第1話「真実を知った日①」
ノクターン様で連載してましたが、なろう様では初連載です。
3話まとめて投稿しますので、よろしくお願いします。
「ねぇ、宗ちゃん〜。考え直してよぉ〜…。」
「考え直すも何も…入学手続きや、部屋の契約も終わってるのに無理だって。それに昨日は散々、お願い聞いてやったろ?」
俺の背中に覆い被さって、引っ越しの準備の邪魔をしてくる姉さんを咎めつつ手を動かす。
姉さんはちっこいので、乗っかられたって作業に大した影響はない。
ただ、その身長に似合わないある一点…いや、正確には二点の背中に押し付けられるクッションに意識が向くが、長年この手の攻撃を耐え続けた俺はごく自然に気づかないフリをする。
そうこうしていると、姉さんか愚図りだした。
「うぅ…、だって私、宗ちゃんがいないと3日で死んじゃうよ?それでもいいの?」
「いや、よくはないけど…。」
「でしょっ!?じゃあ、やっぱり宗ちゃんの引っ越しはな〜しっ!!」
明るい声ではしゃぎながら姉さんが背中から降り、俺が荷造りしていた段ボールから服を引っ張り出して放り投げた。
「あぁっ!?何すんだよっ!!」
「えぅっ!?」
つい声を荒げてしまった俺に、姉さんがビクッと体を飛び上がらせた。
途端にシュンとした姉さんが俯いて、ジワァっと目に涙を溜める。
「ご、ごめん、姉さん。驚かせたな…。」
慌てて姉さんの頭を撫でて、宥めにかかる。
すると、姉さんがポスンと俺の胸に寄りかかって来た。
「…宗ちゃん、本当に行っちゃうの?」
震える声で、確認するように問いかけてくる。
俺が志望校に合格してから、幾度となく投げかけられたその質問。
「…あぁ、予定通り明後日には引っ越すよ。」
その日があと1カ月、2週間、1週間…と近づき、もう明後日まで来ていた。
「…寂しくないの?」
「寂しいさ。けど、姉さん。俺たちもそろそろ独り立ちしなきゃいけないと思うんだ。」
「独り立ち…?」
「そう。これまで姉さんは俺にベッタリだったし、俺も姉さんと一緒に過ごした時間は本当に楽しかった。でも…、そろそろお互いの道に進まなきゃいけないと思う。」
仲のいい姉弟。
その両親や周囲からの評価を悪く感じたことはないし、何より姉さんと過ごす時間は俺にとってとても大切な時間だった。
いつか、離ればなれになることは分かっていたから…。
それが、今なのだ。
「俺にとって姉さんは、世界で一番の姉さんだよ。それは、変わらない。」
胸の中で震える姉さんを抱きしめ、ポンっポンっと優しく背中を叩いたあと再び頭を撫でる。
姉さんのサラサラとしたロングヘアは、とても指通りがいい。
「…すぐに帰ってきてね?」
震える声で姉さんが言う。
「…なるべく帰って来るようにする。」
「体、大事にしないとダメだよ?」
「姉さんの方こそ、俺がいなくてもちゃんと野菜食べろよ?」
姉さんの身体から力が抜ける。
「私だって、宗ちゃんのお姉ちゃんなんだから大丈夫だよ。」
「あぁ、分かってる。」
「何かあったら、すぐに相談するんだよ?何があっても駆けつけるんだから。」
「…ありがとう。」
「うぅ…、宗ちゃん…。」
これから、俺たちは別々の家に住みそれぞれの道に進む。
俺は大学生、姉さんは去年から歯科衛生士になる為の専門学校に通っている。
きっともう、姉さんには俺の知らない人達との繋がりがたくさん出来ているだろう。
そのことをどこか寂しく、それでも俺を大切にしてくれたことを嬉しく思っていた。
俺がいなくなることで、近い将来に姉さんにも俺より大事な人が出来るだろう。
そのことが頭をよぎり、胸が締め付けられるのを隠して、今は別れを惜しんでくれる姉さんを抱きしめていた。
「宗司、大学合格おめでとう。お前なら大丈夫だと思うが、しっかり勉強して来い。」
「ありがとう、父さん。頑張ってきます。」
「宗ちゃん、おめでとう。紗夜も寂しいのはわかるけど、ちゃんとお祝いしてあげないとダメよ?」
「分かってるよ、お母さん…。宗ちゃん、おめでとう。」
「ありがとう。母さん、姉さん。」
引っ越し前日は父さんがどうしても抜けられない仕事があり遅くなるそうなので、2日前の今日にささやかなご馳走を用意して家族で俺の門出を祝う時間を作ってくれた。
ウチは両親が共働きだったので、これまで家事は俺と姉さんが協力してこなしてきたが、俺の進学を機に母さんが正社員から契約社員になってくれたので家の事は心配いらないとのことだ。
環境が変わって大変なこともあるだろうに、俺のために嫌な顔ひとつせずに送り出してくれる両親には本当に感謝している。
「宗ちゃん、ちゃんと連絡ちょうだいね。」
「わかってる。姉さんもな。」
姉さんも今は笑顔で俺を祝福してくれる。
この数日間、いつも以上にベッタリだったけれどようやく俺と離れて暮らす決心がついたのかも知れない。
和やかな団欒はあっと言う間に過ぎ、母さんが食後のお茶を淹れてくれる。
「宗司、紗夜。少しいいか?」
母さんを手伝おうと立ち上がりかけた時に、父さんから声が掛かる。
「…父さん、どうしたんだ?」
「話があるんだ。ショックかも知れないが、聞いてほしい。」
父さんは陽気な人ではないが、俺たちの前ではよく笑うし優しい人だ。
『いつも家事をしてくれてありがとう。』と、子供の俺に対しても誠実に接してくれるなど、尊敬しているところもたくさんある。
そんな父さんが今まで見たことのない、緊張で強張った表情で視線を落としている。
そのただならぬ雰囲気に、俺も姉さんも身構えてしまう。
「お父さん?」
「……。」
姉さんの呼びかけにも、顔を上げない父さん。
重苦しい空気の中、父さんの言葉を待っていると母さんが戻って来て、みんなの前にお茶を置く。
そのまま、テレビを消して父さんの隣に座る母さん。
母さんの表情も、いつもの柔らかい雰囲気とは違い固く感じた。
静寂の中、口を開いたのは母さんだった。
「…お父さんも私も、あなたたちに謝らないといけないの。」
謝る?何を?
頭の中の疑問を押し込んで、続きを待つ。
その先を引き受けたのは父さんだった。
「2人に、ずっと隠していた事があるんだ。特に宗司には、許してもらえないかも知れないが…。」
俺?
2人に謝ってもらうような心当たりは全くないんだけど…
困惑気味の俺と、父さんが顔を上げてしっかりと目を合わせて言った。
「落ち着いて聞いて欲しい。宗司、お前は俺と母さんの子供じゃないんだ。」
…は?
「……うそっ。」
思わずと言った様子で姉さんから漏れた言葉に、母さんが答える。
「嘘じゃないわ。…宗ちゃんはね、お父さんの弟さんの子供なの。紗夜からしたら叔父さんの子供、だからあなた達は本当はいとこの関係なのよ…。」
つまり、俺にとって父さんと母さんが叔父と叔母で、姉さんは従姉ってことか…。
混乱しているはずなのに、無駄に冷静に、他人事のようにそんなことを考える。
「俺の弟夫婦はな、宗司が生まれてすぐに事故で亡くなったんだ。それで俺と母さんは宗司を引き取った。紗夜もまだ1歳になったばかりの頃だから覚えてはないだろう。」
「紗夜と宗ちゃんは本当の姉弟のように、ううん、それ以上に仲良く育ってくれたわ。だから、お母さん達も言いづらかったの…。ごめんなさい…。」
「宗司、紗夜。今まで黙っていてすまなかった。こんな機会でしか教える事が出来なかったんだ。」
父さんと母さんが揃って頭を下げる。
その様子を、俺と姉さんは呆然と見つめる。
俺が、本当の家族じゃない…。
そのことは、かなりショックだ。
それでも、2人のことは尊敬しているし感謝もしている。
なにより、2人が愛情を持って育ててくれたことには変わりない。
衝撃の事実ではあったが、それを疑う余地がないからこそ、俺には大した問題のようには感じられなかった。
「…父さん、母さん。頭を上げてくれ。少し考えたけれど、やっぱり2人に謝ってもらうようなことは何もないよ。」
「宗司…。」「宗ちゃん…。」
俺の言葉を聞いて、2人が同時に顔を上げる。
泣きそうな母さんに、悲痛な表情な父さんに、心配しなくていい事を伝える為になんとか笑顔を作る。
「確かに驚いたし、まだちゃんと理解出来てないのかも知れない…。それでも、俺が2人に育ててもらって感謝している気持ちは変わらないし、これからも俺がこの家族の一員で居てもいいなら…2人を父さん、母さんって呼ばせてもらってもいいなら、これまで通りに接してくれないか?」
そう、俺が2人を責める理由なんてない。
それどころか実の子供じゃない俺を姉さんと同じように愛してくれたことに、感謝しないと。
「宗ちゃん…!」
感極まった様子で、母さんが立ち上がり俺に駆け寄って抱きしめてくれる。
そんな泣いている母さんを、俺も抱き返した。
「いいに決まってるだろ。誰がなんと言おうと、宗司は俺達の息子だ。」
「…ありがとう、父さん。」
父さんの目が潤んでいる。
俺の目にも涙が溜まっているだろう。
そんなホームドラマのような感動的な場面で1人、何かを考え込んでいる人間がいた。
「宗ちゃんが、いとこ…?」
そう、姉さんだ。
姉さんは俺以上にショックを受けているのか、固まってしまっている。
そんな姉さんを気遣って声をかける。
「姉さん…。何て言ったらわからないけれど、出来れば姉さんにもこれからも弟として仲良くして欲しい。考える時間は必要だと思うから、すぐには答えられないかも知れないが、頼む。」
「紗夜、俺からも頼むよ。」
「紗夜…。」
3人から懇願の目を向けられても、姉さんは動かなかった。
そのまま、しばらく何かを呟いていたかと思うと、パッと顔を上げて父さんに予想外の問いを投げかけた。
「いとこって、結婚できるよね!?」
「「…はっ?」」
あまりにも突拍子のない問いに、つい俺と父さんから戸惑いの声が出る。
母さんも声こそ上げなかったものの口を半開きにして驚いているが、そんな俺達の様子に気付いていないのか姉さんは嬉しそうですらある。
「確かに、いとこは結婚できるが…?」
父さんが困惑したまま、とりあえず姉さんの問いに対して素直に答えた。
すると、今度は明らかに姉さんの表情が喜色に染まった。
「そうだよね!つまり、宗ちゃんと私は結婚できるんだよ!!」
ずっと一緒に暮らしてきた俺ですら見た事のないほど興奮した様子で、俺に笑顔を向ける姉さん。
…は?結婚??俺と姉さんが…??
その確認の先は容易に想像できるはずなのに、頭がまわらない。
たぶん、ここまで混乱したのは人生で初めてだ。
同じく混乱した様子の両親も置いてけぼりにしたまま、姉さんが言った。
言ってしまった。
「だったら宗ちゃん!私と結婚しよう!!」
お読みいただき、ありがとうございます。
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