第11話「姉さんが頑張った日」
更新遅くなりました;
今回はちょっとだけ過去の話。
姉さんの電話の相手について、です。
「もしもし…?」
『あっ、やっと出てくれたね。メッセージも返してくれないし心配したんだよ?』
あぁ、もう第一声で鳥肌が立つ。
この男に私が心配されるような筋合いはミジンコ程もないのに。
「それだけですか?それじゃ、もうかけてこないで下さいね。」
『待ってよ。なんでそんなに冷たいの?…まぁ、いいや。まだ春休み中だよね?デートしようよ。』
「嫌です。他の子としたらいいんじゃないですか…?」
男がこっちの気持ちを察しない苛立ちと、自分に執着してくる恐怖で声が震えそうになるのを必死に抑えて気丈に振る舞う。
絶対に弱みを見せてはいけない。
そう思わせる危うさを、私はこの男から感じ取っていた。
『あぁ、そうか。わかったよ…。』
「……?」
何かに納得した男に、やっと話が通じたのかとも思ったが、同時にそんなはずがないとも思えた。
その予想は正しくて…。
『紗夜ちゃんはメッセージしか送らなかったから、俺が他の子と遊んでるんじゃないか不安だったんだね?大丈夫だよ、俺は紗夜ちゃん一筋だから。でも、不安にさせてごめんね?なんなら今からでも会いに…。』
「やめて下さい!迷惑だからもう関わらないで!!」
ゾワッと怖気が全身を巡り、私は拒否の言葉を吐き捨てて通話を切り、スマホの電源も落として投げ捨てた。
これ以上は無理だ。
まともな会話になるはずがない。
「うぅ…宗ちゃん、…助けて。」
そのまま布団の中に逃げ込んで丸くなり、必死に宗ちゃんのことを思い出して気持ちを落ち着かせた。
あの男と出会ったのは、まだ宗ちゃんといとこだという事を知らなかった頃。
冬休みが明けてすぐ、専門学校の友人から合コンの誘いを受けてそれに参加した時だった。
その時期の私は受験勉強に追われる宗ちゃんの邪魔は出来ず、『宗ちゃん分』が不足していて弱っていた。
1人で近づく別れに凹み『もうそろそろ、自分の気持ちにけじめをつけないと』と考えていて、そんな時の誘いに『他の人に目を向けるいい機会かも知れない』と思ったのが、今思うと間違いだった。
「紗夜ちゃんって言うんだぁ。可愛いね。」
「…ありがとうございます。」
初めて名前を呼ばれた瞬間、背筋が凍ったのを忘れたくても忘れられない。
小柄な私を舐めまわすように見た後、男はイヤらしく笑った。
目の前にいる男達は医者の卵らしく友人達はわりと乗り気で、場を壊さないように精一杯の笑顔を浮かべても頬が引きつっているのがわかった。
それほど人見知りするタイプでは無いと自負しているが、これはない。
まだ付き合いの浅い友人の猫撫で声と、それを誉めそやす男達にウンザリしながら、私は早くこの集まりがお開きになるのを待っていた。
「紗夜は誰が良かった?」
お手洗いにと席を立つと、私も私もと結局女性全員で連れ立って個室を出て開口一番にそんなことを聞かれる。
「特に、誰もかな…。」
私が本心から誰も狙っていないことを伝えると、絶対に前に座っていた男が私に気があると勧められる。
あの男は確かに見た目は良いが、第一印象から絶対にないと決めていた。
もちろん、他の男が良かったわけでもない。
結局のところ、宗ちゃんの代わりなど存在しないのだ。
同席した男たちを見ていると、そんな当たり前で、それでも認めてはいけない事を突きつけられているようで泣きそうな気分になる。
私達が席に戻ると、すぐに席替えが行われた。
まだ、地獄が続くのかと諦めの境地に立たされた状況で隣に来たのは例の男だった。
「紗夜ちゃん、こういうところ苦手?あんまり男の人に慣れてないんだ?」
その事を自分はプラスに見てあげていると言いたいかのような、下卑た笑み。
「そうですね、もう帰りたいです。」
もう友人達もそれぞれ隣に座った男と話している事もあり、私は本音を隠せなくなっていた。
「えー、じゃあさ、…俺が送ってあげようか?」
私の肩に手を回し、男が小声でそんな提案をして来た。
私は即座に立ち上がり、その手を払い除ける。
「ごめん、ちょっと家の用事を思い出したから、先に帰るね。」
私はなんとか申し訳なさそうな表情を作って幹事をしてくれた友達にそれだけ言うと、急いでその場を立ち去った。
(あー、やっちゃったなぁ…。)
店を出てすぐにタクシーを拾い、家の場所を伝え終えた私は、慣れないことをしたツケでぐったりとしていた。
友人達には本当に悪いことをしたとは思っているが、あの男に触れられて自分の中でプツンと何かが切れた。
「うぅ…、えぅ……。」
なるべく運転手さんに気付かれないように声を押し殺して泣いたが、狭い室内では隠すことが出来ない。
バックミラー越しに心配そうな表情でおじいちゃんドライバーの視線を感じるが、何も聞かないでそっとしておいてくれた。
家に着くと黙って靴を脱いで、階段を上がる元気もなかったので何となくリビングへと向かった。
電気は付いていたので、お父さんかお母さんが帰って来てるのかなと思ったけど、そこに居たのは宗ちゃんだった。
1人でこたつに入り、歌番組を見ながらアイスを食べている宗ちゃん。
その姿を見ただけで、私はまた泣きそうになった。
「ん?姉さん、おかえり。早かったな。」
振り向いて、私に『おかえり』と言ってくれる宗ちゃん。
冷え切っていた私の心が、じんわりと暖かくなる。
私は荷物を投げ出して、宗ちゃんへ駆け寄った。
「宗ちゃーん!疲れたよー!!」
「うわっ、危ないって!姉さん飛びつくの禁止!」
「うぅん…、宗ちゃん、あったかい…。」
「あぁ、もう…。ほらっ、コート脱いで入りな。寒かったんだろ?」
『しょうがないなぁ』のため息を吐いて、後ろから抱きついた私を引き剥がし、私の方を向いてコートを脱がせてくれる。
前から包み込むようにしてくれたので、中途半端にコートを羽織ったまま抱き着いた。
「あっ!こらっ、姉さん…!」
「にゅふふっ、宗ちゃんだ…。」
スリスリと宗ちゃんに頬擦りすると、宗ちゃんが焦ったような反応をする。
宗ちゃんが来ているパジャマは私がプレゼントしたもので、可愛いネコの柄が入っていてモコモコしている。
『可愛すぎて似合わない』と言いながらちゃんと着てくれる宗ちゃんが好きで、モコモコの奥にあるがっしりした宗ちゃんの身体も大好きだ。
"がっしりした身体"が好きなのでなく"宗ちゃんの身体"が大好きだ。
ここ重要。
「…姉さん、なんかあったのか?」
「んー…?」
「何か悩みがあるなら聞くぞ?力になれるかはわからないけど…。」
頭上から、宗ちゃんが心配してくれている声がする。
大丈夫。あなたがそばに居てくれるなら、私は頑張れるから…。
「んーんっ。なんでもないよ。」
顔を上げて宗ちゃんを見上げた私は、いつもの満面の笑みに戻れていたはずだ。
そんな私の顔を少しだけ悲しそうな顔で見た宗ちゃんは、ちょっとだけ乱暴に私の頭を撫でた。
「…無理すんなよ。」
「ん…。」
ボソッと呟いたその言葉は届いていたけど、聞こえないフリをした。
「そろそろ離れてくれ。アイスが溶ける。」
「あー、私も欲しい!宗ちゃん、あーんしてー!」
少しだけ微妙な空気になったけれど、次の瞬間にはいつもの私達で、私は時間が止まってしまえばいいのにと心の底から願った。
この後、私の友人から連絡先を聞いたあの男からメッセージが入っていて寒気がしたが、宗ちゃんが隣に居たのでどうでも良くなった。
「んっ…、そうだよねっ…。あの時の絶望に比べたら、今なんて全然…大丈夫っ!!」
布団の中であの時のことを思い出して、私は自分を奮い立たせた。
ガバッと布団をめくって、『よーしっ!!』と雄叫びをあげる。
あの時も慰めてくれた宗ちゃんは、もうこの家にはいない。
でも今の私には、あの時にはなかった希望がある。
あの合コンで付き合い出した友人伝いに頼み込まれ、私は場を壊してしまった罪悪感もありだいたい週に1回一言だけ返事をずるずると続けてしまった。
もう、そんな必要はない。
友達になんて思われようと、構わないから。
そうと決まればスマホを開いて、速攻であの男をブロック&着信拒否設定にする。
続いて一緒に合コンに参加した女子グループのトークルームに、もう好きな人がいるからあの男とは関わらないとハッキリと断りを入れた。
本当はちょっとだけ、これを言い訳にあの計画を早めようかと思ったけど…。
やっぱり、宗ちゃんに迷惑は掛けたくない。
私はどこか、ちゃんとそう判断できた自分にホッとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は千夏デート回にしようと思ってたのですが、ちょっと延期しました。
引き続き、誤字報告頂いてます。
ありがとうございます。
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