第14話「助けを求められた日」
仁美回です。
「んー、…上手くいったよね?」
宗司くんとの昨日のデートを振り返って、私はそう呟く。
駿くんにリサーチした結果をふんだんに使ったデートコースは、宗司くんの新たな一面を見ることが出来たし私としては大成功だ。
ただ、デートまでは待ちきれない早く会いたい気持ちでいて、今は少しの寂しさと共に次に会う時はどうしようかなどと考えている。
(これはもう、確定かなぁ…。)
私はぼんやりと宗司くんへの恋心を自覚した。
だからといって、どうしたらいいのか分からない。
「…よしっ、こんな時はなおちゃんに相談だ。」
自分一人で悩むことを早々に諦めてスマホを取り出し、なおちゃんに電話を掛けると数コールで繋がる。
「…もしもし、なおちゃん?」
『どうしたの?ちな。』
「うーんと、また相談があるんだけど…。」
何かあったらすぐになおちゃんに相談する私は、『えへへっ。』と愛想笑いを溢した。
『…仲野と何かあった?』
「うん、そうなの。あのね…。」
察しの良いなおちゃんが、すぐに宗司くんとの事だと気付いてくれる。
事前に2人で遊ぶことは伝えていたので、私は昨日の内容を事細かになおちゃんに話した。
「それでね、宗司くんってケーキとか好きみたいで、すっごく無邪気に笑うの。それがすっごく可愛くて…。」
『…ちょっと、ちな?』
私の説明をなおちゃんが遮った。
いつも話を最後まで聞いてくれるなおちゃんにしては珍しいな、と思いながら尋ねる。
「ん?どうしたの?」
『話の途中で悪いけど、もうお腹いっぱいよ。行く前は「本当に好きなのか確かめたい。」なんて言ってたのに、どれだけ惚気るつもり?』
「え?私、惚気てた…?」
はじめて受ける指摘に、すぐに自分の事だと認識出来ずについ聞き返してしまう。
そんな私になおちゃんが呆れた様子で続ける。
『はぁっ…、それで惚気てないつもりだったの?ちなは結構ガードが固いと思ってたけれど、評価を改めないといけないかもね。』
「ちょっ…ちょっと!それは言い過ぎだよ?私がこういう風に話すのは、宗司くんの事、だけだし…。」
自分で言っていて気がついた。
そうか、私がこんな風に夢中になって話すのは宗司くんの事だけなんだ。
私の中で『自覚』が『確信』に変わる。
『…もう、相談はいい?』
どこか優しい声色でなおちゃんが確認する。
なんだかなおちゃんに誘導された気がするのは、やっぱりなおちゃんは凄いからだ。
「…ううん、相談したかったのはこれからの事なの。どうやったら、宗司くんを落とせるかな?」
嬉々として尋ねた私に、長くなりそうだとなおちゃんがため息を吐いた。
「んーっ、暇だ…。」
昨日に千夏との約束を果たして、入学式まで特にすることがない。
駿も引っ越して来ているはずだが、まだ色々と忙しいかも知れないので大した用事もなく連絡するのは気が引ける。
(いや、正確には千夏の件を問い質したい気持ちはあるんだが…。)
しかし、仁美と話して当日までに心の余裕が出来て、さらに千夏と過ごした時間を楽しんでしまった後で、いまさら駿を詰問する気にはなれなかった。
(それに、『楽しかった。』なんて伝えるとお礼を要求してきそうだ…。)
別に駿に対して感謝の気持ちがないわけではなかったが、からかわれることが目に見えている上にお礼まで要求されてはたまったものではない。
そう結論付けた俺は、結局『こちらからは連絡せずに放置』という選択をした。
考えた末、俺はアルバイトの募集について見てみることにする。
せっかく昨日、千夏とキャンプ用品を見てきたので、その熱の冷めやらぬうちに資金繰りに考えを向けておくことにした。
早速、適当なアルバイトを仲介しているアプリをスマホに入れて、周辺の求人状況を見ていく。
(どこも似たり寄ったりだな…。)
大多数が飲食店、コンビニの求人で時給にも大きな差はない。
何か経験したい仕事があるわけではないが、人前に出る接客には苦手意識があるので、なるべく避けたい。
そうなってくると、派遣の梱包作業などが残ってくるがどうにも気は進まなかった。
「見てるだけじゃ、分からないか…。」
どの写真も従業員が笑顔で写っているが、それだけで内情を知れるわけがない。
俺は1時間も経たないうちに、スマホを放り出してベットに倒れ込んだ。
(姉さんとのことも、ちゃんと考えないと…。)
姉さんの事やアルバイト、意外と先延ばしにしている問題が溜まってきているのかも知れない。
自分が姉さんをどう思っているか。
近すぎた関係ゆえに戸惑いは大きかったが、いつまでもそうは言ってられない。
自分の考えをまとめるための、思考に入る。
(まず、俺は彼女が欲しいのか?)
これにはイエスだと答えられる。
俺だって男だ。
性欲だってあるし可愛い異性が側に居てくれたらと、考えないわけではない。
駿を見ていて、羨ましさもある。
(じゃあ、その相手として姉さんは?)
姉さんと付き合った場合を考える。
姉さんと過ごす時間は楽しいし、弟目線でも姉さんを可愛いと思う。
ただ、どうしても好意を懐かれているという風に捉えてしまい、『世話を焼きたくなる、ちょっと手間のかかる姉』と見てしまっていた。
それが、明確に自分への恋心によるモノだと分かった今は、どうだろう。
正直、家を出ていなかったらヤバかったかも知れない。
『無防備だ』と思っていた姉さんの態度が、『誘っていた』のだとしたら…。
ブーッ、ブーッ、ブーッ…
思考の途中で、スマホが着信を告げる。
俺はのそのそとスマホを掴み、発信者を確認すると、番号が表示されているだけだった。
(知らない番号?誰だ…?)
イタズラ電話の話を聞いたことはあるが、自分には経験がなかったので出ようか迷う。
そのまま、しばらくしたら着信が切れた。
(まぁ、俺に用事がある人間からなら、もう一回掛かってくるだろう。)
ブーッ、ブーッ、ブーッ…
そう思ってスマホを置こうした瞬間、再び同じ番号から着信が入る。
またちょっと迷ったが、続けて掛けてくるとなると気になったので出ることにした。
「…もしもし?仲野ですけど。」
訝しみながら間違い電話に配慮して、先に苗字を名乗った。
すると、電話越しに吐息で相手が安堵する様子が伝わってきた。
『よかった…、出てくれて。』
「…仁美か?」
『あっ…うん、谷井仁美です。突然ごめんなさい。』
電話に緊張しているのか、変に敬語で話す仁美。
「どうしたんだ?番号…は叔母さんに聞いたのか。」
『そう。この間は大丈夫なんて言っておいて申し訳ないんだけど、ちょっと困ったことがあってお母さんに連絡先を聞いたの。』
「そうか…。今は時間もあるし気にしなくても大丈夫だぞ。」
気にしなくていいとは言ったが、それでも申し訳なさそうなまま仁美が用件を告げる。
『ありがとう。えっと、それじゃあ…宗くんってインターネットとか詳しい?』
電話の後に手早く支度を済ませ、仁美を送ったマンションの前に到着した。
仁美なら大丈夫だろうと、今日もお出掛けモードではない。めんどくさかったし。
以前見た時も思ったが、俺が住んでいる場所よりずっとセキュリティのしっかりした良い所に住んでいる。
俺は若干緊張しながら、エントランスにある呼び出しボタンに電話で聞いた仁美の部屋番を押した。
『はい。』
「宗司だけど、合ってるか?」
待ち構えていたのかと思うほど、すぐに出た仁美に驚きつつ一応、確認してしまう。
『うん、…すぐ開けるね。』
「あぁ、頼む。」
通話が切れたと同時に、自動ドアの扉が開く。
エレベーターで仁美の部屋のある階まで上がり、部屋の前で呼び鈴を鳴らした。
「いらっしゃい。来てもらってごめんね、宗くん。」
「いや、暇にしてたし大丈夫だ。お邪魔します。」
まだ申し訳なさを残しつつも、どこか嬉しそうな仁美の案内に従い、部屋へと上がる。
室内は引っ越してきたばかりなので当たり前だが、広さの割に物が少なく閑散としていた。
「さっそく、見せてもらっていいか?」
「うん、これなんだけど…。」
リビングに置いてあったノートパソコンを開いて、仁美が俺に見せてくる。
「電波?は来てるみたいでも、インターネットには繋がらないの。なんでかな…?」
「ちょっと触るぞ?」
「うん、お願い。」
仁美からマウスを借りて、接続状況を確認する。
届いている電波は数種類あるようだ。
「仁美、どれが家のやつかわかるか?」
「え?どれだろ…。」
「…!?」
指差した画面を確認するために、仁美が身体を寄せてくる。
マウスを持つ右腕に柔らかい感触が押しつけられ、生暖かい体温伝わってきた。
「宗くん、わからな…い…。」
俺の方を向いた仁美が、ようやく密着している状況に気づいたようで言葉が止まる。
俺も仁美の方を見ていたので、身体が触れたまま、鼻先が当たりそうな距離で見つめ合う。
「ぁわっ…。」
「…え?」
「あわわわわわっ!」
真っ赤になった仁美が、わかりやすく狼狽えた声を出しながら一気に後ずさって俺と距離を取る。
「仁美、落ち…。」
『落ち着け』という前に、仁美が自分を抱きしめて悶えだす。
「そ、宗くん、ダメだよ…。ううん、ダメじゃないけど…。やっぱり、ダメじゃないけどダメ…。」
わかりやすく混乱してるなぁ、と俺の方はかえって冷静になれた。
俺は刺激しないように両手を上げて、距離を取ったまま話しかける。
「おーい、仁美。落ち着けよ。このとおり、何もしないから。」
「何もしないって!何かする人の常套手段…。」
「ちげぇよっ!」
「でも、宗くんがどうしてもって言うなら…。でもでも、流石に早すぎるからもう少しゆっくり…。」
本当にどういう混乱の仕方してるんだ?
両手で真っ赤になった頬を押さえて、あーでもない、こーでもないと大忙しだ。
俺はため息を吐いて、そっと仁美に近づいた。
「はわっ…、宗くん。」
俺の接近に気付いて固まった仁美が、俺を見上げる。
じっとしているのを確認して、俺は優しく頭を撫でた。
「あっ…。」
「…覚えてるか?まだ小さかった頃、よく泣いてた仁美が俺に撫でられると泣き止むから、母さんや叔母さんに『ずっと撫でてあげて。』って頼まれてたのを。」
「……うん、覚えてる。」
「仁美が家に来たときは俺にべったりだったから、今度は姉さんが『私の宗ちゃんが取られたっ!』て大騒ぎしたこともあったな。」
「…あったね。それで、どっちが宗くんと結婚するのか2人とも泣きながら喧嘩するの。」
「あぁ、あの時は大変だったなぁ…。」
「宗くん、あの時、私達をなんて言って止めてくれたのか覚えてる?」
ちょっとだけ期待するように、仁美が俺を見る。
俺は手を止めて考えるが、その時なんと言ったのか思い出せなかった。
「…宗くん?」
「…いや、悪い。思い出せないな。なんて言ったんだ?」
「…そっか。…なら、秘密だよ。」
冗談めかしてそう言った仁美だったが、俺には悲しげに見えた。
結局、仁美のパソコンがインターネットに接続出来なかったのは、ただ無線LANの設定が出来ていないだけだった。
原因がわかってしまえばあっさり解決してしまい、すぐに手持ち無沙汰になってしまう。
「ごめんね、まだ何もなくって…。」
「いいよ、気にすんな。これから自然と仁美らしい部屋になっていくだろ。」
「そう、かな…。」
「あぁ。…っと、そろそろ帰るかな。」
「…もう帰っちゃうの?」
「あんまり一人暮らしの女子の部屋に長居するのもな。姉さんにバレたら面倒そうだ。」
『宗ちゃん、どういうことっ!?』と俺を責める姉さんを想像して、つい笑みが浮かぶ。
「宗くんは…。」
「ん?」
「ううん…、なんでもない。」
「…そうか。」
何かを聞こうとして、やめる仁美。
そのまま固まった仁美を尻目に、俺は帰るために立ち上がる。
玄関に向かおうと歩きだすと、仁美も後ろをついて来たのがわかった。
「じゃあな、仁美。」
「うん、今日はありがとう。また来てね…。」
「あぁ、またな。」
振り返って短い挨拶を済ませ、部屋を出た。
俺は帰るまでの間、姉さんと仁美を止めた時になんて言ったのかを必死に考えていた。
実はそれが気になりゆっくり考えたくて、仁美には悪いが早めに帰ることにしたのだ。
(何か、大事なことだったような…。仁美が悲しそうにしていたのと関係あるのか?)
しかし、その答えを思い出すことはどうしても出来なかった。
(もう帰っちゃうなんて、何か気に障ったのかな…。)
どこか上の空のまま、部屋を出てしまった宗くんに不安がよぎる。
しかし、それよりも今日宗くんと話して思い出した、大事な思い出のことで私も頭がいっぱいだった。
(宗くんは忘れちゃったんだ。…ううん、私だって思い出したんだから、宗くんも思い出してくれるよね…。)
彼がそれを思い出し約束を果たしてくれることを、私は願っていた。
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