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加賀美ちゃんの訴え

「そんな部活あったっけ?」


 朝のHR(ホームルーム)が始まる前、前の席に座る加賀美ちゃんが「部活動決まった?」と話しかけてきた。彼女の、少し期待の籠った笑みに、「残念だけど、読書クラブじゃ無いよ」と 返した後、部活動名を告げた反応がこれだ。


「生徒会室を拠点にオカルトっぽいことを調べてるんだってさ」

「ふうん。……鯨の事も?」

「鯨の事も」


 意外そうな表情を一瞬浮かべた後、直ぐに理由に思い当たったのか、得心したような表情に変わる。僕の白鯨好きは今更な話だから、いちいち確認するほどの事でもないだろうけど、手短に確認を忘れないのは加賀美ちゃんらしいというかなんというか。


「そっかー。でも、そんなとこよく見つけたね? 私は今初めて知ったのに」


 感心している様子の加賀美ちゃんだが、知らなかったのも無理はない。学校のHPにも部活動名の一覧なんてものは無いし、校門前での勧誘活動か、掲示板に張り付けてあるポスターくらいでしか知りようがない。ましてや、唯一の部員が勧誘らしい勧誘を行っていなかった部活動だ。彼女は「僕は恥ずかしがりやなものでね」なんて(のたま)っていたが、果たして実際はどうだろうか。


「昨日、あの後勧誘を受けてさ」


 正確には、加賀美ちゃんが帰った直後だ。なんなら扉の先ですれ違っていそうなものだけれど。


「勧誘? 鴉羽くん、そういうのついて行く性格だっけ?」

「タイミングが良かったし、別に断る理由も無かったからね。それに……」


 彼女――みかちゃんに興味があった、というと語弊があるだろうから口を噤んだ。

 確かに容姿は良いけれど、惹かれている部分があるとすれば、それは僕と同じく不思議なものに対する興味を強く持っているという部分だろう。好むと嫌うとの違いこそあるけれど、白鯨(かれ)について詳しく知りたい、解き明かしたいという感情は同じだ。


「それに、何?」

「いや、何でもない」

「ふうん? あ、もしかして可愛い女の子だったから、とか?」

「…………」

「え、もしかして当たり?」


 つい正直に考えてしまった。別に嘘を吐く理由も無いけれど。


「それが理由って訳じゃないけど。……うん、多分可愛いに分類される人だったよ」

「へえ……」


 外見という点においては間違いなく可愛い方だと思う。ただ、話した印象というか、性格は全く可愛くないタイプだったから、素直に可愛いと言いにくい部分がある。


「ちなみに、部員は何人くらいなの?」

「聞いた限りでは僕と先輩の二人だけだね」

「……そっかあ」


 改めて考えると、部員が二人しか居ないというのはどうなんだろうか? もし部員数に規定があるのなら、今年で廃部になってもおかしくない人数だけど。みかちゃんが特に焦っていなかったのを見るに、特に問題は無いのかもしれない。


「二人だけ……かあ。ねえ、これは提案なんだけど、あんまり人数が少なくても活動にならなさそうだしさ。やっぱり――」


 加賀美ちゃんの言葉の途中でチャイムが鳴り、同時に先生が扉を開きながら席に着くよう呼びかけた。言いかけた言葉を飲み込んで、加賀美ちゃんは前に向き直る。こういう所でちゃんとしているのが加賀美ちゃんが真面目だといわれる所なんだろうなと実感する。話の続きはHRの後になるだろう。


「昨日個別に伝えたと思うが、部活動希望のプリントを集めるぞ。本当は昨日までなんだからな? もし今日も忘れてきた奴がいたら、その分は先生が勝手に決めるからなー」


 HRの後ではもう遅いだろうけど。

 振り返り、何かを目線で訴える加賀美ちゃんに対し、僕は大げさに首を振って返事をする。今から書き直す時間もないし、加賀美ちゃんには諦めてもらうほか無いだろう。

 まあ、加賀美ちゃんの提案を予想していなかったといえば嘘になるし、書き直す気も元々無かったけれど、それは言わないでおいた。

 追い打ちをかける様でかわいそうだし。




 そんなやりとりが朝にあって、今は放課後だ。

 当然ながら、HR後には加賀美ちゃんからの「今からでも先生に言って、プリント書き換えてもらうのとかどうかな? 絶対一緒に読書クラブに行った方が楽しいと思うから」という提案があったが、適当に(たしな)めて一日を過ごした。以降加賀美ちゃんの目線が少し痛かったし、授業中も加賀美ちゃんの背中から圧を感じたけれど、きっとどちらも気のせいだろう。


「さて、と」


 校舎の上の方からは管楽器の音が聞こえてくる。吹奏楽部の練習が始まった様だ。運動場の方からは、ランニングをしているであろう生徒たちの声も聞こえている。

 僕は生徒会室(「旧」生徒会室と言った方がいいか)前で一呼吸して、ドアを開いた。

 ドアの向こうには、我が物顔で紅茶を嗜む女生徒が一人。部屋は相変わらず散らかっており、昨日使用したティーセットが片付けられている事の方が意外に思える。


「やあ、鴉羽くん。来ると思っていたよ。そして、……どうやらもう一人いるみたいだけど」


 みかちゃんの言葉に、ドアの影からゆっくりと姿を現す加賀美ちゃん。まるで叱られる事に怯える子供みたいな登場の仕方だ。


「初めまして。君も入部希望かい? 良かったら名前を教えてくれるかな」


 みかちゃんは特に驚く様子も無く、淡々と言葉を続ける。


「加賀美です。鴉羽くんの幼馴染です」


 その自己紹介はどうなんだろうか。

 言い終えた加賀美ちゃんは軽く頭を下げてから僕の影に隠れる。警戒心がだだ漏れだ。


「加賀美くんね。僕は二年生の月見里三日月だ。気軽にみかちゃんとでも呼んでくれ」

「……よろしくお願いします。月見里さん」


 全くよろしくする気配が無い。今日は喧嘩をしに来たわけでは無かったと思うんだけど。


「うん。よろしくね。お茶でも淹れようか?」

「いえ、大丈夫です……」

「そうか……。まあ、とりあえず座るといい」

「…………」


 みかちゃんはそう言って目線で促す。しかし、加賀美ちゃんは沈黙を返し、僕の後ろから動こうとしない。腕を掴まれているので、とりあえず僕もその場に留まっている。


「おーい、入り口で何してんだ? 狭いんだから早く入ってくれ」


 背中から、いつの間にか来ていたらしい別の声が響く。 


「おや? 桐華(きりか)くんじゃないか。いつもは部室に来ないのに、今日はどうしたんだい?」

「これでも顧問だぞ? 来るべき時には来るさ」


 桐華(きりか)くん、と呼ばれた教師は、眠そうな目線をみかちゃんに向けながら、僕達二人を押しのけて部屋の中に入っていく。彼女は「君の分は用意してないよ」と言うみかちゃんの手からティーカップをひったくり、一息に飲み干して机に置いた。

 短髪をブラウンに染め、気だるげな表情でこちらを眺める彼女は、僕と加賀美ちゃんの属する一のAクラスの担任であり、このSF研究会の顧問でもある(らしい)矢面(やおもて)桐華(きりか)先生だ。


「おら、席かわれー。そこ、あたしの席だぞ」

「ここは部長席だったはずだけどね」

「知らん。あたしのだ」


 ため息を大きく一つ吐いてから、みかちゃんは先生に席を譲る。

 随分と傍若無人なふるまいだがみかちゃんの表情を見る限り特に気にしている様子は無い。友人同士でじゃれ合っている様な物なのだろうか。


「ほら、部活始めるから、さっさと座れお前ら」

「……だってさ」


 加賀美ちゃんは少し口を開き何かを言おうとして、無言のまま、また口を閉じて僕の腕から手を離した。一旦先生の言葉に従う事にして、同時にみかちゃんへの抵抗を諦めたらしい。

 僕は昨日と同じ席(正面には席を追われたみかちゃんが既に座っている)に座り、左隣の席に加賀美ちゃんが着いた。


「やっぱこの椅子良いよなー。職員室持ってったら怒られるかな?」

「さてね。ところで、今日は顧問の役割があって来たんだったかな? 新人への挨拶でもするのかい?」

「えっと、あのっ!」


 右手をまっすぐ挙げながら、加賀美ちゃんが口を開いた。二人の目線が加賀美ちゃんに向かう。


「私、読書クラブに入ってるんですけど……」

「そうか」


 そうか、ではないと思うのだが、先生は授業中もこんな感じなのでいったん突っ込むのは止めておく。そうでないと話が進まない。


「その……鴉羽くんを読書クラブに引き抜きたい、んです……けど……」

「そうか。ダメだ。じゃあまあ、まずこの部活の活動方針とか活動予定日についてなんだが――」


 まっすぐ伸びていた手は徐々に引っ込められていき、身体を縮めるように前かがみに落ち込んでいく。

 結局、放課後になっても諦めていなかった加賀美ちゃんが直談判しに来た、というのが今の状態なのだが……。取り付く島もないとはこういう事を言うのだろう。


「その……、読書クラブって活動が週一回で……せめて水曜日だけでも連れて行きたいなあって……」

「んー……。でも読書クラブって向後倉(こごくら)先生だしなー。兼部の手続きめんどいけど、手続ききっちりしてないと怒られるから、あたしとしてはパス」

「……そうですか」


 加賀美ちゃんなりに譲歩した第二案(実際の所、要求内容は殆ど変わっていないのだが)もパスされてしまい、すっかり肩を落としてしまっている。


「……では、……帰ります。お騒がせしました」

「ん? あっちへの兼部はパスだけど、こっちへの兼部は自由だぞ? といっても、あっちの部活動がある日……さっき水曜って言ったっけ? それ以外こっちに遊びに来てるだけって(てい)だけどな」

「…………えっと、じゃあ、それで」


 席を立とうとした所を逆に引き戻される加賀美ちゃん。予想外の提案に少し戸惑った表情を見せていたが、どうやら何かを考えるだけの余力はもう無かったようだ。椅子にまた座り直し、矢面先生の説明を大人しく聞き始める。

 こうして、僕達のSF研究会の活動は始まったのだった。

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