冒険者
よろしくお願いします!
昨日はあのまま不貞寝してしまったので、本格的な異世界ライフが始まるのは今日からということになる。
もう一度本を開いて見てみるが、結局能力のところは1文字1句昨日と同じことが書かれていた。
現在泊っているのが宿ということは確認できたので、下の階で食事を済ませる。
最初この世界のお金がどこにも置いてなくて困ったため、仕方なく皿洗いでもして食事をいただこうかと本気で考えたが、お金はすでに一週間分きっちりいただいていると言われて普通に食事が振る舞われた。なぜかお金まで払ってさらには皿洗いまでしようとしたことに向こうも驚いていたが、その気遣いに快く思ったのか、サービスでデザートまでつけてくれた。
ほんとは何もやってないので何が何だかさっぱりだが、とりあえずラッキーということにしておく。
朝食はパンと味の薄いスープ、デザートはこの国の特産品だというガルブの実というものが出てきた。味はオレンジにもう少し酸味を足したものといった感じだろうか。さすがに舌の肥えてる現代人だけあって少々の物足りなさはは感じたものの、中世が文化の基準なのならばこれくらいが妥当であると納得させた。
朝食を取り終え、席を立ち上がったところで宿の店主に声をかけられた。
「ちょっとまった。お前さん、どうしたってそんな格好を?」
「え、変ですか?」
「いや変というか、ここらでは見かけない服だからな」
そう言われて今一度自分の服装を確認するが、ただの制服である。
「あ、そうかこの世界だとおかしいのか。」
確かに窓から街を覗いた時に思ったが、こんな黒一色で歩いてる人なんていなかった。店主も、チュニックの腰をベルトで締め、長ズボンに革靴といういかにも中世といった服装を身に付けていた。
「これしか服がないんですよねー。後で街で買おうとは思ってるんですが」
さすがにそう言われると少し恥ずかしい気がしてきてしまうが、持っていないのだから仕方ない。今すぐ買いに行こうと思っても、現在の俺は無一文だからしばらくはこれでいるしかない。
「そんなんで出歩いたら街で浮いちまうぞ、大事な顧客に何かあっても困るしな。 おいジュディア!」
そう言って店主は店の奥に呼び掛ける。何かってなんでしょうか。すごく気になります。
「はーい」
店の奥から返事をして奥から髪を結びながら女性が出てくる。普通に可愛かった。少し痩せている感じはあるが、目鼻はしっかりしていて頬のそばかすも相まって全体的にしっかりしたお姉さんといった感じだろうか。歳は恐らく1つ2つ違うくらいだろう。髪は茶髪で今ポニーテールに結ぼうとしているが、髪を下ろしたらまた一段と扇情的な雰囲気になりそうだ。
「どうだ、可愛いだろ?わしの娘だ」
そんな惚けてしまった俺の耳元で小声でそう囁く店主は、恐らく結構な頻度で一見さんにこうして自慢してるんだろう。確かに自分の娘がこれだけ可愛ければ自慢したくなる気持ちもわかる。
「このお客さんにわしの服を差し上げるから適当に持ってきてくれ。」
そう言われてこちらを見たジュディアはまじまじと千隼を見てクスッと笑った。
「ふふっ 確かにその服装じゃあちょっと浮いちゃうものね。分かったわ、今持ってくる。」
この服装を明らかに変に思った反応を見せられ結構ショックを受ける。可愛い娘に制服姿を見せたら「ダサっ」と冷笑された気分である。この時制服の押し入れの奥行きが決定した。
ジュディアさんが持ってきた服装に着替え、早速この世界について知るべく、『よくわかる異世界生活第一弾!!~これであなたも異世界マスター~』を読み込むことにする。
どうでもいいがこれ第二弾以降があるのだろうか。こんなにぎっしり詰め込んでいるのだから、どうせ書いてみましたというだけなのであろう。ほんとに俗世にまみれた神様たちである。
さて、この世界は4つの大陸があり、俺が今いる場所は最も大きな大陸”リスト”だそうだ。今いるのはレスタード王国の王都郊外の宿屋”銀匙亭”という、夜は酒場としても営んでいる宿屋だ。
レスタード王国は近隣諸国の中でも比較的大きな国で、豊かな土地を多く持っているが、それと同じくらい探索難度の高いダンジョンも多く抱えているらしい。
一番近いのは郊外西地区を出てすぐにある”魔障の森”という、名の知れた冒険者ですら一人では絶対に立ち入らない森があるらしい。とりあえず珍しいもの見たさに時間があったら外から少しだけのぞいてみることにする。入りはしない。怖いし危なそうだから。
身近なところからだと、この王都だろうか。郊外と外の境界に円になるように巨大な壁で覆い、さらに内側の王城には荘厳な壁を誂えている。
郊外は東西南北で4区画に区切られていて、東は商業地区、西は居住地区、南は工業地区、北はスラムとなっていて、北に関しては他の地区よりも範囲が狭くなっている。また、この世界にも工業という概念があるのかと思ったが、向こうの世界での工業というのとは違い、鍛冶屋が主に工業の中心だそうだ。
とりあえず、今知っておくべきことはこのくらいだろうか、あとは貨幣制度に関しては金貨が10000円、銀貨が1000円、銅貨が100円くらいに考えておけばいいらしい。らしいというのは、この世界に明確な貨幣価値基準がないからだろう。
そこまで読んでから本を閉じ、今日絶対行こうと思っていた場所へと早速向かう。
皆さんお待たせしました。そう冒険者ギルドです!!!
この世界でお金を稼ぐ方法は、職人や商人、農家、役人といくつかあるが、それらになる以外には冒険者になるのが普通らしい。そして栄えた街ほど冒険者の数は多くなる。
当然この世界に初めてきた俺は、冒険者しか選択する余地がなく、むしろ願ったり叶ったりというやつだ。
冒険者ギルドがあるのは居住区と商業区のちょうど境辺りに位置したところ。地図も持たずに迷わずここまで来れたのは、大通りに面していたからだろう。基本的に細かく碁盤の目状になている街だから、迷うことは少ない。
ギルドの重い扉を開けば、そこはまさしくといった感じのロビーだった。中央奥には5つの個別カウンターがあり、向かって右が換金所。左が荷物預り所と中央にはクエスト等の案内板がデカデカと設置されている。
案内板の1番上の張り紙は、誰か確認できるのだろうかという高さに貼られていて、軽く身長2メートルは超えていないと見ることが出来ない高さだったが、
「失礼、坊主」
「うおっ」
背後から声をかけられて振り返れば大巨漢が立っていた。慌ててその場から避けると、軽々と1番上の張り紙を取って奥のカウンターへと向かっていった。
「すっげぇ……」
巨人族とかそういう種族でもいるのだろうか。背中に斧を携えた筋骨隆々の大巨漢は正しく異世界だと感じさせる。
よく周りを観察してみれば、尻尾が生えていたり耳がついていたり、耳が尖っていたり、それこそシャオ爺のような鎧を着た二足歩行の動物だっている。
今までは何となく中世を感じていただけで、それだけでも男の子としてはかなりテンションが上がったが、実際に人じゃない人達を見ると、やはり異世界に来たんだなとより一層高まるものがあった。
奥のカウンターへと向かい、早速冒険者手続きをしに行く。
途中鎧に身を包んだ何人かにちらっと見られたが、よくある「ここはお前が来るようなところじゃねぇぜ! ヒャッハー!」みたいな展開が無くてほっとする。こちらは丸腰だし、何かあればチビっちゃうかもしれない。なんであんなにみんな顔に傷があるんだよ。怖えよ…
「おはようございます!冒険者ギルドへようこそ! 本日はどのような御用でしょうか?」
カウンターに向かうと、元気よく挨拶をしてくる美人受付嬢。この世界にはそこまで化粧という文化が浸透していないと見た。
なぜならこの受付嬢の顔に化粧をした痕跡がない。ただ受付嬢はやはり映えてなきゃいけないという文化はあるのか、その受付嬢も美人ぞろいである。
「っ……」
「ど、どうされましたかお客様っ」
言えない。美人が笑顔で「冒険者ギルドへようこそ!」とわざとらしなく自然体で言っていることに感激して目頭が熱くなったなんて。
「い、いえなんでもっ 冒険者登録をしに来たんですけど、ここで合ってますか?」
「はい!それでしたら少々お待ちください。」
そういって奥へと消えていった受付嬢。今のうちに涙は全て拭いておく。
しばらくすると一枚の紙を持ってきてそれを差し出してきた。
「こちらに必要事項をご記入ください。お客様の場合は……失礼ですがお客様は異国の方ですか?」
「ええ、旅人をしています」
「なるほどー。 この国だと身分の証明書が必須ですからね。」
「はい」
これはあの広辞苑のlesson1に書かれていた対応マニュアルだ。
その5、不用意に東や極東と言わないこと。この世界には魔物や魔族が東に暮していて人が近づけない土地があるから、魔物と勘違いされて殺されるぞ☆ベストアンサーは旅人がGOOD☆
なんだか今週の占いを見ている気分になる。なんだ「ベストアンサーは旅人がGOOD☆」って。ラッキーアイテムみたいに言うな。
必須事項に書くのは名前と魔法の有無。種族は何かというものだけだった。
「あの、本当にこれだけでいいんですか?」
さすがにこれだけで身分が保証されてしまってはこの国ザルすぎないかと思う。魔族入り放題だ。
受付嬢は一瞬きょとんとしたが、恐らく旅人だということでこの辺の常識があまりないのだろうとすぐに持ち直した。
「あ、はい。この後別室にて水晶に触れてもらって真偽を確かめますので」
「あ、なるほど」
多分、知ってて当然の知識なんだろうが、生憎この世界の常識は全くない。だからと言って開き直って堂々とするわけにもいかず、恥ずかしくなって小さくなるのが精いっぱいだった。
その後カウンター奥の別室へと通される。そこは大きな魔法陣の真ん中に一本の杖が突き刺さっているというような不思議な部屋だった。杖の先端には水晶がはめられていて、おそらくあれで確かめるのだろうことはわかる。
どことなく見たことある感じがしたが、神様が持っていた水晶によく似ていた。しかしあれは特異能力を授けるために使っていたので中身は全く別物だが。
「この水晶に触れてください。」
「は、はいっ」
促されて魔法陣の中に入り、水晶に手を触れる。なんだかこういう体験は生まれて初めてだし、初めて魔法を目の当たりにするとなると、興奮せずにはいられなかった。
手を触れた直後、徐々に水晶が光を発し始め、それに呼応するように魔法陣も発光しだす。虹色に輝く魔法陣はこの世の不思議が詰まった宝石箱のようで、思わず見蕩れてしまう。
徐々ににその光は強さを増し、触れている手の甲が熱を帯び始めた。熱と言っても熱いとかではなく、ほんのりと暖かくなる感じだ。
やがて光は収まり、手の甲には何やら紋様が浮かび上がって薄れて消えた。
「今のが身分を証明してくれる冒険者の紋です」
不思議そうに手の甲を眺めている俺を見てクスッと微笑んだ受付嬢は、また明る笑顔を振り撒いた。
「おめでとうございます。真偽は確かに確認されました。これで貴方は只今より冒険者の仲間入りです!」
次回更新は来週の月曜日です!