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運のいい悲劇  作者: 結城 真
3/10

予言

3 予言


次の日の朝、田本は頼んでいた時間ジャストに僕の部屋のドアを思いっきり開け放った。

あんまり強く開けるものだからドアが壁に当たって鈍い音を立てる。

「幸助様、起きてください」

「わかったって」

僕は田本のあまりの形相に急いで体を起こした。

僕は寝起きがだいぶ悪い。

正直頭は全く回らない状態だったがとりあえず起きたということを田本にしっかり見せておかないと次はどんな手段を使って起こされるか分からない。手を挙げて起きたとサインを出す。

「朝食はもう下に準備ができているので着替えを済ませたら降りてきて下さいね」

それだけ言い残して田本はさっさと姿を消した。

「おう」

返事がワンテンポ遅れて田本が出て言った後に自分以外誰もいない部屋に虚しく響く。

朝はいっつもこんな感じだ。

朝食の準備に掃除、聖奈の送り迎え、朝は田本にとって一日のうちで一番ハードな時間帯らしい。

そのせいか夜はのんびりしている田本も朝だけはまるで人が変わったように僕を急かしてくる。


僕は頭をポリポリと掻くと鏡の前に綺麗に畳んで置いてある服を手に取った。

角が1ミリもズレることなくきちんと揃えられている几帳面な畳み方だ。

何だかその完璧すぎる畳み方を見ていると田本に早く下へ降りてきて下さい!と急かされているようで妙な緊張感を感じた。

そろそろ本当に早く降りてきて下さいと急かしに来る頃だろう。

早くしなきゃ。そう思ってはいるのだが目は今にも閉じてしまいそうで、腕を必死に動かすもいつのまにかスローモーションになってしまう。

眠気をかき消すために頭を振った。脳がぐわんぐわん揺れるぐらい。

そこからは…記憶がない。


気づいた時には僕は朝食を食べていた。

無事に食事にありつけたらしい。

他人事なのもおかしいが、半分意識のなかった僕にはこの表現がぴったりな気がする。

加賀家は朝はパン派で、僕の今日のメニューは小さいトーストに果物だけだ。

決して田本が手を抜いているわけではなく少食の僕はこれぐらいの量で精一杯なのだ。

本当は朝は何も食べたくないのだがそれはもちろん田本が許さない。

で、こうなったわけだ。

「麻有と聖奈はもう行ったのか?」

僕は食欲がないのを我慢してトーストを口に詰め込みながら尋ねた。

「はい、お二人は学校説明会に行かれました」

僕は全く何も聞かされていなかった。

「学校説明会?こんな時期からあるもんなんだな」

「そうですね。聖奈様の第一希望の学校のようですよ」

そういえば僕は聖奈の目指している学校すら知らない。

「幸助様のご予定はどうなっているんですか?」

「僕は昼ご飯を食べてから占いに行ってくるよ」

「占いですか?珍しいですね」なそそと

田本は洗い物をする手を止めて、目を丸くして僕を見てきた。

「なんか最近流行ってるんだよ。鴨志田っていう占い師がすごいらしくてさ」

田本は滅多にテレビを見ないので最近の流行とかそういうものには疎い。

「へー、そうなんですね」

明らかに興味のなさそうな反応を見せた。また洗い物をする手を動かして、食器を水ですすぎ始めたのでこれ以上は会話にならないだろう。


今話題の鴨志田哲は全身黒で統一された服装がトレードマークの凄腕占い師である。

顔は仮面をつけているので分からないが、スタイルが良く女子からの人気を得ている。

彼がここまで注目されるに至るまでのエピソードは1年前に遡る。

一年前、彼はそのルックスと占い師という職業のギャップが買われ、あるバラエティー番組に出ていた。

最初は一度きりの出演のはずだったのだが、彼が番組の本番で見せた神業が出演者、視聴者全員を驚かせることになる。


特技というべきではない、持って生まれたもの、努力ではどうにもならない賜物。

それが「100発100中の予言」だった。

彼はもともとスタジオには占いをするために呼ばれていた。一通り占いが終わった後彼は言った。

「今日は番組に出演させていただきありがとうございました。でも、実は私が見れるのは過去のことだけではないんです。私には未来が見えるんです」

言い終わるなり鴨志田は占った出演者3名の1年後の未来を語った。

出演者はあっけにとられていた。「何を言い出すのかと思えば」「一旦CM入れろ」「だからどこの馬の骨だか分からないやつを出演させるのはやめとけと言ったんだ」

ベテランタレント達の怒号が飛び交う。彼らは鴨志田の発言を放送事故としてしかみていなかった。

もちろん鴨志田はその後スタジオに呼ばれることはなかった。


しかし予想だにしていないことが起こる。1年後、すべての予言が見事的中したのだ。

こうなると手を返したように鴨志田はネットにもテレビにも新聞にも引っ張りだこになる。

巷では彼を神とあがめる者たちさえ出てきた。


キャッチフレーズは「人の域を超えた占い師」。

これまでの占いの常識を覆したのだからこれぐらいの称号は重くも何ともない。

テレビの出演に関しては、ヤラセなのではないかと疑う人も多く、賛否両論である。


そして現在。人気はピークに達していて、占いなのにチケット制となっている。

僕はそのチケットを運良く会社の部下から手に入れることができたのだ。

しかし、実際僕はあまり予言自体は楽しみではなかった。

鴨志田の占い屋に来ている人のほとんどは幸せな予言を期待してワクワクしていることだろう。「あなたは1ヶ月以内に彼氏が出来ます」とか「積極的にチャレンジすれば成功します」とか。

たしかにそれは楽しそうだ。

だが僕の場合は期待する予言がないのだ。


「一年以内に結婚できますよ」

いや、もう妻いるんで。

「宝くじが大当たりします」

その気になればいつでも当てられるし、もう十分お金はあるので。

「大企業に就職して成功するでしょう」

あの、もうしてるんで。

こういうことである。


それでも僕がこの占いに参加したのは100発100中が本当なのかこの目で確かめたいという好奇心があったからだ。

自分も生まれながらにして到底人に話しても信じてもらえないような能力を持っていた。

そういう面では僕と鴨志田は似たような境遇にあると言える。数少ない同士に会えるかもしれないのだ。

これはもう参加するしかないだろう。


「では、鈴木に車を出すよう連絡しましょうか?」

田本が尋ねる。

「うん、12時半に門の前で頼む」


1時10分。鴨志田のところに着くとチケットを持った者が行列を作って並んでいた。鴨志田の占いは少し変わっている。劇場に一斉に集めてまずショーを始めるのだ。エンターテイナーとしての彼を存分に観客に見せつける。そして、その後占いをしていく。

行列の大半が女性であった。

「すごい並んでるな。やっぱりテレビの影響って怖いね」

「私が代わりに並んでおきましょうか?」

「いや、いいよ。鈴木は車に戻ってて」

僕が言っても鈴木は少し迷っていたが今日は珍しく素直にお辞儀をして戻っていった。

「お次の方どうぞ」

僕の番だ。

スーツを着た係の女の人にチケットを渡してホールのような所に入っていく。

中はクーラーがあまり効いていなくて照明もろくについていない。最悪のコンディションであった。

僕はチケットを片手に席を探した。

D-10。なんだか映画館みたいだ。

館内に入って10分経ってもなかなか席が見つからず僕は不安げな顔で右往左往していた。

なんせ大きなホールなので席数が信じられないほど多いのだ。

ただ今僕はB-〜と書かれた席の近く、つまりBのエリアにいるのだがこのBのエリアだけでも相当な大きさがあるのでここから見てどっち側にDのエリアがあるのか分からないのだ。

こればかりはもう、勘で歩くしかない。


僕以外にも数十人くらい、席がわからずにうろうろしているのが見て取れる。

その人たちと「席が多すぎて本当にわかりにくいですよね」と不満トークを始めたらさぞ盛り上がることだろう。

なんて事だ、まさか座るだけでもこんなに苦労するなんて。やっぱり鈴木を連れてくるべきだったか。

僕は席すら見つけられない自分の無能さにイライラしてきた。


「皆さんお待たせ致しました」


スーツに仮面という奇妙な格好をした司会らしき男が舞台の上に出てきた。ステッキを振りかざして客を盛り上げるようにステップを踏む。

僕にはそのステップが自分を煽ってきているように見えた。

やばい、もう始まってしまう。

ようやく焦り出してきょろきょろとあたりを見回すと僕はようやくD-88と書かれた席を見つけた。

やっとDのエリアだ。

そうと分かれば後は簡単。

僕は2段飛ばしくらいで勢いよく階段を降りて、自分の席を見つけて座った。

ギリギリセーフ。

恐らく本格的に始まったら残りの照明が消され、もっと暗くなるだろうから見つけるのはほぼ不可能だっただろう。

ちょうど真ん中、距離もいいし舞台もよく見える。これ以上ないほどいい席である。


「それでは登場していただきましょう。鴨志田ーー哲ーーーー!」


その一言で会場が異常なほどに盛り上がる。鴨志田!鴨志田!とどこからともなく男性陣のコールが始まり女性陣が発狂しだす。

あまりにも異様な光景に僕はあっけにとられてしまった。

例えるなら…まるでカルト。

いや、カルトに入ったことはないからこの例えが正しいかは分からないが、少なくとも高校の授業で見せられたDVDのカルトとはそっくりだった。

みんな何かに取り憑かれたように声を荒げ拳を振り上げ…

教祖がそれをさらに煽る。


ついに黒幕の真ん中が引き裂かれ大それた効果音とともに鴨志田が登場した。

堂々と舞台中央に進みマイクを取る。

その堂々とした立ち姿はどこか彼独特の魅力を感じさせた。

「皆さん今日はお集まりいただきありがとうございます」

一言目。また歓声が上がる。これでは進めようがないのでスタッフたちがしきりに静かにするよう呼びかけ始めた。

「盛り上がってもらえるのは有難いのですが、僕が話している間はもう少しだけお静かにお願いします」

そう、鴨志田のこの一言で十分なのだ。

会場は彼が操っている。観客たちはさっきまでの騒ぎっぷりが嘘のように思えるほどピタリと静かになった。

恐らくこの観客達はこれが正しいと言えばコロリと信じるし誰かを殺せと言われれば何のためらいもなく犯罪に手を染めるだろう。

僕は異様な状況に大きく身震いをした。


「今日会場に来られた皆さんはとても運がいい。選ばれしものです。日本全人口の中から選ばれた代表の100人なのです」

これまたカルトばりの胡散臭いセリフ。

観客の歓喜の声とともに鴨志田の講演がスタートした。


講演は15分ほど続いた。この世界は3つの要素で成り立っている。人間のあるべき姿。運命というものの存在。鴨志田は次々と持論を展開していった。まるで観客に自分の考えを植え付けるように。


僕が飽き始めてウトウトしてきた頃、次はカラフルな照明が舞台上を埋め尽くしショーのようなものが始まった。

「皆さんここからはどうぞ席から立ち上がって存分にお楽しみください」

鴨志田の号令で観客たちは一斉に立ち上がる。かせが外れたようにまた騒音の渦が戻ってきたのだ。もはや占いどころではない。

僕は頭を抱えて椅子に縮こまった。出来るだけ騒音を緩和しようと耳を強くふさいで。

もう帰ってしまおうか。先ほどの鴨志田に会いたいという強い願望が揺らいでしまうほどに僕にとっては苦痛の時間であった。


「おい、早く進めよ」

椅子を蹴られたのかドスンと一発大きな振動が伝わってきた。

僕が驚いて顔を上げると右の席のタンクトップ一枚のずんぐりしたおじさんが明らかに迷惑そうな顔で睨んでいる。いや、その奥にも何人もの人が並びこっちを向いて文句を言っている。

「モタモタしてっと抜かすぞ」

「ごめんなさい」

状況を理解できたわけではなかったがとりあえず早く立たないと厄介なことになりそうなので謝ってすぐに席を立った。

周りを見渡すとホールの通路全体が列になっている。その列が僕のところで完全に途切れていた。そのせいで僕の後ろはつっかえてしまっている。

これはまあ怒られるはずだ。

急いで前の人との距離を詰める。

「押し合わず前へお進みください」

スタッフが呼びかけ、少しづつ舞台の方に向かって列が進んでいく。


舞台の上には黒いテントのようなものが張ってありその周りを囲むようにしてダンサーたちが踊っている。もちろん大音量のミュージック付きで、だ。

テントの中に列の先頭の人が入っていってテントの後ろ側からその人が出てくる。

僕はようやくそのテントの中でもう占いが始まっているのだと気づいた。あの中に鴨志田が入っているのだろう。

鈍感だなと思われるかもしれないがショーと占いを同時進行させることの方があり得ないと僕は主張したい。


「鴨志田さんの予言って本当に当たんのかな?」

「さぁ、どうだろうね」

女子高生二人組が僕の1つ前で馬鹿でかい声で会話していた。

どちらも金髪で厚化粧。汚い笑い方で口調には一ミリも品がない。

盗み聞きはしたくないのだがこれだけ大きな声で話されてしまっては嫌でも聞こえてしまう。

「ここだけの話、私はあんま信じてないのよ」

「うちもうちも、何か胡散臭くない?」

2人は何が面白いのか顔を見合わせて笑い出した。

静かにしてくれよ。僕のいらだちは限界を迎えていた。

一歩踏み出して普段行かないような場所に行ってみたら席を見つけるのには一苦労で、観客たちは発狂して踊り出して、宗教じみたことをして。全くついていけない。

おまけに怒られ、怒鳴られ。

こんなにストレスが溜まったのは久々であった。

今日はついてないな。

僕は運がいいとは言ってもいつも強運なわけではない。ごく稀に今日のような日も出てくるのだ。

そんな日は早く家に帰って寝るに限るのだが…

列の回転が早く、頭の中で文句を言っているうちに僕の番が回ってきた。

このペースだと1人に与えられた時間は30秒といったところだ。

テントの前にはサングラスにスーツ姿のボディガードの男が立ち、僕の番になると脇にずれてどうぞとテントの方を手で指した。

僕は恐る恐るテントの中に入っていく。ついに待ちわびた瞬間が来たわけだがその時の僕を支配する感情は喜びではなく不安であった。

さっきの常軌を逸した観客達の様子のせいでもう何も信用できないほどに僕は疑心暗鬼になっていたのだ。


「いらっしゃいませ」

聞き覚えのある高めの声。

テントの中にはテレビで見たときと同じ格好、全身黒一色の男が座っていた。

顔立ちが整っていてポーカーフェイスのミステリアスな男性と表情豊かな気のいい男性の二極の別人格を使い分ける。間違いない、本物だ。

もはや鴨志田哲すら偽物ではないかと疑っていたところなので、安心した。

流石にそれはないか。

鴨志田は小さく会釈して咳払いをした。

首を鳴らして、手首を回す。

「予言にします?運勢にします?」

彼はにっこりと微笑んで聞いて来た。

ここまではマニュアルの流れなのだろう。

「予言で」

「かしこまりました」

鴨志田はフフっと軽く笑う。

「どうかしました?」

「いやね、今日1日で運勢を選んだ人が0なのでもうこれ聞く必要ないんじゃないかなと思って」

やっぱりマニュアルだったらしい。

「運勢なんて地味なもの知っても仕方ないですもんね。僕が客でも予言の方を選びますよ、そりゃ」

知らん、そんなこと聞いてない。

僕は思わず口から漏れそうになる返しをすんでのところで抑えた。

すぐに話を脱線させる自己中心的おしゃべりタイプ。

僕は職業柄、人と一対一で話す機会が多いので自然と相手がどのような人物なのかを探ってしまう癖があった。

診断結果、はっきりと分かった。

こいつはだいぶ面倒臭いタイプである。


鴨志田は僕が自分に対してどのような感情を抱いているかなど知るすべもなく、のんきに鼻歌を歌いながらそばに置いてある消毒液を取ると念入りに手を消毒し始めた。

これもテレビで見た光景だ。彼は相手と手のひらを合わせて読み取るのだ。

直に見ると何となく感動がある。

「講演どうでした?」

彼は準備をしながら僕に尋ねてきた。

何となく何を話していたのかは覚えているが、上の空で聞いていたので細かいことは全く思い出せない。少々答えに困った。

「良かったですよ。鴨志田さんの独特の世界観、物の考え方を味わえました」

結局僕は差し障りのない返答で誤魔化した。

鴨志田は愉快そうに笑みをこぼした。

「それは良かった。私は大勢の前で話すのが苦手でね、あれも結構リハーサルを重ねたんですよ」

ごめんなさい。本当は全く聞いてないんです。

嬉しそうに答える鴨志田には褒められた子供のような純粋さがあり、僕は嘘をついたことに罪悪感を感じずにはいられなかった。


「待たせちゃってすみません。今準備が出来ました」

「はい、お願いします」

「ではいきますね。手を出してください」

鴨志田は僕の手の上に左手を重ねて来た。

目をつぶってブツブツと聞こえない程度に何かつぶやいている。

頭の中に浮かび上がってきた映像を口に出して言語化し、それにしたがって右手でメモをとる。

「終わりました」

意外ににすぐ読み取れるものらしい。

鴨志田は取り終わったメモをまじまじと見つめた。

大きな目をさらに見開いて…明らかに彼の表情は驚きに満ちている。

「鴨志田さん?どうしました」

鴨志田が何も言わないので僕は我慢しきれずに尋ねた。

「いえ、つい目を疑ってしまいまして。こんなに強い強運の相は見たことがなかったので」

彼は息苦しそうに表情をゆがめた。額にはポツポツと汗が浮かび上がっている。

「あなた、素晴らしく運がいい。こんな人は見たことがない」

大絶賛である。どうやら彼の能力は本物らしい。

驚いた。

もちろん信じていなかったわけではなかったがこんなにすごい能力を見て驚かない人間などいるわけがない。

なるほど、これは話題になるわけだ。

僕もテレビ越しに見ている時は「未来が見れるのか、すごい能力だけど僕はいらないな」ぐらいの反応だったが、前言撤回。

僕も含め人間はどうやら自分の未来に結構興味があるらしい。


鴨志田は僕が感銘を受けているのを横目で見てニヤリと笑うと続けた。

「生まれた時から全てが上手くいって、何にも苦労することなく生きてこられたんですね」

鴨志田は皮肉を言っているわけではなさそうだった。感動に満ち溢れている顔を見れば分かる。彼も僕という存在に驚いているのだろう。

「そうです。その通りです」

僕は言い表せない感動で言葉がうまく出て来なかった。


「ただ…」

彼の表情が曇った。

「驚かないで聞いてくださいね。これから予言の結果をお伝えしますので」

鴨志田はまた小さく咳払いをした。

彼の癖なのだろう。

その後に背筋を正してイスに座りなおし、まっすぐに僕の方を見つめてきた。

そんなに引っ張られては不安になってしまう。

僕は息を飲んで同じように鴨志田の方を一直線に見つめた。

鴨志田は黙ったままなかなか口を開けようとしない。

体が振動するほどに胸が大きく鼓動しているのが自分でもわかった。

新しい感覚。

そうだ、これをスリルと呼ぶのだ。

最後にスリルを味わったのはいつぶりだろう。

長年忘れていたその感覚は数十年ぶりに僕の中にひしひしと伝わってきた。

不安だが、嫌な感じではない。僕の人生に足りなかったのはこの類の刺激なのだと今更ながら悟った。

ついに鴨志田が口を開き、待ちわびた一言が放たれる


「あなたはこの後すぐに一度だけ大きな不運を迎えるでしょう」



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