第六天魔王
書き出し祭りに使った「第六天魔王」についてです。
今回、思った以上に『第六天魔王』=織田信長の印象が強いんだなあと思った私でした。
そもそも、なぜ、信長が第六天魔王というかといえば、信長公が信玄に天台座主沙門信玄と名乗られたので、第六天魔王と名乗のり返したというエピソードがあるから。もっとも、これ、ルイス・フロイスの記録にしか残っていないという、本当に信長が言ったのか、信ぴょう性は怪しいお話です。仏敵なので、もっと寺社とかから言われてそうなんですけども、同時代の記録には、無いそうな。
まあ、イメージが、ぴったりということなのでしょうね。
(信玄をそんなふうに言う人はあまりみたことがない。謙信を毘沙門天という人は多いけど)
信長以外でも、日本史で仏敵になったひとは、もれなく第六天魔王の名を使われることはあるようでございます。
さて、『第六天魔王』というのは、そもそも『仏敵』とされるので、こわーい魔王を連想しますが。
一応、天界にいるひとです。
えっと。
そもそも仏教的には「地下」「地上」「天界の一部」は「欲界」となっております。
天界でも欲の捨てられない、最下層、他化自在天こと第六天魔王さんです。
扱いは仏敵ではありますが、宗派によっては、過去の業を軽くしてくれる存在とかなんとか。
調べてみると、ヒンズー教の神様を仏教に取り込んだ経緯があるようですが、仏教的にはバツなご利益のため、仏敵扱いにされてしまったように思えます。
ちなみに、六道仏教の天界は、天国と微妙に違うのです。輪廻対象で、死ぬ時地獄より苦しいらしい。極楽浄土とは別なんだそうな。ややこしいですね。各宗派の違いまではわからないですが。すみません。
さて、お寺さんではなく、「第六天神社」というのもあるんですが、これも調べるとなかなか面白いのです。
この神社、東日本にしかなく、西日本にはないんですね。
信長公が信仰していたので、秀吉が西日本にあった第六天神社を廃社にした説があるそうな。
ただ、この第六天魔王の信仰、明治時代の神仏分離で、祭神を変更したようです。
このへん、すごく難しいのですが、日本の神々というのは、もともと仏教の仏が姿を変えていたなる考え方があります。これは日本古来の信仰と仏教が習合していった歴史的産物。だから、仏も日本の神々に振り替え可能ということなのです(言葉悪いですが)
ようするに、仏教と神道はかなり密接につながっていたのです。それを明治時代にむりやり、分離したので、現在では別物としていても、なんかはっきりしない感じがあります。
もっとも、この第六天神社、必ずしも「第六天魔王」の系譜でない神社もあるとか。
そもそも、祠はあっても、大きい宗教法人として残っているところが非常に少ない珍しい神社。
それに、長野、静岡より西は、皆無という点も、面白いです。
さてさて。仏敵扱いされてはいても、第六天魔王を祀っているお寺さんが「富くじ」売ってたりしたことから考えて、単純に願いを叶えてくれるカミサマとして信仰されていたのかな、と思います。
そもそも日本には怨霊なら祀ってしまえ的な考えがありますから、怖い神だから祀ってしまったのかも。
欲望捨てさせる仏様は道徳的に素晴らしいけど、願いや欲望を意のままにできる第六天魔王様が魅力的に映るのも、また、自然なことなのかもしれません。
(少なくとも、私は煩悩が捨てられません)
こんなに薄いウンチク書いてないで、作品の方をかけと言われそう。
うん。自分でもそう思うだよ。