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運のいい悲劇  作者: 結城 真
10/10

走馬灯

8 走馬灯


薄れていく意識の中で僕は走馬灯のようなものを見た。


僕は部屋に一人立ち尽くしていた。

その部屋には見覚えがある。

ああ、思い出した。僕の社長室だ。

家より会社にいる時間の方が圧倒的に長かったからって、走馬灯でまでこんな感動しない景色を見せてくるとはこの世界はやっぱり意地が悪い。

少し待ったが何も起こる気配がないのでとりあえず社長室の中をゆっくりと歩いてみる。

来客用のテーブル、自分用のこだわりの椅子。デスクには聖奈が幼稚園で作ってくれた象の置物と家族写真。

細部まで完全に作られていて再現度としては申し分ない。

4辺で囲まれた部屋を壁に沿うようにして見ていき3辺目に差し掛かった時、あるカレンダーにふと目が止まった。

中元が海外旅行のお土産で買ってきてくれたやつだ。

適当に選びましたとか言ってたっけな。

中元は誕生日プレゼント一つ選ぶのにもあれこれ悩むようなやつなのでそんなことは絶対にあり得ないと分かっていた。

照れ隠しに決まっている。


まあそんなことはどうでもいいのだ。

問題はそのカレンダー。

それは8月を開いていた。

土曜日のところに縦一列、隙間なく赤ペンでバツ印が並んでいる。


何だこれ?

そう、僕にも全く見覚えがないのだ。

こんなに土曜日ばっかり予定入れてたっけ?

いや、そもそも僕は予定をバツ印でつけたりはしない。


しばらく唸りながらウロウロ歩いて考えてやっと答えが見つかった。かれこれ30分くらい考えていただろうか。

現実世界なら僕の集中力はこんなに続かないはずだ。

それなら走馬灯の中で暮らすのも悪くないななどとくだらない事ことを思う。


つまりはこうだ。


このバツ印は僕の大切な人が死んだ日付につけられている。

最初が鈴木でその次が松田でその次が田本。


何で気づかなかったんだろう。


答えがわかってみればその問題が簡単に見えるというのはよくあることだ。

それに今回の場合は実際にとてつもなく簡単な問題だった。

カレンダー上の3つの印。つまり3つの日にち。

この時点で気づくべきである。

まさに灯台下暗し。


まあいい。でも、問題はここからだった。このカレンダーが伝えたいことは何なのか。

流石に何の意味もないなんてことはないと直感が言っていた。


こんなに土曜日ばっかり、なんの偶然…


僕はもっと重要なことに気づいてしまった。


まさか…そんな…


背中がゆっくりと凍りついていくのが感じられた。

この空間に温度などないはずだしましてや僕に体温なんて代物が存在するわけはないのだがそう表現するほかない。

冷や汗は…流石に出ていない。


僕の頭の中に一つの仮説が浮上した。

これが真であるならば僕の人生のストーリーは最悪のフィナーレを迎えたことになる。


僕はためらいながらもその仮説を真であるとして、全ての事象が成り立つかどうかを確認する。

パズルのピースを一つ一つはめるように。


僕の思い違いであってくれ。


僕の思いも虚しく、パズルは疑いようがないほど綺麗に完成した。

全ての事象がその条件下で噛み合ったのだ。


僕は思わず膝から崩れ落ちた。


そして思いっきり泣き叫んだ。


僕以外誰もいないから遠慮せず思いっきり泣いた。


まだ分別がない子供に戻ったように泣いた。


この数ヶ月で何度泣いただろう。何度倒れただだろう。

そしてこれで最後。それは最後にふさわしい、これまでで一番大きな絶叫だった。


鈴木が死んだ時よりも松田が死んだ時よりも、田本が死んだ時よりも絶望に叩き落とされた瞬間であった…


次々と事実が明らかになっていく…


毎回殺人は土曜日の8時11分に起こっていた。

寸分の狂いもなく。


ただの偶然?


そう、偶然。


僕が強運であったがために引き起こされたあり得ない偶然。


そして最後麻有と聖奈が襲われた日も土曜日だった。


20時12分になった時、僕は殺人衝動に駆られた。麻有を殺してしまいそうになった。


20時11分ギリギリで僕は毎回助けられていたのだ。


20時11分ちょうどに僕の目の前で誰かが死ぬことで僕は最悪の事態を免れていた。


もう一度背中が凍るような感覚を得た。


「あなたはこの後すぐに一度だけ大きな不運を迎えるでしょう」


この言葉の真意は違った。


鴨志田の予言はしっかりと当たっていたのだ。

100発100中。


一度だけの不運は鈴木たちの死ではなかった。


あの日、あの予言の直後に僕は殺意のウイルスに感染した。


それが一度だけの不運。


そしてそれからぴったり一週間ごとに彼らが僕の周りで死ぬことで僕は感染から一週間近くも正常な人間として生きてこれた。

自らが感染者だと気づかないほどに普通に生きてこられた。


彼らの死は不運から来たのではない。


僕の強運から来たのだ。


だからあの時、鴨志田に予言してもらった時も強運と出た。


実際に僕の強運は尽きてなんかいなかったのだ。

むしろこれ以上ないほどに強運だった。


ゆえに彼らは死んだ。


強運と幸運は違う。


鈴木を、松田を、田本を殺したのは他でもない、僕だった。


僕は生まれて初めて自分の強運を恨んだ。


コイツがなければ彼らは死ぬことはなかったんだから。


強運が僕の全てを狂わせたんだから。


僕は今度は泣かなかった。その代わりに大声で笑った。腹を抱えて笑った。


何のために僕は走っていたのだろう。感染者から大切な人を守るため?

笑わせる。

感染者は自分だ。

お前が走らずにすぐ首を切っていれば彼らは助かったのだ。


僕は無駄な正義感を振りかざして…

自分の行動の意味も知らずに…

犠牲者を増やしていった。


ああ、おかしい。

滑稽で滑稽で…笑いが止まらない。


何て強運な人生だったんだ!


僕が叫ぶとそれに呼応するように光が集まってきた。


気がついた時にはもう僕の周りは一面が真っ白で、そこにきた一筋の濃い白い光は僕を吸い込んでいった。


こうして僕の強運な人生は静かに幕を閉じた。


これは強運がゆえの悲劇の物語。



終わり。


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