出トークを繰り広げた。
「あっ、なおちゃん。ちょっと一緒にいい?」
「うん、私も行きたかったから。」
話がひと段落したタイミングで、佐々木と野田が席を立つ。
たぶん、トイレなので何も言わずに見送る。
女性陣を見送ったあと、駿と加藤の出会いを聞いた。
意外な事に加藤は最初、駿のことが嫌いだったらしく、喧嘩をふっかけた事もあったらしい。
「…それで、駿には勝てねえって思ったんだ。」
「そんな事があったんだな。はじめて聞いた。」
「宗司に話すようなことでもなかったからな。加藤が丸くなってなかったら、宗司もぶん殴られてたかもよ?」
「俺はそういう危ない奴には近づかないよ。まぁ、今日話した感じ、加藤が悪い奴じゃないのはわかる。」
「だろ?」
「マジのトーンで言うのやめろよ!恥ずかしいだろ!」
俺達に褒められて加藤が頭を掻いて恥ずかしがる。
その様子がおかしくて俺達は笑った。
その時、
「〜〜〜〜!!」
微かに怒鳴り声のような声が聞こえて、バッと顔をそちらに向けた。
俺の行動を駿達は不思議そうに見ている。
この部屋もかなり騒がしかったので、俺以外は気付かなかったようだ。
「…宗司、どうした?」
駿がそう問いかけるが、俺は嫌な予感がしてそれに答えることができない。
杞憂であることを願いつつ、俺は腰を上げる。
「…ちょっと気になるから見てくる。」
いきなり席を立った俺に3人は茫然と見ていたが、俺は焦りながら早足で部屋を出た。
「やめて下さい!」
「いいから来いって!!」
「ぎゃははっ!マジ鬼畜じゃん!」
嫌な予感は当たり、トイレに向かうまでの通路で、佐々木達がチャラそうな5人組の大学生くらいの男性グループに絡まれていた。
野田が佐々木を庇うように立ち、1人の男が野田の腕を掴もうとしている。
それを取り巻き達が囲んで、拒まれている様子を見て笑っていた。
俺はそれが見えると駆け出し、男と2人の間に割って入って野田に触れようとしていた男の腕を掴んだ。
「いって…!なんだお前っ!?」
「…連れなんで、やめてもらえますか?」
「…仲野!」
「仲野くん!?」
背中越しに2人の驚きに安堵を含んだ声を聞きながら、対峙した男を睨む。
背は俺の方がかなり高いので見下ろす形になり、男は若干怯んだが引き下がってはくれない。
「…ぐっ、ガキがっ!調子乗んなよ!!」
男は酔っているようで空いていた方の手で拳を振り上げる。
抵抗することも出来たが、あっちから手を出したのなら正当防衛も成り立つかな、などと考え衝撃に備えて身構えたが…。
「なっ!?離せよっお前!!?」
「まーまー、落ち着きましょうよ。」
結果的に備えた衝撃が与えられることはなかった。
俺を追ってきたのか、駿が男の腕を抑えたのだ。
「大丈夫か?」
加藤も来ていたようで、俺に向かって心配するように声を掛けてくる。
「あぁ。」
まだ駿の手を振り払おうとしている男から視線を外さずに、それに短く答えた。
「どうされました!?」
そうこうしていると、店の責任者らしき男が駆け寄ってきた。
騒ぎに気付いた店員が呼んだのだろう。
「…あーあ、しょうもな。行こうぜ。」
騒ぎになると囲いの1人がそう言い、責任者の脇を抜けてゾロゾロと出口の方へ歩いて行った。
暴れていた男も、これ以上はまずい事を悟ったのか舌打ちをしながらも大人しくついて行く。
「大丈夫でしたか!?」
そいつらを放置して、責任者の男が俺達に駆け寄る。
「あー、何もなかったんで大丈夫ですよ。すみません。」
「そんなっ、こちらこそすみません!!以後、気を付けますので…!」
駿が代表して責任者に謝るが、大事にしたくないのか責任者の方がペコペコと頭を下げ出し、駿は困った様子だ。
とりあえず事態が落ち着いたことに安堵のため息を吐き、野田達に向き直る。
「悪い、気付くのが遅れた。大丈夫だったか?」
「ううん、助かったわ。ありがとう。」
「……。」
野田が疲れた様子で俺に礼を言う。
佐々木は野田に隠れたまま、俺を覗くように見上げたまま話さない。
「…佐々木?」
「ふぇっ…!?あっ、ありがとう…。」
どこかボーッとした様子の佐々木に声を掛けると、今思い出したかのように慌ててお礼を言われた。
よっぽど怖かったのか、野田の服を握り締めている。
さっきまでとは違って萎縮している佐々木がおかしくて、ふっと俺の肩の力が抜けた。
「もう大丈夫だから、怖がらなくていい。」
「〜〜〜!?」
佐々木を安心させるように少し屈んで微笑みかけ、頭をポンポンと撫でた。
すると、佐々木の顔がボンッと音が鳴りそうなほど急激に真っ赤に染まり、声にならない叫びをあげた。
「な、仲野。手…。」
「手…?」
野田に言われてハッとして、慌てて手を引っ込める。
「わ、悪い。クセで…。」
「うぅん、ありがと…。」
事情を説明し終えた駿と加藤が声を掛けてくるまで、微妙な空気が流れた。
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