初クエスト~魔物遭遇編~
よろしくお願いします!
目の前に広がるガーラ森林は遠くから見るよりもはるかに迫力があった。なんというか、森林というよりはジャングルの方が似合う。
冒険者がかなり出入りするのか、入り口は整備されていて道になっているから比較的入りやすくなっていた。
森に入って少し歩くと、けもの道が薄らとあるだけになる。調子に乗って奥に入ったら最後、出てこれなくなると思うと少し怖くなり、進んでは振り返りを繰り返していた。
「お、あった!」
薬草は簡単に見つかった。流石☆1クラスのクエストだけある。よく見るとそこかしこに生えていて、完全に取り放題だったため、あっという間に麻袋はいっぱいになった。
「ヌルゲーやな!」
そして案の定というか、危機管理意識のなさが招いた結果だが、すぐ調子に乗って周りに注意を払うことも無く他の植物観察を楽しみ始める。
「ん?これって……」
こんな入口ではあるが、結構な種類の植物が生えている。
植物図鑑を見ながらいくつかの植物を照らし合わせて見ていたが、その中でも一際目に付く植物があった。
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アグラスカ草……魔草と呼ばれているこの植物は、その名の通り魔物の1種であるが、単体で害はない。しかし、天敵から身を守るため近付くと自信から魔物を引き寄せる特殊な臭いを発して大量に魔物を呼び寄せる。特に群生地に関しては災害草原と呼ばれ、近付くだけで全体が臭いを発し余りに多くの魔物がそこに集結して争うため、文字通り災害クラスの草原となる。
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さて、ここで問題です。ここに3本のアグラスカ草があります。既に触れて1本に関しては抜き取ってしまった状態です。どうなるでしょう?
『人間ノ臭ヒヒヒヒ』
『人食ベル』
『俺ラノ獲物ダ!』
『殺ス』
ああ、神様。何故こうも無理難題を突きつけるのでしょうか。
ゆっくり振り向くと、ゴブリン、グール、そしてハウゼンウルフ2匹が言い争いをしながらもゆっくりと近づいてきていた。
まさかこんなことで言語解析が役に立つとは思わなかった。明らかに禍々しい姿をした魔物の言葉が理解できる。認識的には日本語に変換されて聞こえてきている感じだ。だがそんなことに感動している暇はない。
彼らの正面を向きじっと見つめる。
(落ち着け、シャオ爺との訓練を思い出すんだ。)
そう、自分ですら忘れていたが、何年、もしかしたら何百年という時をどこぞの武神と名乗ったシャオ爺との訓練に費やしてきたのだ。お陰様で木は切れるし爆ぜさせることもできるようになった。
そもそも王都からここまでに至る道も全速力で走れば恐らく馬車よりも早いのだ。今更ながらに忘れていたことを悔やむ。
4匹は自分の獲物だと主張して、それぞれ牽制しながら迫ってきているため動きは遅い。
そして落ち着いて観察する。こんな入り口に来るような魔物だから大したことはない。
こいつらは冒険者ギルドにあった『ガーラ森林入り口に出てくる魔物一覧』ですでに予習済みである。
この一覧は冒険者からの報告を受けてそれぞれの地域ごとに掲載されている。殆どの地域を網羅しているのが凄いところだが、とりわけ今千隼がいる場所は初級中の初級の地域。冒険者の出入りが激しいこともあって網羅してないはずがない。
・ゴブリン…ガーラ森林奥に縄張りを作っており、基本的には集団行動である。しかし入り口に来るのはその限りではなく、団体行動中(哨戒等)にはぐれてしまった場合が多い。クエスト等級は☆2。リーダー格は等級以上の可能性が高い。
・グール…肉食の下級魔物。主に死体を好み、特に人肉が好物のため墓地に生息することが多い。しかしガーラ森林にはゴブリンの死体が年中そこかしこにあるために例外的に住み着いていると言ってもいい。ゴブリンよりも醜い容姿の為、ある意味ではゴブリンよりもタチが悪い。
・ハウゼンウルフ…肉食の下級魔物。群れで行動する分、危険度は他の魔物よりも高い。単体でも力が強く早い為、文句なしで☆2。ゴブリンと同じく、群れのなかのリーダーは頭も良く、等級以上の危険度を持っている可能性が高い。
この4体の魔物の特徴はこんな感じだろうか。だとすれば戦闘的に面倒なのは複数いるハウゼンウルフだろう。連携がどれほどのものか分からないが要警戒である。
安心なのはゴブリンにしてもハウ前ウルフにしても明らかにリーダー格ではないことだろう。リーダーは常に5体以上で行動しているらしい。
そこまで飲み込んで最初に狙うのはハウゼンウルフだ。牙をむき出しにして今にも飛びかかろうとしているが、やはり他の二体を警戒しているのか。気が散漫になっているのが伺える。
だからこそその瞬間をついて一瞬で詰め寄りたかった。詰め寄りたかったのだ。
(あっれ???)
足が思うように動かず、完全に表の気、つまりは警戒しているタイミングで飛び込んでしまった。向こうも少し怯むが、そこまで動揺しているわけでもない。すぐに体制を整えて一匹は正面から顎が外れんばかりに口を開け、もう一匹はその一匹の陰に隠れて視界から消える。
おかしい。この程度の魔物だったら苦戦などするはずもない。何せこっちは武神に鍛えてもらっているのだ。このくらいの魔物なら一撃で倒せるくらいの力はあると思うし、これじゃここで人生が終わってしまうではないか。
噛みつかれる直前に着地して全力で後方に移動すると、ハウゼンウルフの牙は空を切る。
『!?』
凄い勢いで後方に下がった千隼に困惑を隠せない二体のハウゼンウルフだが、それ以上に千隼自身も困惑していた。
「あれ?やっぱり動けてるよな……」
なぜ先ほどうまくいかなかったのかさっぱりわからず自分の体に異常がないか確かめるが特にない。しかしあの一瞬の判断で後方に下がっていなかったら完全に噛みつかれていたと思うと、途端に恐怖心にかられる。
「……これは戦略的撤退だな。」
自分を納得させてとりあえず戦略的撤退を決行する。
「ひょえぇー!」
後ろから襲ってこようとしていたグールとゴブリンを華麗にかわして脱兎のごとく疾走する。
ここで誤算だったのは全力で走っているのにハウゼンウルフだけ振り切れなかったことだ。逃げた瞬間一体は追いかけてきて、もう一体は遠吠えをしてから追いかけてきた。
逃げても逃げても追っ手を増やして追ってきた。完全に追われる獲物の構図になってしまった。地の利は向こうにあり、狩猟のプロだ。気付けば完全に囲まれる状態となり、逃げ場を失ってしまった。
「まじですか…」
『人ナノニ逃ゲ足速イ』
『追イ詰メタ』
『今夜ハ御馳走ダ』
ハウゼンウルフ達は息が上がり悪態をつきながらも、涎を垂らしながらジリジリと詰め寄ってくる。
「俺そんなに美味しくないよ!」
『『『!?』』』
向こうに話が通じるとも思っていないが、それでも叫ばずにはいられなかっただけなのだが、ハウゼンウルフたちはピタッと足を止めて警戒し始めた。
『話セルノカ?』
『バカナ、俺達ノ言葉ハ俺達ノモノダ』
魔物は、とりわけ低級の魔物は知能など無いに等しいと思っていたし、実際、あのゴブリンとグールは連携など取らずにただ襲ってきてるだけだった。
だからこそ話し合いなど通用しないと思っていたのだが、事実彼等は千隼の言葉で足を止めた。
なるほど、魔物に対しても言語解析の能動的言語は働いてくれたわけだ。
ハウゼンウルフはどちらかと言うと魔物よりも狼に近いからか、千隼は動物と話を出来るということにえも言われぬ感動を覚えた。
「俺はお前達の言葉を理解できるし、話すこともできる。」
落ち着くように両手を上げて何もしないことを見せながら、最初に困惑していたハウゼンウルフを見る。
『オ前、仲間カ』
ハウゼンウルフ達も困惑を隠しきれない。と言うよりも千隼の言葉が理解出来てしまった分余計に困惑していた。自分たちしか、いや魔物という括りで使う言葉を理解できる目の前の人間は完全に異様だった。
勿論魔物だから仲間だと認識した訳では無い。ただただ混乱しているのだ。
ここで、選択をミスればまた追いかけっこをすることになることは間違いないだろう。結構森の奥まで来てしまったこともあってこれ以上の仲間を呼ばれる可能性すらありえる。
「俺はお前達の考えを理解することが出来るぞ」
千隼はあえて脅す作戦に出た。今彼等は得体の知れない人間が目の前にいて恐る恐る探っている状態だ。ならここでもっと意味深な感じにして謎を深めるのが得策と考えた。クツクツとなれないながらも含みの笑みを続ける。
『馬鹿ナ!』
『アリエナイ!』
やはり人間ほどの知能はさすがに有していないのか。面白いほど簡単に作戦に乗ってくれた。
「有り得ない?否有り得るぞ。ここに俺がいる限り。」
『ッ』
多少演技が過ぎるかなとも思ったが、ハウゼンウルフ達はまた1歩下がって警戒を強めている。ここまで上手くいくと魔物と言えど可愛いものである。今の彼らは完全にペットの犬ちゃんそのものだった。
暫くそうして対峙している時間が過ぎる。この間、千隼は恐れを相手に感じさせまいと虚勢を張るように余裕の笑みを浮かべてふんぞり返っているだけである。
「さあ、どうする?」
これ以上の長続きは完全に不利になると考え、相手に選択を急かすように促す。
『……退クゾ』
その甲斐あってか、先に折れたのは僅差でハウゼンウルフ達だった。
「っぶはぁ!」
気配を見ていなくなったのを確認してから思いっきり息を吐く。後半笑みが引き攣り始めていたから完全に終わったと思ったが、最後の念押しの一言で何とかなった。
これで一件落着である。後はギルドに戻って報酬を貰えば今日の仕事はおしまいである。
「あれ、帰り道どっちだっけ?」
必死で逃げてきたからここがどこなのかよく分からないが、最悪木に登って上から確認すればいいだろう。千隼は魔物の気配に気を配りながらせっかくだからと森を散策しながら帰り道を探すことにした。
「そこの者、止まれ!!」
だが、そんな計画は一瞬でなくなった。背後から大声で止められて振り返ると、馬に跨り剣をこちらに向けている全身甲冑の騎士がいた。