第4話「引っ越し前日②」
たくさんの評価ありがとうございます。
2,3日に1話くらいのペースで更新していく予定で、そんなに頻度は高くないですが、まったりお付き合いください。
「…宗司、そろそろ出ていいか?」
お客さんの入れ替わりもあって、マスター達が離れたタイミングで駿がそう切り出した。
「あぁ、駿は早めに行っとかないとな。いいよ、俺も一緒に行く。」
「悪いな。」
まだ俺が聞いている集合時間には少し早いが、運営側の駿に合わせて店を出ることにする。
席を立って会計をお願いすると、香苗さんが手を止めて対応してくれた。
「もう行っちゃうの?」
「はい。しばらく来れなくなりますけど、絶対また来ますね。」
「えぇ、お姉さんもちゃんと連れてきてね。」
「マスターも、それまで店を潰さないで下さいよ?」
「駿てめぇっ!生意気言ってないでさっさと行け。」
駿の軽口にマスターが応える。
口調とは違い笑顔で、俺達を送り出してくれているようだ。
「ふふっ、あの人も本当は寂しいのよ。さ、2人とも元気でね。気をつけていってらっしゃい。」
「「ありがとうございます。」」
しばらくここには来れないだろうが、こっちに帰って来る時には必ず顔を出そうと心に決めて俺達は店を出た。
「おっ、もう何人か来てるな。」
駿と最初に待ち合わせしていた駅前が集合場所だったので、来た道を戻るともう何人か集まっていた。
まだ30分前だというのに、律儀なものだ。
そう思いながら、駿より一歩下がって着いて行く。
「おーっす!早いな、みんな。」
「あっ駿!久しぶり!」
「駿くん、おつかれー!」
自然と言い出しっぺグループの輪に入って行く駿を見送り、俺も自分の友人が来ていないか見回すが、まだ来ていないようだ。
俺と同じでこういうイベント毎に消極的な連中だし仕方ないかと思いながら、少し離れたベンチに座ろうと駿達から背を向けようとすると…
「…それで、駿くん。その人は?」
「あんま見た事ない顔だけど、後輩か?」
そんな会話が聞こえて、つい振り向いてしまう。
「いや、こいつは…くくっ。」
駿が堪えきれないかのように笑いを溢しながら、俺の肩に手を置く。
俺がクラスメイトに覚えられていない事がそんなにおかしいか。
俺は駿とは対照的に怪訝な表情をしているだろう。
「えー、笑ってないで教えてよー。」
「そうよ、超イケメンじゃん。」
2人の女子にせっつかれて、駿が観念したように振る舞って両手を挙げた。
「悪い悪い、宗司だよ。仲野 宗司。ほら、いつも寝てるかボーッとしてたクラスメイトだよ。」
「「えっ!?仲野 (くん)!!?」」
心底面白そうに駿が俺を紹介すると、駿の友人達が驚いた様子で口を開けて一斉に俺を見る。
その反応からするに知られていなかったのではなく、気づいていなかったようだ。
というか、ずっと同じ教室にいたのに今更イケメンってなんだ。
「えっ、マジで仲野くん?」
「…あぁ、そうだよ。クラスメイトにこんなに覚えられてないとは思わなかったけど。」
「はははっ!それは宗司が悪い。学校のお前しか知らない奴にはパッと見じゃわかんねぇよ。」
軽く毒を吐く俺に、俺が悪いと駿から釘を刺される。
会話が聞こえていたのか近くにいたクラスの女子グループからも、『えっ、あれ仲野くん!?』『マジで?ちょっといいかも…。』など感想が聞こえた。
俺に視線が集まり、居心地悪いことこの上ない。
「はー、格好でこんなに印象変わるんだな。大学デビューか?」
そんな中、駿のグループの坊主頭が話しかけてきた。
こいつは駿といつも一緒に行動していたので、俺の方も顔は知っている。
「まだギリギリ高校生だよ…。」
「ははっ、確かにそうだ。仲野って意外と面白いんだな。」
辟易としながら答えると、坊主頭がその回答を気に入ったのか笑みを浮かべる。
「そんなことはない。それに、学校以外だとずっとこんな感じだ。特に変わった格好をしたつもりもないんだが…。」
「あぁ、そうなのか。…って、じゃあ結構前に噂になった駿と一緒にいたイケメンってお前か?」
「はぁっ!?そんな噂、はじめて聞いたぞ。人違いじゃ…。」
「そうだよ。」
俺と坊主の会話を聞いていた駿が、ニヤニヤしながら会話に入ってきた。
「…そんな話きいてないぞ。」
「言ってないからな。噂も俺達の間だけだったし、お前が嫌がると思ってその時ははぐらかしてやったんだから感謝して欲しいくらいだ。」
軽く駿を睨むが、どこ吹く風だ。
とはいえ、在学中にそんな噂が立っていたのなら、駿のおかげで目立つ事を回避できたので本当に感謝しないといけない。
…いけないのかも知れないが、今の駿を見ているとそんな気も失せる。
「学校でもその髪型にすればよかったのに。もったいないなぁ。」
そんな話をしていると、駿と坊主の間を抜けてさっきの女子の内の1人が声を掛けてきた。
間延びした言葉と共に俺に近づき、覗き込むようにマジマジと見つめてくる。
「…よしてくれ。見慣れてないから、そう思うだけだろ。」
この女子、佐々木 千夏は学年でも上位に入る人気者だ。
姉さんよりは高いが小柄で、マイペースでおっとり話すところが人気の要因だった。
駿のグループは男女共に交際率…、もといリア充率が高かったが、佐々木が誰かと付き合ったという話は少なくとも俺は聞いたことがない。
そんな佐々木に見つめられ、つい視線を逸らしてしまう。
「あはっ、照れてる。なんか可愛い。」
その反応が気に入ったのか、佐々木がさらに身を寄せてくる。
「佐々木、ちょっと近い…。」
「んー…、こういう反応してくれる子って周りにいなかったから、結構いいかも。」
なにかを吟味している様子で、俺の言葉は耳に入っていないようだ。
触れはしないものの微笑みながら距離を詰める佐々木から、女の子らしい甘い香りがした。
その匂いにやられてたじろぎながらも、なんとか下がって距離を取る。
「なんだ千夏。仲野のことが気に入ったのか?」
同じグループで気安いのか、坊主が佐々木にからかうように声を掛けた。
佐々木の方も特に気にした様子もなくアッサリとそれに返す。
ただ、その内容が問題だった。
「う〜ん、まだなんともだけど…アリかなぁ。顔も反応も可愛いし。…ねぇ仲野くん、今日は近くに座ろうね?」
「「なっ…!?」」
視線を俺から外すことなく、予想外の返しを佐々木が言い放つ。
驚いて言葉を詰まらせた俺だったが、それは俺だけじゃなかったようだ。
俺の反応に不思議そうに小首を傾げながら、なんともないように微笑みを向けてくる佐々木。
いつもの佐々木がこんな感じなのか分からず、混乱したまま助けを求めるように駿や坊主達を見回すが、全員が同じように驚いた顔で硬直していた。
援護がないことにさらに戸惑い、どう答えるのが正解かわからずうろたえながらも、周囲を見回したことで俺は光明を見つけていた。
俺が普段、過ごしている連中がいつの間にか駅前の少し離れたところに来ていたのだ。
「わ、悪い佐々木!クジじゃなかったら俺は彰人たちと座る約束してるんだ!あっ、と…、あいつらも来たみたいだし、また後でな!!」
「あっ…。」
俺は早口でそれだけ言い終えると、脱兎の如く逃げ出した。
佐々木から呼び止めたそうな声と気配を感じたが、止まらない。
そして逃げた俺を援護するように、固まっていた面々も動き出した。
「…ちょっと、ちな!どうしたの!?」
「わっ、ビックリしたぁ…。どうしたって?」
「いや、だってアンタから男を誘うなんて…。」
佐々木が女子に詰められているような声が聞こえたが、振り返らずに俺はいつものグループに合流した。
「おっす、遅かったな。」
「まだ遅れてはないと思うけど…、そんなに焦ってどうしたの?」
「…いや、なんでもない。それより…。」
馴染みのグループに合流した後、ここでも少し見た目について聞かれたが、元々他人に深い興味を持たない連中なのと、普この格好を知っている奴もいて大した話題にはならなかった。
彼らからすると『宗司は見た目にこだわりそうじゃないのに、ちょっと意外』程度の感想しか抱かなかったようだ。
俺達はそれぞれ趣味が違い、学校外で一緒に行動することは少なかった。
お互いの好きな分野について話を聞き、興味のある話題の時は混ざり、そうでない時は聞き流すような関係だった。
俺はいつも通りの友人達に安堵を覚えつつ、佐々木のことは気にしないようにして、駿達からの案内を待った。
「おーい、みんな聞いてくれ!これから店に移動するから俺達に着いて来てくれ!店に着いたら席は自由だが、なるべく奥の方から順番に詰めて座るように頼む!」
参加者が揃ったのか、駿が声を上げて移動を促した。
事前に聞いた店からそれほど距離はないが、20名以上がゾロゾロと集団で動くので、当然列は伸びる。
俺のグループは駿達から最も離れた最後尾を歩いた。
移動中チラチラとこちらを振り返るクラスメートがいて、話しかけては来なくてもこの後が不安になってくる。
本気で抜けてしまおうかとも考えはじめたが、実行に移すまでに目的地に着いてしまうと、入口で佐々木ともう1人の女子が待っていた。
俺はすぐに佐々木に気づき、先程のやり取りからイヤな予感がしたが、『きっとこういう役割分担でここにいるだけだ。』と強く自分に言い聞かせて店の門をくぐった。
「お疲れ、ありがとな。」
すれ違い様に顔を向けて2人に短く労いと、この会を世話してもらったことへの感謝を告げる。
「こっちこそ、ありがと。部屋は奥の大きい座敷だから。入ったら加藤に飲み物だけ先に注文して。」
もう1人の女子、野田 奈緒美が、たぶん来たことのお礼と案内を簡単にしてくれた。
野田はクール系の美人タイプだ。
見た目はキツそうなイメージがあるが、出席番号が近く一緒に日直をした時は、割と気を使ってくれる世話焼きタイプだなと思った。
おっとりした佐々木とは対照的に見えるが、同じグループなのもあり、よく一緒にいる。
ちなみに加藤はさっきの坊主頭で、名前は拓也だったなと、野田に言われて思い出した。
「うんうん、ちゃんと感謝してくれてて嬉しいな。」
俺と野田のやり取りを聞いていた佐々木も話に入ってくる。
俺達が最後だったのか、自然と2人も俺達と一緒に部屋へと歩き出した。
すでに佐々木に対して苦手意識が芽生えはじめていたが、邪険にするほどでもないのでそのまま話しながら歩く。
「いや、予約とか案内とか分担してやってくれてるだろ?言わなくても、みんな有り難いと思ってるよ。」
「それを口にしてくれるかどうかって、大事なんじゃないかな?だから、なおちゃんも嬉しそうだったし。」
『ね?』と野田に同意を求める佐々木。
「そうね。仲野はそういうところ普段からちゃんとしてると思うわ。」
野田が嬉しそうだったのは分からなかったが、本人も否定しなかったので流す。
それにしても、今日になって俺の評価が上がりすぎではないだろうか。
「…普通だよ、身に余る評価だ。」
「ふふっ、仲野くんは素直じゃないねぇ。」
からかうように笑う佐々木に、降参の意味を込めて両手を挙げる。
「勘弁してくれ。こんなでっかいだけの奴より、素直で気配り上手はいっぱいいるだろ。」
「そうかな?それに私は仲野くんの照れ屋で素直じゃないところ、可愛いと思うけど。」
「いや、照れてないし。」
俺の抵抗を佐々木がクスクス笑いながら、否定する。
「照れてるよぉ。だって仲野くん、さっきから私の方見ないでしょ?」
そう言いながら、また俺との距離を詰める佐々木。
雰囲気で面白がっているのがわかる。
「いや、それは…。佐々木の距離感が近すぎるんだ。」
「…確かに、ちなは仲野に対して無警戒すぎる気がするわ。」
野田からの追及は予想外だったのか、佐々木が少し困ったような表情をする。
「うーん、それは自分でも意外かなぁ。今まで周りはガツガツした男の子ばっかりで、なんかこっちも身構えちゃってたから…あっ、この話はまた後でね?仲野くん達も入っちゃって。」
佐々木の話には興味があったが、部屋に到着したので話を切り上げる。
部屋の中は宴会場として使えそうなくらい広い座敷で、スペースもけっこう余っているようだった。
席を好きに移動して騒げるように、この場所を選んだのだろう。
「遅かったな。飲み物はこのメニューから選んでくれ。」
「ありがと、じゃあコーラで頼む。」
「はいよ。」
部屋の出入口で待っていた加藤に飲み物を伝え、先に座っていたクラスメイト達に習って詰めて座る。
俺は1番最後に座ったので出入口から近い席だった。
前の方が何席か空いているので、仕切っている駿達が後から座るのだろう。
佐々木と野田もいつの間にか前に出ていて、駿達に案内が終わったことを報告している様子だった。
「宗司、佐々木さんや野田さんと仲良かったんだ。」
「…いや、そんなことないよ。」
席に着くと隣に座った今井 彰人が話しかけて来た。
彰人は高校からの友人で、このグループの中でも休日に過ごしたことのある数少ない人物だった。
メガネをかけた大人しそうな雰囲気通りの、物静かな性格で、常に落ち着いて話すところが気に入っている。
今も好奇心からというより、単に話題として話を振って来た感じだった。
「そう?かなり親しくしてるように見えたけど。」
「あぁ、彰人達と合流する前にちょっとあってな。駿もいたから少し話しただけだ。」
「そういえば、清水くんとは仲良かったよね。目立ちたがらない宗司と、活発で誰とでも話す清水くんとで合うのか前から不思議だったけど。」
清水くんとは駿のことだ。
彰人の言う通り、普通は合わないように見えるだろう。
だから、学校内ではあまり接点がなかったのだが。
「駿とは付き合いが長いからな。」
「ふぅん…。そういうもの?」
「あぁ、そんなもんだ。」
他愛もない話をしていると、俺達の分の飲み物が届いた。
これでみんなに行き届いたことになるので、その様子を見て駿が動き出す。
「みんな、飲み物は届いたか?それじゃ、はじめよう!」
駿の号令にノリの良い連中が騒ぎ立てる。
「…まぁ、宗司はそっち側だと思ってたけどね。」
「ん?なんだ?」
「なんでもないよ。」
最後に彰人がなんと言ったのかは、喧騒のせいで聞き取れなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
引越し前日が思っていたより長くなってしまってますが、楽しんで頂けていると嬉しいです。
気に入って頂けたらブックマーク、感想、評価をよろしくお願いします。