第15話「入学式前日」
遅くなってすみません。
うじうじ回です。
『紗夜の様子がおかしい。』
入学式を明日に控えて、仕事の合間に一人暮らしが問題ないか父さんが電話してくれた時に、そう言った。
何やら姉さん宛ての表に差出人のない郵便物が増え、それを見た姉さんは部屋に篭りがちになっているらしい。
母さんから声をかけても『溜まっている課題に集中したい』との一点張りで、最初は俺がいなくなって一念発起したのかと思っていたみたいだ。
しかし、俺ともしばらく連絡を取っていない事を伝えると『ちょっと話を聞いてみる。』と父さんも危機感を覚えたみたいだった。
確かに、この間までの俺に接触しようとしてくる態度からは一転しているので、俺の方からも探ってみることを約束して通話を終えた。
(姉さん宛てに郵便物か…。変な事に巻き込まれてなかったらいいが…。)
考えているだけでは埒が明かないので、とりあえず話を聞こうと姉さんに電話した。
あまり俺から掛けることはなかったので、少し不思議な気分で姉さんが電話に出るまで待つ。
『…もしもし、宗ちゃん?』
「あぁ、俺だ。今いいか?」
スマホ越しに聞こえた姉さんの声は、明らかに元気がない。
『…宗ちゃんから掛けてきてくれるなんて、珍しいね。どうしたの?』
「いや、特に俺の方に用があったわけじゃないんだが…。」
言い淀む俺に、姉さんが微かに笑う。
『ふふっ、もしかしてお姉ちゃんの声が聞きたくなった?宗ちゃんも順調に私がいないと生きられなくなってるねぇ。』
「大袈裟すぎるだろ…。」
いつものように軽口を叩く姉さんだったが、やはり声にハリがないというか、疲れた様子が伝わってきた。
俺はちょっと真剣に心配になってきたので、すぐに本題を切り出した。
「実はさっきまで父さんと電話しててさ。姉さんが元気ないって聞いて、何かあったのかと思って。」
そう聞くと、姉さんの言葉が詰まった。
「…やっぱり、何かあるんだな。」
『うん…。でも、宗ちゃんには関係ないことだよ。すぐに片付くから、心配しないで。』
落ち着いた様子だが、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
姉さんは抱え込むところがあるのを知っているので、俺は追求をやめない。
「俺にも、言えないことなのか?」
『……宗ちゃんには、絶対に言えない。』
頑なになっているところもあるのだろうが、よほど深刻なのかも知れない。
「…姉さんが自分でなんとかしたい問題なのは、わかった。でも、もう父さん達も心配してる。俺を頼って欲しいけど、それが出来ないならせめて父さん達には事情を説明してやってくれ。」
姉さんが考えるように黙り込む。
「姉さんは抱え込みすぎなんだよ。姉さんが苦しむような問題があるなら、それは家族みんなの問題だ。……それだけは、忘れないでくれ。」
長い沈黙の後、少し涙声で『……ゔん。』と聞こえた。
肯定の返事が返ってきた事に、ちょっとだけ安堵する。
『…ありがとう。でも、宗ちゃんには言えないから…。』
それでも俺を頼ってくれないのは変わらないようで、なぜか心がモヤッとした。
そんな気持ちを抑えて、『姉さんが周囲を頼ってくれるのなら、自分でなくてもいい』と心の中で言い聞かせた。
「…父さん達に相談するならそれでいい。…でも、力になれることがあれば、いつでも言ってくれ。」
『……わかった。明日入学式なのにありがとね、宗ちゃん。お祝いとお詫びに今度デートしよっ。』
「…いつでもいいよ。」
『ふふっ、楽しみにしてるね。……それじゃ。』
「あぁ…、またな。」
姉さんとの通話を切り、一度だけ本気で握った拳を枕に振り下ろした。
「やっぱり、バレちゃったか…。」
こうなると、もう完全に隠し通すことは難しいかも知れない。
お父さん達には夜にでも説明しないといけないし、またいっぱい心配されちゃうかな…。
私はそっとため息を吐いて…、心が少し軽くなったのを自覚した。
「……にゅふふっ。」
心配させておいて、嫌な女だと思う。
それでも愛しい宗ちゃんが私のことで電話越しにもわかるくらいに苛立っていて、それを嬉しいと思ってしまうのだ。
「宗ちゃんとデート…。どこに行こうかなぁ…。」
緩む頬を抑えられないまま、宗ちゃんとの楽しい時間に想いを馳せていると、さっきまで自分を悩ませていたゴミ箱に溜まった引きちぎった手紙の山がチラッと目に入る。
それだけで表情が強張り、唇をきゅっと引き結ぶ。
着信を拒否してから毎朝のように投函される、あの男からの手紙。
それを恋文とは呼びたくないと思うほどに、内容は私への執着で溢れていた。
あの短時間でロクに話してすらいないのに、どうしてこんなにも粘着してくるのか…。
あの男の思考回路など知ったことではないが、欲望を隠そうともしないあの男とは、2度と会いたくない。
両親に相談すればきっとなんとかしてくれる。
そう期待してしまうほど両親のことは信頼しているが、同時に申し訳なさと自分がまだまだ子供だということを思い知らされる。
「しっかりしなきゃ…!」
ヘコんでばかりはいられない。
宗ちゃんと会う時は、絶対に笑顔でいたい。
自身の成長を胸に誓って、私はどう両親に説明しようか考えはじめた。
「ん…、もうこんな時間か…。」
姉さんとの電話の後、うだうだと考えていてもしょうがないと、バイトの求人情報を開いてみたものの身が入らないまま夕方になっていた。
(結局、頼ってくれなかったのがショック…なのか?)
姉さんの問題について自分が苛立ちを覚えたのは、何故なのか。
自分自身でも答えを出せずにいた。
(彰人に『自分のことはよくわかってる』なんて言っておいて、全然ダメだな……。)
クラス会でのやり取りを思い出し、自分の気持ちの整理もつけられない自分が少し嫌になる。
姉さんが大変な時に、頭の中を巡るのは自分の事ばかりだ…。
(姉さんと付き合えば、なんでも相談してくれるようになる…かもな。)
そう考えて、すぐにそれは違うだろうと思い直す。
なんともダメな方向に思考がいっているので、考えるのをやめた。
(明日は入学式もある…。もし、父さん達が姉さんの問題を解決してくれたら、その後元気づけるのが俺の役割かもな…。)
自分の無力さに目を瞑り、俺は自分が出来ることに無理矢理考えを向けた。
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